東京大学高齢社会総合研究機構 秋山弘子氏 高齢化社会におけるジェロントロジーの学際的取り組みについて

世界でも前例のない高齢化社会を迎えている日本。高齢者(65歳以上)が全人口に占める割合は現状約20%、そして、今世紀半ばには3人に1人が65歳以上になると推計されています。超高齢社会を見据えてさまざまな領域で研究が行われていますが、今回は、ジェロントロジー(高齢者や高齢社会全般にかかわる諸課題を研究対象とする学際的学問分野)の研究教育拠点である東京大学「高齢社会総合研究機構」を推進されている秋山弘子先生に、東京大学での活動や研究動向についてお話を伺います。


ジェロントロジー研究教育拠点「高齢社会総合研究機構」について

― まず、平成21年4月に発足した「高齢社会総合研究機構」の設立経緯について教えてください。

平成18年4月より、東京大学総長室総括プロジェクト機構の活動のひとつとして「ジェロントロジー寄付研究部門」を立ち上げ、推進してきました。これは3年という期間を設けての活動でしたが、それを発展する形で恒常的な組織として「高齢社会総合研究機構」が発足しました。総長直轄の、東京大学の全学部をあげての分野横断の組織です。規模も「ジェロントロジー寄付研究部門」のときの20人から「高齢社会総合研究機構」では60人というように発展してきました。

― どのような活動を予定しているのですか?

「研究」「教育」「国際活動」「産学連携」の4つのテーマで推進していきます。

― 1つめの「研究」とはどのような内容ですか?

まず、首都圏と地方都市での「超高齢社会対応のコミュニティづくり」といった社会実験的なものです。現状のコミュニティでは対応できない課題を解決していくためには、医療・福祉・住宅・交通・教育など、さまざまな領域を同時に進めていかないとうまくいきません。東京大学の知を結集して、千葉県柏市と福井市で、80歳代から90歳代が安心して暮らせるコミュニティづくりに取り組みます。このことは、結果として、子育てにも優しい、すべての人にとって安心できる活力のあるコミュニティにつながると思っています。

もうひとつは、「前期高齢者(65歳〜74歳)の活用」についての研究です。いまや、高齢者を75歳以上にしたほうがよいという声も強くなっているほど、現在の65歳と昔の65歳とでは違います。また、石油など天然資源が少なくなっている中で、日本において確実に増大している社会資源は高齢者です。唯一増大するといってもよい貴重な社会資源をどう活かしていくか、これは重要なテーマです。無償のボランティアのような社会参加だけではなく、多様な働き方の可能性を検討していきたいと考えています。これは社会にとってのみならず、個人の健康にとってもよいことです。

― 2つめの「教育」とはどのような内容ですか?

現在の学問は細分化し過ぎている傾向があると考えています。実際、博士課程修了生のキャリアパスが限られているという実態もあります。もちろん、先端研究能力はトレーニングしなくてはいけないし、先端研究も進めていかなくてはいけません。しかし、同時にそれを使って社会の課題を解決できる能力が必要なのです。

本活動は単一学部としてではなく、すべての学部での最先端の知、先端研究能力を結集していきます。ジェロントロジーという学際的な教育環境を設けて、皆で一緒に、たとえば「柏の街をどうやって超高齢化社会対応の街に変えるか」といった社会実験型研究を通じて、社会の課題を解決していこうとしています。それには自分の分野で何ができるか、ということに加えて、他の分野の研究者たちとどう連携できるかを考えることが求められます。

ジェロントロジーについては、昨年4月から、学部横断プログラムとして開講してきましたが、350人の学生が履修しました。学生の関心が高いことも確かです。

― 3つめの「国際活動」とはどのような内容ですか?

日本は50年の間に寿命が30歳長くなっており、世界最長寿国として注目されています。一般にヨーロッパは古くから高齢化している分、高齢化の度合いは緩やかですが、アジアでは急速に高齢化が進んでいます。加えて、伝統的にアジアでは家族で高齢者の面倒をみていましたが、少子化で対応できなくなってきており、社会的な対応も遅れています。この分野での最先端国として、日本がリーダーシップをとり、アジアにおける高齢者関連の研究者ネットワークを強化します。

昨年9月に東京大学で15カ国の若手研究者を招待してワークショップを開催しました。同じような問題を他の国の研究者たちと情報交換できるということで、とても評判が高く、次回はソウル大学で東京大学との共催で開催し、3回目のシンガポール大学での開催予定まで決まっています。

― 4つめの「産学連携」とはどのような内容ですか?

ジェロントロジーは人の生活のあらゆる側面に関連しているため、すべての産業界が関心をもっています。経団連からのアドバイスもあり、この4月からコンソーシアムを立ち上げました。約30社が参加し、3年間の活動予定です。自動車、電機、金融、食品、IT、交通、旅行、化粧品など、コンソーシアム参加企業の業種はさまざまです。

1年目は、研究の最先端や課題がどこにあるかを俯瞰的に理解します。20年後、日本がどうなっていてどうあるべきかを描いて、そのために産業界として何をしなくてはいけないか、各企業での自社のロードマップづくりを皆で協議しながら進めていきます。2年目には4〜5つの領域別に深く掘り下げて共同研究の準備を始め、3年目に共同研究を立ち上げる予定です。

― 「産学連携」とのことですが、ジェロントロジーは産業界での関心も高いのですか?

昨年12月にコンソーシアムの説明会を開催した後、問い合わせが非常に多くありました。異業種の人たちが何を考えてどう動こうとしているかを知りたいという声や、自社と他社の強みを活かして何か新しい産業を興せないかという思いをお持ちのようです。大学だからこそ自由に発言できることや、ひとつの目標に向かって異業種が手を結ぶネットワークづくりのための場として期待されているようでした。

関心の高さでいうと、東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラムの最後に5つの課題から選ぶグループレポートでは、高齢社会における経営というテーマを希望された方が一番多かったと聞いています。

就労に関係する高齢者研究について

― 今後の高齢者の雇用・働き方のヒントになりそうな研究事例にはどのようなものがありますか?

代表的な調査としては、ミシガン大学の「The Health and Retirement Study」です。米国では1986年に官公庁の定年を廃止したものの、いつまでどのような働き方をするかをどう決めるのがよいか、といった高齢者の雇用の問題を背景に、1992年に調査が開始されました。2万人以上を無作為抽出した大規模な調査で、対象は50歳以上のアメリカ人とその配偶者です。1年おきに追跡調査を実施し、健康、職場環境、就労状況、家族状況、経済状態などについての本人回答や配偶者からの回答をもとに、政策などもふまえながら、個人にとっても社会にとっても望ましい就労形態を探っているものです。ヨーロッパ、オーストラリア、韓国でも実施し、国際比較が可能な調査となっています。

他には、企業が高齢者の雇用に躊躇する理由として挙げられる「生産性と安全性」といった職場環境に関するものが多く見られます。

また、個人の能力については、「短期記憶は落ちるが高齢になって上がるものは何か」「訓練すれば維持できるのはどのような能力か」「どのような訓練をすれば維持・回復できるか」というような研究がアメリカでは盛んに行われています。

― 今後、企業における高齢者の就労について、どのようなことを考えていく必要があるでしょうか?

現実的に企業が取り組むとなると、福祉的な意味合いだけではなく、高齢者の雇用に経済上もメリットがあることを示していかないといけません。たとえば、女性活躍支援で言われていることと同様に、マーケットの変化に直結したもの、つまり、高齢者向けのマーケティングなどもあると思います。高齢者の生活については、30歳代、40歳代では思いもよらないことが多々あります。年をとっていくことで何が変わるか、近くでつぶさに見ている世代には実感があります。これに限らず、高齢者ならではの強みを活かした仕事を創造できるか、そのような研究事例づくりも今後重要になるでしょう。

社会資源としての高齢者の活用を考えるのであれば、フルタイムなど従来の働き方にあてはめるだけではなく、多様な働き方に対応する企業のシステムをつくっていくことも必要でしょう。20歳から55歳くらいまでは皆同じように働けますが、80歳くらいまで働くとすると、人間側も職場環境も工夫が求められます。高齢者の就労について、中長期的なスパンで経営者が考えていくことができるような場づくりを、大学が行っていくこともできるといいですね。

そして、仕事内容や働き方の問題だけでなく、個人の側も、いきいきと働き続けていくための準備をしておくことが大切です。

さらには、地域で産業を興して、居住地域で働けるようになることも望ましいことであると考えています。「高齢社会総合研究機構」の活動予定でお話したような社会実験型研究で模索していければと思います。

(インタビュー・文:主任研究員 今城志保/主任研究員 本合暁詩/主任研究員 藤村直子)

研究者PROFILE

秋山 弘子(あきやま ひろこ)氏
東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授

●略歴
イリノイ大学でPh.D(心理学)取得、米国の国立老化研究機構(National Institute on Aging) フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所研究教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学)などを経て、現在、東京大学高齢社会総合研究機構特任教授、日本学術会議会員。専門=ジェロントロジー(老年学)。高齢者の心身の健康や経済、人間関係の加齢に伴う変化を20年にわたる全国高齢者調査で追跡研究。超高齢社会におけるよりよい生活のあり方を追求。英文での著作・論文多数。

●主要著書・論文
多分野連携・民学連携の試み:ジェロントロジー研究・教育拠点 木村廣道監修
『医療経営イニシアティブ』かんき出版 296-303, 2007

超高齢社会におけるサクセスフル・エイジング
『綜合臨床』 Vol.57, No.10, 2008

自立の神話「サクセスフル・エイジング」を解剖する 上野千鶴子他編
『ケアという思想』岩波書店 181-194, 2008

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