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インタビュー

慶應義塾大学 中室牧子氏

人生の成功を左右する「非認知能力」とは

  • 公開日:2017/01/23
  • 更新日:2024/03/22
人生の成功を左右する「非認知能力」とは

大人になってからの社会的、経済的成功をもたらすものは、認知能力ではなく非認知能力ではないか。このテーマをめぐり、近年、国内外で研究が進んでいる。勉強ができるだけではないどんな力が、成功を左右するのか。連載第6回、第7回は、人生の成功と非認知能力の関係やその育成方法について、教育経済学の研究成果を紹介し、考察したい。

幼少期の教育で高まったIQは必ずしも持続しない
学校教育で育つのは認知能力よりも非認知能力?
非認知能力が労働市場における成果の鍵

幼少期の教育で高まったIQは必ずしも持続しない

前号で、1960年代に行われた米国の就学前教育プログラムである「ペリー幼稚園プログラム」の紹介をした。このプログラムが示すところでは、就学前教育の投資対効果は高く、しかもその効果はプログラムの対象となった子どもたちが大人になった後も持続し、彼らの社会的、経済的な成功の原因となったと考えられている。

しかし、図表1からも明らかなとおり、その後の追跡調査によって、質の高い就学前教育が子どもたちのIQにもたらした効果は必ずしも持続的なものではないということも明らかになっている。図表1のとおり、プログラムの対象となった子どもたち(実験群)と対象とならなかった子どもたち(対照群)のIQの推移を比較してみると、7歳までは、実験群が対照群より高くなっているものの、その効果は8歳には失われ、長期にわたって持続するものではなかったことが示されている。

図表1 ベリー幼稚園プログラムにおける認知能力(IQ)の変化

では、対象になった子どもたちの成人後にいたるまでの社会的、経済的成功の原因となったのは何だったのだろうか。その理由は、このプログラムが「非認知能力」を伸ばすことに成功したからではないか、といわれている。

非認知能力とは何か。読んで字のごとく、認知能力に非ずという広い概念であり、IQや学力テストなどの認知能力ではないもの、ということになるだろう。図表2で示されたように非認知能力のなかにはさまざまなものがある。ペリー幼稚園プログラムの分析によると、ペリー幼稚園プログラムが子どもの認知能力に与えた影響は短期的なものにとどまったが、非認知能力に与えた影響は大きく、それは子どもたちが成人した後もフェードアウトすることはなかったことが示されている。

図表2 非認知能力とは何か

学校教育で育つのは認知能力よりも非認知能力?

実は、最近の経済学の研究は、「学校教育」が学力などの認知能力に与える影響は必ずしも大きくないという見方をするものが多い。しかし、「学校教育」が収入や卒業後の労働市場における成果に影響するという研究の勢いは衰えない。このことからも、学校教育が「認知能力」よりもむしろ「非認知能力」を育成する場として優れているのではないかということを窺わせる。ペリー幼稚園プログラムの効果測定にあたったシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授は、非認知能力とは「taught by somebody」(誰かに教わるもの)と定義している。つまり、「非認知能力」とは、机に向かって1人で獲得できるような類のものではなく、家庭や学校のなかで、親や教師、友人らから「教わって」身につけるものだということなのだろう。

非認知能力が労働市場における成果の鍵

こうした研究の流れもあって、経済学では、2000年代から非認知能力が労働市場における成果にどのような影響を与えるのかという研究が盛んになり始めた。日本のデータを用いた研究も出てきている。オイコノミアで有名な大阪大学の大竹文雄教授らは外向性や勤勉性は、収入や昇進に影響を与えることを実証的に明らかにしているし、リクルートワークス研究所の戸田淳仁主任研究員らは中・高校生のときに培われた勤勉性、協調性、リーダーシップなどが学歴、雇用、収入に影響することを明らかにしている。

「勉強だけができても、活躍できるわけではない」ということを日々の生活のなかで感じることは多い。同じような学歴や経歴の人でも、活躍している人といない人がいることをどう説明すればよいのか――おそらく「忍耐力がある」とか「リーダーシップがある」といったような非認知能力が鍵なのではないかと考えられる。経済界からは、かねて暗記偏重の受験システムに対する強い批判があったが、それは経済界が「勉強だけができても、活躍できるわけではない」ということをよく知り、そのことを十分に認識せず、クイズ王ばりの知識偏重型の教育に傾倒していくわが国の教育に対して強い危機感をもっていたからではなかろうか。

では、どのような非認知能力を育成することが社会で活躍する上で重要なのか。そのことは次回詳しく述べるとしよう。

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.44連載「<寄稿> 中室牧子の“エビデンスベーストが教育を変える”」より転載・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および社名・所属・役職等は取材時点のものとなります。

PROFILE
中室牧子(なかむろまきこ)氏
慶應義塾大学 総合政策学部 准教授

1998年慶應義塾大学卒業。米ニューヨーク市のコロンビア大学で学ぶ(MPA、Ph.D.)。専門は、経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」。日本銀行や世界銀行での実務経験がある。主著に『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トウエンティワン)など。

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