青山学院大学 香川秀太氏 「越境」は新しい自分になる絶好のチャンス

学習論における「越境」とは、日頃参加している集団や組織の枠を超えて、異なる集団や組織の文化に参加することを指す。越境は、個人に、組織に何をもたらすのか。越境がなぜ今注目されているのか。『越境する対話と学び』(新曜社)の著者である、青山学院大学 香川秀太准教授に伺った。


日常的に経験する越境

「越境」は、組織や集団の境界を超えることに幅広くあてはまる概念です。企業に関係するもので言えば、学生のインターン参加、就職、Off-JTからOJTへの移行、異動、転職、プロボノ、海外留学などが越境にあたります。それどころか、組織横断のプロジェクトチームに加わる、あるいは他部署の仕事を手伝うといった程度のことも、十分に越境と見ることができます。越境は何も珍しいことではなく、多くの方が日常的に幾度となく経験する身近なものです。

私たちは越境して初めて所属する集団の特殊性に気づく

私たちが越境して気づくのは、それまで当たり前すぎてあえて振り返ることのなかったふるまい方や感覚が、いかに日頃馴染んだ集団の文化に特殊だったかという点です。私たちは違う集団に触れることで、自明だった価値観や立ち居ふるまいが揺さぶられる経験をします。

例として、職場では非常に優秀なコンサルタントが、社外でプロボノ(職業上のスキルや経験を生かして、NPOなどを支援するボランティア活動)に参加したエピソードを挙げてみます。この方は培ったマーケティングスキルを生かして、NPOの経営改善を試みました。緻密な調査の結果、経済的に非効率なさまざまな点が見つかり、ニーズの薄いサービスや人材のカットを強く迫った。しかし、NPOは、これを頑として受け入れなかった。NPOは、経済的効率よりも、スタッフ間の関係性を含めた、人と人との繋がりや、すぐにニーズはなくとも社会に新たな価値を提案することに重きを置いていたからです。結局、双方は物別れに終わりました。

このケースでは、コンサルタントが、金銭的利益を優先する経済的交換の世界に立脚していたのに対し、NPOは、人との繋がり(ソーシャルキャピタル)を重視する互酬的交換の文化に立脚していた。日頃、各組織・集団で培った「前提」に大きなギャップがあったのです。

越境にはこのように、しばしば前提のズレ、葛藤、矛盾が発生します。それらが発生していても、自覚のないまま、水面下で深刻な問題へと拡大するケースもあります。しかし、前提の違いに意識を向けたり、自分(たち)にとっての常識が唯一のものの見方ではないと省察・相対化を図ったりし、さらに葛藤や矛盾を突破するような新しいアイデアや関係性を共に創造していくことを目指して対話や共同活動を続けることで、より有意義な越境が生まれてきます。葛藤や矛盾は、こうした「第三の知」として昇華されることで、単にトラブルや問題ではなく、むしろ「新しいものが誕生するチャンス」に変わっていきます。

越境者の新たな見方は組織にブレイクスルーを起こす

もちろんそれは簡単なことではありません。多くは物別れに終わったり、一方が他方に飲み込まれたりする可能性があります(難しい点ですが、その方が都合が良く見えるケースもあります)。また、仮に新しい第三知の「芽」が生じていた場合でも、気づかないで育てられずに終わる場合もあります。第三知の芽はたいてい非常にか弱くもろいため、かなり意識的にフォーカスし共に育てていく必要があります。

例えば、私は、ある病院で、看護師チームと私を含む外部の研究者チームの間で対話しながら、新しい研修システムを創造するプロジェクトに携わったことがあるのですが、後に具体化まで発展した新しいアイデアは、最初それが示された芽の状態のときは、荒唐無稽な案としてそのまま消え去りそうでした。しかし、矛盾を共有し徐々に互いの視点が交わっていくなかで、ブレイクスルーを引き起こす芽として育てられ、葉をつけ、花を咲かせるまでに至りました*。

* 事例の詳細は、香川秀太ほか、「越境的対話」を通した新人看護師教育システムの協働的な知識創造、認知科学、23(4)(2016年度冬発刊予定)。

なお、ブレイクスルーを起こすには、第三知を生み育てるのに活用できる、互いの人的、知的、物的資源は何かを検討し、これまでの慣習とは異なる、それらの創造的な使い方を考えていくことも大切です。その際は、文化の違う相手の方が、自分の資源に対し思わぬ発想を示してくれるかもしれません。

まとめると、まず(1)異文化への横断・接触、次に(2)異文化への違和・抵抗。ここにあえて踏みとどまった上で、(3)互いに差異を相対化しうまく創造的に結合させていくことができれば、(4)第三の知が生まれていく。その後、(5)新機軸を実行する過程で、場に合わせ修正・具体化していく。さらに、(6)越境志向やその機会が他のプロジェクトや場や人に波及していく場合もあります(下図)。

分散型ネットワーク社会へ

最後に、なぜ越境という考えが大事か、それが注目されているかを説明します(詳しくは拙著もご覧ください)。まず、第三知を考え始めると、教育と実践、研修と現場、中途社員への考えなども変わってきます。多くが、「一方(教育の場)で学んだことを他方(実践)で適用する」という、直線的なモデルで設計されてきました。しかし、研修も現場も各々異なる文化的な場と考えれば、設計の仕方も変わってきます。プロボノでのNPOとビジネススキルのマッチングも、固定的なギブ&テイクから、より不確実で創造的な実践として設計されそうです。

越境が注目される背景に、社会が、「集権型の組織形態」が中心の時代から、「分散型ネットワーク」が力をもつ時代への移行期を迎えていることが考えられます。分散型は、中心のない、共生的・ハイブリッドな繋がりです。従来の組織のなかで、閉塞感や能動性の喪失を感じている人間が少なくなく、異集団の人と新しいコミュニティを創ることで、古い枠からの解放や、人間本来の創造性の回復を経験します。越境は、こうしたコミュニティ形成、場づくりの過程でもあります。


【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.44 特集1「「越境」の効能」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および社名・所属・役職等は取材時点のものとなります。



PROFILE

香川秀太(かがわしゅうた)氏
青山学院大学 社会情報学部 大学院ヒューマンイノベーションコース 准教授

筑波大学大学院人間総合科学研究科心理学専攻修了。博士(心理学)。専門は、フィールド学習論、コミュニティデザイン、教育心理学、活動理論。共編著書に『越境する対話と学び: 異質な人・組織・コミュニティをつなぐ』(新曜社)がある。

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