麻布大学 菊水健史氏 動物同士を仲よくさせるホルモンと視線の不思議

人間と伴侶動物とのより良い関係を考える学問を伴侶動物学という。麻布大学の菊水教授はマウス実験などを通じて、動物がもっている社会性に関わる脳機能の解明などの研究を行っている。その成果は動物にとどまらず、われわれ人間に関することにも及ぶ。


ホルモンは個体を特徴づけるとともに個体の社会的役割も規定する

― 麻布大学には犬や馬、牛、豚がたくさんいるんですね。

貴重な研究対象です。私は人間を含めた動物が家族や社会といった親和的関係を築くメカニズムを研究しています。最初の研究はフェロモンです。ある個体から出たフェロモンが他の個体にシグナルとして作用し性的刺激を与えたり育児行動をさせたりします。

そのフェロモンを司っているのがホルモンです。ホルモンは、フェロモンというシグナルを出すだけではなく、シグナルを受ける能力にも作用しています。

さらにホルモンは全身を変化させる能力もあります。例えば性成熟の場合、その前後で体毛の生え方から声、脳の中身まで変わってしまう。個体全体の表現型を司るのがホルモンなんです。

― ホルモンというのは個体を特徴づけるものだと。

そのとおりです。さらにいえば、社会や集団における役割もホルモンが規定します。例えば、競争的な会社で働いている女性は男性ホルモンの一種であるテストステロンが高くなります。

社会的役割がホルモンの分泌に影響し、逆にその値を人為的に操作すると役割が変わることもある。つまり、ホルモンの分泌量と役割は相互依存関係にあるといえます。

― 昨今の企業人事の悩みの1つに、女性リーダーが出にくいということがあるんですが。

誰をリーダーに選ぶかという場合、組織を力強く引っ張っていける人であるべきだという固定概念が強いからでしょう。必然的にテストステロンの高い男性が選ばれるわけです。そうではなく、全体をまとめるのがうまいリーダーが必要となれば、女性や、それこそテストステロンの低い男性が選ばれるべきでしょう。

子供を保育園に預けるもよし ただし、愛情たっぷりに出迎えよ

― 親和的関係の代表ともいえる親子関係を規定するホルモンもあるのでしょうか。

あります。オキシトシンというホルモンです。それが母親の体内で適量に分泌されるには、赤ちゃんが産道を通ることと、乳房を吸うことの2つが重要になります。それによって、母親に「これがわが子だ」という意識が芽生え、一生懸命、育児するようになります。

すると赤ちゃんのオキシトシンも上がり、より母親を頼るようになるので、母子が一体化するのです。

― なるほど。その緊密な関係がないと、子育てはうまくいかないわけですね。

そのとおりです。動物の場合、出産直後の数時間、母子を引き離すと、母親は育児を放棄し、子供を食べてしまう場合もあります。

― 母親はなるべく外で働かずに、家で育児に専念すべきということでしょうか。

新生児の場合はそうかもしれませんが、年齢を重ねたら、親と接する時間が短くても子供はきちんと育ちます。

保育園に預けると子供のストレスホルモンが上昇します。それを下げるためには、親が保育園に迎えに行って「何々ちゃん、よく頑張ったね」と愛情たっぷりに接してあげることが重要です。接する時間の量より質が肝心、ということがヒトの研究では分かりました。

母親は四六時中、一緒にいる必要がないということは、生物学的にも裏付けられています。霊長類の赤ちゃんは床に平置きできないのに対して、人間の赤ちゃんはできる。これは、ぴったり接触し続けなくても生きていける身体能力をすでに獲得していることを意味します。

― 興味深いお話ですね。一方で児童虐待や育児放棄の悲しいニュースが後を絶ちません。こうした事態をなくすにはどうしたらいいのでしょうか。

人間の脳細胞の数は3歳児でピークを迎えます。その大事な年齢までに、もし何らかの事情で、うまく子育てに集中できない場合は、親に代わって、子供と信頼関係を結べる大人が「養護者(ケアギバー)」になるべきです。これは1970年代にジョン・ボウルビィという研究者が提唱したことですが、残念なことに日本の医療や福祉の現場ではあまり知られていません。

― 父親にもオキシトシンは分泌されるのでしょうか。

はい。父親のテストステロンが高いままだとオキシトシンが分泌されず、赤ちゃんをうまく受け容れられないのですが、父親になるとその値が下がるんです。ただし、抱っこしたり、一緒に遊んだり、1日4時間以上、子供に接しないとそうなりません。

― それは自分の子供でなくてもいいのですか。

いや、それは自分の子供での実験です。一般的に動物のオスは他のオスの子供を可愛がろうとしません。厚生労働省のデータでも、再婚してパ―トナーの連れ子を虐待する割合は男性の方がかなり高くなります。もちろん、子育てに献身的な継父もいるわけですので、一概にいえることではありません。そのような素因が人間にも残っているのだと思います。

イヌだけが人間と視線を合わせる 今後はネコもイヌ化する可能性大

― 先生は動物の親和的関係を探るために、視線にも着目されています。人間と視線を合わせる動物はイヌしかいないそうですね。

そのとおりです。人類の長い歴史のなかで、イヌが人間と一緒に生活する最も適切なパートナーとなったからです。牛にせよ馬にせよ、他の家畜は、家畜化の当初は食糧増産のための道具でしかありませんでした。一方で、イヌより知能の高いチンパンジーもサルも人間と視線を合わせません。それは知能の問題ではなく、人間との親疎の問題なのです。動物にとって視線を合わせることは威嚇を意味します。

― ネコはどうでしょうか。

これまでは視線を合わせないネコがほとんどでしたが、これからは違ってくる可能性があります。イヌのように視線を合わせてくれるネコを大事にし、残したがる人が多いはずなので、視線を合わせるネコが増えてくるでしょう。実際、ギンギツネを50年以上、繁殖交配させた研究があります。ギンギツネは人になつかないのですが、ごく少数は人になつく。それを選んで交配させていくと、行動も外見もほとんどイヌそっくりになって、人間にとてもなつくそうです。

― この問題は先生の研究にどう繋がるのでしょうか。

イヌは人間のコピーなんです。視線合わせにせよ、コマンドを使う動作にせよ、イヌができることは、人間が社会のなかで大事にしてきたことばかりです。イヌを理解することは人間と人間社会を理解することだといえるでしょう。

【text:荻野進介】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.44 展望「伴侶動物学が教える共感関係の作られかた 動物同士を仲よくさせるホルモンと視線の不思議」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属・役職等は取材時点のものとなります。



PROFILE

菊水健史(きくすいたけふみ)氏
麻布大学 獣医学部 伴侶動物学研究室 教授

1994年東京大学農学部獣医学科卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科助手、麻布大学獣医学部伴侶動物学研究室准教授を経て、2009年から現職。獣医学博士。専門は動物行動学。主著『いきもの散歩道』(文永堂出版)、『ソーシャルブレイン』(東大出版会)、『犬と猫の行動学』(共著、学窓社)、『脳とホルモンの行動学』(共著、西村書店)。


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