インタビュー
横浜国立大学大学院 服部泰宏氏
ダイバーシティ推進の鍵 I-dealsとは何か
- 公開日:2017/04/17
- 更新日:2024/03/22
ダイバーシティの推進が叫ばれるなか、アメリカを中心に新しいマネジメントのあり方として注目されているI-deals(個別配慮)という考え方がある。急速に注目を集めている。 I-dealsとは何か、企業と個人の心理的契約の変化とどう関係しているのかなどについて、横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 准教授の服部泰宏氏にお話を伺った。
「I-deals(個別配慮)」とは
ダイバーシティを推進する上で生じる問題を解く鍵の1つに、「I-deals(個別配慮)」があります。個別的・特異的という意味をもつ「idiosyncratic(イディオシンクラティック)」と、理想的という意味をもつ「ideal(アイデアル)」を組み合わせた造語です。社員の扱いに対しては個々の事情に配慮しながらも、その扱いを単なる特別扱いではなく、組織にとっても本人にとっても理想的なものにしていきましょう、という考え方を指しています。
「心理的契約」から派生したI-deals
このI-dealsを提唱したカーネギー・メロン大学のデニス・ルソー教授は、もともと「心理的契約」という概念の研究者です。心理的契約とは、会社と社員個々人の間で、明文化されてはいないけれどもお互いが守るべきだと社員個々人が考えている信念のことで、それが守られることで、個人の組織に対するコミットメントも高まると考えられています。
例えば日本においては、かつて「終身雇用」が暗黙の了解とされている企業が多くありましたが、ほとんどの場合、それを明文化している企業はありませんでした。「終身雇用」は、心理的契約として機能し、個人の組織に対するコミットメントを高めていました。しかし、成果主義が強く叫ばれるようになった1990年代半ばくらいから、それが機能しなくなり、昨今では、いわゆるリーダーとしての能力が高い「ハイ・フライヤー」や、出産・育児・介護などでフルコミットメントできない社員の処遇をどうすべきかなど、人材の多様化にまつわる問題が大量に発生して、それらが心理的契約に大きな影響を及ぼすようになっています。
すなわち、みんな同じ処遇をすることで同じように会社への帰属意識を高めることが困難になった。かつて心理的契約は会社と集合体としての社員との間で結ばれると考えられていましたが、人材とそのニーズが多様化する時代になってくると、それがだんだんと1対1の関係に変化してきました。にもかかわらず、以前と同じように集合体としての人事管理を続けようとすれば、個人が企業に対して抱く期待に会社が応えきれない場面も多々出てきます。個人にとっての心理的契約と会社の考えの間に齟齬が生じやすくなり、社員は会社に「裏切られた」と感じてしまう。これは、会社にとっても非常に大きなリスクです。
鍵を握る「トライアド」
仮にアジアのヘッドクォーターの人事を回す必要があり、それにふさわしい人材が高給のインド人しか見つからなかったとします。その報酬が本社の人事部長より高くなってしまうこともある。そのような場合、本人と会社だけではなく、上司にあたる第三者も含めた特別な契約が求められます。会社としてなぜそのようなハイパフォーマーが必要で、そこになぜ高い報酬を支払う必要があるのか、仮にそうした人材を採用した場合、それ以外の社員にはどのようなメリットがもたらされるのかについて、説得力のある説明をしていかなくてはなりません。
出産・育児・介護などのライフイベントに関する個別対応では、このあたりの説明がより難しくなっていく。暗黙のうちに結ばれる心理的契約は、知らぬまに変化していることもあります。入社時点と妊娠・出産を経た後では、女性社員の会社に対する期待も変わっている可能性が高い。すると、I-dealsの考え方で、その人との間に個別の心理的契約を新たに結びなおしていく必要がある。これを単なる特別扱いにしないためにも、利害関係者を含んだ三角形の関係性をどうマネジメントしていくか、が鍵を握ります。ルソーはこれを「トライアド」と呼んでいます。ちなみに、ここでいう三角形とはあくまで比喩的なものであり、関係者が3人以上いる場合も含みます。
何をもって会社への貢献と考えるか
欧米の場合、雇うのは直属の上司だったり事業部長だったりするため、会社というより上司との間で心理的契約が結ばれていて、その内容もお互いにとって明確な傾向があります。これに対して日本の場合、心理的契約を結んでいるのは、あるいは個別に配慮するのは、上司なのか、会社なのか、あるいは職場の同僚たちなのかといった部分を見極めるのが難しくなってきます。
加えて議論しておくべきだと思うのは、「何をもって会社への貢献とするか」でしょう。長時間同じ職場で過ごすことを貢献とみなす文化があれば、職場での労働時間を個別に変えることはそもそも難しい。介護や育児などの事情を抱えた社員が1人だけ早く帰宅するのを、「当たり前」と思えるかどうか。海外の場合、教育よりも研究で貢献したいからと、教育の仕事を軽減する代わりに給与をいくらか下げてほしいと交渉をする大学教授もいます。そのまま企業に応用できる例ではありませんが、企業は個人にどんな貢献を期待し、個人は企業にどのように貢献するかを個別に明らかにした上で、時と場合に応じて降格や報酬が下がることも含めて対応できるか、も話し合っておく必要があるかもしれません。
【text :曲沼美恵】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.45 特集2「会社と社員に価値あるダイバーシティ推進とは」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
服部泰宏(はっとりやすひろ)氏
横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 准教授
1980年生まれ。2009年神戸大学大学院経営学研究科マネジメント・システム専攻博士課程を修了し、博士号(経営学)取得。滋賀大学経済学部准教授などを経て、2013年4月から現職。近著は『採用学』(新潮選書)。
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