企業事例
シニアの可能性を広げる就業機会 みずほビジネスパートナー
キャリアチェンジを無理なく可能にする 副業出向という方法
- 公開日:2021/07/12
- 更新日:2024/03/22
人生100年時代が叫ばれ、定年後も何らかの形で働き続ける人が増えている。ただ、企業内キャリアが重視される大企業勤務者の場合、やはりその企業に継続雇用されるケースが多い。そうしたなか、特別な出向機会を用意し、社外への転身の可能性を広げる例を紹介する。
みずほビジネスパートナー株式会社 代表取締役社長(取材時:現 株式会社オリエントコーポレーション 常務執行役員) 宇田真也氏と、同社より出向を受け入れている株式会社アップル 代表取締役社長 文字放想氏にお話を伺った。
- 目次
- 大企業からベンチャー企業への副業出向
- 「キャリアは会社が作る」から「自分で作る」へ
- キャリアの棚卸しと「練習台」という効能
- 年齢が上で、継続力抜群 現有社員と真逆なのがいい
- 長年かけて培ったスキルが他でも立派に役に立つ
大企業からベンチャー企業への副業出向
アップル引越センターという屋号をもつアップル。同社管理部では、この3月から59歳の佐藤義之氏(仮名)が働いている。
といっても同社の社員ではなく、みずほビジネスパートナーの社員。とある企業が提供する「複業留学」という越境型研修サービスを経験した後、本人が希望し、「社外兼業」という形で週2日、3カ月間、同社に「出向」することになったのだ。
その間、通常の給与をみずほビジネスパートナーが本人に支給し、アップルは同社にその一部を補填する。3カ月が経過した時点で、アップルと佐藤氏が延長を希望すれば、改めて業務委託契約を結び、佐藤氏は今度は副業としてアップルでの仕事を続けることになる。
佐藤氏は現在、就業規則から始まるアップル社内のあらゆるルールや規定を見直し、あるいは一から整備する仕事を担当している。
アップルの社長、文字放想氏が説明する。「われわれベンチャーは売上と利益優先で、そうしたルール整備は後手になりがちです。佐藤さんは銀行でリスク管理の経験が長く、海外支店の立ち上げにも関わったそうで、ルール整備はお手のものだろうから、ぜひそれをやっていただこうと思いました」
「キャリアは会社が作る」から「自分で作る」へ
みずほビジネスパートナーはみずほ銀行の関連会社で、みずほ銀行をはじめとする金融機関や、一般事業会社に、社員の派遣や有料職業紹介を行う。社員の平均年齢は56歳。佐藤氏を含め、約7割がみずほ銀行出身者だ。みずほ銀行で働くパートナー社員や庶務従事者などの給与計算事務の受託に加え、面談、同社員対象の人事制度の企画、研修の講師など幅広く人事管理に係るサポートを主な仕事としている。
元銀行員がなぜまったく別の企業で「お試し就業」に挑むのだろうか。
みずほビジネスパートナーの社長(取材当時)であり、みずほ銀行のグローバル人事業務部長も務めた宇田真也氏がこう話す。「お客様視点を強化した次世代金融への転換が叫ばれるなか、当グループ全体の施策として、行員のキャリアに関する考え方や施策に大きな転換がありました。これまでは、キャリアの道筋は会社が作り、行員はそれに従っていればよかった。それが、行員自らがキャリアを考え、銀行はそれをサポートするという図式に変わってきたのです」
キャリアの棚卸しと「練習台」という効能
みずほビジネスパートナーも、親会社のキャリア施策変更の影響を受けている。具体的には3つの取り組みを行っている。
1つは専門性を引き上げる支援だ。特にキャリアコンサルタントやITスキルに関する資格取得を推奨している。
2つ目は社内で社員向けのセミナーを盛んに開催している。「目的はマインドセットです。人生100年時代を見すえた生き方論、シニア転職の成功の秘訣などがテーマとなります」(宇田氏)
3つ目が経験知を上げること。やりたい仕事が見つかったとして、その仕事が自分に向いているかを確かめるべく、社外での就業機会を増やしている。件の複業留学もその試みの1つなのだ。
宇田氏が複業留学の効能について語ってくれた。2つあるという。
1つはキャリアの棚卸しができることだ。「銀行員は内部の異動が多く、転職経験がない社員も多いため、『自分は何ができるか』を振り返るキャリアの棚卸しをする機会があまりないのですが、この複業留学はそれを実行するまたとない機会になります。
結果として、外に出なくてもいいんです。うちでキャリアコンサルタントとして仕事をする場合でも、自ら棚卸しをした経験があれば、語る言葉に説得力が増し、成果も変わってくるはずです」
もう1つは本人と受け入れ先双方にとって、格好の“練習台”になることだ。
実は当初、宇田氏は留学というお試しではなく、みずほ銀行の取引先での実地の兼業をスタートさせたいと思っていた。「銀行員は一般的に、課題解決能力は高いけれど、課題設定能力に課題があるといわれます。そういう人材が、例えばベンチャー企業で働くと、ただでさえ多忙な社長からお題が降ってこなければ仕事ができない、という状態に陥り、真価を発揮できなくなる恐れがあります。
あるいは受け入れる企業側も、『服装もきっちりしており、礼儀正しいのだけれども、上から目線で堅いことばかり言う』という画一的なイメージを銀行員に抱いていることもある。
こうしたミスマッチによる不幸を減らすために、お試しの要素が入った複業留学はまたとない仕組みだと思いました」
年齢が上で、継続力抜群 現有社員と真逆なのがいい
さて、一方のアップルは2015年から経営企画や人事分野のプロ人材と業務委託契約を結び、週1日あるいは2日、働いてもらっている。そうした人材が現在7名いる。「うちは創業してまだ15年です。引っ越しの現場や営業はともかく、管理部門には経験豊富な人材が不足しています。雇用という形態にこだわらず、スポット的に来てくれて、われわれに知恵を授け、問題を解決してくれる人材がいれば、最大限活用したい。プロ人材には実際に成果を発揮してもらっています。社員を雇うことを考えると、コスト面でも十分なメリットがあります」(文字氏)
みずほビジネスパートナーの佐藤氏は、アップルが複業留学者として受け入れる人材として2人目だ。
文字氏はなぜ佐藤氏を受け入れようと思ったのか。「私は中卒なんです。私も含め、この業界はアウトローが多い(笑)。社員の平均年齢は30歳と若く、離職者も多い。一方、佐藤さんは正反対です。2倍も年齢が離れているばかりか、大卒で銀行に長年勤務。いわば継続力に長けている。そういう人がうちにもいた方がいいのではないか、と思ったんです」(文字氏)
もちろん、人物も見た。「一緒に働く仲間を選ぶ際、私は人間性を重視します。年齢に関係なく、がむしゃらに物事を学び続けられるかどうかも見ます。面談の結果、佐藤さんはその2つの点でも合格でした」(文字氏)
長年かけて培ったスキルが他でも立派に役に立つ
宇田氏によれば、佐藤氏がアップルに出向する前の複業留学先は、小規模のeコマース会社で、彼が任されたのは管理会計の仕事だった。
佐藤氏が管理分野別あるいは商品別の採算を見える化したところ、先方の社長からひどく喜ばれたという。宇田氏が話す。「銀行員なら誰でもできるであろう基本的な企業分析です。その社長に会って、私も直接感謝されました。『この程度のことで……と思うかもしれませんが、今のうちにはこれが必要なんです。あるコンサルタントに頼んだら、カタカナいっぱいの資料を作っただけで終わってしまいました。佐藤さんは違った。私たちが明日から使える仕組みを残してくれた。ありがたいことです』と」
eコマース会社での経験は、佐藤氏にとって目から鱗が落ちる発見を伴ったらしい。
佐藤氏は宇田氏にこう言ったという。「これまで私は、銀行で30年近くかけて培ってきたスキルや経験が他でどの程度通用するか半信半疑でした。十分な力を発揮できるか確かな自信がなかったんです。でもそれは見当外れでした。私の力が立派に通用したんです。しかも、背伸びする必要もない。先方のニーズに応じて、身につけた基本をきちんと発揮すればいいんだと気づかされました」
この「発見」があればこそ、アップルでも存分に力を発揮することだろう。
【text:荻野進介】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.62 特集1「アフターミドルの可能性を拓く」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
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