- 公開日:2020/05/11
- 更新日:2024/03/18
危機は最大のチャンスという。東日本大震災を発端とする未曽有の危機を乗り越えながら、親会社に頼らない自立経営を実現した企業がある。東京電力の子会社で、土木や建築、電気、機械関係の設計・解析・技術コンサルティングを行う東電設計である。変革を指揮した東電設計の前会長、増田民夫氏にお話を伺った。
短期・長期の目標を定める
東電設計の前会長、増田民夫氏が同社の社長に就任したのは、2012年6月のことだった。以前は東京電力の技術者であり、ワシントン事務所長を務めた後に退職し、千葉県茂原市にある関東天然瓦斯開発の常務を務めていた。
東電設計は危機の渦中にあった。東日本大震災が起こり、親会社、東京電力(以下、東電)の経営が傾く。その影響を受け、社員の給料の大幅カットや離職者の増大に見舞われ、士気は低下し、先行きに対する不安が社内に渦巻いていた。
最大の問題は、売上の大半を占めていた東電からの仕事が長期にわたって激減していくことが確実視されたことだった。本人が話す。「震災前は、毎年、仕事の7~8割が東電から来ていました。前任の社長との引き継ぎのとき、『これから大変だよ』と言われたのを覚えています」
ところが、増田氏は落ち込んではいなかった。
「東電時代から東電設計と仕事をし、関東天然瓦斯時代も仕事を発注したことがあって、高い技術レベルを保有していることを知っていました。その力をもってすれば、東電以外の顧客を確実に獲得できるはずだと信じていたのです」
変革は、トップが道筋を示す必要がある。増田氏は目標を作った。「設備の、ゆりかごから墓場まで、一貫したサービスで、顧客により添い共に歩むホームドクターとしてトップコンサルを目指す」というものだ。続いて、東電以外の顧客を増やし、翌2013年末までに外販率を50%超にするという定量的目標も定めた(前年2011年の外販率は37%)。「なぜ50%超かといえば、東電の経営陣から、それが実現できれば、外に対して自立した企業と見なし、人件費削減を緩和するとの了承を取り付けていたからです。処遇の改善は、社員の元気を取り戻す、大きなきっかけになると思いました」
さらに、10年後の2021年までに、外販率を67%に拡大し、売上は2011年の2倍の300億円、利益率も外販で伸ばし1.5倍の10%、利益額は3倍の30億円を達成する、という長期目標も定めた。
泊まりがけの合宿を経て役員を一枚岩に
外に打って出るためには、東電設計の総合力を生かし得る各部門の連携が必須だが、困ったことに、同社は強固な縦割り文化を維持していた。「部門ごとにビルの各フロアに入り、社員であっても、別部門には出入りできないという状態でした。土木なら土木、建築なら建築と、東電の同部門から発注された仕事をこなしていればいい。異部門が連携する仕事はほぼ皆無でした」
これを改善するため、本社移転を機に、全員がワンフロアで執務できるビルに移った。部門間の協働を促進し、営業と技術の一体化を図ると共に、営業も技術と同格の本部に格上げし体制を強化した。さらに、外販で主力とする戦略商材も、防災関連、設備の維持・管理関連、再生可能エネルギーの3領域に重点を置くこととした。
こうした組織の再構築や戦略・戦術の見直しと共に力を入れたのが、意識面の統一だった。「数十人規模なら自前でできますが、われわれは社員600名強の組織でした。何よりスピードが重要で、リクルートマネジメントソリューションズの力を借りることにしました。一番大きな施策は、今後の会社の方向性(ミッション、ビジョン、バリュー)を全社員で話し合い、合意することでした」
まず2012年12月から翌年5月までの半年間で取り組んだのは、役員を一枚岩にすることだった。役員の個別インタビュー、顧客や取引先の声の収集、社員対象のWEBアンケートなどを行い、材料を役員全員で共有した上で、泊まりがけの合宿を行った。そこでは、経営に関する本音の対話を行うと共に、ミッション、ビジョン、バリューの基本案を全員で作成した。「10年後の数値目標については疑問を投げかける役員もいました。無理だと。私は『沈滞した今の社員の様子を見てくれ。彼らを元気づけるには10年後の明るい世界を見せてあげるしかない』と説得しました」。この合宿の内容はすべて議事録に残し全社員に共有すると共に、各役員が自ら自組織で対話を始めた。
続いて2013年5月から部門を横断して部長以下への働きかけが始まる。部長、課長、中堅、若手の各階層で、今後のありたい姿を合宿で討議。
さらに、2013年10月、全社員参加のワールドカフェで社員の意見を取り込み、完成。「全社員での討議は私も初めての経験でしたが、やってみてよかった。お互いを知る良い機会になりました」
こうして同年12月、形になったミッションがこうだ。「技術を結集し、自ら、明日をひらく。」
短期目標は首尾よく達成 課題は「全員経営」
さらには、これらの合宿や社員との対話で上がってきた意見には、すぐに応えていった。「これまでの社長は、東電OBが落下傘で来て、数年で引退してしまう。口にしたことも結局は実現しない。トップに対する信頼感が欠如しており、それを何とか改めたかった。実際、大型の高速プリンターの購入、中途採用の拡大など、社員から上がった本質的な課題にはすぐに着手しました」
これらの施策が奏功し、外販率については計画どおり、2013年に51%を達成する。
売上は、2011年から3年連続で前年を下回ったが、2014年からV字回復を果たす。翌2015年は200億円の大台に乗り、2016年は232億円まで伸び利益率も10%を超えたものの、以降、伸びが鈍くなった。「そこではたと気づきました。ミッションで言えば『技術を結集』までは合格点だが、『自ら、明日をひらく』ができていない。要は仕事をやるのではなく、やらされていたんです。それでは伸びはいつか止まる。もう一度、自分がありたい姿、会社があるべき姿を描き、それに向かって自ら考え、行動しなければならない。それを『全員経営』と名付け、浸透に取り組み始めました」
会長退任という形で増田氏が同社を退いたのが2019年6月のことだ。「一連の活動を通じて学んだのは対話の大切さです。変革を志す場合、どうしてもトップダウンになりがちですが、社員を巻き込むためには、トップは社員より低い目線に立って彼らの話を聞き、あるいは話をするべきです。役員同士も腹を割って話し合う。もし対話をやらなかったとしても、外販率50%は達成できたでしょう。ただ、こんなに早く達成できたかどうか。あるいは長続きしなかったかもしれません。対話を通じ、全社一丸になれたことで変革が成功したのだと思っています」
【text:荻野進介】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.57 特集2「人の弱さを乗り越える組織変革アプローチ」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
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