産業能率大学 長岡健氏 企業における人材育成をステークホールダーとの関係から考える

社会変化が加速する今日、企業もその変化に対応できる人材を効果的に育成する事が求められてきています。しかしその「効果」とはだれが決めるものなのでしょうか?そして「効果的」に育成するために必要な要件とは何でしょうか?今回は、企業での人材育成をつぶさに見つめ続けてきた産業能率大学の長岡健先生に、企業における人材育成を効果的に行うポイントを伺いました。


はじめに

― 長岡先生が興味を持っているテーマを教えてください。

個人の実践活動に対する組織行動・組織文化の影響について、ポストモダン組織論的な視点から読み解いていくことを研究テーマとしています。なかでも企業の人材育成活動において、多様なステークホールダーたちの利害関係が、個人の学習にどう影響しているのかを観察しています。

― テーマに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

学位論文を書く前に、大手メーカーのマーケティング担当者のアクションラーニングに関するフィールドワークを6年間くらいしていました。そのときに見たある研修は、社内の評価は高いものでしたが、客観的に良い研修であると裏付ける具体的なデータがほとんどありませんでした。その研修の受講者が爆発的なヒット商品を生んだかというと、そんなことはなかったし、売上が際立ってアップしたわけでもなかった。それにもかかわらず、私がインタビューした社内の多くの人がこの研修を高く評価していたのです。このことから、研修の評価は客観的な指標から一義的に評価されるものではなく、組織の中の多様で複雑な要因が影響していそうだなと思ったのですね。なかでも研修にかかわるステークホールダーの行動との関係に興味を持ちました。そこで、どのようなステークホールダーがどういうところで、どういう風に利害関係の調整に成功すれば、「良い研修」という評価が生まれてくるのかを見てみよう、と思ったのです。

企業における「人材育成」の特徴

― とても興味深いですね。「良い研修」と呼ばれるための要件は何だったのですか?

実際にはさまざまな要因が複雑に絡み合っているのですが、重要なことは人事教育部門と現場が研修の意義に対する共通認識を持っていることだと言ってもいいでしょう。なかでも、通常あまり触れられないことですが、次の2つについての合意がポイントになります。1つめは研修受講者の人選についてです。これは、研修場面での気付きや学びに影響があります。人事教育部門と現場との間で十分な意思疎通がない場合、本当に受講すべき人が研修に出てこないことがあります。これでは仮にプログラムが良かったとしても、思っていた効果は期待できません。2つめは、「必要性」と「重要性」をしっかり整理することです。これを混同すると、研修の評価に悪い影響があります。例えば、後輩育成のためにコーチングスキルが必要だと人事教育部門が考え、研修を受講させようとしたとします。一方、現場では営業スキルを優先的に身につけてもらいたいと考えたならば、この研修を受講させないか、させたとしても良い研修だと評価はしないでしょう。つまり人事教育部門が「コーチングスキルは必要か」と現場に問えば、「必要だ」と答えるでしょう。ただし、その行間にある意味は、「必要かと言われればイエスだが、今の状況において重要性が高いかと言われればノーだ」ということなのです。必要なスキルであることと、今重要なスキルであることとは違うのです。このことを十分理解しておかないと、研修は「必要だが小さな支援」しか生み出さないことになります。
この2つは企業における社会人の学びの特徴を表していると思います。つまり、企業の人材育成には多様なステークホールダーが存在するのです。学校で個人が学ぶのとは異なり、だれが評価者かによって重視する学習目標は変わりますし、学んだ結果の評価についても統一見解があるわけではない。受講者の直属の上司は「勉強するために会社に来ているわけじゃない」と言います。つまり、現場の上司というステークホールダーが求めるのは、あくまでもビジネスへの直接的な貢献なのです。一方、人事教育部門はもう少し長期的な視野に立ち、ビジネスの成果に直接結びつくものより、足りない知識やスキルをしっかり補うことに重点をおきます。どちらが正しいということではなく、異なる利害関係を調整する必要があるのです。

― 人事教育担当者と現場の認識をそろえることが重要という話ですが、実際に育成に対する姿勢や考えは違うものなのでしょうか?

「人材育成」と聞いてイメージするものが、現場と人事教育部門で違っているかもしれません。以前私が現場でインタビューしたときに、とても印象的な言葉がありました。現場では「人材育成」はしていない、と言うのです。もちろん、現場でも上司がプロジェクトにかかわったり、営業に同行したりはしていますし、その結果、部下の能力も上がっている。人材育成が日常的に行われているわけです。しかし、彼らにしてみればそれは「部下指導」であって、「人材育成」は人事教育担当がすることだと言っていました。私から見れば、部下指導も人材育成と同じことなのに、あえて言葉を使い分けているのです。このことから、現場は「人材育成」は研修などで知識を付与することで、実践に役立つものは指導を通してしかできないと考えているのかもしれないと思いましたね。

― 現場は実践的な指導・育成の場で、研修は知識学習の場、というイメージがあるのですね。ちなみに、現場での実践的な指導を通した学習と研修での知識学習とでは、学習効果に違いは出るものなのでしょうか?

それは対象者をだれにするか、目的を何におくかによって違ってくると思います。例えば対象者の違いで言うと、その道のプロフェッショナルやトップランナーと呼ばれる人たちは、与えられたことを学ぶよりも、目標自体を自分で作るほうが学習に対するモチベーションは高まります。逆に若手には「目標から自分で作れ」と言われると立ち止まってしまう人もいるでしょう。そういった場合は系統立てて特定のテーマを与えるほうが効果的だと思います。人によっては直接ものを教えなくても、自分で考える機会を与えたり仕組みを作るほうが学習できることがあるのです。学習者もステークホールダーのひとりですので、それぞれに異なる特徴をきちんと把握することも大切ですね。また目的の違いで言えば、身に付けていない知識やスキルを新たに習得するには研修は効果的でしょうし、それらを知恵として実践で使えるようになるには、現場での実践的な指導のほうが効果的かもしれません。

今日の人事・教育担当者に求められていること/できること

― 従業員の学びをより効果的なものにするために、人事教育担当だからこそできることとは何でしょうか?

各部署の人たち、すなわち人材育成のステークホールダーとの連携を強め、できるだけ多くのステークホールダーを人材育成という活動に巻き込んでいくことではないでしょうか。企業での人材育成は何よりもビジネスの成果につながることが重要です。そう考えると、人事教育担当は研修をただ導入するのではなく、研修の後も現場で定着させるための仕組みを考えたり、研修以外の学びの機会や仕組みを作ることも求められるようになります。そのためには、現場で実際に動いている営業担当者に各部署の業績向上のために重要なスキルなどをヒアリングすることも必要でしょう。また実際に成果につながっているのかを確認するために、データ分析を情報システム部門と連携して行うこともあるでしょう。そして何より、現場のさまざまな部署を単なる傍観者ではなく、人材育成という活動を共に推進するメンバーとして巻き込んでいくことです。つまり重要なのは、立場や役割が異なる他部門の人たちとハイブリッドなネットワークを築き、人材育成を通じて生産性向上にコミットしようとする意思なのです。

― おっしゃっている業務をすべて人事教育担当が担うとなると、仕事量がかなり増えることになりそうですね。

すべて人事教育担当がやるとすると、そうなるでしょうね。でも、ハイブリッド・ネットワークを意識すると、人材育成の中心を担うのが人事教育部門だとは必ずしも言えなくなります。ですから、だれがネットワークのハブになるのかということも含めて、各企業がそれぞれの状況に合わせて決めればいいことだと思っています。若手が対象の場合、一人前になるまでは人事教育担当が教育して、あとは現場に任せるという方法もあるでしょう。ただ、それ以上に大切なのは、それぞれの部門が教育マインドを持つことだと思うのです。例えば経営戦略を立てるにあたっても、同時に若手に対して学習的、教育的な配慮がちょっと入っているほうが、いざ組織変革というときにうまくいきそうじゃないですか。
今ほど情報システムが広まっていないときには、一般社員の情報に対する意識や関心はあまり高くありませんでしたが、Webの時代になって大きく変化しましたね。一人ひとりがネットワークマインドを持ったからです。教育についてもそれと同じだと思うのです。人事教育担当者がすべてを抱えるのではなく、一人ひとりが教育マインドを持ち、現場で実践できる。これが理想ではないでしょうか。

― 人材育成は研修場面だけで行うのではなく、現場で実践を通して学んだり、機会を作ることでも行える。そのためにも部門の垣根を越えた横断的なネットワークを構築し、組織全体で業績にコミットすることが重要なのですね。本日はありがとうございました。

(インタビュー・文:宮澤俊彦/研究員 飯塚彩/研究員 齋藤芳明)

研究者PROFILE

長岡 健(ながおか たける)氏
産業能率大学情報マネジメント学部 教授

●略歴
慶應義塾大学経済学部卒。英国ランカスター大学マネジメントスクール博士課程修了(Ph.D.)。専攻分野は、組織社会学、質的調査法、人材開発論。
「実務家の学習」や「プロフェッショナルな実践活動」にかかわる現象について、社会理論、学習理論、コミュニケーション論の視点から読み解くことを研究テーマとする。

●主要著書・論文
『企業内人材育成入門:人を育てる心理・教育学の基本理論を学ぶ』(共著)、2006年10月、ダイヤモンド社
「ファシリテーションという教育実践への状況論的アプローチ:ディブリーフィングにおける「強制される自由討論」のジレンマ」、2007年7月、『シミュレーション&ゲーミング』、17(1).
「人材育成研究における学習モデル」、2007年4月、『経営システム』、17(1).
「経営実務教育におけるフィールド調査法学習プログラム:体験型授業開発のアクション・リサーチ」、2007年4月、『産業能率大学紀要』、28(2).
Social Delegitimisation of Learning: An Actor‐Network Approach to ‘Failure to Learn’, 7.2005, Proceedings of the 6th International Conference on Organizational Learning & Knowledge.

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