企業事例
ピアサポートで“心のよりどころ”も創造 ブラザー工業
健康な状態の社員も治療が必要な社員も共に支え合う風土を
- 公開日:2024/09/09
- 更新日:2024/09/09
ミシンからプリンター、工作機械、カラオケシステムまで、多様なものづくりを手がけているのがブラザー工業株式会社だ。同社は健康経営に力を入れる企業としても知られている。今回は、病気を抱えた社員が適切な治療を受けながら働く「治療と仕事の両立支援」の取り組みについて、同社人事部 安全防災グループ 健康管理センターのチーム・マネジャー 千田 進氏(写真右)と保健師 西村夏弥氏(写真左)に取材した。
施策に加え、支え合う風土づくりにも注力
ブラザー工業が健康経営の取り組みをスタートさせたのは、2016年9月のことだ。ブラザーグループ健康経営理念を制定、社長が最高健康責任者(CHO)となり、会社と労働組合、そして病院も有する健康保険組合が一体となり、社員の健康の保持と増進に取り組んでいる。
会社の取り組みの中心となる健康管理センターが創設されたのが2006年で、専属の産業医が5名、正社員の保健師が8名、勤務している。チーム・マネジャーの千田進氏がこう話す。「取り組んでいるのは、メンタルヘルス、睡眠衛生教育、子宮頸がんなどの女性の健康管理、禁煙支援などさまざまです。最近は元気で健康に長く働いていただくためのエイジマネジメントに力を入れています」
随分充実したメニューに思えるが……。「弊社の歴史は1908年から始まり、会社の設立趣意書には『働きたい人に仕事をつくる』『愉快な工場をつくる』といった言葉が並んでいます。以来、従業員を大切にするアットホームな社風が培われてきました。1954年にはブラザー記念病院が設立され、社員の健康増進に役立つ施策は健康経営を標榜する前から充実していました」
同社はもちろん、「治療と仕事の両立支援」にも熱心に取り組んでいる。保健師の西村夏弥氏が説明する。「両立支援は、本人や医療職だけでなく、職場の理解と協力があって初めて実現できます。そのため治療が必要な従業員への支援はもちろん、社内の理解浸透、支え合う風土づくりにも力を入れています。こうした活動のなかで柔軟な働き方を認め合える社内風土を醸成し、一人ひとりが生き生きと働き続けることができる会社を目指しています。両立支援を通して、働く意欲や定着率の向上、優秀な人材の確保、最終的にダイバーシティ&インクルージョンの実現につながっていくと考えています」
対象となる病気はがん、潰瘍性大腸炎といった指定難病などだが、最近は不妊治療の相談も増えているという。
実際の就業サポートだが、社員から相談があると、産業医と保健師の2人でまずは面談する。「体調確認から始まり、治療計画の確認、業務上の配慮の必要性について検討します。例えば、抗がん剤を使用する場合、1クール目は入院、2クール目以降は通院での治療となるケースもあります。そのため、体調に合わせて何クール目から復帰できそうかを確認します。復帰に際しては、業務上可能であれば在宅勤務制度、電車が込み合う時間帯を避けた時差出勤、業務上の負荷の一時的緩和など、職場の理解と協力を得て支援します。そのために、本人の承諾を得て体調や治療内容とスケジュール、治療による副作用などを職場にも伝えます。面談は従業員の希望や治療の経過を考慮しつつ、定期的に行います」(西村氏)。産業医は主治医とも連携する。「ご本人が診断にショックを受けて、医療機関で説明された治療内容を十分に理解できないままでいることもあります。そういった場合には産業医から主治医に手紙を書き、治療内容の確認などを行います」(西村氏)
病気に罹った人にはキャリアや経済面、あるいは復職できるかという不安が押し寄せるはずだ。「キャリアのことは上司と話し合ってみるのが一番ですが、病気になったからといって職級を下げるような措置は行っていません。金銭面では収入の3分の2が1年半補填される傷病手当金が健保から出ますし、高額療養費制度の説明も行います。勤続年数に応じて一定期間休職することも認めています」(西村氏)
両立に向けたガイドライン作成 当事者の体験談も公開
両立のためのガイドラインもある。人事や産業医、保健師、ならびに復職時における仕事の進め方に関しアドバイスをするジョブコーチと呼ばれる社員の役割や、両立の具体的な進め方、就業上の配慮などを定めたものだ。社内向けWEBサイトには専用ページも開設。先のガイドラインのほか、休職制度や、後述する過去に治療経験がある社員の体験記も掲載されている。
2022年4月からはピアサポートという仕組みが始まった。経験者も交え、当時者同士がつながり合う“心のよりどころ”の創造と、治療と仕事を両立している仲間の存在を知ることで、互いに支え合う支援の輪を広げることを目指している。
現在34名がピアサポートとして活動しているが、そのうち、過去の自分の経験を役立てる目的で参加した人はサポーターと呼ばれ、15名いる。
当事者に向けた活動は、活用した社内の制度、病気を職場に開示するタイミング、両立の工夫などをテーマに4~5名で語り合う「座談会」、同じ病気の経験者であるサポーターと1対1で話せる「つながる場」だ。
全従業員に向けた活動は前述した体験記や講演会だ。社内でも関心が高く、グループ9社の約5900人の従業員のうち、サポーターの協力によって作成した5つの体験記はそれぞれアクセス数が900を超えている。また、がんに関する「サバイバートーク」と、不妊治療に関する「経験談を聞く会」は、これまでに前者が2回、後者が1回開催され、延べ389名が参加した。いずれもサポーターが講師となり、治療の実際や仕事と治療を両立させる工夫などを話している。
「不妊治療の場合、治療を受ける当事者とそれを支える上司では知りたいことが異なります。そこで、今年は当事者向け、管理職向けの講習会をそれぞれ予定しています。支え合う風土づくりは今後もっと力を入れていきたいと考えていてキーパーソンは管理職です。そこに向けた取り組みを強化していきます」(西村氏)
最後、千田氏に「多忙な部署では手厚い両立支援に不満の声が上がるのでは」と聞いてみた。「私の把握する限り、それはありません。退職まで、常に健康で働ける人はどれくらいいるでしょうか。健康な人しか仕事ができないと考えるのではなく、どんな配慮があれば治療しながら活躍できるのかというマインドセットが必要だと思います」
【text:荻野 進介 photo:角田 貴美】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.75 特集1「ワークヘルスバランス─治療しながら働く」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
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