一橋大学大学院 沼上 幹氏 経営思考力なき経営者が企業を滅ぼす〜理論と経験の対話がプロ経営者を育てる〜

バブル崩壊以降、日本企業に活気が失われたと言われて久しくなります。最近も、円高、欧州経済危機、震災と、経営を左右する逆風の存在は無視できないものの、かつて日本のお家芸とされてきた産業の多くが業績悪化に苦しんでいます。原因はどこにあるのでしょうか。経営戦略論、経営組織論の分野で、数々の斬新な研究や著作を世に問うてきた一橋大学の沼上幹教授にお話を伺いました。


日本ではなぜプロ経営者が育ちにくいか

― 沼上先生は最近どんなテーマにご興味をおもちでしょうか?

かれこれ10年以上になりますが、日本の組織はなぜ駄目になるのか、どうやったらそれを防げるのか、ということをずっと考えてきました。大事なことはいくつかありますが、日本企業のマネジメント層に、経営リテラシー・基本思考力が欠如していることに根本的な原因があるのではないか、と思っています。

― 以前は備わっていたのでしょうか?

以前から欠けていたのですが、最近、その事実がようやく明るみに出た感じがします。その点では韓国企業にも後れをとっています。躍進している韓国企業を見ると、経営学の教科書にあるストレートな手を打ってきていますが、日本企業はその意味すら理解できていない場面があります。そんな悲しむべきレベルにあるケースが見られます。

― もう少し、具体的に教えてください。

日本企業は現場叩き上げの人材を重用しすぎだと思います。特定の製品のことはよく理解しているのですが、他の製品や業種にも適用できる一般性の高いロジックとリテラシーが不足しているため、他で通用しないのです。これだけ環境変化が激しいと、それでは致命的です。Aという事業をうまくまわせた人材が事業Bに移っても成功するには、事業Aを通して経営の本質を学び、それを抽象度の高い理論に昇華させなければ無理です。

― それができるのがプロ経営者ですね。

そうですね。プロ経営者の育成という面で日本は明らかに遅れています。その点、百八十度、違うのがアメリカです。「これだけ学んでおけば、どの事業を担当しても、どこの企業に行っても基本部分を7〜8割は理解可能になる基盤となる知識、MBA(経営学修士)という経営知識の標準パッケージをつくり、その標準を社会全体で共有したのです。個別事業、個別企業の経営がタコ壷化し、そこでの経験が横展開できない日本とは大違いです。

― 個別具体の知識を一般化するのにMBA教育が役立つということでしょうか?

そうです。人間の学習の基本は「理論と現実の対話」です。人間は確かに経験からも学ぶことができますが、それだけだと、応用のきかない自分勝手な理論をつくってしまうのです。その点、MBAの教育では、古今東西のあらゆる成功と失敗のパターンが一般化・体系化されて伝えられます。そうした教育と真摯な対話を繰り返し、自分の経験を相対化できた人材が、本当に使える経営知識を身につけることができるのです。

― 事業の経営は実際やってみないと分からないことが多々あります。そう考えると、できるだけ早い時期に事業部長などの要職を経験した後、ビジネススクールに行くことは一つの有効なやり方だと思うのですが、いかがでしょうか?

時期や順序はあまり重要ではないと思います。38歳でMBAを取っても手遅れではありませんし、26歳が早すぎるとも言えません。ましてや、事業部長をやらないと経営の何たるかが分からないわけでもないと思います。なぜなら、人間は経験したことしか理解できないとするならば、われわれが本を読んで学ぶことが無意味になってしまうからです。そうならずに、本を読んで「私にも分かる」となるのは人間に想像力というものが備わっているからです。

― そうですね。

同じ想像力ということでは、「私が事業部長だったら、こうするのに」と思いながら、当の事業部長の判断や行動を注意深く見守っている部下は、図らずも事業部長の代理経験をしていることになります。将来、本当に事業部長になった場合、その経験が大いに役立つでしょう。ビジネススクールにおけるケース学習は、そうした代理経験が可能な場でもありますから、早めに行くのも決して悪いことではないと思います。逆に言えば,日頃から「自分が上司だったら」とか「事業部長だったら」という意識をもっていない人は,いくら仕事を続けていても経営経験はしていないということになります。

乾電池を売るための値引き戦略は有効か

― 冒頭で、日本の経営者には経営リテラシーが欠如しているとおっしゃいました。リテラシーの中身について、具体的に教えてください。

経営リテラシーは、言葉を知っている、推論ができる、新たな展開ができる、という3段階に分かれます。最後の「新たな展開ができる」まで行かないと、十分なリテラシーがあるとは言えません。例をあげましょう。あらゆる商品は、最寄り品、買い回り品、専門品に分けることができます。最寄り品の典型が乾電池、買い回り品が衣服、専門品は高級ブランド品や購入時に専門的アドバイスが必要なピアノやデジタルカメラですが、ここで考えてみてください。乾電池の販売戦略はどうあるべきでしょうか。

― ……私は乾電池をよく駅のキオスクで買います。


そこです。乾電池がよく売れるのはキオスクの他にコンビニエンスストアです。最寄り品は身近な場所でよく購入されるのです。コンビニでは値引きはありませんし、ブランドもそんなに考慮されません。ですから、この問いに「値引きをする」と答えるのは間違いで、正解は「流通チャネルを押さえる」なのです。ここまでが第1段階のリテラシーで、「自社の営業マンだけでは足りなくなるから、販売代理店との契約も必要で、その際は、彼らのインセンティブをいかに高めるか、が重要になる」ということまで考えられるのが第二段階のリテラシーです。

― 専門品の場合はどうでしょう?

専門品のうち、とくに購入時にアドバイスを必要とするようなモノの場合、たとえばデジカメであれば、店頭で、「このデジカメにはこういう特徴があります」と、お客に分かりやすく説明できることが決定的に重要です。そこが第一段階で、「店頭に立つ販売員の知識をいかに育てるか、彼らがこの商品の特徴をうまく説明して売りたいと思ってくれるようなインセンティブをどう設計するかが重要になる」と考えられて、初めて第2段階のリテラシーを備えていることになります。

― 第3段階になるとどうなりますか?


川下から川上に頭を転じられるか、です。つまり、「売れるデジカメをつくるために、研究開発に携わる技術者は何をすべきか」という問題意識です。この問い自体を立てるのは難しいことですが、逆に問いを立てられれば答えを引き出すのはそう難しくはありません。店頭においては、顧客が最高10分しか販売員の話を聞いてくれないとすると、その時間内でうまく説明できて、しかも顧客の心に深く刺さる技術的な差別化要因を製品に織り込まなければならない、ということです。あらゆる商品は3つに分類できるという話から始まり、研究開発分野の話まで展開できて初めて最低限の経営リテラシーが備わっていると言えるでしょう。

― なかなか難しいですね。

簡単なことではありません。このリテラシーに加え、実務を通じて身につけた胆力や最後までやり遂げられる力がそろったとき、その人は一流の経営者になっていくと思います。

― その通りだと思いますが、なかなかそういう人材は日本企業にいない気がします。

そこが問題なのです。現場叩き上げで、自らの職務の周辺領域のことしか目配りできない人材を大量に生み出してしまっているのが今の日本企業なのです。物事をしっかり考え、判断していくという人材が特にマネジメント層に少ない。最大の理由は日本の大学の社会科学教育がうまく機能しなかったからだと思います。先ほどの問題も、社会科学の基礎をきちんと学んでいたら容易に答えられるはずです。そういう意味では、大学人の一人として私も内心忸怩たるものがあります。

― とは言っても、最近は以前ほどMBA、MBAと言われなくなった感じがします。「MBAを学んでもイノベーションは生まれない」という意見がありますが、どうお考えですか?

イノベーションに関する最近の議論にも正直、危ういものを感じます。イノベーションを促進するには、「開発部門の予算を増やせ」だの、「技術者をもっと自由にせよ」だの、必ずしも当たっているとは言えない場合があるという議論が多いと思います。そうではなくて、一番重要なのは「開発部門が苦心惨憺してつくりあげた差別化技術を市場でどうやって長持ちさせるか」ということなのです。つまり、イノベーションが実現したら、それを乗り越えるような他社のイノベーションの参入を阻止するため、流通チャネルをコントロールしたり、ブランドイメージを強化したりして、市場が荒らされないようにしておかなければならないのです。そうすれば経営に余裕ができますから、イノベーションを生み出した技術者も安心して次のイノベーションを生み出す困難な仕事に注力できるのです。

つまり、イノベーションを通じて確実に利益を確保し、そのお金を次のイノベーションを生み出すための投資に使うというサイクルが必須ということです。それをつくるために役立つのがMBAの知識です。その知識を経営者がもつのではなく、技術者本人がもってもいいでしょう。いずれにせよ、イノベーションを大切にしようと思ったら、技術以外の分野で、イノベーションを守ってあげないといけないのです。

お金の計算ができなくなったエンジニア、「御用聞き」と化した営業

― おっしゃる通りだと思います。でも、そこまで考えて、製品を開発したり設計したりしている技術者は案外、少ないのではないでしょうか。

日本の大学でも、以前の工学部は違いました。例えば、川崎製鉄(現・JFEスチール)中興の祖で、臨海製鉄所の発明者といわれる西山弥太郎という経営者がいました。東大工学部の出身ですが、執筆した卒業論文の内容が、海を埋め立てて製鉄所をつくるという、後に彼が実現した臨海製鉄所建設プランそのもので、材料費や製品輸送費などに関する精緻な収支決算も行ったうえでの事業計画書になっているのです。

― 私は工学部出身ですが、確かに製品の損得計算までやらされました。

そうでしょう。元々、エンジニアというのはそこまでの力が求められるのです。ところが、特にエレクトロニクスや半導体の分野で顕著ですが、製品が高度化した結果、仕事が分業化され、製品の物理的計算などは熱心に行うけれども、どうやって儲けるのか、というお金の計算をしないエンジニアがたくさん生まれてしまったのです。それを補うべき存在が文系出身の営業で、「いかに儲けるか」を考えるべきだったのですが、まったく不十分でした。この構図が日本企業の競争力を一気に引き下げた、と私は思っているのです。

― 営業のあるべき姿をもう少し教えてください。

自分たちのビジネスモデルが社会にうまく受け入れられるよう、政府や関係団体、オピニオンリーダー、場合によっては海外にも直接働きかけるといった、言ってみれば、外向きのマネジメントです。理系出身のエンジニアの仕事は、技術のコアとそれを用いたビジネスモデルを考えることであり、そのビジネスが社会に受け入れられるよう、しかるべき基盤をつくり、協力者や支援者を集めていくのが文系出身の営業の仕事でした。ところが、いつの間にか、エンジニアは専門分化し、お金のことを考えなくなっていった。一方の営業は顧客の言葉を社に持ち帰る、単なる「御用聞き」となっていきました。どうやって儲けるかというビジネスモデルの話がすっぽり抜け落ちてしまったのです。

― 営業も外に向かわず、内向きになっていったということですね。

そうです。営業が行う市場開拓はビジネスモデルを考えることと同じなのです。ところが先人がつくったレールがすでにあり、そこに乗ってさえいれば仕事が完結するとなると、ビジネスモデルを考えなくても済みます。かく言うわれわれ経営学者も、「日本の現場は強い」「日本の技術は世界一だ」と、日本企業の強さを妄信してしまいました。その点は大いに反省しています。

― 最後に少し話題を変えます。沼上先生は以前、「組織の重さ」について研究されましたね。日本企業の強みである、組織内の濃密な相互作用を通じて生まれてくる創発戦略とそれを実現する力が、組織の肥大化・高齢化によって阻害され、それこそ組織が駄目になっていくメカニズムを明らかにした内容でした。改めて伺いたいのですが、日本企業の強みである創発戦略をうまく機能させるにはどうしたらいいのでしょうか?

本にも書いたことですが、処方箋は単純です。組織ユニット、つまり事業部の規模をいかに小さくするかが重要です。売り上げが100億円で大卒ホワイトカラーが100人というようなサイズを目指すべきでしょう。100人の規模ですと、ミドルの相互作用がうまく働き、みんなで相談しながら、戦略をつくっていくことができますが、300人、400人になると動きが弱くなります。組織が成長して大きくなったら、分割するしか手はありません。

― 分割できない場合はどうしたらいいのでしょう?

まず市場の定義と分割ができないと組織は分割できません。多くのケースでは、実は市場は分割できないと思っているだけで、実際には分割して考えることができるケースは多々あります。実際には、自分が直面している市場をうまく分析する力がない人が分けられないと言っているケースも多いのです。また、もし本当に分割できない場合、その大きな市場に対して明確かつシンプルに対応する戦略をつくる必要があります。そうした戦略を確実に遂行するためには、いろいろなものを捨てざるを得なくなるでしょう。そこが試金石です。日本企業の場合、状況が少しでも変わると、一度捨てたものを復活させてしまい、組織がどんどん複雑になってしまうことがよくあります。その結果、組織が重くなり、機能不全に陥ってしまうのです。厳に戒める必要があるでしょう。

(インタビュー:研究所長 古野庸一/研究員 瀧本麗子 / 文:荻野進介)

研究者PROFILE

沼上幹(ぬまがみ・つよし)氏
一橋大学大学院商学研究科教授

●略歴
1960年静岡県生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学院商学研究科修士課程修了。1988年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得。同年、成城大学経済学部専任講師。1991年一橋大学商学部産業経営研究所専任講師を経て現職。専攻は経営組織論・経営戦略論・経営学方法論。

● 主な著書
『液晶ディスプレイの技術革新史』白桃書房 1999年(日経経済図書文化賞・毎日新聞社エコノミスト賞受賞)
『行為の経営学』 白桃書房、2000年
『組織戦略の考え方』 ちくま新書、2003年
『組織デザイン』 日経文庫、2004年
『組織の<重さ>』 共著、日本経済新聞出版社、2007年
『経営戦略の思考法』 日本経済新聞出版社、2009年

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