熊本大学 鈴木 克明氏 研修は最終手段 どうしても行うなら「教えない研修」を

システム的アプローチで教え方のノウハウを研究する「インストラクショナルデザイン(教育設計学・以下ID)」という学問分野がある。IDの方法論を利用すれば、研修をより効果的・効率的・魅力的にできるのだが、日本ではまだあまり広まっていないのが現状だ。そこで、IDの日本での第一人者、熊本大学 大学院社会文化科学研究科 教授システム学専攻長 鈴木克明教授に、その方法論と具体的な利用法について伺った。


研修は最もコストがかかる手段で受け身体質を助長しかねない

IDの普及・浸透で、日本は欧米諸国に大きく後れを取っています。その大きな理由の1つは、日本企業が長らく研修を福利厚生の一部と捉えてきており、研修成果がそれほど重視されてこなかったからでしょう。しかし、最近はビジネス環境が厳しくなったこともあって、多くの企業が研修に成果を求めるようになってきました。今こそ、IDの方法論が日本に広まるべき時期です。

まず前提としてお伝えしたいのは、企業にとって、研修は目的達成の「最終手段」だということです。なぜかといえば、研修は最もコストがかかる上に、従業員の業務時間を奪うからです。さらに、受講者の受け身体質を助長しかねません。

もし、従業員の皆さんが日常業務でチャレンジングな課題に取り組むことによって、知識やスキルを身につけられる環境があるのなら、研修は特に必要ないでしょう。そうした場の方が、研修よりもずっと優れた成長のチャンスです。研修は、そうした状況が整っていないときに行うものです。

どうしても研修を行うなら、講師が講義形式で教える従来型の研修ではなく、具体的な事例を使ったロールプレイングやディスカッションをとおして、受講者が主体的に学ぶ「教えない研修」を設計することをお勧めします。講義型の研修は正解主義で、そのままでは実際の業務に役立てにくいことが多いからです。教育成果を出すには、できるだけ実務に近い環境を用意する必要があるのです。

最初に「成果」を定め、現状とのギャップを確認し、逆算で設計していく

図表が、IDの考え方に沿った研修設計の全体像です。特徴的なのは、最初に必ず「成果」と「計測方法」を決め、皆で共有することです。どういったニーズがあり、どのような成果を出す必要があるか、その成果をどのように測り、評価するのがよいかを一番に見ていくのです。最初に「出口」を決めてから、「入口(現状)」とのギャップを確認し、逆算しながら研修を設計していくわけです。このプロセスが、成果を出すためには欠かせません。

その出口には、少なくとも「研修後」と「実践後」の2つがあります。受講者が研修の学びを職場で実践的に活用しない限り、研修を行う意味はないのですから、研修後だけでなく、実践後にも出口があると考えるのが自然です。インタビューや360度評価、選択式問題(多肢選択式筆記テスト)などの評価ツールを使って、研修前後の変化だけでなく、職場に戻ってから数週間後、数カ月後の知識・スキルの定着や行動変容を調べることで、成果は初めて明確になるのです。研修から数カ月後に変化をチェックして、内容が十分に身についたことを確認してから、初めて修了証を出すというしつらえにすることが大切です。

また、成果を出すために、私はどのような研修でも必ず「アクションプラン(行動計画)」をつけるよう推奨しています。アクションプランを決めないまま職場に戻ると、多くの受講者は研修で学んだことを十分に実践せずに終わってしまいます。研修の最後に自らアクションプランを決めるようにすることで、主体的な実践を促せるのです。

さらに研修効果を高めるためには、研修内容と同じくらい、上司や職場の協力の下で行う「研修前の仕込み」と「研修後のフォロー」が大切です。受講者の現状や目指してほしい姿を、事前に上司に確認しておく。受講者が決めたアクションプランを上司や職場と共有し、それを達成するための環境を職場全体で作ってもらう。成果をあげるには、こうした工夫が欠かせません。

「オーセンティシティ」を高めることが研修品質向上のポイント

成果と測定方法を定め、研修前の仕込みと研修後のフォロー体制を整えたら、次にいよいよ研修内容を設計していきます。

そのときに重要なことが、2つあります。1つは、研修の「オーセンティシティ(真正性)」を高めることです。オーセンティシティとは、ロールプレイングやディスカッションで取り上げる事例が、実際の場面でどれだけありがちか、どれほど「らしい」のかということです。よくある事例であればあるほど、実践するときに利用できる可能性が高まります。

なぜなら、スキルや知識は、実際の文脈のなかで学んだ方が、断然効果があるからです。最新の認知科学では、私たちは「事例駆動型推論」を行っているといわれています。事例駆動型推論とは、人は新たな状況に遭遇したとき、「事例辞書」から過去の体験記憶を引っ張り出し、そこに推論を加えながら対処しているという考え方です。つまり、私たちは知識やスキルを事例単位で記憶しているのです。学ぶ事例が現実に近いほど、応用しやすくなるのはそのためです。そのとき、成功事例だけでなく「失敗事例」も重要な知識となります。例えば、「優秀な人ほど、マネジャーとなったとき、部下に自分のやり方を押し付けて失敗しがちである」ことを、事例をとおして教えれば、新任マネジャーの失敗を減らせるでしょう。

もう1つ大事なのは、受講者を2〜5つほどのタイプに分け、「ペルソナ(特徴)」を設定した上で、タイプ別に教育プログラムを作っていくことです。
1種類では、全員にきめ細かく対応できないケースが多いからです。かといって、一人ひとりに最適なプログラムを用意するのは現実的ではありません。 2〜5タイプに分けるのがちょうどよいのです。また、習熟度別にクラスを作るか、習熟度でクラス分けをせず、熟練者が初心者を教える場にするかを選ぶ必要もあります。

態度変容を起こすには知識とスキルに分解して教える

最後に、応用編として「態度変容」を促す研修について、触れたいと思います。知識やスキルを身につける研修や、行動変容を促す研修はIDで設計できますが、態度変容については間接的な対応しかできません。態度変容を起こすのは、決して簡単ではないのです。

なぜかといえば、人間の態度にはどうしても本音と建前があって、個人の行動選択の場面でしか本音が出てこないからです。例えば、多くの人が「地球温暖化は問題だ」と言うでしょうが、その一方で、エネルギーの無駄遣いを止められない人が少なくありません。こうした態度を変え、変化を測定するのは極めて困難です。

ただし、態度変容に必要な「知識」と「スキル」を教えることは可能です。この場合の知識とは、地球温暖化がなぜ問題か、何をするとどういう効果が期待できるかといった事実認識で、スキルとは、地球温暖化を抑えるための行動を実現するノウハウです。態度変容を確認するには研修後の行動観察が必要ですが、こうした知識・スキルが身についたかどうかを測定することは研修直後にもできます。このように考えれば、間接的にではありますが、研修で態度変容を促していくことも可能になります。

やはり難易度の高い「次世代リーダー育成」も、 IDでは同じように考えます。その研修が、10年後に経営陣になったときに役立つかどうかは分かりませんし、そもそも測りようがありませんが、10年後に役立つだろう知識・スキルを設定し、その習熟度を測ることはできます。IDは、このようにして多種多様な研修を設計する汎用的な方法論です。ぜひ有効に使っていただけたらと思います。


【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.43 特集1「研修効果を高める─実践につながる研修デザイン」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属・役職等は取材時点のものとなります。



PROFILE

鈴木克明(すずきかつあき)氏
熊本大学 大学院社会文化科学研究科 教授システム学専攻長 教授

国際基督教大学教養学部、同大学院を経て、米国フロリダ州立大学大学院教育学研究科博士課程修了、Ph.D(教授システム学)。東北学院大学教養学部教授、岩手県立大学ソフトウェア情報学部教授などを経て現職。『研修設計マニュアル』(北大路書房)など著書・訳書多数。

関連する記事

関連する調査・研究

関連するセミナー

お問い合わせはこちらから
WEBからのお問い合わせ
資料請求・お問い合わせ
[報道関係・マスコミの皆様へ]
取材・お問い合わせ
電話でのお問い合わせ
0120-878-300

受付時間
/ 8:30~18:00 月~金(祝祭日除く)

※フリーダイヤルをご利用できない場合は
03-6331-6000へおかけください。

記事のキーワード検索
Page Top