- 公開日:2020/04/27
- 更新日:2024/03/18
このたび、弊社の組織行動研究所では、あらかじめ計画していた「働き方改革」の実態調査を拡大し、特にテレワークの実態を丁寧に尋ねる調査を実施した。調査期間は3月26日〜28日の3日間である。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、東京五輪・パラリンピックの延期が決定された3月24日の直後、首都圏など7都府県で緊急事態が宣言される4月7日の一週間ほど前という、緊張感が高まりつつある時期の調査という背景状況を、データの解釈にあたっては考慮されたい。
1.はじめに
1.1.本調査の目的と背景
当初より2020年4月は、働き方改革関連法が本格的に施行され、時間外労働規制の中小企業への拡大、ならびに大企業における同一労働同一賃金が適用されるタイミングであった。しかし、今となっては、誰も想定しなかった要因によって、「働き方改革」がかつてないスピードで進展している。テレワーク(リモートワーク、在宅勤務)の導入拡大は、特筆されるべき変化の代表格であろう。同時に、さまざまな事情や懸念から「働き方」を変えられずにいる方々も大勢おられる。テレワークの実態が少しでも明らかになることで、社会における適用範囲が広がることにも期待したい。
テレワークは、オフィス以外の場所を選択できる働き方であるが、実のところ、変化するのは働く場所だけではない。テレワーク環境においては、オフィスという空間が促したり補ったりしていたものが、ぽっかりと抜け落ちる。例えば、意思疎通や人とのつながりの実感、自律やセルフマネジメントの実感、安定した日常と所属の実感などである。本調査は、そのような「これまで当たり前のものとして確かにあったのに、失われてしまったもの」に光を当てることを通じて、「働き方改革」が個人や組織に促す心理的な改革への理解を深めることも目的としている。調査概要は図表1のとおりである。
1.2.レポートの構成と分析の観点
前編となる本レポートでは、回答者の属性を確認したのち、次の4つの観点からテレワークへの理解の解像度を高めたい。
(1)管理職が感じているテレワーク・マネジメントの「不安」と「機会」
(2)テレワーク環境下の「孤独」と「豊かさ」と「生産性」
(3)コミュニケーションの「チャネル」と「内容」の変化
(4)非対面・非集合時代に求められる、「つながり」と「自律」のスキル
2.回答者の属性
2.1.300名以上の企業に勤務する一般社員2040名、管理職618名
調査対象は、従業員規模300名以上の企業に勤務する一般社員と、部下をもつ課長相当の管理職である。「働き方改革」の実態調査という目的から、所属している企業で「働き方改革」の取り組みが行われている、または働き方に何らかの変化を感じている人を調査対象とした。それぞれ販売系/営業系/企画・事務系/開発系の4つの職務系統が均等になるように回答を集めた。職務系統ごとの性別、年齢階層、企業規模の分布は図表2のとおりである。
2.2.テレワーク経験者は全体で3割弱、販売系は1割を下回る
図表3に、テレワークの経験がある人の割合を示す。全回答者のうち、テレワーク経験者は3割弱であった。所属企業で「働き方改革」を推進していたり、働き方に何らかの変化を感じていたりする人に回答を依頼している本調査の特性上、この水準は社会一般の実態より高いことが推測される。
終日の業務、数時間から半日程度の業務、メール・資料確認などごく一部の業務という3形態のテレワークのいずれも、一般社員よりも管理職で経験者率が高い。所属企業の従業員規模が大きいほど経験者率が高くなる。職務系統別に見ると、販売系の職種では著しく経験率が低い。
3.テレワーク理解の解像度を高める4つの観点
3.1.観点(1)テレワーク・マネジメントの「不安」と「機会」
管理職は、テレワーク下のマネジメントにどのような「不安」を抱き、同時に「機会」を見出しているのだろうか。また、実際に経験してみると解消される不安や、発見される機会もあるのだろうか。図表4に、何らかのテレワークの経験がある管理職と、経験のない管理職に分けて集計した。
結果のポイントは以下のとおりである。
<不安>
- 半数以上の管理職が、「部下がさぼっていないか心配である」と考えている
- 未経験者の方がより不安を感じているのは、「部下に必要なときに業務指示を出したり、指導をしたりしづらい」 「チームビルディングができない」こと。しかし経験者でも、6割以上が不安に感じている
- 経験者の方がより不安を感じているのは、 「部下の心身の健康の悪化の兆候を見逃してしまうこと」。7割近くの管理職が不安に感じている
<機会>
- テレワークを「部下が自己管理の習慣をつける」「無駄な業務を減らす」「生産性を高める」「ワーク・ライフ・バランスを改善する」 「管理職が、マネジメント能力を高める」いい機会だと捉える割合は、いずれも経験者において大きく高まる
6割前後の管理職がテレワーク・マネジメントに不安を感じている。これらの不安は、テレワークを実際に経験しても解消されない。 オフィス・マネジメントの延長、あるいは管理職個人の工夫に委ねるのではなく、企業がテレワーク・マネジメントのノウハウを確立し、 組織的取り組みやツールによるサポートを行う必要がある。
他方、管理職自らがテレワークを経験すると、 「部下が自己管理の習慣をつける」「無駄な業務を減らす」「生産性を高める」「ワーク・ライフ・バランスを改善する」、 さらには「管理職がマネジメント能力を高める」いい機会だ、という実感値が高まる。これまでの日常の環境では改善の余地や その必要性に気づかなかったようなことも、テレワーク環境が刺激や機会となって変化していく可能性がうかがえる。
3.2.観点(2)テレワーク環境下では、「孤独」と「豊かさ」と「生産性」が高まる
次に、集計対象に一般社員も加えたテレワーク経験者917名についてみていく。図表5に、テレワークの効用と課題についての、 経験者と未経験者それぞれの回答を示す。管理職のみならず一般社員においても、テレワークを実際に経験した人の半数以上が、 生産性や仕事へのやる気が向上すると考えている。また、課題として、テレワークを利用できる人と利用できない人の分断や、 ツールの習熟度の違いによる足並みのばらつきなどが指摘されている。テレワークを働き方の「改革」にまで進化させるには、 テレワークという新しい労働インフラに未だアクセスできていない人に意識を向け、カバーしていく必要がある。
さらに踏み込んで「変化」を理解するため、テレワーク環境下の心理的変化、生活の変化、生産性の変化を図表6に示す。
結果のポイントは以下のとおりである。
<心理的変化>
- いずれの項目においても、変わらないと考える人が最も多く、6割前後である
- 増える(高まる)人が、減る(低下する)人を上回るのは、次の3項目である
✔「さびしさや疎外感を感じる気持ち」
(高まる・やや高まる32.7% > 低下する・やや低下する12.5% :20.2ポイント差)✔「仕事のプロセスや成果が適正に評価されないのではという不安」
(高まる・やや高まる29.4% > 低下する・やや低下する10.7% :18.8ポイント差)✔「会社に対する、好意的・肯定的な感情(感謝、貢献意欲、誇りなど)」
(高まる・やや高まる23.7% > 低下する・やや低下する13.5% :10.1ポイント差)
<生活の変化>
- 「労働時間」は、減る人の方が多いが、増える人もおり、2極化している
(減る・やや減る33.2% > 増える・やや増える23.1% :10.0ポイント差) - 増える(高まる)人が、減る(低下する)人を上回るのは、次の4項目である
✔「家事や家族とのコミュニケーションに使う時間」
(増える・やや増える51.8% > 減る・やや減る8.0% :43.8ポイント差)✔「生活の質や家族との関係性の質」
(高まる・やや高まる42.7% > 低下する・やや低下する8.3% :34.5ポイント差)✔「自身の身体的な健康度」
(高まる・やや高まる43.1% > 低下する・やや低下する13.0% :30.1ポイント差)✔「自身の精神的な健康度」
(高まる・やや高まる42.6% > 低下する・やや低下する12.8% :29.9ポイント差)
<生産性の変化>
- 減る人が、増える人を上回るのは、次の2項目である
✔「人から話しかけられて仕事を中断する頻度」
(減る・やや減る51.9% > 増える・やや増える20.1% :31.8ポイント差)✔「仕事に関連するストレス」
(減る・やや減る37.3% > 増える・やや増える26.1% :11.2ポイント差) - 増える(高まる)人と減る(低下する)人の割合が拮抗するのは、次の3項目である
✔「業務や作業の能率・効率」
(高まる・やや高まる36.2% > 低下する・やや低下する28.2% :8.0ポイント差)✔「アイディアや企画の質」
(高まる・やや高まる27.0% > 低下する・やや低下する22.6% :4.5ポイント差)✔「仕事への責任感や成果への意識」
(高まる・やや高まる26.2% > 低下する・やや低下する25.4% :0.8ポイント差)
テレワーク環境下では、仕事の中断が減るなどの理由で生産性が高まり、生活や健康面に振り向ける意識や時間が増える。一方で、さびしさや不安を感じることも増え、つながりが希薄化する傾向も読み取れる。テレワーク環境下における生産性一辺倒のモードは、 その効果がありすぎるからこその危険を伴う。また、個人の生活が豊かになる側面を歓迎しつつ、仕事のコミュニティにも居場所をつくり出していくバランスが求められる。 生産性と生活の質を高めながら、それらからこぼれ落ちやすい仕事の関係性における「感情」を拾い上げ、「つながり」の感覚を育てるコミュニケーションが、 新たに求められる環境といえそうだ。
3.3.観点(3)コミュニケーションの「チャネル」と「内容」の変化
前項でも示唆されたように、対面で会話する時間が減り、皆で共有していたオフィスという空間がなくなることで、 直接的に変化すると考えられるのはコミュニケーションである。「チャネル」と「内容」の変化を図表7にまとめた。
結果のポイントは以下のとおりである。
<チャネル>
- 対面で行われていた会話が別のチャネルに移して継続されていると考えられる
✔「ビデオや音声での会話」が増える・やや増えるという人が59.8%
- 対面で行われていた会話がすべてビデオや音声に移行するのではなく、文字を介したテキストコミュニケーションによっても補われていると考えられる
✔「メールなどでの情報共有」「チャットなどの同時性の高いテキストコミュニケーション」が増える・やや増えるという人が、それぞれ65.6%、59.1%
<内容>
✔「感謝の言葉をかけたり、かけられたりする機会」
(減る・やや減る46.7% > 増える・やや増える16.7%:30.0ポイント差)
✔「雑談や思いつきレベルのアイディアの共有」
(減る・やや減る40.3% > 増える・やや増える19.5%:20.8ポイント差)
✔「同僚と、お互いの仕事の進捗を気にかけ、助け合う機会」
(減る・やや減る38.7% > 増える・やや増える21.2%:17.6ポイント差)
- 減る人が、増える人を上回るのは、次の3項目である。
- 減る人と増える人の割合が拮抗するのは、次の3項目である
✔「ちょっとした問題や困りごとの相談」
(減る・やや減る34.9% / 増える・やや増える26.0%)✔「配慮に欠けると感じる指示や言葉を受ける機会」
(減る・やや減る26.0% / 増える・やや増える24.5%)✔「上司への報告・連絡・相談の機会」
(減る・やや減る28.0% / 増える・やや増える28.9%)
対面の会話でないことや、チャネルが変化することで、コミュニケーションの内容も変化することがうかがえる。
雑談やアイディアの共有、感謝の言葉の交換や、気にかけ助け合う機会は、意識せずにいると減ってしまう懸念がある。 一方で、変わらない人や増える人もいるので、何らかの工夫によって、温かく活力のあるコミュニケーションを維持することは可能であり、 むしろ増やすこともできると考えられる。
一方、ちょっとした相談や、配慮に欠けるコミュニケーション、上司へのいわゆる報連相(ホウレンソウ)は、 増える人と減る人に二極化する。過剰なものを減らし、必要なものを増やす。テレワークは、コミュニケーションを意識的にデザインするツール・機会ともなりそうである。
3.4.観点(4)非対面・非集合時代に求められる、「つながり」と「自律」のスキル
ここまで、テレワーク環境下だからこそのテキストコミュニケーションへのシフト、そこで仕事生活・私生活が豊かになったり生産性が高まったりする側面と、不安や孤独を抱えやすかったりアイディアや関係性を深めにくかったりする側面を見てきた。
ICT(情報通信技術)が進化し多様性が高まる現代において、 テレワークを活用した生活は、「アフターコロナ」においても大きく後戻りすることはないと筆者は考えている。そのときに、何かを諦めたり、 誰かを置き去りにし孤独にしたりしないために、私たち自身にはどのようなスキルアップが可能だろうか。
テレワーク経験者917名に、テレワーク環境下で必要度が高まると思うスキル、またそれを自分ができていると思うかどうかを尋ねた結果が、図表8である。
結果のポイントは以下のとおりである。
<必要度が高まるスキル>
- 最も必要度が高まると考えられているのは、文章を通じたコミュニケーションのスキルである
✔「文章で、人に情報や要望を、分かりやすく伝えること」(79.0%)
- 次に続くのが、セルフマネジメントのスキルである
✔「集中力を保ち、自己を律すること」(66.3%)
✔「仕事の計画を自分で立て、進捗を管理すること」(65.1%)
✔「上司や関係者への報告を適切に行うこと」(62.6%)
- 自他をケアするスキルも半数以上が挙げている
✔「文章で、人への思いやりや気遣いを伝えること」(60.3%)
✔「気分転換や休憩を適切にとること」(51.0%)
<スキルの充足度>
- いずれのスキルも、充足していると考える人は、必要と考える人の半数程度
- 最もギャップが大きいのは「集中力を保ち、自己を律すること」(必要66.3%、自分ができている28.7%)
分かりやすい文章で情報や要望を伝えるといったロジカルなスキルと、自他の状況に気遣いや思いやりを向けるケアのスキルが、 いずれも重要であることが、テレワーク環境下では意識される。また、オフィスにおける対面での人とのかかわりが促してくれていた、 計画や進捗管理、気分転換や休憩といったセルフマネジメントを、自ら意識して、文字通り「自律」していくことが意識されているといえる。
4.まとめ
以上、企業人のテレワーク経験への理解の解像度を高めることを目的に、分析・レポートしてきた。テレワークの環境下では、仕事や私生活の充実や生産性の向上を実感しつつも、人とのつながりが希薄になりやすく、不安や孤独を覚えたり、創造や助け合いが停滞したりする可能性がある。
そのような環境下において、テレワークをよりよいものへと進化させる鍵は、「ロジカルであること」と「ケアすること」のいずれの要素も備えた、コミュニケーションやセルフマネジメントにあると考えられる。そこから浮かび上がる、「つながり」を生み出す「自律」というイメージは、テレワークという「手段」の先にある、「働き方」の進化イメージといえるかもしれない。
執筆者
組織行動研究所
客員研究員
藤澤 理恵
リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所主任研究員を経て、東京都立大学経済経営学部助教、博士(経営学)。
“ビジネス”と”ソーシャル”のあいだの「越境」、仕事を自らリ・デザインする「ジョブ・クラフティング」、「HRM(人的資源管理)の柔軟性」などをテーマに研究を行っている。
経営行動科学学会第18回JAAS AWARD奨励研究賞(2021年)・第25回大会優秀賞(2022年)、人材育成学会2020年度奨励賞。
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