特集
個別アプローチのポイントと鍵を握る管理職
心理的側面に着目して、一人ひとりを生かす 〜ワーク・メンタリティの視点から〜
- 公開日:2011/11/01
- 更新日:2024/03/25
経営環境の複雑化や労働市場・企業人の価値観の変化にともない「会社と個人の関係性」が変容している。企業の視点に立てば、人材マネジメントにおいて、全体一律ではなく、より一人ひとりに対してアプローチしていく必要性が高まっている。このような状況のもと、「エンゲージメント」や「心理的安全性」といった、個々人の心理状態への注目が集まっている。本論では、従業員の「ワーク・メンタリティ」(従業員が仕事に臨む心理状態の総称)について企業がどのように捉えていけばよいのか考察していきたい。
個人の心理的側面への注目
昨今、社員一人ひとりの生産性やパフォーマンスを高めようという流れから、働く個人の心理的側面にどう向き合っていくか? に対する関心が高まっている。
最も注目を浴びているテーマは「エンゲージメントの向上」だろう。筆者が人事系カンファレンスで講演などをしていても、エンゲージメントを冠した講演タイトルを目にする機会がとても多い。エンゲージメントへの関心が高まっている背景として、業績やパフォーマンスとの関連性が高いとされている点が挙げられる(Great Place to Work(R) Institute Japan, 2018)。不確実性の高い時代だからこそ、一人ひとりが主体性や情熱をもって仕事に臨むことを突破口にしたいと考える企業が多いのだろう。
次に注目されるテーマとしては、「心理的安全性の確保」が挙げられる。よく語られるように、Google社のプロジェクト・アリストテレスによる研究成果を発端に世間の注目が集まった概念である。チームが成功するための要素として、構成員の能力や属性よりも、心理的安全性が担保されているかどうかが重要であったという研究である。エンゲージメントを高めることと、心理的安全性を高めること。どこか近しい話であるような、異なる話であるようなテーマだが、この違いは後ほど詳しく見ていきたい。
また、従業員一人ひとりの心理にフォーカスした取り組みとしては「ストレスチェック」も該当する。ストレスチェックは労働者保護の性質が強く、企業が個を積極的に生かすための取り組みという印象は一般的にもたれづらいが、これも紛れもなく従業員一人ひとりの心的負荷やストレス度に着目しようという主旨である。
ワーク・メンタリティの複雑さ
このように、従業員の心理的側面を捉える切り口はさまざまである。ここではそれらの従業員が仕事に臨む心理状態を総称して、「ワーク・メンタリティ」と呼ぶことにする。こういったさまざまな要素に対して、私たちはどのように働きかけるとよいのだろうか。
図表1は、従業員のワーク・メンタリティのうち代表的な3つの要素を取り上げ、これらが従業員の「勤続意向」や「ストレス反応」にどのように影響するかを確認した結果である。
この調査によると、勤続意向は「エンゲージメント」「心理的安全性」との間に一定の相関が見られ、ストレス反応は「孤独感・落ち込み」との間で最も相関が高かった。また「心理的安全性」については、勤続意向よりもストレス反応との相関がやや強く、「エンゲージメント」とはやや違う動きをしている。総じて、3つのワーク・メンタリティは、それぞれ異なる形で勤続意向やストレス反応と関係していることが分かる。これらからいえることは、従業員の勤続意向を高めていくにはエンゲージメントを高めることが有効だが、例えば従業員を過度なストレスから守るためにエンゲージメントを高めることが有効とは限らない、ということである。エンゲージメントさえ高めていれば、すべてが解決されるわけではないのである。
図表2は、先行研究や事例をもとに、従業員のワーク・メンタリティの状態に応じて周囲がとるべきコミュニケーションが変わってくることを整理した図である。
例えば「心身が不調で余裕がもてない状態」の際に「もっと頑張れ」や「あなたが本当に実現したい状態は?」といった問いかけが適していないことは容易に想像がつくが、このような状態の際に「大丈夫?」「困ったことがあったら言ってね」といった声のかけ方も、実は有効ではない。心身の負荷が高く追い詰められた状況では、人は自分の状態を正しく客観的に捉えられない(結果として、自らを助けられない)ことが多いからだ。こうした際には、自分の置かれた状況を自覚/外在化させることから始める必要がある。広義でいうところのレジリエンスを高めていくことが必要なのである。
また「不安や不満にとらわれている状態」の人に、思考の整理を促したり、論理的で健全な思考を求めることも適切ではない。こういう状態にある人は、きちんと考えさせてくれる相手ではなく、まずは感情を吐き出す相手を求めているからだ。不安や不満が強いときに、自分の思いや考えを受け止めてもらえないまま内省を促されても、ストレスが溜まるだけだ。いろいろ不満もあったけれど「分かってもらえた」と感じたらスッキリして少し落ち着いた。この上司/この会社は自分の存在を受け入れてくれる、分かってくれると思えるから、自分の不満や疑問も積極的にぶつけることができる(心理的安全性)。こういう心理状態を目指していくことが肝要だ。コーチングのような関わり方が有効になってくるのは、こういう状態が整った「その後」である。
このように、実際に1人の従業員とコミュニケーションをとる場面を思い浮かべれば、働く個人にはさまざまな心情が入り混じっていること、それらの心理状態に合わせて適したコミュニケーションも変わってくることは自明である。それにもかかわらず、組織診断サーベイなどを通じて見ると、私たちはエンゲージメントなどの単独の要素ばかりに着目して、それ単体を高めていく取り組みを行っていることに満足してしまうこともあるのではないだろうか。どの社員も一律にエンゲージメント向上、といったような画一化された取り組みでは、さまざまな心理状態を抱える個人に十分に対応できないことを私たちは意識しておく必要があるだろう。
ワーク・メンタリティとパーソナリティの関係
一人ひとりのワーク・メンタリティと丁寧に向き合っていくときに気になることは、ワーク・メンタリティは個々の性格特徴(パーソナリティ)の影響をどれだけ受けるのか? ということだ。
ワーク・メンタリティのうち、現状に対する不満のありように着目して、4つの性格タイプ(※)別に傾向の違いを確認したものが図表3である。「仕事量の多さや労働時間の長さ」あるいは「仕事の負荷の偏り」といった不満については、性格タイプの別を問わず選択率が高い。
性格を問わず、こういったことが積み重なるとワーク・メンタリティにネガティブな影響を与えると考えてよいだろう。全体の選択率は高くはないが「上司とのコミュニケーション不全」についても、性格タイプによって選択率が大きく変わらないようだ。一方で、「納期や締め切りに追われている」については、「調和重視タイプ」と「秩序重視タイプ」がより多く選択していることが分かる。この2つのタイプは、一つひとつ慎重にステップを踏みながら仕事を進めたいタイプであり、納期や締め切りに迫られると他の2タイプよりも負担や不満を感じやすいことがうかがえる。同様に「創造重視」「結果重視」の2タイプは、物事を自分なりに進めたいタイプゆえに「新たな仕事に挑戦したり、人間関係を広げる機会がない」つまり、選択の自由を奪われた状況で仕事をしていくことに不満を感じやすい。そして「結果重視」「秩序重視」のように、合理性や一貫性を重んじる2タイプでは「上司が求めるやり方と自身のやり方が合わない」ことを不満に感じやすいようである。
これらの結果から示唆されることは、同じ状況を不満に感じる人もいれば、そこまで不満に感じない人もおり、状況によっては、性格特徴も影響していそうだということである。考えてみれば当たり前のことではあるが、例えば異なる性格をもつ上司と部下がすれ違うシーンを思い浮かべれば、決して軽んじることはできない観点だろう。上司から見れば大したことではない問題も、部下にとっては大きな問題である可能性がある。部下にとっての大問題を軽視した発言をすれば、上司は部下の信頼を失うかもしれない。反対に、上司から見れば大した問題ではないように思えても、部下にとって大きな問題を解消してやることができれば、部下のワーク・メンタリティを大きく改善させることができるかもしれない。従業員一人ひとりに性格があり、不満や気になることは一様一律ではない。一人ひとりを生かしていくためには、改めてこの認識に立つことが有用だろう。
鍵を握るのはミドル・マネジャー
従業員一人ひとりを生かすことを目指すならば、人事のアプローチも全社一律の施策や制度づくりだけでは限界がある。前述したように、従業員一人ひとりにとって、気になることや重要なポイントが異なってくるからだ。一人ひとりに沿った対応や方向付けを行っていくためには個別のコミュニケーションが不可欠であり、ミドル・マネジャーが果たすべき役割は大きい。
弊社では「上司(管理職)に対して、一人ひとりのメンバーに適したマネジメントができるようにしたい」というご相談を頂くことが多い。その際によく活用するのが、図表4のモデルである。
横軸に従業員自身の「ワーク・メンタリティ」の良悪、縦軸に上司側から見た各従業員の「期待到達度」の高低をとり、アセスメントへの回答結果をもとにバイネームでプロットしていく。上司からすれば、期待しているメンバーは「右上」に位置していてほしいところだが、実際には「左上」に位置することもしばしばだ。「彼はよく頑張っているし、成果も上げているから大丈夫だろう」と思っていたメンバーが、実はネガティブな心理状態だったと知った際の上司のショックは大きい。業界や従業員規模が平準化されるようにサンプリングして統計をとってみると、実に31%の上司/部下が、この「左上」の状態ですれ違っていることが分かっている。まずは上司自身に、部下のワーク・メンタリティを(自分が思っている以上に)捉えられていないことに気が付いてもらう。ここから始めることをお勧めしたい。
ミドル・マネジャーも具体論を求めている
人事部門の方と話していると、ミドル・マネジャーにメンバー一人ひとりへの丁寧な対応まで担わせるのは負荷が高いのではないか?という心配の声を頂くことがある。「弊社の管理職は、ヒトの育成やマネジメントに興味がない」という嘆きもよく耳にする。
図表5は、現場管理職を対象とした調査である。この調査によれば「メンバーの意欲(自律性)および能力(自立性)を高めること」は、現場管理職にとって最も重要なテーマと認識されている。ではそれに十分に取り組めているか?といえば、同じカテゴリーの「業務の指示・管理」に比べて、これらのテーマには十分に取り組むことができていないようだ。
実際に、筆者が講師として管理職研修の場で、図表4のモデルやアセスメントを介して、上司と部下の認識のズレや、メンバーマネジメントの手法や観点について話していくと「組織マネジメントにおける日々の悩みの中核がここに図示されている」「一般論ではなく、メンバーマネジメントの具体的な武器をもらえて大変助かった」という声に接することが多い。ミドル・マネジャーからすれば、メンバー一人ひとりに沿ったマネジメントをしなければいけないことは十分に分かっている。だからこそ「一人ひとりに合わせなさい」と分かりきったことを改めて言われると思わず反論もしたくなるが、実際には具体的なやり方が分からずに困っているのではないだろうか。
人事も現場も、これまでのやり方ではうまくいかない現代に戸惑っている。だからこそ両者が協力し、より適したマネジメント手法を共に探していくことが大切ではないかと筆者は考えている。
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.55 特集2「心理的側面に着目して、一人ひとりを生かす~ワーク・メンタリティの視点から~」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
<具体的な活用事例>
ABB「個の違いを認識することが組織成果の鍵を握る」
※一人ひとりの個性と内面に向き合う 専門家が伴走する組織マネジメントのパーソナルコンサルティング INSIDESについてはこちら
執筆者
サービス統括部
HRMサービス推進部
INSIDESグループ
マネジャー
荒金 泰史
1on1支援ツール「INSIDES」事業責任者。入社以来、一貫して人材アセスメント事業に従事。顧客の人事課題に対し、データ/ソフトの両面からソリューションを提供。新たな人事アセスメントの開発業務と、実証研究にも関わる。入社者の早期離職、メンタルヘルス予防、エンゲージメントHR Technologyの領域に詳しい。
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