インタビュー
経営者が語る人と組織の戦略と持論
株式会社日立物流 代表執行役社長 兼 取締役 中谷康夫氏
- 公開日:2016/02/22
- 更新日:2024/03/26
ライバルが増えて競争が激化、イノベーションを起こして彼らに先んじなければならない。グローバル化が予想以上の速度で進み、外国人の仲間が激増。日本型・上意下達のマネジメントを一新させる必要がある……。最近どこの業界でもあるような話だ。さて、日立物流はこの状況をいかに乗り越えようとしているのか。
海外では日本式の「空気を読め」では通じない
1950年に日立製作所の輸送業務を請け負う物流子会社として創業した日立物流。当初は日立グループ内の業務を中心に請け負っていたが、1986年から一般顧客向け事業も開始。それ以来、3PL(=サードパーティ・ロジスティクス。物流機能全般を一括請負するアウトソーシングサービス)事業を中心に業績を拡大し、現在、同事業で業界首位を誇る。
ここ2期は増収増益を達成するなど、経営は一見、順調に見える。ところが、2年前から社長をつとめる中谷康夫氏はかなりの危機感を抱き、改革に奔走しているようだ。
異業種からの参入による競争激化など、その要因はさまざまだが、何といっても最大の原因は経営のグローバル化だ。同社の売上高は現在約6800億円で、そのうち国際部門の比率は38%になっている。年平均成長率は国外が国内の2倍強もあるので、早晩、国際部門の比率が半分を超すのは確実だ。
同社のグローバル化のエンジンとなっているのが、M&Aだ。傘下に収めた海外企業は、ここ10年あまりで10社にのぼる。
こうした状況が同社にどんな変革を促しているのか。中谷氏が語る。「われわれは、上意下達の典型的な日本の会社でした。空気を読め、とよく言われ、実際、それができる人が評価されてきた気がします。迷いもなく、まっしぐらに進んでいくときはそれでもいいかもしれませんが、今の当社は違います。M&Aで異文化の仲間が加わり、日本のやり方が通用しない海外での仕事も増えてくると、上意下達より自律分散、空気を読むのではなく明確なコミュニケーションがとれないと仕事になりません。全世界グループ総人員5万人で、うち海外は2万人にもなるのですから」
変わる本社の役割事業投資と技術投資
自律分散化は国内でも進んでいる。国内事業を、地域ごとの事業会社にシフトしようとしているのだ。「日立物流が“親”、地域の事業会社が“子”という、それこそ上意下達の関係でやってきたわけですが、市場の変化が早い上に、国内でもM&Aを活発化させていることもあり、そのやり方では通用しなくなっています。親の言うとおりにやる作業会社から、自分たちで考え、実行する事業会社へのトランスフォーメーションを考えているところです」
ではそれが実現した場合、本社は何をやるのか。まずは、そうした事業会社への投資活動だ。
さらには、新しい技術への投資も重要な仕事となる。同社に限らず、トラック運転手や現場のピッカーなど、運輸業界の現場は深刻な人手不足に陥っており、同社はITとロボットを活用した現場の効率化と省人化に取り組んでいる。「倉庫内のピッキング作業を例にとると、これまでは経験を積んだ熟練者ほど、目当ての荷物を短時間でピックアップできました。ところがビッグデータを解析して、コンピュータに指示を出させた方が作業効率が向上することが分かった。今ではカートの前に付けられたタブレットが指示する順番にピッカーが動いています。また、ピッカーが棚にとりに行くのではなく、棚自体がピッカーの近くに来てくれる日立製作所製の小型・低床式無人搬送車『Racrew*』も導入しました」
組織の改革も進めている。「これまで各営業本部には、損益計算書はあるものの、バランスシートがありませんでした。それでは事業経営には不十分。今後は、全部門にバランスシートを備え、全社を、バランスシートを持った事業の集合体にしていく。そうなれば、人事をはじめ、経理、財務、技術開発、営業、それぞれのあり方というものが随分変わらざるを得ないでしょう」
全世界5万人に全員研修 内容は3PL事業について
人事はどう変わるのだろうか。「小さな事業体がいくつもできると、人財の流動化という問題が出てきます。必要なときに必要な人財をいつでも調達できる仕組みを作らないと。今までは、当社の人事は日立物流単体の2000人だけを考えればよかったのですが、これからはグループ全体を視野に入れ、全世界計5万人の経歴や保有するスキル・能力を把握できる仕組みが必要になるでしょう」
人財育成も大きく変わりつつある。特に研修については全員研修、選抜研修、選択研修の3体系に分けて整備する。
全員研修は全グループの5万人が対象という、これまでにない大規模なもの。当面は国内3万人を対象として浸透させるが、所属会社や雇用形態に関係なく、パートから役員まで、全員の受講を毎年必須としていく。教える内容は、同社の稼ぎ頭、3PL事業に関してである。
3PLを導入した顧客は自社事業に専念でき、物流コストの低減、在庫圧縮、物流品質向上などのメリットを享受できる。一方、提供企業には高度な提案力や専門性、技術、改善力、オペレーション力が不可欠だ。それが日進月歩のため、自分の役割の再確認とスキルのアップデートが欠かせないのだ。
選抜研修は文字通り、将来を担う優秀な人財を選抜し、それぞれにふさわしいプログラムを受講させる。次世代リーダー候補向け、パートのなかの現場リーダー候補向け、グループ会社を含めた同じ役職者の優秀層向けなど多岐にわたる。
その1つとして、つい最近、「経営人財育成研修」という選抜研修を実施し、中谷氏も大きな手ごたえを感じたという。「外部の研修会社にお願いしたのですが、そこのコンサルタントが指摘してくれた、当社の人財の良い点、悪い点がまさに当たっていました。実行力と折衝力、それに行動力は抜群、上司としては優れており、組織の団結力が強い半面、勉強嫌いで内向き、何か困ったことがあっても自分で考え抜かず、すぐ上に相談してしまう。組織の枠を取り払った思考が苦手で、上司は部下に対して絶対的、上下関係が非常に厳しいと(笑)。これからまさに改善したいと思っていることばかりを指摘されました」
20代から海外経験豊富 専門にこだわらず多様な経験を
中谷氏が社長に就任したのは、2013年6月のこと。大学の専攻は土木工学で、エンジニアとして新卒で入社した。
3年目、25歳のときから海外勤務を繰り返した。最初は中近東のクウェート、そこからアフリカに渡り、ナイジェリアに4年駐在した。これで帰国するのかと思ったら、「アフリカ駐在のご褒美に、オランダで遊んでこい」と上司に言われ、1年間、オランダの船会社に居候しながら仕事した。
30代はサウジアラビアなど中近東への出張を繰り返し、40 代はアメリカ駐在が長かった。52歳のとき、同社北米代表となった。「こういう私の経歴は当社で極めて異例だったんです。30歳でいったん日本に帰ってきたとき、同期はほとんど係長で、私だけが平社員でした。当時の上司がこう言ったくらいです。『お前は海外経験しかないから、一から鍛え直さないとな』と」
そういう超ドメスティックな会社がグローバル化の波にさらされ、変わらざるを得なくなっていく。30代半ばには、日本国内での貨物流通だけでなく、海外も巻き込んで貨物が動く時代になり、自然に中谷氏の活躍の場も広がっていった。「20代のうちから海外で仕事をさせてもらったことが今の私を作っています。国内では、協力会社に依頼すればスムーズに進むことが、海外ではそうはいきませんでした。例えば、アフリカではトラックを手配しておいてもまったく時間通りに来ない。いくらせっついても変わらないから、日本のように定時ではなく2時間くらいの枠のなかで仕事を進めるようにしたら、うまく回るようになりました。つまり、若い頃から会社を代表して、些細なことでもいいから何らかの意思決定を積み重ねていく。この経験が大切です。それができる場を社員にできるだけ用意したい。うまくいけば上意下達の文化も払拭されるでしょう」
その鍵を握るのが人事だ。「人事の役割は、人財育成と組織の活性化に尽きます。人事というと専門職のように捉える人がいますが、私は違うと思う。人事以外の多種多様な経験が必要です。今回の組織改革でローテーションの活性化を組み込んでいます。専門に閉じこもらず、別の仕事に携わると、思わぬ発見があるもの。人事自身も積極的にローテーションしてもらいたいですね」
多様な経験という意味では、中谷氏自身がその好例なのだ。
ナイジェリア駐在時のことである。貨物の国際輸送にあたって、通関をクリアしなければならない。専門外の仕事だったが、上司の命令で渋々やったらできた。案外面白くて続けた。そのうち、日立グループ内で、「ナイジェリアの通関制度に一番詳しい人物」として知られるようになった。中谷氏は、「褒められるとつい調子に乗るタイプの人間がいます。私もそうですが」と言って笑った。
※「Racrew」は株式会社日立製作所の日本国内の登録商標です。
【text:荻野 進介】
※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.40連載「Message from TOP 経営者が語る人と組織の戦略と持論」より転載したものである。
PROFILE
中谷 康夫(なかたにやすお)氏
1955年生まれ。1978年、法政大学工学部を卒業して日立物流入社。20代の多くは、ナイジェリアなどで日本人商社マンと切磋琢磨しながら海外勤務。1999年からアメリカへ出向。2008年、北米代表、日立トランスポートシステム(アメリカ)社長。2010年に執行役常務、2013年4月に代表執行役副社長を経て、同年6月より現職。
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