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4つの戦略・組織タイプの視点から

「人事が戦略的である」とは何か

  • 公開日:2018/05/07
  • 更新日:2024/04/06
「人事が戦略的である」とは何か

「戦略人事」「HRBP(ヒューマンリソースビジネスパートナー)」。人事が戦略性をもって企業・事業に貢献すべきという議論は枚挙に暇がないが、実際に、戦略人事の活動とはどういうものなのか、明確に描けていることは少ない。ここでは、人事が推進する取り組みが戦略的である、とはどういうことなのか考えてみたい。

戦略人事の条件
戦略と人事の取り組みのつながりを考える視点
取り組みの整合性とモチベーション・コミットメント向上の視点
おわりに

戦略人事の条件

戦略人事の必要条件は、企業の戦略とつながった取り組みを人事が展開できている、ということに異論を挟む余地はないであろう。各種のHRM研究のなかで言う「外部フィット」の視点である。

内外の環境→戦略→人事の取り組み、の3者がつながっているということが戦略人事の最低条件である。

では、このような外部環境とフィットした動きができていれば、それは戦略人事であるといえるのか。必ずしもそうとは言い切れない。私自身も以前人事担当をしていた経験からいえるのは、人事はそれほど単純な世界ではないということである。

なぜなら、人事は、「日常と未来」「論理と感情」の交差点に立つ存在であり、論理的・合理的に見た人事の取り組みの選択と、従業員の受け止め方から見た人事の取り組みの選択は必ずしも合致しない。日常と未来、論理と感情、経営と現場、個人と組織……、人事はさまざまな葛藤のなかに存在している。企業・ビジネスは常に未来のために動くものであるのに対して、人事は必ずしも未来のことだけ考えていればうまく進むかというとそうはいかない。

そのなかで真に戦略的であるということの意味を考えるにあたっては2つの視点を加える必要があるだろう。

1つは、単発の取り組みではなく、一貫した取り組みとしてつながっているかという視点である。

経営から何か指示が下りてくるたびに、場当たり的に取り組みを進めるだけでは、戦略的であるとはいえない。指示があったことを進めるにせよ、その取り組みを進めることで影響を受けるであろう他の人事施策との間の整合性という視点での検証は不可欠である。これは人事施策間の取り組みの整合性「内部フィット」の視点である。

もう1つは、人事が選択した取り組みは、従業員のモチベーション・コミットメントを向上させることに寄与するだろうか、という視点である。

経営的には意味のある(戦略的である)取り組みであっても、従業員から見ると、場当たり的であり、目的が見えない、という見え方になってしまっては真に戦略的な取り組みを展開することにはならない。

ここまでを踏まえると、戦略人事であることの3つの条件が浮かび上がる。

戦略人事の3条件

1.外部環境や戦略と人事の取り組みがつながっていること
2.単発の取り組みではなく、人事の取り組み間の整合性がとれているものであること
3.その取り組みは、従業員のモチベーションやコミットメントを向上させるものであること

戦略と人事の取り組みのつながりを考える視点

この3条件を念頭に、もう少し詳しく見ていきたい。

1.外部環境や戦略と人事の取り組みがつながっていること
戦略と人事の取り組みのつながりに対しては、多くの研究が存在する。

ポーターの競争戦略論に依拠した3つの競争戦略タイプごとのHRMを定義したSchuler & Jacksonの研究、Miles & Snowの戦略タイプ類型(ディフェンダー/プロスペクター/アナライザー)によるHRMの違い、事業の多角化の度合いやそのプロセスに着目し、そのタイプによって適合するHRMが異なるとしたGalbraith & Nathansonなどの研究が代表的である。

小社では、独自に行った研究の結果から、2軸で戦略・組織タイプを分類した。それぞれの軸は以下2つである。

A)拡大・成長のプロセスの視点(連続⇔非連続)
連続的な成長を志向するか、新たなケイパビリティを外部から取り込むなど非連続な成長を志向するか

B)企業全体としての価値発揮の視点(統合⇔個別)
統合による全体価値の向上に主眼を置くか、個別化によるそれぞれの価値向上に主眼を置くか

Aの視点は、これまでの主要事業で培ってきたケイパビリティを生かして他事業への展開を志向する、主要事業と補完性のある関連事業に進出するなど連続的な成長を志向するか、異質なケイパビリティを外部から取り込み非連続な成長を志向するかという視点である。

前者であれば全社共通の人材マネジメントの適合性が高く、後者であれば各事業の特性に合わせた人材マネジメントの仕組みをもつことの方が適合性が高いと考えられる。また人事の体制としても、コーポレートがパワーをもつ形の設計とするか、事業ラインが自律性をもつ形の設計とするかの分岐でもある。

このように、Aの視点がコーポレートと各事業との縦の連携・分担の視点だとすると、Bの視点は、各事業間の横の連携・交流の視点である。個々の事業における独立性(個別性)を前提とするか、事業間のシナジーを追求するかによって、人事の取り組みがどれだけ各事業個別のものであるべきか、逆に横断的なものであるべきかという線引きが異なってくるであろう。この2つの変数の掛け合わせによって、4つの戦略・組織タイプが浮かび上がる(図表1)。

図表1 4つの戦略・組織タイプ

基本的な戦略・組織タイプはaであり、個別の事業それぞれを連続的に成長させていくことを志向している状態である。そこからさらに企業を成長させていくことを考えたとき、その方向性は、右方向への変化(タイプb)と、上方向への変化(タイプc)の2方向に分かれる。ただし、「右か上か」の0か1かという選択ではないのが現実である。実際には、個別の価値向上を行いつつ、全体としての統合価値を高めようとすることが企業活動を考えれば現実であろう。そのなかで全体か個別か、どちらにより軸足を置くかの違いである。

例えば、リクルートホールディングスは個別化に焦点を当てたタイプbの典型的な例であるといえる。

2012年10月、リクルートは人材事業など主要事業部門を分社化し、7つの事業会社と3つの機能会社に再編された。その大きなねらいの1つは事業会社ごとに、住宅領域や人材領域といった各マーケットでの競争力を高めることにあった。事業モデルなどの共通性・束ねをもちつつも、各事業が担当マーケット特性に合わせて組織・人事を形作っていくことを志向した例といえよう。

一方で、統合に焦点を当てたタイプcの代表例には、平井体制後のソニーが挙げられよう。

エレクトロニクス事業の再生が大命題であったソニーにおいて、テレビ事業、ビデオ&サウンド事業などを相次いで分社化し、各事業領域の結果責任・自立を求める一方で、部門間の壁・サイロ化に苦しんでいた状況の打開のために「One Sony」を掲げ、部門間の垣根を取り払い、全社をあげてフォーカスを絞っていく姿勢を鮮明にした。

各社のトップは本体の役員を兼ねる形となり、担当領域における経営責任を果たしつつ、ソニーグループ全体の企業価値の向上に向けて、共通のアイデンティティのもとで連携・協力する体制を確立しつつある。

ではそれぞれのタイプにおける人事への期待の違いは何か。

タイプbにおいては、異質なケイパビリティをもつ複数事業の存在が前提になる。

つまり、aからの横展開として、各事業それぞれに最適化された個別の人材マネジメントのデザインが求められるということである。人事の取り組みの主眼は、各事業ラインの人事を中心としたビジネスパートナー化をいかに実現するかということに収斂される。

一方で、逆説的に、1社である意味が問われるのもこのタイプの特徴であろう。それぞれが独立した国家のように運営されることを前提とすることも考えられるが、そうではない場合には、ポリシー・ウェイといった概念レベルにおいて、異質な事業群を束ねる共通目的の設定・浸透が必要になるであろう。タイプbの例としてご紹介したリクルートが、「ユニークネス」を言語化し、組織文化・ビジネスモデルとしてのリクルートのあり方を規定していることはまさにその例としてあてはまる。

このタイプにおける人事の取り組みの主眼は、各事業に対してのビジネスパートナー化と、バリューなどを機軸にした組織開発・リーダーシップ開発の二軸の組み合わせになるといえよう。

一方で、上方向への変化(タイプc)では、共通性・補完性の高いケイパビリティをもつ人材をいかに全体最適の視点で柔軟に活用することができるかが焦点となる。

多様な事業・製品分野を個別独立したものとして見るのではなく、その連携により焦点が当たるように運営していく必要がある。そういう意味では、タイプbとの対比として、ポリシー・ウェイといった概念レベルではなく、より仕事・人材レベルでの交流・連携のデザインが人事の取り組みの主眼として浮かび上がる。より広い範囲で人材情報を把握し、人事ローテーション等の機会を活用して、人材の交流・組織知の展開を志向していくこととなり、全体を取りまとめるコーポレート人事の役割がよりクローズアップされることになる。

タイプdは最も高度な取り組みが同時に求められる戦略タイプである。

異質な事業群を束ねる共通目的の設定・浸透と合わせて、その異質なケイパビリティを組み合わせたシナジー追求に向けた仕事・人材レベルでの交流も同時に実現していくことを目指すこととなる。タイプaからの一足飛びの転換が困難であることは言うを待たない。

取り組みの整合性とモチベーション・コミットメント向上の視点

各戦略・組織タイプと人事の取り組みの方向性を踏まえ、ここからはより対比の際立つタイプbとcを例にとって、特にコーポレート人事の観点から、その取り組みの主眼の違いを整理する(図表2)。

図表2 タイプごとの人事の取り組みの主眼の違い

タイプbにおける人事は、いわば「個別マーケット重視型人事」である。人事組織全体として共通・一律の取り組みを展開するというよりは、各事業それぞれが置かれている環境や事業戦略の方向性といった個別のコンテクストに適合する取り組みを展開していくことがポイントになる。各事業部・事業会社等のライン機能の人事は、各事業を推進していくために必要な人材像を定め、採用に展開し、担当事業を担うに足る人材を事業内でのローテーション等を通じて育成していく。それぞれの事業が置かれる労働市場や事業特性マーケットに合わせた賃金水準を設計するなど、事業構造に合わせた人事施策を幅広く展開していくこととなる。

コーポレートの人事としては、このような当面の事業推進に必要な取り組みは各事業に任せ、もっぱら将来の自社を形作る取り組みに焦点を当てることになる。将来の経営者・事業部長の候補たり得る人材を見極め、その候補群に絞ったタレントマネジメント・リーダー開発を推進することなどが典型的な例である。

戦略タイプからブレイクダウンしていくと、ここまでに挙げた取り組みをコーポレート・ラインが緊密に連携しながら一貫して展開していくこと(内部的にフィットしている状態を作り出すこと)が重要であるが、もう一方で、戦略人事の3要件で挙げた最後の視点、「従業員のモチベーション・コミットメントの向上」という視点を考えていきたい。

事業独自のコンテクストに合わせた取り組みが中心の企業においては、従業員の意識も所属している事業に対してコミットメントを感じやすい状態である。この状況においての留意点は主に2つである。

1点目は「所属企業全体に対してのコミットメントをいかに築くか」という視点である。自社全体を束ねる共通目的は何かについての深い理解を築く取り組みが必要である。これが、個別最適重視であるがゆえに、逆説的に共通目的の設定が求められるとした所以である。

2点目は、「キャリアの閉塞感への対処」である。事業に対してのコミットメントを高めやすい一方で、その事業内におけるキャリア以外に道筋を描くことが相対的に難しく、キャリアの広がりという視点で限界を感じやすいというデメリットもあるということである。従業員主体で異なる事業に異動・転籍できる仕組みづくりなど、自らのキャリアは自らの手で築くと感じられるようなキャリア形成のための機会を設けていくことが従業員モチベーションを考えると不可欠である。

対照的にタイプcにおける人事は、いわば「統合重視型人事」である。企業全体としての成長に向けて各事業が連携して共通資源を活用する、補完性を発揮するといった動きを促進していくために、人事としては、事業間での横連携を人材レベルで実現することが取り組みの主眼となる。

人事制度は可能な限り共通化を図ると共に、共通のものさし(評価基準等)に沿って人材情報を幅広く把握し、各事業の要請とマッチングを図り、全社横断的なローテーションを推進していくこととなる。そのローテーションを通じて、各事業のナレッジの横展開を図り、また、組織間の壁をなくしていくことで、自社全体の価値向上に寄与していくことが人事のミッションである。

タイプb同様に、従業員のモチベーション・コミットメントの向上という視点での留意点を挙げるとすると、事業に対するコミットメントの希薄化への対処であるといえよう。

私がコンサルタントとして携わったケースを例にとれば以下のようなことである。

長く単一事業を展開してきたA社が、あるとき、関連会社の一事業部門との事業統合を行うこととなった。それぞれの事業に補完性が高く、そのシナジーによってより全体価値が高められるだろうという戦略的な判断のもとでの統合であった。

人事制度上も各社の共通項のみを残す形の最大公約数的な仕組みに変更され、1つの会社であるという意識を喚起することとなった。そのなかで、A社が大切にしていたバリューや、その実践度を評価して昇給に反映させる行動評価も撤廃される。そこからの統合の過程でA社の従業員に生まれた感情は、「創業事業を進める上で大切にしてきた価値観の喪失感」であり、以前を知らない「新たな入社者との価値基準のギャップ」である。統合後に入社した従業員にしてみたら、極端に言えば、この「事業」をやりたい、と思って入社したというよりは、この「会社」に入社して、「今はたまたまこの事業に所属している」ということである。このような新旧従業員それぞれにとっての事業コミットメントの希薄化問題に対していかに対処するか、人事の腕が試される。

人事制度自体は全社で横串を通せるようにしておく(例えば、等級制度は個別事業ごとに設定するが、A事業におけるグレード3とB事業におけるグレード2は同レベルであるといったものさしの設定)一方で、運用上は事業個別の文脈に合わせた独自の取り組みを許容するなどのバランスが求められるだろう。

おわりに

戦略の方向性に適合した一貫した取り組みを、コーポレート・ラインが一体となって推進することと、そのなかで、従業員モチベーション・コミットメントの向上を両立させていくことが重要であるという思いでここまでの論を進めてきた。

今回拠って立ったのは、組織と戦略は補完的であるという立場である。本稿では、戦略的な方向性が定められていることを前提とした考察を行ったが、実際には、テクノロジーの伸展等の環境変化に伴い、これまでのビジネスモデルそのものが立ち行かなくなるリスクに直面している企業も多い。戦略そのものを創り出すのは人だという立場で考えた際、そのような大変革に迫られる企業における人事が先んじて手を打てることがあるのか、引き続き考えていきたいテーマである。

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.49 特集2「「人事が戦略的である」とは何か~企業の戦略・組織タイプの視点から考える~」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

執筆者

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技術開発統括部
統括部長

梅田 真治

人事担当としてさまざまな人事業務の企画・立ち上げ、実務経験を経て、現在は、人事コンサルタントとして顧客の人事制度設計等の人材マネジメント領域、バリュー浸透等の組織開発・組織変革領域の支援に従事。
人事経験を生かし、企業の人事部門の機能価値向上・人事の人材育成等のテーマに対してのソリューションビジネスの立ち上げを推進している。

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