- 公開日:2023/12/04
- 更新日:2024/05/16
人材の流動性が高まるなか、企業は人材マネジメントにおいてどのようなことを意識すればいいのだろうか。企業事例に精通する、株式会社カオナビ 代表取締役社長Co-CEOである佐藤寛之氏に聞いた。
企業は社内の情報を積極的に社員に発信すべき
カオナビが開発・販売しているタレントマネジメントシステム「カオナビ」は、社員の顔や名前、過去の経歴、スキルなどを一元管理できるクラウドシステムだ。社員の個性を直感的に把握できるため、人材を最適な部署に配属して活躍のチャンスを増やしたり、育成や人材管理の効率を高めたりするなどの効果が期待できる。
同社を率いる佐藤氏は、社内情報の公開やスピードについて問題意識を感じている。「若いビジネスパーソンのなかには、人材紹介会社に登録したり、求人サイトをのぞいたりしている人がたくさんいます。そのため、社外にどんな仕事や機会があるかをよく知っているのです。これに対し、社内の情報は不足気味です。特に大企業の場合、他部署に異動するとどのように成長できるか、どんな楽しさが味わえるのか知っている社員は少数派でしょう。背景には、組織のたこつぼ化や、経営層など上の世代が情報をクローズドにしたがる傾向があるのかもしれません。その結果、若手は社内に転がっているチャンスに気づかず、『この会社にとどまるより転職する方が、可能性が広がるのではないか』と考えるのです。企業はもっと積極的に、『他部署に異動すると、どのようなキャリア形成ができるかなど、ハッピーになれる可能性が社内にもあること』を発信すべきでしょう」
情報に関する世代格差は、スピードの面でも顕著だ。インターネットを通じ素早くフラットなコミュニケーションに慣れている若手は、企業からのアプローチに不満を感じている。「今は、SNSに投稿するとすぐに反応が返ってくる時代です。それなのに一般的な企業では、上司からのフィードバックが半年に1度程度しかありません。その上、紋切り型の評価しか与えられなかったら、多くの若手は不満を覚えるでしょう。その結果、会社から立ち去ってしまうのです」
社員のやりたいことを把握しそれに合った場を用意する
佐藤氏は、会社側の都合だけで配属を決めることにも疑問を呈している。従来は、会社からの期待(=must)と社員の能力(=can)を比べ、社内で空きが出たポストにふさわしい社員を選び、否応なく辞令を出す人事が一般的だった。しかし、こうしたやり方を続ける企業は社員のつなぎ留めに失敗するというのだ。
「国内勤務を望む人を無理やり海外支店に配属したりすれば、当然、退職の危険性は高まります。会社の事情や社員の経験・能力だけでなく、本人のやりたいこと(=will)をきちんと把握し、それに合った仕事と職場を用意することが大切なのです。そうしたすり合わせを行って社員と企業のエンゲージメントを強めれば、仕事に対するモチベーションは高まるでしょう。
また、最近の若手のなかには『私は社会に貢献できているか』『私と会社はつながっているか』といった感覚を大切にする人が増えていると感じます。そういう意味でも、社内のコミュニケーションを大胆に変え、情報をできるだけ開示してエンゲージメントを強めることが必要です。そうすることで、社員が経営を含めた企業との一体感を得られやすくなりますから」
社員の自己成長やキャリア構築支援のコミュニケーションを意図して人事制度を変える企業も現れている。「カオナビ」を導入し、新人事制度の浸透を推進している大手ゼネコンは、その1つだ。
「同社は2021年、『育キャリ面談』という制度を作りました。これは、本人か配偶者に子どもが生まれると分かった段階で、『カオナビ』を使って上司に情報を共有。その上で、産休・育休をどう取得するのか面談する仕組みです。悩みを抱える社員がいたら、できるだけ素早く助け舟を出そうと努力しているわけです。
また、評価制度のリアルタイム化を目指す企業も増えています。人事評価は半年に1度だが、360度評価のフィードバックは3カ月ごとに行う。あるいは部内表彰や、社員同士で報酬を贈り合う『ピアボーナス』を毎月実施することで、従業員に刺激を与えているという話も耳にします」
キャリア全般を支える人事制度や新たな評価制度を導入し、社員とのコミュニケーションを密にしようとする動きは、今後も加速しそうだ。
優秀な人材の引き留めには社内流動性の向上も重要
これからの社員は自己の人材価値を高めたり仕事のやりがいを大きくしたりするために、異動と転職のどちらが有利なのか考えるようになるだろう。こうしたなか、企業には「社内人材の流動性向上」も求められる。社内公募などの仕組みを導入して他部署への異動が容易になり、社内にも好機がたくさんあるとアピールすれば、優秀な人材を引きつけることが可能になるはずだ。
そして人材流動性がさらに高まる現代において、企業は人材について考える際の主語を、自社から社員側に切り替えることが不可欠だという。
「私が人事の仕事を始めた頃は、優秀な人材を自社に確保する取り組みを『リテンション』と呼んでいました。これは企業側が主語になっている言葉で、いかにも現代的ではありません。今は、よりフラットな『エンゲージメント』という言葉を使います。このように、人事は旧来の発想を捨てなければなりません。社員が働きやすく、面白がって参加できる人事制度を、社員の視点に立って一緒に作っていく。そういう努力をより多くの企業が進めていけば、もっといい世の中になるのではないでしょうか。
今後はさらに、社内異動と転職との壁が薄くなっていくのかもしれません。例えば、社員が『カオナビ』などのシステムを使って社内公募の情報を得る一方、求人サイトなどで転職情報を手に入れ、それらを同じまな板にのせて比較するのが当たり前になるかもしれないのです。そうした時代において、企業は常に社内コミュニケーションの変革に取り組み、『社員から選ばれ続ける企業』であろうと努力し続けなければならないと、私は考えています」
社内の情報をオープンにすること。社内人材の流動性を高めること。そして、社員の自己成長やキャリア構築をリアルタイムで支援する仕組みづくりを模索すること。それらが、これからの企業に求められるというのが、佐藤氏の見立てだ。
【text:白谷 輝英 photo:平山 諭】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.72 特集1「組織の流動性とマネジメント」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
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