文教大学 益田 勉氏 キャリアにおける成功とは何か 〜変化の時代のキャリア発達〜

変化の時代に個人は何を意識してキャリアを考え、一歩踏み出すにはどうしたらいいのでしょうか。今回は、人材採用・教育・組織開発や人事教育コンサルティングなどの実務経験も豊富で、現在は文教大学にて心理学、経営学の視点から「人と組織」について研究をしておられる益田勉先生に、キャリア・アダプタビリティをはじめとした最近の研究テーマについてお話を伺いました。


不確実性に対処するキャリア・アダプタビリティという概念

― キャリア発達を促進する要因のひとつである「キャリア・アダプタビリティ」についての益田先生の研究論文を拝見しました(「キャリア・アダプタビリティと組織内キャリア発達」)。キャリアの多様性、不確実性が高まる中で、「変化に対応する資質、レディネス」という視点はとても興味深いです。

キャリア・アダプタビリティは、もともとキャリア研究の第一人者であるドナルド・スーパーが提唱した概念で、その理論をマーク・サビカスが発展させたものです。適応的な個人は、「働くものとして自分の将来に対して関心(Concern)を持つ」「将来の職業生活についてのコントロール(Control)を強める」「自己の可能性を探求する好奇心(Curiosity)を持つ」「自分の大きな志を追求する自信(Confidence)を強める」といった4つの要件を満たしていると言われています。

― どのような経緯でこの概念に着目した研究を始められたのですか。

GCDF-Japan(Global Career Development Facilitator)キャリアカウンセラー養成プログラムの講師を7、8年担当する中で、“キャリアカウンセラーはクライアントに対して何をする人なのか”ということに問題意識をもったのがきっかけです。GCDFのプログラムはアメリカで生まれたもので、12のコンピテンシーを身に付けることを目標としていますが、これはカウンセラーの能力の話で、どういう成果を目指すかということについてはあまり語られていませんでした。そこで着目した概念がキャリア・アダプタビリティだったんです。キャリアカウンセリングの成果として、“クライアントのキャリア・アダプタビリティを高める”という言い方は確かにできると。キャリア・アダプタビリティは概念としてはあるものの、測定するスケールはないようだったので、これをテーマとした実証的な研究ができないだろうか、ということで研究を始めました。

アダプタビリティを適応という意味でとらえると、どちらかというと受け身というか、外的環境に自分を合わせるとか、まわりに合わせて自分を変えるという受けとめ方になりがちですが、サビカスなどが言っているキャリア・アダプタビリティというのは必ずしもそういう側面ではないのです。計画的、合理的、分析的なキャリアデザインというよりも、何が起こるかわからないというのがキャリア、そして人生で、そういう“不確実性に対する耐性”と“不確実性に対する開かれた心”がこの概念のコアの部分なのではないかと感じています。そして、“不確実性に対する開かれた心”というのは概念としてはわかるけれど、それが高い状態というのはどういうことなのか、それをもう少し具体的に明らかにする必要があるのではないかと考えました。

― キャリアカウンセラーの成果を考えるうえで、あてはまりのよい概念だったのですね。

カウンセラーが行うのはプロセス支援で、どういう考え方をするか、どういう情報の取り方をするかといったようなことが支援の中心になります。キャリア・アダプタビリティは抽象的な概念ではありますが、“自分のキャリアのことを自分で考えようとしているか”“未経験な新しい環境に対して自分自身を開いているか”というように、どのようなプロセスを支援すればいいのかという指針になるのです。

自分にとってのキャリア・サクセスを考える

― “キャリアの節目”に遭遇するとキャリア・アダプタビリティは高まるという先生の研究結果がありますが、いつか来るであろう有事に備えて、30代のうちに考えておくべき視点というのはあるのでしょうか。

“自分にとってのキャリアの成功とは何か”について、複数の観点から考えておくことだと思います。その視点として、「キャリアの効果性」というのがあります。これは、キャリアにおける全般的な成功度(「キャリア・サクセス」)を表す概念です。

― 具体的には、どのような視点で考えるのがいいのでしょうか。

4つの視点があります(図表01)。キャリア・アダプタビリティに続いて行っている研究を通じて、キャリアの効果性について、検証を行ったものです。

図表01 キャリアの効果性の4つのタイプ

「キャリアの探索と形成 ―キャリアデザインの心理学―」(益田勉 著・2011)より引用

まず、目前の仕事に全力投球して、自分のこれからがどうのこうの、なんていうのは考えずに一心不乱に目の前の仕事をする、それで成果をあげ、役割を果たし、周りから認められる。こういうひとつのキャリアのあり方があって、それはそれでとても大事なことです(「キャリア成果」)。それと同時に、今の仕事を役割だからやっているということだけでなく、やっていて面白い、楽しい、成長感があるというような、他者に対して提供する成果ではなくて自分自身に対して提供する仕事の成果、こういう視点も2番目に大事なことです(「キャリア満足」)。3つめとしては、同じような環境が続くとは限らないから自分の長期的なキャリアについてのデザインをしておいて、いざというときに図面を出せる、という要素(「キャリア適応」)。最後は、仕事が変わったり、キャリアが変わってきたりしても、自分は自分でこれでいいんだと思えるようなアイデンティティの問題です(「キャリア同一性」)。

キャリアデザインというと、目の前の仕事を一生懸命やるとか、今の仕事で満足しようということは忘れられがちなのですが、一番大事なのは目の前の仕事を一生懸命やって成果をあげること。ここをもう一度重心を置いて考える必要があると思います。人に対する成果を確認しながら仕事をするのと同時に、自分自身にとっての仕事の成果を確認するような仕事の仕方が大事なような気がします。

成果をあげる、環境変化に対応するといった自分の外側のプロセスと、満足度を高める、アイデンティティをつくっていくといった内面のプロセス、そして、時間的に言うと現在と将来、それぞれにキャリアの課題があるので、これら4つの側面は考えておく必要があるでしょう。

自己資本・他人資本の両輪から実現するキャリア・サクセス

― 最近では、他にはどのようなテーマにご関心をおもちですか。

キャリア・アダプタビリティという概念と同じぐらい関心をもっているのですが、実証研究が進まないテーマとして、「キャリア・バランスシート」というのがあります。会計のバランスシートで言えば、会社を経営するときには自己資本から事業はスタートしますけれど、他人資本と言われる借金をする力って実はすごく大事で、自己資本だけでやっている会社は大きくならないわけです。自己資本だけでやっている会社は大きな面白いことができない場合が多い。他人資本をどうやって入れるかということが大事なんです。

これは実はキャリアの世界にも同じところがあって、“自分のキャリアは自分で創る”というのは、会計になぞらえて言えば自己資本の充実という話ですが、自己資本だけでは十分な仕事はできないというのと同じように、キャリアも“どれだけ周囲のサポートを得られるか、組織の力を活用するか”、そういう視点から考えなければならない部分が相当あるんです。ただ、キャリアというとやっぱり個が重視されるし、メッセージとしても“自分のキャリアを自分で創るキャリア自律”というような話になっていくわけですよね。キャリアというのは個別性と同時に集団性、関係性みたいなものが同じぐらいある、という話は多くのキャリア理論家がいうところですが、実際にはあまり強調されることはない。つまり、“会社にいれば会社がなんとかしてくれるから自分のキャリアなんて考えなくてもいい”という状態のアンチテーゼとしてキャリア自律が言われているという側面があるので、組織の力を使ってキャリアが発達していくという部分がどうしても後ろに隠れてしまうんです。本人にとってのキャリア・サクセスを、キャリアの自己資本とキャリアの他人資本という2つの力をうまく使ってどうするかというのは大事なテーマだと思います。

― 他人資本の力を使うのは、昔に比べて難しくなってきているのではないでしょうか。比較的余裕のあった時代には、放っておいても職場でも周囲の人たちが関わってくれていたものが、一人ひとりにどんどん余裕がなくなって、仕事の難易度も上がって、ということになると、昔と今とでは状況も違うように思えます。

それはあるかもしれませんね。昔は組織の中にいることによって本人が意識しなくてもサポートが得られていた。でも今はよほど自覚的にふるまわないとそういうサポートが得られなくなっているので、だからこそ自覚的にサポートを求める力を高めないと、どんどん個が孤立していくということにもなりかねません。

周りのサポートをどうやって引っ張ってくるかという意識的な努力をするときには、そういう目で周りを見ていないと、すごく良い環境があるのにそのメリットを享受していないということが起こりえます。私自身、会社を辞めて一人で仕事するようになって直後に感じたのは、組織に属するということはものすごい価値の高い情報が自動的にタダでもらえるんだ、ということでした。そういうのは組織の中にいるとなかなかわからないものです。そういうことを意識するためにも、キャリア・バランスシートの他人資本の部分、周りの力、組織の力をうまく使おうという視点も大事なのではないでしょうか。

― 周囲の人や組織の力を引っ張ってくる際に、他に意識すべきことは何でしょう?

集団の中での関わり、関係性としては、組織の中での役割を中心とした関係、家族的な関係、それに加えて市場的な関係というのがあります。組織の中の関係性は、与えられた役割を果たすことによって、組織でのポジションが確立され、組織のリソースも使えるという一種の長期的なギブ・アンド・テイクの関係。家族的な関係は、無条件の相互支援ですよね。最近ではそれに加えて、物の取引においては昔からあった市場的な関係というのが個人の仕事の世界にも入ってきました。たとえば個人が仕事をするときに組織に属して仕事をするというのとは別に、インディペンデントコントラクターみたいな、ある種の契約主体として自分のマーケットバリューを売っていくという、そういう仕事の仕方もかなり一般的になってきました。組織の中での役割の関係というのは、組織が安定的に存在する前提で会社が経営されているため、ある程度一定期間継続するという前提だし、役割を期待されて果たすまでに一定の時間がかかるということもあって、わりと安定しています。一方、市場との関係でいうと、それに比べると短期決済の仕事や関係になります。つまり、役割的な関係で自分のサポートを引き寄せるというのもあるし、むしろ市場的な関係の中で自分が積極的に評価する人を見つけて来て、その人に何者かを売り込んで自分の仕事を高めていくというようなやり方もあるんじゃないかと。人間関係の持ち方が、昔から言われている家族的な関係とある種の利益的な関係、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの二分法に加えて、市場的人間関係とでも言うべきアドホックな関係が出てきて、3つぐらい人間関係の持ち方がある。こうした関係性のバリエーションを意識しながら、人の力を引っ張ってくることが必要になってきているのではないでしょうか。この辺の話は、マイケル・アーサーらの「キャリア・コミュニティ」の概念の受け売りですが。

― 周囲との関係性は、自分にとってのキャリア・サクセスを考えたり、そのための具体的な行動を起こすための一歩を踏み出すのに重要な視点なのですね。

個が個であることはもちろん大事なことですが、それだけではないのです。周囲とのつながりを求めるマインド、それも単に自分が安心できるつながりでなく他人資本の視点を考慮したネットワークづくり、さらには、大きな社会を自分の視野の中に入れて、それに対して自分に何ができるかを考える視点を身に付けることが大事です。大きな視点で社会を見るというのは、たとえば海外にどんどん出かけていくような物理的に世界を広げることなどが挙げられます。若者の海外志向の低下については、確立した見解は見られませんが、日本の就職慣行が留学すると不利になるような新卒一括採用が、学生の海外進出を阻害しているという考えもあるようです。広い世界に出て行って何かを見るという経験に対する社会的な支援風土が欠けている気がします。

― 本日は、自分にとってのキャリア・サクセスを考えることの重要性について、いろいろお話をお伺いしました。実際には、自分で選ぶことはなかなか難しそうですが、自分で決めたんだ、と思えることが大切なのかもしれません。

フランク・パーソンズの「職業の選択」(1909年)という本がキャリア研究の始まりと言われます。キャリア選択やキャリア意思決定が、キャリアに関する問題解決の中心に据えられて1世紀が経ちました。いっぽうで、キャリアは選択するものなのかどうか、という議論がありますよね。仕事であれば仕事は選択するものと言えるでしょう。仕事だけでない様々な人生役割も含めたものがキャリアだとすると、人生は選ぶものではない、生きるものだ、という見方もあります。確かに、キャリア・サクセスを人生全体にあてはめると少し不遜な考えになりそうですが、職業生活を中心としたキャリアに限定して考えれば、キャリア・サクセスという言い方をしてもいいと思っています。

“キャリアにはアップもダウンもない”というように、良いキャリアとか悪いキャリアとか一概に言うのはおかしいという感覚が誰にもあるので、キャリア・サクセスという言葉はあまりウケがよくないんです。ただ、“キャリアにはアップもダウンもない”という言い方や、単にお題目として“キャリア自律が大事だ”と言うよりは、“自分にとってのキャリア・サクセスとは何かを考えてそれを目指しましょう”というメッセージのほうがいいと思っています。自分のキャリアをどういうものにしようかという考え方を刺激するという意味で、キャリア・サクセスという言葉を私は好きです。“キャリアというのは語られることによって姿を現わす”というナラティブな考え方にもあるように、キャリア・サクセスとは自分のキャリアをどのように自分に対して語るかということでしかないかもしれません。結局は、自分にとっての成功でしかないと思うんです。

(インタビュー:研究員 荒井理江)

研究者PROFILE

益田 勉(ますだ・つとむ)氏
文教大学人間科学部 准教授

●略歴
1952年静岡県生まれ。1976年東京大学文学部社会心理学科卒業。株式会社リクルート入社。人事教育事業、情報ネットワーク事業、本社管理部門等を経て退職。1999年(有)パスカルコンサルティングを設立し代表取締役。企業内教育研修プログラム、CDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)の企画・開発に従事。2002年筑波大学大学院経営政策科学研究科・経営システム科学専攻修了。2005年同大学院企業科学専攻(後期博士課程)中退。文教大学人間科学部専任講師を経て現職。専攻は産業・組織心理学、キャリア発達論。

●主要著書・論文
「キャリアの探索と形成〜キャリアデザインの心理学〜」文教大学出版事業部 2011年
「キャリア・アダプタビリティと組織内キャリア発達」文教大学人間科学部紀要 2008年
「キャリア・アダプタビリティと転職の意思」文教大学生活科学研究所紀要 2010年
「キャリアの効果性の4類型」文教大学人間科学部紀要 2011年
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