- 公開日:2022/12/05
- 更新日:2024/05/16
不確実性の高いこの時代で、成果を確実にあげていくためには、従業員一人ひとりが能力を遺憾なく発揮することが求められる。カルビー株式会社でそれを担うことになったのが、常務執行役員 CHRO 兼 人事総務本部 本部長の武田雅子氏だ。いわば、社員のもてるポテンシャルをどう解き放つか。そのストーリーを紹介する。
「全員活躍」の背景には「もっとできるはず」の思い
2019年度から始まったカルビーの中期経営計画。人事が拠って立つ考え方として「全員活躍」という言葉が記されている。前年にクレジットカード会社から転じた、常務執行役員、武田雅子氏の発案によるものだ。「人事の前任者から、『皆、優秀だけれど、やんちゃが少ない』と聞いていたんです。実際私も、全本部長との対話などを通じ、この会社の人たちには余力がある、もっとできるはずだ、と直感していました。その思いをどう伝えようかと考え、浮かんだのが全員活躍でした」
武田氏は全社集会などで全員活躍の意味や意義を説いて回った。「その人なりの持ち味や個性が発揮され、チームが活性化し、成果が生まれている。声の大きい人に引っ張られる必要はありませんし、声の小さい、一見目立たない人がいてもいい。そういう人の意見も尊重され、バッターボックスがきちんとめぐってくる。そこを目指しています」
目指す姿は決まった。では具体的に人事として何をすればいいのか。
武田氏は2019年からエンゲージメント・サーベイを毎年実施することにした。注力したのはその活用だ。
サーベイの結果を回収、集計し、まず分析する。そして、社内を生産、営業、その他の3つに分け、分析した結果をフィードバックするワークショップをそれぞれ半日かけて行う。そこで挙がった多様な課題に対する対策を考え実行する、というサイクルを回すことにした。
初年度、全員活躍に向けた重要課題として浮上したのが、評価制度だった。
当時のカルビーは基本給のベースが年齢によって決まっており、同じ年齢なら、給与に差がつかなかった。成果に関しても、年単位のそれが重視されていた。サーベイには「1年では成果が出ない仕事がある」「仕事のプロセスも評価してほしい」という声があった。評価制度が社員のモチベーションにつながらないのであれば、問題だ。
500の社員案から策定した5つのバリュー
武田氏は、バリュー評価の採用に踏み切る。
2019年5月、「カルビーグループ長期ビジョン(2030ビジョン)」が策定されたが、武田氏は当ビジョンに対して社員がどう考え行動すべきかを評価軸にしようと考えた。具体的には「Calbee 5values」として、「自発」「利他」「対話」「好奇心」「挑戦」を策定。これに則し、毎期、どのような行動が望ましいかを上司と部下が話し合って行動目標を立て、その実践度合いを評価する制度を2020年4月に導入した。
興味深いのは、5つのバリューをトップダウンではなく、社員の声に基づいて策定したこと。人事に専門チームを作り、全国の事業所を回ってワークショップを開催し、「2030ビジョンを達成するために必要な行動と、そのもとになる価値観」について、若手社員を中心に案を出してもらった。「最後、全拠点で実施した際に使用した模造紙を壁いっぱいに張り、経営陣と労働組合幹部にも同じワークショップをやってもらいました。結果、500ほどの案(バリュー)が挙がり、最終的に5個に絞りました」
一方で、2020年1月、武田氏は新型コロナウイルス対策本部のリーダーにも任命される。罹患した、家族が罹患し濃厚接触者になった、一斉休校措置で子どもの面倒を見なければならなくなった等々、働き方の変更が余儀なくされる事態が起こる。休業補償や出張ルールの改定も必要だった。
しかも、状況は日々刻々と変化し、イレギュラーが多々発生した。「これまでのように、事務局がかっちりした制度を作り、現場に下ろしていく、というやり方では回らなくなってしまったのです。変化が激しすぎて、決めきれない。そこで、最大公約数的なルールだけを決め、それ以外は現場に判断を委ねることにしたのです」
働き方刷新のキーワードは「圧倒的当事者意識」
武田氏にはもともと「制度」に対する疑問があるという。「人事が決めた『制度』を実際に『運用』するのは現場のマネージャーです。その場合、マネージャーの裁量で、イレギュラーな運用がなされることがあっても、それがその現場の特性に合っていれば、咎められることはありません。全社ではできなくても、あの工場長なら、あの支店長なら、このメンバーなら、というものがあります。もっというとそれ以外に、机を並べている人たち同士の『配慮』によって、ルールが多少変わることもある。私は常々、この『制度』『運用』『配慮』のうち『制度』の部分をできるだけ薄くしたいと思っています。それが組織の理想ではないかと」
コロナ禍での経験から学び、社員の声も幅広く聴取した上で、2020年7月に導入したのが「Calbee New Workstyle」。オフィス勤務の社員を対象に、モバイルワークの標準化とフルフレックスタイム制の導入、業務上支障がない場合の単身赴任の解除などを盛り込む。「働き方の刷新に関して重視したのが『圧倒的当事者意識』です。その意識をもちながら、各自の多様なライフに応じ、一人ひとりが仕事の成果から逆算して働く場所と時間を選択してください、と」
全員活躍も圧倒的当事者意識も、その意味するところは、リーダーがすべてを差配するトップダウン経営の否定だ。「カルビーはこれまで上意下達のマネジメントでずっとうまくやってきた。でもそれは変化の激しいこの時代にはふさわしくない。変化に対応したり、変化を起こしたりするなら、現場からのボトムアップの動きを強化しなければならないのです」
武田氏と人事は現場との対話に力を入れている。その手段となっているのが、前述したサーベイの結果を伝達するワークショップなのである。目玉となっているのが、事例共有。スコアが良かった組織は何をやっているのか、互いに学び合う。「ある工場で、正社員と非正規社員のエンゲージメントスコアがほぼ同じだったんです。通常は非正規社員のスコアが低いのですが。現場のリーダーに聞くと、業務改善のための小集団活動に皆、一体となって取り組んでいるからだろうと。人事が思いつかない全員活躍策を、現場では日々行っているんです。このワークショップを通じ、そうした工夫をどんどん横展開してほしい」
人事は営業と同じ ねらって、数字を見せる
全員活躍を確実にする施策は他にもある。
まずは手挙げ制で参加者が決まる制度やプログラムをいくつも生み出したことだ。例えば、部署異動の自己申告制度。以前は居並ぶ本部長を前にしたプレゼンテーションが必須だったため、希望者は非常に少なかった。これをプレゼン不要にしたところ、希望者が一挙に10倍増となる。「新規事業募集、研修やワークショップへの参加など、とにかく『手を挙げませんか』と社内に言い続けています」
もう1つ、Calbee Learning Caféというオンライン学習会を立ち上げた。「出社が前提ではなくなると、刺激が減ってしまう。社内はもちろん、特に社外との接点を増やし、社内と社外の境目をなくしたかった。月2回開催で、ゲストは前半は社内、例えば自社製品に深い知識をもつ社員や海外現地法人の社長などで、後半は多様な知見をもった社外の人です」
境目をなくすために、“越境”も奨励している。2021年に副業を解禁したほか、全国の高校に社員を派遣し、教室内でのインターンシップを実現させる産学連携の「クエストエデュケーション」にも3年連続で参加している。「『給料はいくらですか』『辞めようと思ったことはないですか』等々、高校生からは遠慮会釈ない質問が挙がります。すごく刺激を受けて帰ってくるので、1人でも多くの社員を派遣したいと思っています」
ところで、いくら全員活躍や圧倒的当事者意識を、と呼びかけても、全員が応えてくれるわけではないだろう。
武田氏いわく、対策が2つあるのだという。
1つは「ねらいにいく」。「人事は営業と同じで、実績を出さないと意味がない。この研修にはどんな人に、どのくらい来てほしいのかをしっかり考え、ターゲットには個別に声をかけなさいと、メンバーには言っています」
もう1つが「数字で見せる」。「例えば、自己申告の異動に関し、詳細な実績(数字)を社内報に掲載しています。時には社外のメディアもうまく使いながら、さまざまな取り組みの意義と結果が社内に伝わるようにしています」
一方で、現場に伝わりやすい情報と伝わりにくい情報があるとも感じている。「伝わりやすいのは数字とHow、つまり業務指示です。伝達が難しいのはWhatとWhyです。社員を元気にし、意欲を高めるのは、実はこの伝達が難しい2つなんです。これらが現場の隅々までもっと伝わり、そこに現場発のストーリーが加わると、カルビーはさらに強くなるでしょう」
【text:荻野進介 photo:伊藤誠】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.68 特集1「自律型組織を育むシェアド・リーダーシップ」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
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