インタビュー
東京大学 菅原育子氏
リタイア後に社会的つながりを保つにはどうしたらいいか
- 公開日:2016/11/21
- 更新日:2024/03/22
日本は平均寿命82歳の世界最長寿国で、今後、どの国も経験しなかった超高齢社会を迎える。一方で、「おひとりさま」が流行語になって久しいように、個人の孤立化・孤独化が進んでいる。それは高齢者も例外ではない。こうした社会のなかで、地域社会から孤立せず、幸せと健康を保って老いるにはどうしたらよいのか。東京大学 高齢社会総合研究機構 特任講師の菅原育子先生に伺った。
フレンドシップ・プログラムは世界中でなかなか成功しない
― 菅原先生の研究分野・研究内容を教えてください。
私の根本的な研究テーマは「地域や友人とのつながりを豊かに保ちながら、幸せに老いること」です。友人関係、地域社会との関わり、職場での人間関係、周辺的人間関係などが幸福や健康にどう影響しているか。健康と幸福の関係がどうなっているか。学部生以来、一貫してそうしたことを研究してきました。最近は、「リタイア後の60代男性の地域デビュー」「高齢者の人間関係」「中高年女性のフレイル(虚弱化)」にまつわる研究などを進めています。
― 内容をいくつか具体的に教えてください。まずはリタイア男性の「地域デビュー」研究からお願いします。
今、60代男性の「地域デビュー」が自治体の課題の1つとなっています。仕事をリタイアした後、地域社会との関わりや人間関係をうまく再構築できず、奥さんに頼りきっている男性が多くいるのです。しかし、それでは奥さんに何かあると困りますし、なかにはひきこもりや家庭内の関係悪化につながるケースもある。そこで私たちは、リタイアした方々が地域社会にソフトランディングしやすい仕組みを研究しています。
この分野ではっきりしているのは、「フレンドシップ・プログラム」、つまり、友人を作ることを目的としたイベントやプロジェクトはうまくいかないということです。実は、フレンドシップ・プログラムは世界中で試みられてきましたが、なかなか成功例がありません。最近、地方自治体などが、「気楽にお茶を飲みながら、友達を作りませんか」などと呼び掛けて、お茶会やカフェ会をよく開いていますが、あまり効果は期待できないと思います。
なぜなら、ある場に集まったからといって、すぐに友人になれるわけではないからです。ある研究がシニア男性の社会関係を研究し、活動の場が1つ重なると知り合いになり、2つ、3つと重なるに従って、知り合いから友人に発展しやすくなるという仮説を示しました。例えば、市民大学で一緒になった方と、互いのペットの散歩中に出会うと、少し話が弾みます。さらに、近くの飲食店でたまたま席が隣になったとき、本格的に仲良くなるということです。大人も子どもも関係なく、関係を構築する段階では、いくつもの接点があり、接する時間が長く、頻度が多いことが、関係性を強める大きな要因です。ですから、もし友人を増やしたいなら、まず活動の場を多様にするのが先決です。
では、どうしたら60代男性は地域デビューしやすくなるのでしょうか。私たちは、何かしらの「役割」を得られるようにすることが大事だと考えています。例えば、お住まいの地域内に関心をもって取り組める仕事や趣味を見つけることができれば、地域デビュー男性の多くが、そこでのつながりを起点に地域社会のネットワークを広げていけるでしょう。私たちはそのように仮説を立て、柏市などで実証研究を進めています。
今の高齢者男性は退職後も企業の同期や仲間と仲が良い
― 「高齢者の人間関係」はどのような研究ですか
これまで、多くの高齢者の方々にヒアリングやアンケートを行ってきました。そのなかで、75歳を超えると、「1年に1回くらい会う昔からの友人」が大事になることが分かっています。これは高齢者に限りませんが、昔からの友人の存在は、その人のアイデンティティに深く関わっているのです。75歳くらいになると、どうしても社会的役割を失う傾向にあり、人間関係のネットワークが小さくなってくる。外出する機会も減ってきます。そのとき、昔からの友人が特に大きな心の支えになるのではないかと考えられます。
また、この年代の男性にお話を伺うと、かつて所属していた企業の同期や仲間たちの存在を強く感じます。基本的には仕事上の関係はあくまでも仕事上でしかないのですが、ある時期の日本企業の同期、仲間のつながりは例外で、学校の同級生と同じように仲が良いことが多い。長い間、共にさまざまな危機を乗り越え、成長を遂げてきたからでしょう。今の高齢者男性のなかには、リタイア後もそうした仕事仲間たちと定期的に集まり、ゴルフや旅行などを楽しんでいる方がたくさんいます。そこまで濃密なつながりがあれば、やはり大きな心の支えになるでしょう。ただし、下の世代になると、こうした企業内での関係は薄くなっているのが現実だと思います。
そして、80歳から85歳になると、少しずつ「死への適応」をしていく方が多いようです。亡くなる友人や家族が増えるなかで、同世代が減っていくこと、自分も近いうちに死ぬことを受け入れていくのです。アクティブな方のなかには、60代~70代の友人を増やし、この先の社会を後進に託そうとする方もいます。
「地域で働く」といった地域活動が関係構築力を高める絶好のチャンス
― これらの研究から分かったことは何でしょうか。
ご存じのとおり、日本では「孤立化」が進んでいます。家族のサイズが小さくなり、子ども、兄弟、親戚の数が減っています。このことが、友人関係や周辺的人間関係をより重要なものにしています。例えば、デイサービスを覗くと、上手に人間関係を構築し、やりたいことを見つけて楽しそうにしている方と、周囲とうまくいかず、不満そうな方の差が大きい。間違いなく、人間関係を自ら構築できないと苦労する世の中になっています。私は、先ほどご紹介した「地域で働くこと」をはじめとする地域活動こそ、高齢者が人間関係の構築力を磨く絶好のチャンスと考えています。
このようにお話しすると、濃厚な友人関係が重要と思う方が多いかもしれませんが、必ずしもそうではありません。薄く広いつながり、いわゆる「弱い紐帯」が役立つシーンが少なくありません。弱い紐帯は、若者の場合に知り合いが多いと転職が有利になるといったことでよく語られますが、中高年の方々にとっても、予期しないストレスに対処しやすくなるという意味で重要です。そこでものをいうのは、数の多さよりも多様性。つながりの種類が多いと、お金のことはこの人に聞けばよい、ご近所トラブルはあの人に相談すればよいといった形で、さまざまな攻撃から身を守りやすいのです。多様な場に参加し付き合いの幅を広げることの意義は、この点でも大いにあるのです。
【text:米川青馬】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.43 展望「友人と社会的つながりの社会心理学 孤立せず、幸せと健康を保って老いるにはどうしたらいいか」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属・役職等は取材時点のものとなります。
PROFILE
菅原 育子(すがわら いくこ)氏
東京大学 高齢社会総合研究機構 特任講師 博士(社会心理学)
2005年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(社会心理学)。現在、東京大学高齢社会総合研究機構 特任講師。著書「女性のからだとこころ─自分らしく生きるための絆をもとめて」(分担執筆、金子書房、2012年)など。2016年度日本老年社会科学会奨励賞受賞。
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