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インタビュー

早稲田大学大学院 谷口真美氏

ダイバシティ・マネジメントの失敗例

  • 公開日:2009/01/01
  • 更新日:2024/03/21
ダイバシティ・マネジメントの失敗例

ダイバシティ・マネジメントの最新動向や代表的な失敗例について、ダイバシティ研究の国内第一人者として活躍されている早稲田大学の谷口先生にお話を伺いました。

「昨今の日本企業のダイバシティへの取り組み」
ダイバシティのワーストプラクティス

「昨今の日本企業のダイバシティへの取り組み」

― 前回の「ダイバシティ組織の創造とリーダーシップ」では、組織変革ツールとしてのダイバシティ、ダイバシティに対する企業行動モデル(抵抗-同化-分離-統合)をふまえたダイバシティ推進のヒント、リーダーの要件など、ダイバシティに関する全般的なお話についてお伺いいたしました。

あれから2年半ほど経ちましたが、当時(2006年9月頃)と比べて、昨今の日本のダイバシティへの取り組みは、先生の実感として何か変わってきているのでしょうか?

依然、ビジネス上の成果を目指した一連の取り組みとして位置づけている企業は多くはないのが現状です。ところが、2008年の夏頃から、ダイバシティに関する会合などで参加者の話のトーンが変わってきました。例えば、女性にフォーカスして、女性採用数の増加、育児休暇制度の整備、託児所の設置などの目に見えやすい施策について着手・完了してしまった企業が、次に何をどう進めてよいかわからないという声を耳にすることが増えました。ダイバシティに関する組織変革プロセスにおいて、現在自社がとどまっているフェーズを明確にし、目的に応じた今後の打ち手・進め方についての指南がほしいという声も聞きます。

― これまで先生が提唱されてきた、成果をあげるための組織変革の手段としてダイバシティに取り組もうとする企業が増えてきたのかもしれません。ビジネス上の目的や効果を明らかにしないままに、目先の打ち手を講じてきた企業においても、少しずつ危機感が醸成されてきたということなのでしょうか?

そうですね。一握りのトップランナー企業たちが、少しずつ成果をあげてきていることも影響しているでしょう。もちろん、事業特性や置かれている環境が異なるため、すべての企業があらゆる多様性を追求する必要はありません。どの多様性の次元に対してどこまで多様化を図ったらよいか、それをどのように進めていったらよいか、概念的な思想やべき論だけではなく、知識や、現場で活用できるツールが求められています。企業の中には、これまで導入してきた施策が互いに連携せずばらばらの運用となり、活動自体がトーンダウンしてきたり、自然消滅してしまったりしているところもあるようです。

ダイバシティのワーストプラクティス

― ダイバシティへの取り組みが成果に結びつかないケースに共通の特徴はあるのでしょうか?

これは、海外文献を参考に、私がまとめたダイバシティのワーストプラクティスです。どのようなダイバシティが自社のビジネスにどう役に立つのかをあいまいにしたまま、経営トップを含めた推進者が本気で取り組みきれていない状態がここにあります。

ダイバシティのワーストプラクティス1

― まず、<ダイバシティの取り組み対象>についてお聞かせください。

冒頭にお話ししたような、女性にフォーカスして施策を実行する際には、2の「マイノリティグループ(少数派)のメンバーのみに限定して取り組みの焦点をあてる」にあてはまる場合があります。女性に対して採用数の増加や育児休暇制度の整備を行っただけで、日々の仕事を進めていく上での彼女たちを取り巻く環境、つまり、上司や同僚などの職場環境や業務プロセスなどの仕事の流れに関しては何も手を打てていないケースがそうです。

これは、非正規社員や外国人などのその企業にとってのマイノリティを対象にした場合でも同様のことが言えます。職場の理解が得られなかったり仕事の進め方が変わらなかったりすると、かえってマイノリティのやる気が低下して離職につながってしまうことがあります。

― 一方で、1のように「ターゲットとする多様性の次元をあいまいにする」ということもありますね。

ダイバシティといった包括的な概念のままで、その企業にとっての課題がどこにあるのかを特定しないようなケースです。対象を特定することには反発が伴うため、それを回避したくなってしまうのです。すべての個人が持つ差異まで一気に拡大すると、取り組みの成果も測定しづらくなります。

これは、5の「あたり障りのない言葉でにごす」にも関係します。社内でコミュニケーションする際に、反発を恐れて抽象化した表現でしか言及しないと、多様性を認め合うという総論に賛成を得られても、いざ実行に移す際に抵抗や反発を着実にクリアしていくことにはつながりません。

― 5のお話が出ましたが、<ダイバシティ・マネジメントの推進プロセス>に見られる失敗例はいかがでしょうか。課題を特定するための検討フェーズについて言及されているのが3と4ですね。

当然ながら企業ごとの課題は、事業特性や置かれている環境によって異なります。市場・顧客と内部環境・従業員の状況との関連づけ(適合度やギャップの把握)が重要です。4のように、「従業員や顧客の基本的データの収集と活用を避ける」状態で現状把握をないがしろにすると、いずれ活動が頓挫します。適切な課題設定に加えて、情報収集することはどのようなところで反発が起こるかを推測することにも役立ちます。感情的なものだけではなく、データや知識がないことが障害につながることもあるからです。

一方で、抵抗や反発を恐れるあまり、検討フェーズの入り口にとどまってしまうこともあります。調査や議論に終始し、3のように自社にとって「ダイバシティが必要かどうかの検討ばかりし続ける」ことによって取り組みを先延ばしにしてしまうのです。このような企業が重大な危機に直面して腰を上げたときには、先進企業が段階的に取り組んで到達した現在の状況をまねて、一気に最終形を求めてしまうこともあります。

― ダイバシティ・マネジメントの実行フェーズについては、簡単には成果が出にくいので、よくいわれているようにトップ自身のコミットメントや、結果のモニタリングも重要ですね。

6のように、「スタッフポジションにある人々に任せっきりにしてトップ自身が変わらない」ため、トップの言動が一致せずに自らが模範になっていないような場合、せっかくのボトムアップの取り組みが方向性を失ってしまいます。全社的な一連の活動にならないため、活動が頓挫してしまうこともあるようです。

7の「教育訓練を実施するだけ」については、巨額の費用を投じたダイバシティ・トレーニングを実施しているアメリカでは、その効果をどう検証するかといった議論が増加しているようですが、日本では本格的なトレーニングはまだそう多くはありません。しかし、今後実施していくにあたっては、心構え的なことだけではなく、現場で活用できる知識やツールを提示してアクションにつなげ、その結果のモニタリングを継続的に行うことへの留意が必要でしょう。

― 8から10は<ダイバシティ・マネジメントの目的・成果の明確化>について言及されています。これはダイバシティ・マネジメントに限ったことではなく、企業活動においてはあたりまえのことだとは思いますが、どのような場面を想定しておられますか?

例えば、社内への普及を目的とした“ダイバシティ・フォーラム”などのイベント開催時です。もちろん、そのような場を設けること自体は、従業員のマインド醸成に効果があります。しかし、理念や精神論的な話に終始して抽象的な活動目標を掲げるにとどまり、社内に活動が定着したときに何が達成できるかを共有せず、8のように「ビジネス上の成果にどうつながるかを明確にしない」場合には、イベントの時には機運が盛り上がったとしても取り組みを持続することは困難になります。特に景況が厳しいときにはなおさらです。

また、外部向けの報告書と社内的な取り組みとの間に乖離があるときにも要注意です。対外的広報活動には重要な意味がありますが、9のように「PRのためだけの活動」はかえって従業員のモチベーションの低下を招く原因にもなります。

10のように「すべての人がハッピーになるだろう」といったユートピア的な発想で非現実的なゴール設定を行うのではなく、反発から目をそらさずに、一歩ずつ着実に課題に対処していくほかないのです。

先陣を切った企業が成果をあげ始めているのをみて、一足飛びにその成果を手に入れたいと思ってしまったり、どうせ自社には無理だと思ってしまったりすることもあると思いますが、自社の置かれた環境でできることから着実に進めていくしかありません。

― こうしてお話を伺うと、奇策があるわけではなくどれもあたりまえのことではありますが、短期・中長期の成果を見据えながら地道に進めていくことは実際には簡単なことではありません。環境変化によって既に多様化してしまっている組織への対処や、経営・事業戦略と組織・人材マネジメントを連携させる取り組みの一つとして、ダイバシティ・マネジメントの考え方が実践的に活用されるよう、谷口先生はこれまでもメッセージを出してこられたと思います。
最後に、谷口先生の今後の抱負についてお聞かせください。

これまでもダイバシティを活かす組織とリーダーを研究してきましたが、本当の意味で日本の中でそうした組織やリーダーが増えていくことに貢献できるようになりたいと思っています。ダイバシティが企業や個人にとって“脅威”ではなく“機会”であるととらえられることが多くなるようにしたいです。

3月に講談社現代新書から著書を出版する予定です。経営層や人事担当者の方たちだけでなく、職場の人材の多様化に直面して部下にどう接していいかに困っているミドル層の方や、職場で自らがマイノリティ(少数派)の立場である方たちにとっても、役立つものになることを心がけました。ダイバシティ・マネジメントの実践に有益なヒントになればと思っています。

(インタビュー・文:主任研究員 川田弓子/主任研究員 藤村直子)

研究者PROFILE

谷口 真美 (たにぐち まみ)氏
早稲田大学大学院商学研究科 教授

谷口 真美 (たにぐち まみ)氏

●略歴
1996年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了、
博士(経営学)取得。広島経済大学経済学部経営学科助教授、
広島大学大学院社会科学研究科助教授を経て、2000年米国ボストン大学大学院組織行動学科・エグゼクティブ・ラウンドテーブル客員研究員。
2003年より早稲田大学助教授、2008年4月より現職。

●主要著書・論文
「組織におけるダイバシティ・マネジメント」
『日本労働研究雑誌No.574』pp.69-84 2008年5月号
『ダイバシティ・マネジメント 多様性をいかす組織』 白桃書房 2005年
「経営モデルの融合プロセス:フォード資本提携強化後のマツダの経営革新」(共著)
『国民経済雑誌』 神戸大学経済経営研究所 平成15年3月号

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