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インタビュー

慶應義塾大学 中室牧子氏

読書は子どもの学力を上げるのか?

  • 公開日:2016/05/30
  • 更新日:2024/03/21
読書は子どもの学力を上げるのか?

「読書をする子どもは、学力が高い」といわれる。子どもをもつ親は、「だったら、子どもにたくさんの本を読ませよう」と考えるのではないだろうか。連載の第3回は、国内外の調査をもとに、読書と学力の間の因果関係について考察する。

目次
読書は学力の“鶏”か“卵”か?
読書は国語の成績を上げるが他の教科には影響しない?
費用対効果を上げるには大人や先生の手助けが必要

読書は学力の“鶏”か“卵”か?

文部科学省の報告書では、「親の年収や学歴が低くても学力が高い児童の特徴は、家庭で読書や読み聞かせの習慣があること」と指摘されている(図表1、図表2)。しかし、この報告書で指摘されているのは、あくまで読書と学力の相関関係であって、因果関係ではないことに注意する必要がある。つまり、読書をしているから子どもの学力が高い(因果関係)のではなく、あくまで学力が高い子どもが読書している(相関関係)にすぎない可能性があるのだ。

図表1 子どもに本を読むようにすすめている親と子どもお学力の関係/図表2 子どもが小さい頃読み聞かせをした親と子どもの学力の関係

読書をしているから子どもの学力が高い、という因果関係が存在しているのなら、「子どもにたくさんの本を読ませれば、学力が高くなる」と予想するのは正しい。しかし、読書が「原因」で学力が高くなるという「結果」がもたらされているのではなく、ただ学力の高い子どもが好んで読書をしているだけだとすれば、「子どもにたくさんの本を読ませれば、学力が高くなる」とは限らない。それどころか、子どもの学力を上げたいと考えている親や教師にとってみれば、本を買い与えたり、子どもに読書を促したりすることは、時間やお金の無駄になってしまうかもしれないのだ。

読書は国語の成績を上げるが他の教科には影響しない?

読書と学力の間に因果関係はあるのだろうか。テキサス大学オースティン校のレイ・リンデンらによる研究の結果は実に興味深いものだ。リンデンらは、フィリピンのある地域で、小学校100校をランダムに2つに振り分け、約半数の学校では、4年生約2900人を対象にして、現地NGOが各学校と協力して31日間の読書マラソンを実施した。一方、残りの半数の学校の4年生約2600人に対しては、読書マラソンは実施しなかった。このような疫学で用いられるような臨床試験を社会実験として行うことを「ランダム化比較試験」といい、こうした方法を用いれば、ある2つの事象の因果関係を明らかにすることができる。

生徒らは約1カ月の読書マラソン期間中、毎日1時間、NGOから寄付された子ども向けの物語を読んだり、本の朗読や単語ゲームなどをしたりする時間を与えられた。1カ月後、読書マラソンを実施したグループの子どもらは、実施しなかったグループの子どもらと比べて、1カ月で平均7冊多く本を読み、読書マラソンが終わった後も読書マラソン中ほどの冊数ではないものの、読書を続けていることが明らかになっている。さらには、学校外での読書量も増えたという。

では、学力にはどのような影響があったのだろうか。読書が学力にもたらす因果効果を推定してみると、読書マラソンを実施したグループの子どもらは、実施しなかった子どもらに比べて、国語の標準テストの偏差値が0.13高く、この差は統計的に有意であることが分かった。つまり、読書は子どもの国語の成績を上げる因果効果をもつといってよい。さらに、読書マラソンが終了した4カ月後に行ったフォローアップ・サーベイの結果によると、2つのグループの国語の標準テストの偏差値の差は0.06まで小さくなったが、それでもまだなお、読書マラソンを実施した学校に通っていた子どもらの方が成績が良く、この差は統計的に有意であった。つまり、読書の因果効果は、持続するのだ。学力テストの内容を細分化した分析では、特に単語力や読解力が強化されたことの効果は大きく、時間が経過しても小さくなることはなかったことが示されている。しかし、単語力や読解力が強化されたとはいえ、算数や理科など、他の教科の標準テストには影響しなかったことも明らかになった。

費用対効果を上げるには大人や先生の手助けが必要

とはいえ、総じて見れば、子どもに読書をさせるということは非常に良い教育効果がありそうだ。しかし、費用対効果の面から見てみると、この読書マラソンという介入は、国語の学力を上げる目的で行われた他の介入―補習を行うリメディアル教育や、教育実習の改善など―と比較して決して高くはないことも分かっている。また、別のランダム化比較試験では、教科書の無償配布や、図書館の設置は、子どもらの学力にほとんど影響がなかったことも示されている。実は、これまで行われたランダム化比較試験の多くは、ただ単に本や読書用の教材などを学校に増やしただけでは、子どもの学力向上には結びつかず、そうした本や教材を子どもが1人でもうまく活用できるよう手助けをしてくれる大人や先生が必要であることを示唆している。

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.41連載「[寄稿] 中室牧子の“エビデンスベーストが教育を変える”」より転載・一部修正したものである。

PROFILE

中室牧子(なかむろまきこ)氏
慶應義塾大学 総合政策学部
准教授。1998年慶應義塾大学卒業。米ニューヨーク市のコロンビア大学で学ぶ(MPA、Ph.D.)。専門は、経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」。日本銀行や世界銀行での実務経験がある。
主著に『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トウエンティワン)など。

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