コラムCOLUMN
公開日:2024/02/05
更新日:2024/02/05

THEME 人事制度

特集有価証券報告書における人的資本情報開示状況の調査から

自社らしさを生かした人的資本経営を再考する

自社らしさを生かした人的資本経営を再考する
執筆者情報
リクルートマネジメントソリューションズ
HRM統括部コンサルティング部
ソリューションデザイン2グループ マネジャー
白井 邦博

プロフィール

2023年3月期決算から、上場企業などを対象に人的資本に関する情報開示が義務化され、人的資本経営に関する関心が高まっている。今回弊社では、各社の有価証券報告書における人的資本情報の開示状況を調査した。その分析を踏まえ、単なる義務化への対応にとどまらず、どのように人的資本経営に向き合うことが効果的かを考察したい。

 

人的資本経営に注目が集まる背景



昨今、人的資本経営や人的資本開示というキーワードに注目が集まっている。その背景としては、企業価値の源泉が財務資産から非財務資産(人的資本や知的財産など)へ徐々に移行するなか、2018年に国際標準化機構(ISO)によって制定された人的資本情報の計測・報告に関するガイドライン(ISO30414)や、2020年に経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」で人的資本経営の重要性が訴求されたことがある。

そして最もインパクトが大きいのは、上場企業など約4000社を対象に、2023年3月期決算から人的資本に関する情報を有価証券報告書に記載することが義務づけられたことであろう。本稿では、各社の有価証券報告書における人的資本情報の開示状況を調査・分析した結果から、これからの人的資本経営への向き合い方について考えてみたい。

有価証券報告書での開示状況を確認する



今回弊社では、2023年6月から7月までに有価証券報告書を開示した約640社の開示内容を基に、各企業がどのような情報を開示しているかを調査した。具体的には、内閣官房の非財務情報可視化研究会が公開した「人的資本可視化指針」を基に、各社の開示が想定される25個の指標を設定し、指標ごとに有価証券報告書内で定量情報の記載が行われているかを集計した。

図表1は、今回弊社で設定した指標ごとの開示率を集計したものである。

<図表1>有価証券報告書における定量情報の掲載割合 〈n=642〉

有価証券報告書における定量情報の掲載割合

集計の結果、大きく2つの特徴が確認できる。1つは「女性管理職人数・比率」や「育児休業取得率」「男女賃金格差」は8割以上の企業が開示を行っている点である。これは女性活躍推進法などにより大半の企業に公表が義務づけられたことが影響していると考えられる。もう1つは「採用人数・比率」「従業員女性人数・比率」「人材育成投資額、投資時間、研修参加率」「エンゲージメントサーベイスコア」の開示率が15%を超えており、5〜6社に1社の割合でこれらの指標についても開示が行われている点である。今回の人的資本情報の開示においては、女性活躍推進法などに関連する指標以外は具体的に何の指標を開示するかは定められていないが、どのような指標を開示することが望ましいかを検討している企業にとっては、先行企業がこれらの情報を開示している割合が高いことは参考になるだろう。

図表2は、設定した25指標のうち、企業ごとに何件の指標を開示しているかを集計したものである。

<図表2>有価証券報告書における企業ごとの掲載指標数 〈n=642〉

有価証券報告書における企業ごとの掲載指標数

最も社数が多いのは、有価証券報告書で義務づけられている「平均勤続年数」「女性役員人数・比率」に加え女性活躍推進法などに対応した「女性管理職人数・比率」「育児休業取得率」「男女賃金格差」の計5指標を開示している企業(179社)だが、前述の5指標に加えて何らかの指標を開示している6指標以上開示企業が全体の半数以上(370社)となっており、人的資本情報の開示を義務化対応にとどめず、何らかの意思をもって自社の情報を積極的に開示しようとする姿勢の企業が多いことが確認できる。

また、有価証券報告書での開示は少ない数にとどまっているものの、統合報告書や自社独自の資料を作成して人的資本に関する情報を開示しているケースも大手企業を中心に一定数確認できており、そうした企業を含めると、より多くの企業が人的資本経営に関して検討を重ね、情報を積極的に開示・発信していることがうかがえる。

図表3は、各社の有価証券報告書における25指標の平均開示率を従業員数(連結)ごとに比較したものである。

<図表3>有価証券報告書における従業員数別の25指標平均開示率 〈n=642〉

有価証券報告書における従業員数別の25指標平均開示率

300名以下の企業は、女性活躍推進法による情報開示が努力義務となっている100名以下の企業を含んでいるため平均開示率が16%とやや低いが、301名以上の企業では平均開示率が20%を超えており、特に1001名以上の企業では平均7指標程度の情報を開示していることがうかがえる。参考までに東京証券取引所の上場区分別では、プライム市場の上場企業が平均27%、スタンダード市場の上場企業が平均21%、グロース市場の上場企業が平均17%となっており、企業規模が大きい企業ほど積極的に情報を開示していることが確認できた。

また、今回は事前に設定した25個の指標に関する定量情報の有無を確認したが、設定した指標以外にも、「有給休暇取得率」や「残業時間」「理念浸透に関する特定の研修受講率」「社員1人当たりの営業収益額」「リモートワーク率」「部門間異動件数」などの定量情報を記載している企業も確認できた。特に「有給休暇取得率」や「残業時間」は比較的多くの企業が定量情報を記載しており、主に健康経営の実現に向けた取り組みを進めている企業がこれらの情報を開示している様子がうかがえた。

自社らしい考え方やストーリーで語ることの重要性



今回の調査では、有価証券報告書における定量情報の記載有無を中心に調査を行ったが、多くの企業の有価証券報告書を確認するなかで感じたのは、自社の人的資本に対する考え方や思想を明確にし、定量情報の必要性をストーリーとして示すことの重要性である。各社の有価証券報告書を確認すると、どの企業も人材が経営戦略を実現する上で欠かせない存在であることには触れているものの、どのような状態を目指すか、どのような姿勢で人材に向き合うのか、何に取り組むことが重要だと考えているのかなど、自社ならではの考え方や方針を具体的に記載している企業はまだ限られているのが現状だといえる。今回の調査では、有価証券報告書の「戦略」部分において以下2点のポイントが明確になっていると、人的資本に対する自社の姿勢がステークホルダーに対して伝わりやすくなっていると感じることができた。

(1)人的資本経営を通じて目指す状態を明確にしている

ある企業では、自社の人材マネジメントに関する姿勢を示すものとして人材マネジメントポリシーを掲げ、すべての人事施策はポリシーを起点として検討を行う旨が記載されている。また別の企業では、自社の経営戦略を実現するためにはどのような人材が求められるのかを「戦略」部分に記載していた。このように、自社がどのような姿勢で人的資本に向き合うのか、あるいは人的資本経営を通じてどのような人材を育成することを目指すのかを示すことで、人的資本経営の目的が明確になり、人的資本経営をストーリーで語る上でのゴールがステークホルダーにも分かりやすく伝わるようになると考えられる。

(2)目指す状態に照らして取り組むべき課題を明確にしている

ある企業では、自社のありたい姿を実現するため、組織風土改革・人事制度構築・イノベーションの3点が人事施策における最優先事項として明記され、具体的に何に取り組むかがセットで掲載されている。また別の企業では、エンゲージメントサーベイの結果を基に自社の課題を特定し、新人事制度への改定とコミュニケーション活性化という2つの取り組みテーマを設定して、課題解決に向けた動きを進めている。このように、前述の目指す状態をありたい姿としたときに、その実現に向けて特に解決すべき課題が何かを明確にすることで、定量情報だけでは十分に伝わらない、自社の現状認識や方針などがステークホルダーにも分かりやすく示せるようになると考えられる。

今後の人的資本経営に関する展望



今回の調査では、人的資本情報の開示について、各社が単に義務化対応を行うだけでなく、自社ならではの方針や開示すべき情報を考え、徐々に情報公開を進めている現状が明らかになった。では、このような人的資本経営・開示の取り組みは、今後どのような展開が予想されるのかを改めて考えてみたい。

有価証券報告書への記載というイベントにより、人的資本経営に対してにわかに注目が集まっているが、本来的には人的資本への投資は開示の有無にかかわらず、事業成長を左右する経営の重要アジェンダである。また、人的資本を取り巻く環境として忘れてはいけないのは、日本では少子高齢化が加速度的に進行している点であり、経済産業省の調査によると、2030年までに、日本の生産年齢人口は約1000万人減少すると予測されている*1。加えて、リクルートワークス研究所の調査によると、日本の労働流動性はますます高まっており、30歳から34歳でもほぼ2人に1人が1回以上の退職を経験しているなど、すでに転職しない人よりも転職する人の方が世の中には多い*2

こうした背景から、人材採用の難度はますます上昇し、企業が人材を選ぶだけでなく、求職者から企業が選ばれる必要性が高まることが予測されるだろう。その際、求職者から選ばれる企業になるためには、自社の魅力を訴求するだけでなく、自社の人的資本に関する情報を開示することが重要になるのではないか。すなわち、人的資本情報の開示は求職者にとっても重要な情報源となり、また入社後のミスマッチを防ぐ意味でも貴重な判断材料になるといえるだろう。人的資本情報の開示は、義務化への対応という守りの取り組みではなく、自社の魅力をPRし、採用力を高めるための攻めの取り組みとして位置づけられることが望ましく、すでに自社ホームページや決算説明資料などで自社の人的資本情報を公開している企業が確認できるが、今後はこうした取り組みを積極的に推進する企業が増加するのではないかと考えられる。

ありたい人的資本経営の状態とは



では、これまで確認した人的資本の開示状況や予測される潮流を踏まえ、これから人的資本経営を考える、あるいは自社ならではの開示方法を検討する企業には、どのような取り組みが求められるのだろうか。弊社では前述の調査結果を踏まえ、人的資本経営を考えるためのキーステップが大きく3点あると整理した(図表4)。

<図表4>人的資本経営を考えるためのキーステップ

人的資本経営を考えるためのキーステップ

各ステップでの具体的な取り組みはそれぞれ以下のとおりである。

(1)人的資本経営を通じて、どのような状態を目指すのかを言語化する

目指す状態の言語化には、大きく2つの方法が考えられる。1つは人材マネジメントポリシーや人事ビジョンと呼ばれている、自社が人に向き合う上で大切にする姿勢や考え方を言語化する方法であり、もう1つは求める人物像と呼ばれている、理念や経営戦略を実現するためにどのような人材を育てていくかを言語化する方法である。前者は自社の歴史や「自社らしさ」から紡ぎだされる不変的な要素であり、後者は経営戦略の変化に応じて変わり得る可変的な要素である。いずれの場合も、最終的に言語化された文言だけでなく、その検討プロセスにおいて議論された内容も自社らしさを伝える情報として活用していくことがポイントになるだろう。ある企業のケースでは、これまでの歴史や従業員へのインタビューを通じて自社の強みや魅力を抽出した上で、次の10年も生かしたい強みは何か、今は強みになっていないが今後強みに変えていきたい要素は何かを議論し、その両方を求める人物像のキーワードとして活用した。言語化した文言を展開する際には、そうした背景情報を併せて伝えることで、文言に対する納得感をより高めることができるだろう。

(2)目指す状態を実現するための優先課題を整理する

前述の目指す状態と自社の現状を踏まえ、優先的に解決すべき課題が何か、あるいは課題に対する取り組みが不十分なことは何かを議論し、社内で目指す方向のベクトルを揃えておくことも、自社の独自性や方針を明確にする上では非常に重要だといえる。各社の有価証券報告書や統合報告書を踏まえると、目指す状態を実現するための人事施策は、大きく3つのテーマに大別されると考えられる。

●事業成果向上に向けた制度(採用・育成・サクセッションプラン・リテンションなど)

●人材が成長・活躍するための制度(ダイバーシティ・働き方・自律的成長機会など)

●人材が成長・活躍するための組織風土(理念浸透・就業の健全性・承認称賛の機会設計など)

優先課題を考えるための1つの方法として、自社の人事施策を上記の枠組みを基に整理し、テーマごとに過不足がないかを確認する方法も考えられよう。

(3)優先課題を解決するために取り組む施策を決定する

課題を解決するための具体的な施策を検討する際には、2つの観点をもつことが必要だと考えられる。1つは施策の進捗や効果を測定するための目標設定であり、単に施策を実施するのではなく、どのように変化度合いを測るのかを事前に定めておくことが欠かせない。一例としては研修受講率や満足度による評価、あるいはサーベイを通じた状態変化の確認などが挙げられる。もう1つは設定した目標の達成状況をいつ・どのように確認し、必要に応じた見直しを行うかを事前に定めておくことである。目標設定とPDCAを施策に実装することで、目指す状態に向けて取り組みが順調に進んでいるかを確認することができ、より効果的に人的資本経営を推し進めていくことができるだろう。

こうしたステップを社内で実践し、自社の人的資本に対する考え方や取り組みが明確になることで、自然とどのような情報を開示するかが明らかになっていることが望ましいといえる。すべてのステップや具体的な施策を一気に整理することは難しいため、取り組みを進めながらステップバイステップで情報を開示し、ステークホルダーからの意見を収集した上で、取り組みや開示内容を見直していくことも効果的だろう。いずれにしても、人的資本の開示はあくまで自社の取り組みのアウトプットになるため、一足飛びに開示情報を検討するのではなく、人的資本経営に関する自社の考え方を定めることが重要になると考えられる。

自社の人的資本経営を「リストーリー」する



一方で多くの企業では、すでに人材マネジメントポリシーや自社らしさ、求める人物像は明確になっており、新たに考え直すという機運が起こりにくいことも考えられる。そこで弊社では自社の人的資本経営に対する見直し、すなわち「リストーリー」を推奨したい。

この数年、企業の人事部は、過去では考えられなかった新たなテーマに次々と取り組むことが求められている。直近で話題になったキーワードだけでも、ジョブ型や健康経営、テレワーク、副業解禁、HRテック、リスキリングなどさまざまな単語が思い浮かぶ。人事部は従業員や経営、社会のニーズに応え、それぞれのテーマに自社がどのように向き合うかを考え、制度改定などの打ち手を講じているが、それぞれの取り組みが施策ベースで走り、人事部全体を俯瞰してみるとパッチワークのような状態になっているケースも多いことが想定される。

このような状況を見直し、自社の人事戦略を再考するきっかけとして、今回の人的資本開示の流れを活用することは有効だと考えられる。すなわち、改めて自社の理念・パーパスや経営戦略を踏まえ、自社らしさを生かしながら、自社の人材がどのような状態になることが望ましいかを確認し、その実現に向けた自社の取り組みを整理し、どのような取り組みが不足しているのか、あるいは今後特に注力すべきは何かを検討し、経営と合意した上で、社内外で方針共有を行うことで、経営と人事部が同じゴールを目指し、より意味のある人事施策を進めることができるようになるのではないだろうか。

昨今、企業を取り巻く環境が大きく変化するなかで、企業はそれらの変化に柔軟に対応するだけでなく、自社の理念・パーパスを実現するために何が必要なのかを考え行動することが求められている。今回の人的資本に関する潮流も、単に一過性の取り組みとして終わらせるのではなく、5年後・10年後のありたい姿を目指した起点として活用され、事業成長のドライバーとして機能することが望ましいと考える。企業の経営陣や人事部は、こうした機会を逃さず活用できるか、人材に対する主体性や構想力が試されているといっても過言ではないだろう。



*1 経済産業省(2019)変革の時代における人材競争力強化のための9つの提言

*2 リクルートワークス研究所(2017)全国就業実態パネル調査

 

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.72 特集2「自社らしさを生かした人的資本経営を再考する」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

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