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インタビュー

イノベーションへの資源動員プロセスと人事

イノベーションには「創造的正当化」が必要だ

  • 公開日:2016/02/02
  • 更新日:2024/03/26
イノベーションには「創造的正当化」が必要だ

多くの企業がイノベーションに挑んでいるが、成功例は数少ない。では、「成功の理由」「成功と失敗の分かれ道」は何だろうか。イノベーションのために、人事が活躍する余地はあるのだろうか。イノベーションへの資源動員プロセスを研究する青島矢一教授に伺った。

合理性からいったん逸脱しなければイノベーションは生まれない
推進者の非合理的な想いが原動力になる
正当化の論理が暴走すると合理性の世界に戻れなくなる
トップがリスクを負えるなら大企業はイノベーションに向いている

合理性からいったん逸脱しなければイノベーションは生まれない

イノベーションが注目されている割に、「イノベーションがどのように実現されるのか」はあまりよく知られていない。私たちは日本企業の成功例から、イノベーションの理由を研究してきた。その成果を紹介すると共に、イノベーションのために人事は何ができるかを考えてみたい。

いま企業経営で最も重視されるのは「イノベーション」と「ガバナンス」だが、この2つは根本的に矛盾しており、ガバナンスを強化するほどイノベーションは起きにくくなる。透明性、説明責任、コンプライアンスのもとでは、技術的・経済的に不確実性が高く、技術開発の成功も将来の利益もおぼつかないものにヒト・モノ・カネ・情報を継続的に投入できないのだ。企業は極めて合理的な存在だが、合理性からいったん逸脱しなければイノベーションは生まれないのである。

そのジレンマを乗り越えるために必要なのが「創造的正当化」のプロセスだ。企業でイノベーションを起こすには、技術革新のクリエイティビティとは別に、「資源動員を正当化し、革新的な企てを継続するためのクリエイティビティや努力の積み重ね」が求められるのだ。

推進者の非合理的な想いが原動力になる

創造的正当化に最も必要なのは、イノベーションへの強烈な想いをもつ「推進者」の存在だ。推進者の主観的で固有の理由、つまり「なんとしても新製品を世に出したい」とか、「自分たちの発明で日本や世界を変えたい」といった想いがイノベーションを実現する原動力になる。推進者は技術系でも企画系でもかまわない。共に取り組めればなおよい。創造的正当化を企画系に任せられれば、技術系は技術開発に集中できる。

成功例の多くは、序盤は社内で目立たないようにしながら、小さな成功を重ねている。動員資源が少なければ、経営層もやめなさいとは言いにくい。早めに小さな成功例を作れば、継続の可能性はさらに高まる。そのなかで社内外に支援者を増やし、「想定外の成功」を目指すのが常道だ。

成功例にときどき見られるのが「同床異夢の戦略」である。推進者の想いだけでなく、さまざまな立場の考えを付け加えながら社内を巻き込んでいく方法だ。カシオ計算機の世界初の液晶モニター付きデジタルカメラ「QV-10」は当初、「目玉(カメラ)の付いたテレビ」として提案された。カメラ事業に否定的な社内を説得するためである。それゆえ開発途中ではずっとTVチューナーが付いていた。最後にチューナーを外して売り出したところ、デジカメ市場の起爆剤となる商品になった。また企画担当者は、カメラの付いたボイスメモというコンセプトを提示してこの製品の正当化を試みた。実勢価格を5万円に抑える戦略も社内理解の向上に一役買ったという。

開発目的や用途が変わっていくケースも多い。例えば東レや日東電工が強い逆浸透膜は、海水淡水化用途を目指して開発されていたが、市場では受け入れられなかった。そういう状況を救ったのが半導体工場での超純水製造向け用途の拡大であった。こうして生き延びた逆浸透膜は現在は広く海水淡水化用途で採用されている。

推進者の非合理的な想いが原動力になる

正当化の論理が暴走すると合理性の世界に戻れなくなる

イノベーションを生み出した後、ビジネスを軌道に乗せる際は、これまでと一転して、冷静かつ合理的にビジネス戦略を立てる必要がある。非合理の世界から、再び合理的な世界へと戻すのだ。非合理な正当化の論理が自走・暴走すると、判断を誤り、合理的な世界に戻れなくなってしまうことがある。企業体力を無視して世界を目指し経営危機に陥った例などもあるから、注意が必要だ。

トップがリスクを負えるなら大企業はイノベーションに向いている

イノベーションのために人事ができることはいくつかある。例えば、「人事異動」だ。ある部署で認められなくても、他の部署では認められ、イノベーションにつながった例は珍しくない。技術者の場合、入社10年は異動を避けた方がよいが、30代半ば以降の人事ローテーションは効果があるのではないか。ただ、タレントマネジメントでイノベーションを誘導するには、人事が一人ひとりをよく見ていないと難しいかもしれない。

推進者を社内外のキーパーソンと引き合わすことは、有効なサポートの1つだろう。創造的正当化のプロセスで重要なのが「潜在的支援者」の存在だ。社内外の意外な人が企ての価値を理解し、サポートしてくれた成功例がいくつもある。潜在的支援者を見つけるには、ふだん会わない人と数多く会うことだ。出張、学会、研修なども機会となるだろう。広い人脈をもつ人事がその面で活躍できる余地はある。そのためには、人事もイノベーション推進の仲間となり、一緒に知恵を絞らなくてはならない。そうしなくては、誰と引き合わせればよいかが分からないからだ。

経営トップがイノベーション推進の特質を深く理解し、リスクを負って的確な経営判断ができるなら、大企業はイノベーションに向いている。ヒト・モノ・カネ・情報が潤沢に揃っており、価値観の近い社員が多く、支援者を見つけやすいからだ。しかし現状、そうした経営トップは少数派。イノベーションのために人事ができる究極のサポートは、経営層人事の改革ではないだろうか。

【text:米川 青馬】

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.40特集1「新しい価値を生み出す人・組織づくり」より抜粋・一部修正したものである。

PROFILE

青島矢一(あおしまやいち)氏
1987年一橋大学商学部卒業。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。1996年マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院博士課程修了(Ph.D.)後、一橋大学イノベーション研究センター専任講師、准教授などを経て、2012年より現職。『イノベーションの理由』(共著・有斐閣)など著作多数。

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