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特集

人事によるリーダー支援のあり方を考える

事業リーダーの赴任後の組織立ち上げ

  • 公開日:2016/07/06
  • 更新日:2024/04/01
事業リーダーの赴任後の組織立ち上げ

事業リーダーが、新たに赴任した組織を早期に立ち上げ成果をあげることは、事業モデルの変革要請、組織のダイバシティー化などに伴い、ますます難しくなっている。事業リーダーが就任後の組織を早期に立ち上げるための鍵となるのは、どのような活動か。本特集では、人事部門による事業リーダーへの支援のあり方について考える。

赴任直後、厳しい変化に直面する事業リーダーたち
人事部門は事業リーダーをサポートできているか
事業リーダーへの支援に必要な「転ばぬ先の杖」
赴任後の初期活動の成功が鍵
メンバーとの「信頼の蓄積」に着目
事業リーダー9名へのインタビューから見た 赴任後の組織立ち上げの実態
事業リーダー同士で苦労や工夫を共有し合う場を

赴任直後、厳しい変化に直面する事業リーダーたち

事業リーダーが新しいミッションに就いたとき、いったいどのような変化に直面するのだろうか。弊社が事業部長を対象に行った調査では、「持続的成長を考えた意思決定を行わなければならない」「自らが馴染みのない職務機能について理解し、それらを統合的にマネジメントしていかなければならない」といった点が挙げられている(小方・嶋村・橋本, 2010)。

実際のところ、赴任後の組織の立ち上げは極めて難しい。赴任早々、早期の事業成長をねらって方針転換を打ち出したが成果があがらず、結果的に方針の再転換を余儀なくされ、「うちのリーダーは、分かっていない」と現場の信頼を失ってしまうケースもあれば、一方で、事業の本質的な課題の把握に時間がかかりすぎて現状の延長線上での活動が続いたため、成果があがらず、「このリーダーでは何も変わらないな」と諦められてしまうケースもあり、失敗例は枚挙にいとまがない。多くの事業リーダーたちは、赴任直後からこうした難しさに直面しながら、事業を成長に導くために日々試行錯誤している。

人事部門は事業リーダーをサポートできているか

しかしながら、人事部門をはじめとする周囲は、こうした事業リーダーたちに十分な支援を行っていないことが多い。その理由には、求められるマネジメントレベルが部・課長と大きく異なることへの理解不足による、「支援は不要だろう」との思い込みがあるのではないか。さらに、「事業リーダー層に支援が必要と提案するなど失礼にあたるのではないか」という、「不要な遠慮」があることも少なくない。

また、事業リーダーである当の本人たちも、遭遇する環境の難しさを赴任前には十分理解できていないこともあり、その責任感・プライドと相まって、支援の必要性を表だって口にしない。

弊社ではこうした事業リーダーに対し、さまざまな支援サービスを提供しているが、「周囲には言えないのだが……」と言って語られる彼・彼女らが直面する現実は、想像以上に複雑で、一筋縄ではいかないことが多い。

事業リーダーへの支援に必要な「転ばぬ先の杖」

世界に目を向けると、事業リーダーが置かれる難しい状況に対し、いち早く支援の手が入れられている。Peterson and Hicks (1999)によると、Global 1000企業*のうち、米国に本社を置く企業の93%がエグゼクティブコーチングを導入しているという。

*“Newsweek”が毎年発表しているハイパフォーマンス企業の世界ランキング

また、“ The First 90Days”( Michael Watkins著)、『90日変革モデル』(ベナム・タブリージ著)などでは、事業リーダーの赴任初期のリーダーシップがパフォーマンスを大きく左右すると捉え、赴任後に必要なアクションを言語化している。

人材開発として考えた場合、「まずは一度経験(失敗)してから、学ばせる方が効果的」という考えもあり得るが、こと事業リーダーにおいてはその考え方はあてはまらないだろう。事業や業績へのインパクトがあまりにも大きいからである。事業リーダーへの支援策には、「転ばぬ先の杖」が求められる。

赴任後の初期活動の成功が鍵

先述の“The First 90Days”のなかでは、「リーダーが挫折する場合、必ずといっていいほど、赴任から数カ月のうちに生まれた悪循環に原因がある」と言われている。このことは裏を返せば、「信用を築いて初期の成果をあげることに成功すれば、流れに乗って残りの在任期間もうまくいく可能性が高い」ともいえる。

確かに、その能力を期待されて赴任したにもかかわらず、初期のマネジメント活動においてメンバーとの間で“いくつかの掛け違い”を起こしてしまったことで、結果、組織活動がぎくしゃくし、期待されたパフォーマンスがあがらなかったという事業リーダーは少なくないのではないだろうか?

メンバーとの「信頼の蓄積」に着目

そこで、今回われわれは、リーダーシップをリーダーとフォロワー(メンバー)との相互作用と捉えるアプローチに着目した。「特異性―信頼(idiosyncracycredit)理論」( Hollander, 1974, 1978)では、フォロワーからの信頼を蓄積した上で組織の変革行動をとるという、リーダーシップの動的側面を捉える研究がなされている。

こうした研究にのっとり、図表1の仮説モデルに沿って、事業リーダーが“赴任後の組織をスピーディに立ち上げる”ためのプロセスを検証することにした。

図表1 事業リーダーの赴任後の組織立ち上げにおけるリーダーシップ発揮プロセス

この仮説モデルでは、リーダーはフォロワーから認められるために、集団の規範に忠実であることを示す(同調性:conformity)と共に、集団に課題達成できるような能力を示し、課業達成に貢献する(有能性:competence)ことで、信頼を蓄積する。信頼を獲得したリーダーはリーダーシップを発揮できる人物であるとフォロワーに認められ(信頼の蓄積)、変革行動をフォロワーから求められる。この段階で初めてリーダーは、自らの意思を組織に反映させることができるようになる。

事業リーダー9名へのインタビューから見た 赴任後の組織立ち上げの実態

筆者は、この仮説モデルをもとに事業リーダー9名にインタビュー調査を行い(図表2)、検証を行った。そこから得られた知見と事業リーダーの支援のあり方について、順を追って紹介したい。

図表2 インタビュー調査概要

1.同調性と有能性の両立(第1段階)

まず、赴任後の組織立ち上げにおいて何よりも重要だったのは、同調性と有能性の双方を示すことである。インタビュー対象の事業リーダーの方々は、一見、相反するとも思えるこの2つを両立するアクションをとっていた。

具体的には、9名全員が赴任直後から従業員にインタビューを行っていたのである。「仕事内容だけでなく、メンバーの入社動機や在社理由も聞いた。どういうことにやりがいを感じるかを知ることができるから」「これまでのこの会社の歴史を聞いた。今の組織状態になっている理由が分かるから」など、その内容は、業務の状況だけでなく、従業員の人となりや会社の歴史を知るための質問や事業リーダー自身の人となりを伝えることにまで及んでいた。

これは、組織・業務上の課題を把握するだけでなく、従業員と相互理解を深めたり組織文化を知ったりすることで、メンバーとの距離を縮めることを目的としているためである。

また、「マネジャー層にポジティブな影響を及ぼせそうな人が見当たらなかったので、楔(くさび)になるメンバーを探した」「とにかく、自分と一緒にやってくれそうな人を探した」など、インタビューを通し、役職にかかわらず、自身のリーダーシップを支援してくれるキーパーソンを見出そうとしていたことも特徴的だった。

このことからも、インタビューという機会を活用して「同調性」を示し、「有能性」のベースとなる情報を得るという双方を強く意識していたことがうかがえる。

さらに、すべての対象者が、インタビューやその後の業務を通して、赴任後2~3カ月以内に、自身のなかで事業上の主要課題を明らかにしていた。しかし、その課題解決のための施策をすぐに講じるか否かについては、その対応が分かれた。

事業再生(ターンアラウンド)フェーズにあった対象者のように、矢継ぎ早に施策を講じた例もあったが、多くが「よそ者である自分が、いきなり施策を打っても従業員は“分かっていないな”と捉えるのが普通ですよね」という言葉に代表されるように、相手の受け止め方を考慮し、半年間は抜本的な打ち手は講じない対象者が多かった。

仮説モデルに照らすと、「同調性」と「有能性」を高度にバランスをとって示すことを意識し、事業の置かれたフェーズによっては、早期に「有能性」を示すよりも、「同調性」を示すことを優先した活動と捉えられる。

2. 信頼の蓄積は小さな打ち手から(第2段階)

その後、すべての対象者が、本業のミッションの成果につながる活動以外のところで、“小さく繰り出せる打ち手”を講じていた。例えば、従業員が不満に思っていた執務環境における設備の入れ替えや各種制度のマイナーチェンジ、インセンティブの支給などである。
「小さくてもよいから1つずつ変えることで、状況が良くなってきていると感じてもらうことが大事」「少額でもインセンティブが出た方が、この人、口だけじゃないなと思ってくれますよね」というように、小さな打ち手を積み重ねて「信頼の蓄積」を図ることの重要性を認識し、具体的なアクションに移していた。

また、「毎月、朝会で、会社の強みと弱みの双方を理解して話す。そうすると、この人分かっているな、と感じてもらえる」「ちょっと疲れて、まあ、ここまで言えばよいかな、とコミュニケーションをおろそかにすると、結果が出てこない」など、定期的なコミュニケーションの重要性についても語られた。こうした活動も、小さな「信頼の蓄積」の積み重ねをする意図があったと考えられる。

一方で、戦略推進に向けた人材配置(ポストオフ・異動)ではその対応が分かれた。「組織コンディションを考慮し、人材配置に手をつけるのは非常に慎重にやった」という対象者がいた一方、「パフォーマンスがあがらない幹部は異動・解任した」とする対象者もいた。

人事・人材配置は、事業リーダーにとって、「同調性」「有能性」を示す上でトレードオフとなる極めてシビアな場面であり、いずれの手段をとったとしても、組織に与えるインパクトは大きい。この対応は事業リーダーの置かれた状況だけでなく、自身がもつ人材ポリシーによって異なるであろう。さらなる研究が必要と考えられる。

3. 変革フェーズへの移行タイミングを逃さない(第3段階)

事業リーダーたちは「集団の変革を期待される」フェーズへの移行のシグナルを、さまざまな場面で認知していた。例えば、リーダーからの投げ掛けに従業員のポジティブな反応があったとき、(指示ではなく)現場発で主体的な動きが起きていた際、あるいは重点施策における成果があがってきたときなどである。

従業員から示されるさまざまなレベルでのポジティブなシグナルを事業リーダーが感度良く捉え、二の矢、三の矢といった打ち手をタイミング良く講じていくことが重要と考えられる。

4.確実に成果を出せる施策から始める(第4段階)

多くの対象者が、確実に成果を出すために、機能横断ではなく個別機能の改善で完結できる課題解決から施策を講じていた。これは、「蓄積した信頼」を失うことを防ぐために、確実に成果が見込める打ち手・やり方にフォーカスした結果であると考えられる。

また、自らが深く関与して進める課題を特定し、成果創出をリードするアクションをとっていたことも特徴的である。

5. 「信頼の蓄積」があればこそ

しかし、1つ見落としてはいけないことがある。プロセスの第3段階~第4段階はリーダーシップ論においてポイントとして語られることが多いが、こうしたアクションが実を結ぶのは、それまでの第1段階~第2段階のプロセスでの「信頼の蓄積」があればこそ、である。インタビューを通して、このことを強く認識させられた。

事業リーダー同士で苦労や工夫を共有し合う場を

これまでの検証を踏まえて人事部門に求められるのは、赴任直後の事業リーダーが直面する困難をリアルに理解した上で、赴任初期の活動にフォーカスした支援を行うことである。具体的には、赴任初期に「同調性」「有能性」の双方をメンバーに示し、信頼の蓄積を図ることの重要性を伝えると共に、そのプロセスに必要なアクションをリーダー自身がとれるよう支援することに他ならない。例えば、事業リーダー同士が組織立ち上げの具体的な苦労や工夫を共有し合う場を、意識的に設けることは有効であろう。事業リーダーたちは、普段、ビジネスや戦略について会話することはあっても、マネジメントやリーダーシップについて話をすることは意外とないものだ。そうした場をもつことで、少なくとも、赴任初期に「悪循環」に陥ってしまう事業リーダーの割合を減らすことができるはずである。

生き生きと活躍する事業リーダーが増えることが、企業組織に活力を与えることは疑いない。こうした企業組織が1つでも増えるよう、弊社としても、支援を続けていきたい。

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.42 特集2「事業リーダーの赴任後の組織立ち上げ 人事が支援できること」より抜粋・一部修正したものである。
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