東京工業大学 吉川 厚氏 経験と勘を言語化することが実践につながる

講義型以外の研修方法の1つに、「ナラティブ・アプローチ」型の研修がある。受講者をある物語のなかに引き込み、その物語の登場人物として、個人あるいはグループでさまざまな課題を解決してもらう形の研修だ。こうした研修を数多く手がけている東京工業大学 情報理工学院 情報工学系 知能情報コース 特定教授の吉川先生にお話を伺った。


「マンガ」で複雑なビジネス場面を疑似体験する

私は、長年さまざまな企業の人材開発に関わるなかで、大学やビジネススクールで学んだ知識が、必ずしも企業の実践につながらない、また逆に、実践経験からうまく学べない、という声を聞いてきました。実務に役立つ研修とはどのようなものかを模索した結果、「ナラティブ・アプローチ」に着目しした「マンガ」教材が、1つの有効な手法であると考えています。

例えば、提携先企業の見極めについて学習するとします。他の教科書などで、企業提携の基本を学んだ受講者に対して、まず、見極めのヒントを埋め込んだマンガ教材を読んでもらいます。その上で、「ここに出てくるA社は業績が良いでしょうか?」といった問いを出すのです。

もちろん、マンガのなかに売上高などは提示されていません。しかし、登場人物の発言、描かれたオフィスの状態、ビジネスの状況などを総合的に判断して、仮説を立てられるようになっています。例えば、オフィスが繁華街の綺麗なビルに入っている、いくつもの応接室がある、といった情報を組み合わせ、来訪者が多く業績が高い企業であるという仮説を導けるかもしれません。別の情報に注目すれば、違った仮説も立てられます。こうしたことをグループでディスカッションしてもらうのが、マンガ研修の主な内容です。マンガには、何に注意してどう判断すればいいのかが言葉で書かれておらず、自分で見出さなくてはいけません。つまり、実践に近い状態を疑似体験できるのです。

経験や勘を言語化できれば応用が利く「ツール」になる

このマンガ研修がなぜ役立つかといえば、教科書で得た知識と、すでにもっている経験や勘をつなげ、実践に役立つ学びを「言語化」「ツール化」することができるからです。ビジネスパーソンであれば、多かれ少なかれ、企業訪問の際にオフィスの様子などを見て、「この企業は景気が良いのだろう」「この企業は今、ちょっとたいへんなのかもしれない」「社員の士気が高そうだ」「人を大事にする企業だ」などの推測や仮説形成をしているはずです。しかし、多くの場合は、推測が非言語的な「勘」にとどまっており、推測プロセスを言語化していないのです。

マンガ研修で行うのは、経験や勘の徹底した言語化です。言語化すれば、自分で応用できるようになるからです。つまり、「このポイントを見れば、業績が良い企業かどうかが分かる」とはっきり意識しながら、企業訪問できるようになるのです。これが経験や勘の「ツール化」です。ツール化してしまえば、あるケースではできたけれど、別のケースではできないということが少なくなり、能力をもっと引き出せるというわけです。

ちなみに、マンガを使っているのは、情報をコントロールしやすいからです。他の方法、例えば映像の場合ですと、情報コントロールが難しいという難点があります。「選択的注意」といいますが、映像を見ているとき、何かに注意していると、他を見落とすことが珍しくありません。マンガなら何度も見直すことができますし、学習に必要な情報だけを残して編集することができます。マンガは、学習ツールとして便利なメディアなのです。

いったん手順が分かれば経験や勘を自らツール化できるようになる

別の見方をすると、マンガ研修は「学び方を教える研修」でもあります。日本人のビジネスパーソンは総じて優秀ですが、言語化・ツール化が苦手で、やり方を知らない人が少なくありません。しかし、いったん言語化の手順が分かれば、その後は自分の経験や勘を自らツール化できるようになるケースが多いのです。どういった観点に注目し、どのようなロジックを立てれば、非言語的な経験をツール化できるか。皆さん、そのコツをつかむのが速く、教えがいがあります。

また、ツール化とはロジック化の側面をもっていますから、論理立てて説明するのも上手になりますし、そのツールを部下に教えることもできるようになります。

マンガ研修は、異なる見方や価値観を理解するようなテーマにも適しています。例えば、営業、生産管理、経理の担当者を一緒のチームにすると、同じ問いに対して、まったく異なる視点から答えを出すのが普通です。そこで、互いにロジックをぶつけ合いながらディスカッションを深めていくと、そのうち相手の考え方が理解できるようになるのです。すると、「営業部の考え方は理解できない」ではなくて、「営業部はこう考えるから、この手順で説明すれば通じる」ということが分かるようになる。特にマネジャーへの昇格時などは、他部署の視点をよく理解しなくてはなりませんから、こうした研修がものをいいます。同様に、ダイバーシティに関する研修にも有効です。

研修効果を出すためには受講者選定から効果測定までが重要

ここまで研修内容についてお話ししてきましたが、研修効果を高めるための工夫は、もちろん「受講者の選定」から始めるべきです。新人研修なら、皆さん希望とモチベーションに溢れていますから、内容が良ければ効果は上がるでしょう。しかし、入社後数年も経つと、そうはいきません。誰しも忙しいときに、研修などには行きたくないもの。昇格時研修などのモチベーションはそれほど高くないのが基本です。しかし、モチベーションが低いままでは、いくら内容が良くても、十分な研修効果は出ません。

では、どうしたら受講者のモチベーションが上がるのか。重要なのは、その人がなぜその研修に選ばれたのか、その研修がどのようなチャンスにつながるのかを伝えることです。研修の意義や可能性が分かれば、やる気は上がります。また、受講者の上司や先輩が同じ研修を受けていたら、その面白さを伝えてもらうことにも効果があります。昇格時研修は、昇格前より実際に課題に直面している昇格後の方が、モチベーションは上がります。

また、研修で得たノウハウをしっかり根づかせるためには、研修前と同じくらい、研修後の効果測定が重要です。研修の評価がうまく行えない理由の1つは、研修の目標が漠然としているということです。目標を明確にしていくと評価項目が決まり、それに従って、評価ツールも作ることができます。

私は、実践につながる言語化・ツール化が、どの程度行われたかを測定する方法として「キーフレーズ発見法」を開発しました。キーフレーズ発見法では、研修受講後に、ケーススタディ方式のテストを受けてもらいます。ケースにはさまざまな因果関係が埋め込まれていて、その問題点、改善方法、理由を答えることで、受講者一人ひとりの研修理解度を測れるようになっています。つまり、テストを受けてもらうことで、その受講者がどこまで言語化・ツール化できるようになったかが分かるのです。

最後に、少しだけ言語化に関する注意点をお伝えします。時折、言語化することでスキルが一時的に落ちる人がいます。例えば、優秀な営業担当者が自らのノウハウをマニュアル化したところ、その後のパフォーマンスが一時的に落ちたことがありました。これはおそらく、言語化した部分に自分が縛られてしまったために、言語化しなかった大事なスキルを使うのを止めてしまったからでしょう。しかしこれは、言語化できない部分を再び使うようになったり、言語化を繰り返し行ってツール化をさらに進めたりすることで、解消されます。

研修でも、実務経験でも、学んだことを次の実践に生かすには、言語化・ツール化を意識して行えるようにすることをお勧めします。

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.43 特集1「研修効果を高める─実践につながる研修デザイン」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属・役職等は取材時点のものとなります。

PROFILE

吉川 厚(よしかわあつし)氏
東京工業大学 情報理工学院
情報工学系 知能情報コース 特定教授 工学博士

1991年、慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程を修了し、NTT入社。NTT基礎研究所などに所属した後、2000年からNTTデータで教育研修に携わる。2007年より教育測定研究所。2013年より早稲田大学招聘研究員。東京工業大学特任准教授などを経て、2016年より現職。

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