経営者が語る人と組織の戦略と持論 アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役社長 兼CEO 泉谷直木氏

15年連続で最終利益が過去最高を更新、昨年1月には時価総額でキリンを抜き業界首位になるなど、アサヒグループホールディングスの躍進が止まらない。
その立役者が2010年から社長兼CEOをつとめる泉谷直木氏だ。
営業志望だったが、博多工場の倉庫係からスタートしたという異色のキャリアの持ち主である。
その人材観、組織観に迫る。


愛社精神は時にはリスクになりうる

アサヒビールといえば、愛社精神に溢れた社員が多いことで知られる。採用や教育に特別な工夫があるのでは、と水を向けると、泉谷氏からは意外な答えが返ってきた。「人事のレベルだけで考えると、社員のロイヤリティが高いことは歓迎すべきですが、社長のレベルで考えると、逆にリスクになる。会社の常識が社会の非常識になったり、内向きの“ほんわか職場”になってしまうからです。やはり、社会常識が通じる合理的な“生き生き職場”でないと」

そのためには経営者の役割が重要だ。泉谷氏は「人事と経営は一体」、いや「人事は社長の仕事」とまで言い切る。では、生き生き職場にするために、社長は何をすべきなのか。
「経営戦略の策定です。これが明確であれば、必要な能力も明らかになる。社員の能力の棚卸しをして、足りなければ、中途採用で補うか、育成に力を入れる。それが人材戦略です。そこから組織に関する議論が初めてスタートします。人材戦略は経営戦略と表裏一体の形で、社員にとっては成長にチャレンジするためのキャリア目標にもなるべきです。その2本柱がしっかりしないと企業と社員の成長がリンクしません。人事の経験は専務時代の1年間しかありませんが、いわゆる人事の議論にはその大切なことが抜けている感じがしていました」

「人を大事にする経営」とは 仕事と社員の最適マッチング

では、経営者から見て、人事はどうあるべきなのか。「要望が4つあります。人事と経営は一体であることをまず理解してほしい。そのためには、経営戦略をきちんと咀嚼しなければなりません。2つに、それと密接に関係することですが、人事は人事だけで独立するのではなく、全社機能であることも理解してほしい。3つに、縦の思考と横の思考をもってほしい。縦の思考とは組織内の階層の話、横の思考は企業風土の話です。一般社員レベルの企業風土と、ミドル、役員のそれはそれぞれ違う。最後、温かい気持ちをもってほしい。人事の仕事の根底には社員への愛があるべきです」

泉谷氏は社長に就任した2010年に8項目の経営方針を全社に示した。そのうちの1つが「人を大事にする経営」だ。「人と会社は仕事を通じてつながっています。人を大事にするとは、会社がやらせたい仕事と社員がやりたい仕事をマッチさせることです」

そのためには次の3つを明らかにしておく必要がある。1つは会社がやらせてはみたが、社員にとって荷が重かった場合、会社はどんな支援をするのか。2つは、出した成果に会社がどう報いるのか。あるいは想定した成果を出せなかった場合、どんな処遇になるのか。「この3つに関して会社と社員の間で合意ができていれば、社員は一生懸命働くはずです。そのためにも、明確な経営戦略とそれに符合した人材戦略が不可欠。その両戦略がないと情実や好き嫌いが紛れ込み、人事がおかしくなります」

理想は桃太郎軍団 異能を束ね、組織を作る

会社には多種多様な仕事があるから、社員も多種多様であるべきだ。泉谷氏の理想は「桃太郎軍団」だ。「僕は桃太郎ですが、できることは限られている。雉のように空を飛べないし、猿のように木に登れない。犬のように鼻も利かない。つまり、僕より優れた能力をもった人材が周りにいなければならないんです。僕の役目は、ある目的に向かい、キビ団子というインセンティブを使って、彼らをうまく動かすこと。これまでの人材論は社長はすべてに通じたスーパーマンという位置付けでしたが、これだけ事業が広がると無理です。僕に限らず、多くの桃太郎が自分より優れた人材をうまく使って、前に進むしかない。今までの日本の組織はみなが同じ金太郎飴集団でした。しかも、ピラミッド組織を作り、維持しようとしたから余計に大変でした。誰を上に上げるか上げないか、誰を出すか、という話です。金太郎飴だから、個別の評価は不可能です。せいぜい年功で評価するしかなかったわけです」

泉谷氏の組織観は同心円で表現できるという。核となる円がお客様であり、関連が深い順に、営業、生産、マーケティングの円が外に向かって広がる。その次が人事、さらに財務ときて、経営者は一番外側の円になる。「人事も含め、営業もマーケティングも経営と一体であるべき。経営体としてのリーダーシップが重要なのです」

普遍解を出せる力があれば環境変化に対応できる

前述したように、泉谷氏は「組織は戦略に従うべきだ」と考える。ただ、その場合、問題がある。ある程度の時間を要することだ。戦略は優れた経営者なら短期間で作れるが、組織はそうはいかない。戦略に合致する人を育てるには、少なくても年単位の時間がかかるからだ。そのギャップはどうしたら埋まると考えるのだろうか。

比喩が巧みな泉谷氏が出してきたのがアリとキリギリスの話。アリはジュニア(若手)、キリギリスはミドルを意味する。「アリは穴を掘ったり、餌を運んだりして、毎日きっちり仕事をします。横の移動だけの2次元仕事です。一方のキリギリスは跳べますから、縦の3次元の仕事もこなせる。つまり、一段高い視点から、世界を見ることができる。イソップ寓話は、アリはよくてキリギリスは駄目という結論ですが、僕はどちらも必要だと思いますね」

キリギリスとしてのミドルの力がしっかりしていれば、戦略変更による環境変化にも十分対応できる、というのが泉谷氏の考えだ。「若手のアリは個別解をすばやく出せる力をもっていればいい。一方、ミドルのキリギリスは、もう一段上の普遍解を出せる能力を培っておかなければならない。それさえあれば、突然の環境変化にもうまく対応できます」

では普遍解が出せる力はどうやったら身につくのか。「個別解は机上で議論したら導き出せますが、普遍解は現場に足繁く通い、お客様や社員の生の声を聞いて、仮説を磨かなければ納得いくものは手に入りません。階層別研修など、既存の教育体系では育成できないんです」

次世代リーダーを知的修羅場で自ら鍛える

実際、泉谷氏は社長就任以来、独自の教育体系をいくつも整備した。特に力を入れているのが次世代リーダーの育成だ。具体的には2つのプログラムが走っている。

1つは執行役員クラス約50名を対象にした、ネクスト・エグゼクティブリーダー・プログラム、もう1つは40代の課長クラス約100名が対象のアサヒ・ネクストリーダー・プログラムである。泉谷氏は前者を大学、後者を高校と呼ぶ。

高校では経営のフレームワークを教え込む。大学はもっと実践的な内容だ。例えば卒業試験では泉谷氏自らが、投資家、株主、新聞記者、サプライヤー役に扮し、一人ひとりを質問攻めにする。「知的修羅場でどれだけ頑張れるか。質問に対する答えの内容はもちろん、追い込まれたときの胆力も見ています」

泉谷氏は村井勉氏、樋口廣太郎氏、瀬戸雄三氏という個性豊かな3名の社長に仕えて働いた経験がある。そこで、「経営者かくあるべし」という貴重な気づきを得たはずだ。自身の体験と合わせ、後進にそれを伝え、一騎当千の桃太郎軍団を作りたいと願っているのだろう。

そんな泉谷氏が考える経営者の条件とはどんなものかを尋ねると、こんな答えが返ってきた。「上、前、横、下の四方向への目線を備えていること」
上とは自社が後塵を拝しているライバル社のこと。国内トップが世界トップとは限らない。グローバル競争が激化するなか、自社を世界レベルで捉える必要があるというわけだ。
前とは世の中の変化を見極めること。「100年先は無理でも、10年先は必須です」
横は日々闘っている国内競合社の動向であり、お客様の変化である。
下は社員。社員がどんな気持ちで働いているか、を常に気にかけておかなければならない。

その上で、視座、視野、視点の3つも重要だと述べる。「視座を高くすると、視野が広がる。視野が広がると、視点が増え、新たな経営課題が発見できる。経営者に一番重要なのは誰も気づかない経営課題に気づける力です」

泉谷氏自身がそうなのだ。初代広報企画課長、初代経営戦略部長、初代ホールディングス社長。初代の役職ばかりを担ってきた。新たな課題に気づき、ポストの新設を提案した張本人がそのまま責任者になったからだ。アサヒの桃太郎は「未来を見る透視力」で今何をうかがっているのだろうか。

【text:荻野 進介】

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.39特集「Message from TOP 経営者が語る人と組織の戦略と持論」より転載したものである。

【プロフィール】
泉谷直木(いずみやなおき)氏
1948年京都府生まれ。1972年京都産業大学を卒業し、朝日麦酒(現アサヒビール)入社。1998年経営戦略部長、2010年アサヒビール社長、2011年から現職。

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