インタビュー
日本大学大学院 田中堅一郎氏
荒廃する職場を心理学の視点から考える
- 公開日:2008/03/01
- 更新日:2024/03/26
職場のいじめ・窃盗・怠業など、職場内における問題行動を、ここ数年、新聞報道などで見掛けるようになりました。米国ではこうした行動が問題となっている企業が多く、そのため研究も盛んに行われていますが、日本では問題が表面化しにくいこともあり、研究自体がほとんど手をつけられていません。そのような中、日本での研究を先駆けて行われている日本大学大学院の田中堅一郎先生にお話を伺いました。
「職場の問題行動についての研究動向」
― どうしてこの分野に興味を持たれたのか教えてください。
最初は、組織の問題行動についての研究を何か特別な動機を持ってやろうとは思っていませんでした。もともとは、フェア/アンフェアを心理学的に研究しようと思っていたのです。フェア/アンフェアというのは実は感情的な意味合いを持つ概念でもあります。このことは、かなり以前から経済学者も述べてはいるのですが、彼らはそう言うわりにそのことについて研究しようとしない。それならば、自分がそれをやろうと思ったのですね。
フェアまたはアンフェアな職場ではどのようなことが起こるのか。例えば、アンフェアな職場だと恨みや嫉妬が職場に蔓延する、フェアな職場となると従業員は満足する等ですね。さらにそこからどう従業員が変わるのか、具体的に従業員のアクションに結びつくようなものがあるのか等を調べていったら、たまたま『組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior)』というものに行き当たりました。
フェアな職場は従業員が自発的に動く。しかもそれをやっても特に自分の給料が上がるわけでもないし、査定が上がる保証があるわけでもない。むしろ、自分の担当以外の仕事を抱え込むことになるかもしれないけど、それを厭わずにやる。組織にとっては非常にありがたい行動で、これが職場の中で自発的に起こってくると、職場の中で誰もやってくれない仕事がなくなっていく。ということで、『組織市民行動』の研究を始めました。
あるとき、この『組織市民行動』を測定するための調査項目を調べていて、たまたま反転項目、つまり『組織市民行動』と相反する項目だけを集めて眺めてみたのです。すると、特徴的な行動、まさに組織を阻害する行動そのものが浮き上がってきて、これは面白いかなと。『組織市民行動』が表だとすると、その裏にあたる組織を阻害する行動も研究テーマになるかもしれないと思いました。
― 『組織の中の問題行動』というのは、今でこそ実務担当者にとっては気になるテーマだと思うのですが、学界での研究の状況を教えてください。
日本ではまず従業員による問題行動についての体系的な統計的データがありません。法律事務所が細々と扱っていたり、判例としての事例があったりするくらいでしょうか。研究も基本的には米国のものばかりですね。フェア/アンフェアの研究ではかなり前からこうした行動は指摘されていて、米国ではビジネス書などで少し一般的な本が出ていました。ただそのときは、日本では、こんな問題はあまり出てこない、出てきても氷山の一角としての本当にひどい例くらいだろうと思って研究課題として踏み込みませんでした。しかし先々、危機管理の問題として浮上してくるだろうという感覚的な予測はありました。
― こうした事例は最近では日本でも増えているのでしょうか?
日本では体系的なデータが存在しないので非常に困るところです。米国にはいくつかその種のデータがあって、刃傷沙汰や傷害沙汰は一時期に比べて減っています。日本の場合は、それがどれくらいの頻度として起きているのかは分からないですが、公的機関に相談という形で持ち込まれるものの数は分かっています。それは増えていますね。セクシャルハラスメントの相談件数は微増です。職場いじめ、職場のハラスメントなどの相談件数は増えています。相談しやすくなったから増えているのかもしれませんが。
研究に関しても、日本ではほぼ皆無です。最近、米国の産業組織心理学関連のジャーナルを読んでいたら、具体的な企業名は出ていなかったのですが、米国の有名なレストラン・チェーン店を対象に行った実験的な調査の研究が載っていました。従業員がキャッシュをこっそり自分のポケットに入れてしまうという行為についてですが、店長さんが忙しくて、従業員のモニタリングや対話・会話がきちんとできていないと、こういう行為は増えるらしいです。
― どんなアプローチで研究されたのですか?
繰り返しになりますが、最初は確たる研究方法がなくて……。まず、なんとかインタビューさせてもらえる人を探して40~60分くらいのインタビューをしてまわりました。話しにくい話題なのに、皆さん、淡々と語ってくれてありがたかったですね。ですが、当時の社会人のゼミ生にその内容を見せていたら、たまたまゼミ生の中にコンサルタントをしていた人がいて、「もっとひどい例がありますよ」と。なので、皆さん、一応外に出ることが分かって話をしていて、本当にひどい例はその中にはなかったのだと思います。それでも、このインタビューは、自分の目と耳で見てみたいという気持ちがあったこと、研究の根拠が米国のデータしかないという心許ない状態だったこともあって始めたことなので、十分な成果を得ることができたと思います。
― こうしたことは個人の問題とされがちだと思いますが、先生の研究はあくまでも個人ではなくて、組織側からですよね?
個人をターゲットにした研究は、一応小出しではあるのですが、学会で少しずつ話はしていました。さらにインターネット調査で調べてみたりもしました。個人の側面は非常に興味深いのですが、応用心理学に携わる者として、「それが分かってじゃあどうするの?」がなくてはいけない。個人要因をつきつめていっても、例えば、自己中心的な人がそういう問題行動をとりやすいとなったとしても、じゃあ、その人は自己中心的だから仕方がないのです、となるのではないか?それで意味があるのか?と考えました。例えば、産業医の先生や精神科の先生に、「職場の状況はこんなにひどいんですよ。ナルシスティックな傾向が強い人は、職場で問題になっているのです。」といくら訴えても相手にしてくれない。「仕方ないですよね」で終わってしまいます。はっきり言って打つ手は無い。
「成果主義は問題行動を生み出すのか」
― 先生の研究には、行き過ぎた成果主義がこうした問題行動を生み出す原因となっているのではないかということを調べたものがあったかと思いますが。
最初から行き過ぎた成果主義が問題だと思っていたわけではなくて、素朴にそういう論点で記事を書く人が増えてきたので、調べてみることにしたのです。実は産業ストレスについての研究で、ストレスと成果主義の関連性を調べてみたら、ほとんど直接的な因果関係が見られなかったという報告がなされていました。成果主義バッシングというものもあるようでしたので、これはちゃんと見ておかなくてはならないと思いまして。
実際に調べてみると、成果主義と問題行動の間には直接的な関係性はあまり見られませんでした。間接的にも影響がないかを調べるために、職場ストレッサーというものを研究の中に取り入れてみて、行き過ぎた成果主義 → ストレス源が職場に増える → 問題行動が生じる という関係性も見てみたのですが、会社が成果主義をとったからといって、職場のストレッサーが増えたとか、それが職場ストレスに結びつくかについては明確な結論が得られませんでした。
はっきり言えるのは、成果主義や目標管理制度をマニュアルどおりにガチガチに導入した会社というのは、組織の有り様が変わってしまうということですね。そのため、仕事のやり方や仕事で求められる能力が変わってしまった。場合によってはそれが組織阻害行動につながるものがある、ということはデータの結果から出てきたのですが、成果主義自体が職場を蝕んでいるという結果は出てきませんでした。ストレス反応にも出てこない。もしかしたら、成果主義が仕事のやり方の変化を生み、個々人が自分の仕事にのみ追われるようになり、その結果人間関係が希薄となって職場のいじめにつながる、というように成果主義から何段階も先につながってくるのかもしれませんが。
「問題行動への企業としての対処方法」
― もしこのような行動が起きたとして、企業側としての具体的な対処方法はあるのでしょうか?
研究の初期段階で従業員の問題行動についてインタビューを行った後、この件に興味のある人事部門の担当者を募って研究会を作りました。そのときもやはり、「どうすればよいのか?」という話が出てきました。入り口(つまり採用段階)で操作するとか、そういう人たちを集めてコーチングするとか。コーチングの話は「一体誰がコーチをするのか?」という話になりました。結局、コーチをする人の能力に依存してしまいますよね。
さらに、直接的な問題解決の方法ではないのですが、管理者研修の充実ということも出てきました。つまり、そういう人たちに対処できるコミュニケーションスキルを管理職に持っていただいたほうがよいのではと。そこで、研修について詳しいある先生をお呼びしてどんな研修をすればよいか話してもらったこともあります。参加者全員、その研修があると状況がひどくならずに済むかなという感想を持ちました。しかし、問題なのは時間がかかることですね。内容をかなり詰め込んでも、最低で2泊3日はかかりますし、しっかりとやるには2泊3日でも厳しいという話も出てきました。
米国のビジネス倫理に関するジャーナルに、ある職場での企業倫理研修の試みというものがあったのですが、それでこうした問題行動が減るかというと、減るには減るのですが劇的に減るということがないのですよね。別の調査でも、企業倫理に関する従業員研修によって、実際に窃盗件数がどれだけ少なくなるかをフィールド実験で検証したところ、組織の所有物や公共物への窃盗が倫理教育を行った後で減っていました。ただし、劇的に窃盗数が減ったのはもともと道徳観の高いグループだけであって、道徳観の高くないグループにはさほどの効果は見出せなかったのです。
― これから先の研究の展開についてお聞かせください。
実は、組織の問題行動についてインタビューを行ったときに、そのインタビューを受けてくれた人のほとんどが、程度の差はあれいじめや窃盗の被害者だったということもわかり、そこがきっかけで被害者側の研究も進めることになりました。さらに、米国でもまだまだ少ないのですが、行動分析学的に、「こういう施策で介入したら、こういう行動が少なくなりました」とか、「頭打ちになりました」など、かなり実際的な展開にしたいと思っています。実はこういう研究は、まだ自分の知る限りほとんど例はありません。また、先ほどの米国のレストラン・チェーン店を対象にした研究の話ですが、心理学の指標だけではなく、経営指標、つまり売上げの状況などを大幅に取り入れて分析をしているところが非常に面白かった。こういうトータルな指標を使った研究例が増えてくると思いますね。
― データの取りにくい、表に出しにくい分野なので、そこから結果につなげていかなくてはならないという難しい部分がありますね。企業との協力で何かをやっていくというのもひとつの手かもしれません。本日はありがとうございました。
(インタビュー・文:研究員 持主弓子/主任研究員 今城志保)
研究者PROFILE
田中 堅一郎(たなか けんいちろう)氏
日本大学大学院総合社会情報研究科人間科学専攻 准教授
●略歴
1984年日本大学文理学部心理学科卒業。1986年日本大学大学院文学研究科博士前期課程心理学専攻修了。
1992年日本大学大学院文学研究科博士後期課程心理学専攻修了。博士(心理文学)を取得。
広島県立大学経営学部経営学科助教授などを経て、2003年より現職。
社会心理学的視点から、人・組織に関するさまざまな研究を手がけている。
●主要著書・論文
「職場の迫害が従業員の職務行動および心理的・身体的側面に及ぼす影響」 産業・組織心理学研究21巻2号 2008年
『臨床組織心理学入門 組織と臨床への架け橋』(編著) ナカニシヤ出版 2007年
『従業員が自発的に働く職場をめざすために ―組織市民行動と文脈的業績に関する心理学的研究―』ナカニシヤ出版 2004年
『社会的公正の心理学 心理学の視点から見た「フェア」と「アンフェア」』(編著) ナカニシヤ出版1998年
『報酬分配における公正さ ―社会心理学的考察―』 風間書房 1996年
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