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連続小説 真のリーダーへの道 第1回

「そこまで責任とるんですか!?」

  • 公開日:2017/07/14
  • 更新日:2024/03/27
「そこまで責任とるんですか!?」

リーダーの成長には、「仕事経験から学ぶこと」が最も重要であるといわれています。
企業は自社のリーダー育成のために、リーダーの成長に必要な経験を明らかにし、そしてその経験を網羅的に積めるよう、ポジションや仕事・役割を、意図的にローテーションさせていくことが有効です。私たちはこれを「成長経験デザイン」と呼んでいます。
リーダーに必要な経験は各社さまざまで、特定するのは至難の業です。そこで弊社では、先行研究やインタビュー、これまでの支援事例などから、リーダーの成長を促す8つの経験を抽出しました(下図参照)。

この連載小説では、架空のリーダー佐々木の成長ストーリーをたどりながら、それぞれが具体的にどのような経験で、それによって何を学び、どのようにリーダーシップを形成していくのか、1つずつ紹介していきます。
第1回は「事業、社会における影響・責任を実感する経験」です。

御社を訴えるかもしれません
山崎は「違うだろう!」と強い語気で言った
正直、ダメかなと思っていたのですが
佐々木はこの経験から何を学んだのか?
リーダーに必要な8つの経験

※8つの経験について詳しく知りたい方は、特設ページをご覧ください

登場人物プロフィール

御社を訴えるかもしれません

「佐々木さん、今、あなたが置かれている状況が分かっていますか。最終期日にシステムを納品してもらえなかったら、帝都システムさんを訴えるかもしれませんよ。そのつもりで進めてくださいね」

口調こそ優しいが、杉本は心底怒っている。佐々木には、それが空気に乗って伝わってきた。彼はただ「はい」と小さく答えて、2人だけの広々とした会議室から出た。入社7年目の夏は一向に暑くならなかった。

それは、佐々木が初めて本格的にプロジェクトリーダーを務めた仕事だった。大手システム会社の帝都システムに新卒で入社して以来、6年間、ずっと金融部門で銀行系システムの開発を担当してきた。その担当企業の1つ、地方銀行・よつば銀行の社内システム開発プロジェクトのリーダーに任命されたのだ。銀行にしては小規模だが、当時の最新技術を使った画期的なシステム開発だった。部下は6名で、その先には協力会社のメンバーが何十人も関わっていた。初めてのリーダーとしては、なかなか大きなチームだ。プロジェクトマネジャーの山崎から、このプロジェクトのリーダーをやってほしいと声をかけられたとき、期待と不安の両方が大きく膨らんだのを覚えている。

佐々木は、未知の最新技術やその企業のシステムについて、必死で勉強した。チームメンバーとも先方の担当とも密にコミュニケーションを取って、少しずつ信頼を勝ち得ていった。特によつば銀行のシステム課長・杉本は最先端技術に詳しく、信頼を得るのに苦労したが、佐々木の一生懸命さは評価しているようだった。6月頃まで、プロジェクトはかなり順調に進んでいた。いや、進んでいるように見えた。

山崎は「違うだろう!」と強い語気で言った

ところが、システムテストを始めたところ、間もなく佐々木のチームが担当した部分に致命的な欠陥があることが判明した。最終納期はお盆明けだったが、このまま進めていくと間に合わない可能性が大きかった。全員がお盆休みを返上しても、計算上は難しかった。
佐々木は、そのことをよつば銀行の杉本課長にそのまま説明した。実は、佐々木はそのとき、多少遅れても大丈夫だろうとたかをくくっていた。そもそも、ここまでギリギリになった原因は、先方の無理難題にもあったのだ。そうしたら、杉本さんは「帝都システムさんを訴えるかもしれません」とはっきり言ったのだ。佐々木は驚いた。
7月に入っても、梅雨のような日が続いた。

山崎は「違うだろう!」と強い語気で言った

「どういうことか、分かっているのか」と山崎に聞かれた佐々木は、「プロジェクトが赤字になり、社内やよつば銀行の杉本課長に迷惑が……」と語っていったが、山崎の顔はいつまでも厳しいままだった。やがて、山崎は佐々木の説明を止めて、「違うだろう!」と強い語気で言った。「いいか、もちろん杉本課長の立場は考えなくてはならないし、ビジネスのことも意識しないとダメだ。だが、もっと大事なのは、その先にいる多くのユーザーや社会への影響、それからよつば銀行のビジネスへの影響だろう。そこを間違えるな」

「特に大きな問題は、システムの最終納期の遅れが、お客様企業にとって致命的になるかもしれないことだ。今回のシステムは幸いなことに社内システムだから、大事に至らないだろう。しかし、これが勘定系システムや営業店端末システムだったら、どうなる? 最終納期に間に合わず、事前に決めていた期日に実装できなければ、当然、銀行の多くのユーザーに迷惑がかかり、支店の皆さんはお客様から怒られる。最悪の場合は地方新聞に載ってしまうかもしれない。そこまでいかなくても、きっと町の噂になるだろうな」

黙っている佐々木に、山崎は続けた。
「そうなれば、その銀行が地域からの信頼を失ってしまうことが十分に考えられる。その損害規模は、莫大な金額になるかもしれないんだ。もちろん契約上の問題もあるから、杉本課長の言うとおり、損害賠償問題になりかねない。更に回り回って、よつば銀行に勤める行員の皆さんの雇用に影響が出る可能性だってある。そうなれば、その家族の方々もダメージを受けるよな。いいか、システムの最終納期が遅れるということは、これほどの影響を及ぼしかねないことなんだ」山崎の言葉は、淡々としている分だけ、余計に佐々木の心に突き刺さった。

佐々木は思った。自分は任された役割を全うするのに一生懸命で、システム全体が見えていなかった。自分の仕事が、自社のビジネスだけでなく、先方のビジネスや社員の皆さんに、そして社会に迷惑をかけかねないことを分かっていなかった。そうしたことを痛感したのは、このときが初めてだった。

正直、ダメかなと思っていたのですが

その夜から、佐々木はリカバリーの方法を必死になって考えた。まずは山崎に掛け合って、社内の各所に呼びかけてもらい、応援部隊を募った。プロジェクト内の他のチームのメンバーにも少しずつ手伝ってもらった。佐々木は、集まってくれた応援部隊も含めたメンバー全員に腹を割って状況を説明し、リカバリープランを伝えた。
そこで特に強調したのは、1つのミスが顧客のビジネスに、そして何よりもユーザーや社会に迷惑をかけるという現実だった。「自分たちが守っているのは、社の売上や利益だけじゃない。お客様企業の行員の皆さんや、銀行を使う人々の生活なんだ」と熱弁した次の日から、佐々木はチームの空気が変わったのを肌で感じた。
このとき、リーダーの善し悪しがチームに大きく影響することを佐々木は痛感した。

「佐々木さんのリカバリープラン、素晴らしかった。正直、ダメかなと思っていたのですが、無事に間に合わせてくれて、本当にありがとうございます」
すべての納品が終わった後、佐々木は杉本から、こう声をかけられた。佐々木は、杉本に満面の笑みを返した。
その日は、8月までの冷夏が嘘のような残暑だった。

HRDコンサルタントの解説

佐々木はこの経験から何を学んだのか?

佐々木はこの経験から学んだのか?

はじめまして、谷川です。HRDコンサルタントとして、企業の「成長経験デザイン」の支援と研究を行っています。
本連載の主人公・佐々木は、8回にわたりさまざまな経験を積みながら成長していきます。その経験がリーダーシップ形成にどのように影響するのか、また企業において成長経験を意図的に付与するために何ができるのかを、毎回解説していきます。

今回は、「事業、社会における影響・責任を実感する経験」でした。
佐々木は、初めてのプロジェクトリーダーとして早速、修羅場に立たされています。当初は、「なんとかなるだろう」とたかをくくっていた佐々木ですが、山崎の一言で自分がリーダーとして携わっている仕事の影響力・責任の大きさに気づかされます。
リーダーとして事業に対する志や責任感を醸成する上で、これは非常に重要な経験であり、事業を担うリーダーとして持つべき土台といえます。
仮に、この経験を経ずに事業部長になったとすると、このリーダーはどのような事業方針を発信するでしょうか。恐らく、業績至上主義あるいは顧客不在の血の通っていない内容になるのではないでしょうか。そのような大義がないなかでは、メンバーは自分自身の仕事の意義を感じにくいため、方針が本気で実行される可能性は低くなり、このリーダーのもとでの事業的成功はおぼつかないでしょう。

今回のケースでは、トラブルが発生し、その状況下で上司からの働きかけにより佐々木は気づきを得ていますが、当然、機会は他にもあります。例えば、顧客接点を多く持つ職種では、自身の仕事の結果に対する顧客からの感謝、はたまた叱責・クレームが代表的な機会として挙げられます。自社製品に対する消費者の声や反応なども考えられます。
弊社で実施したアンケート調査でも、現在、組織・事業を牽引するリーダーが、 特に成長したと思う、「事業、社会における影響・責任を実感する経験」として、以下のような回答をしています。

佐々木はこの経験から何を学んだのか?

しかし、間接部門ではこのような実感は得にくいかもしれません。
その場合、将来のリーダー候補人材に、意図的に異動配置を行うことやジョブアサインメントを工夫することで、この経験を積ませることが考えられます。このような異動配置やローテーションは従来の日本の大手企業では暗黙的に行われていました(その意図はここで述べている影響力を実感し、事業に対する責任感を醸成するというものとは異なる場合もあると思います)。

この暗黙的、慣例的に行われていた異動配置・ローテーションが日本企業の組織・人材育成として機能していたわけですが、企業を取り巻く環境が劇的に変化するなか、多くの企業は組織・人材を高度に専門分化させることによって生き残りを図りました。
その結果、人材育成的観点の異動配置やジョブアサインメントが行われにくくなり、要員充足的な異動や現場での優秀な人材の抱え込みが目立つようになっています。

そこで意図的かつプロアクティブに成長経験をデザインすることによって、人材育成機能を再構築していこうとする試みがこの成長経験デザインです。成長経験デザインでは、リーダー育成に必要な経験を8つの経験としてまとめています。次回以降、残り7つの経験の内容をご紹介しながら、今後必要となる人材育成のあり方について考えていきたいと思います。

【イラスト:ノグチタロウ】

※「成長経験デザイン」についてさらに詳しく知りたい方は、特設ページをご覧ください

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