インタビュー
小樽商科大学大学院 松尾睦氏
人はどのように成長し続けるのか—熟達化研究からの考察
- 公開日:2008/01/01
- 更新日:2024/03/26
加速するビジネス環境の中で組織が成果を出し続けるためには、個々人が日々の経験から自発的に学び、力をつけていくことが求められます。では、個人が効果的に学ぶにはどうすればよいのでしょうか。それに対して組織はどのような支援ができるでしょうか。今回は、人が経験から学習するプロセスを研修していらっしゃる、小樽商科大学大学院の松尾睦先生にお話を伺いました。
経験から学ぶプロセスについての研究
― 先生が現在取り組まれている研究テーマについて教えてください。
いくつかの研究テーマがありますが、「人は経験からどのように学んでいるか」「どのように組織における学習を支援すべきか」を検討することが現在のメインテーマです
― なぜそのテーマに興味を持たれたのでしょうか。
大学院の博士課程では、認知心理学をベースに「営業組織における学習」を研究したのですが、そこで熟達論に関心を抱きました。熟達論では、音楽、医学、スポーツ、チェスなどの研究をもとに、「世界レベルの業績に達するまでに少なくとも10年かかる」という10年ルールが提唱されています。
「本当にそうなのかな?」と思って、営業担当者の知識獲得について調査したところ、やはり10年という期間が実践知を獲得する上で重要であることがわかりました。それから、「熟達者は10年の間に、どのような経験を積んでいるのだろうか?」という疑問がわいてきたのです。 その後、IT分野のプロジェクトマネジャーやコンサルタント、看護師、知的財産の専門家へと研究対象を広げて、経験から学ぶプロセスを検討しています。
学びと成長を支える3つの要素
― 組織において、人が経験から学び、成長していくためには、どんな要素が必要なのでしょうか。
組織の中で人が成長するためには3つの点が大切になると思います。第1に「良い経験にめぐり合うこと」、第2に「経験から学ぶ力を持っていること」、第3に「良い経験を積む機会が多く、学ぶ力を養ってくれる組織に所属していること」です。
― 学びや成長を促す「良い経験」とは、どんな経験でしょうか。
良い経験とは、自分の能力を高めるきっかけを与えてくれるような仕事や課題に取り組む経験のことです。いつまでも自分の能力の範囲内のことばかりやっていては成長しません。今の自分の能力が100だとしたら、120や150の能力が要求される課題に取り組むことで、能力がアップします。つまり、「今までにやったことがない仕事」「高いクオリティが要求される仕事」「短期間でやらなければならない仕事」「まったく違う見方をしなければならない仕事」というように、自分をストレッチしてくれるような課題が、良い経験と言えるでしょう。手ひどい失敗も貴重な経験になります。
ただ、どのくらいの難易度の課題に取り組むべきかについては、個人差や、経験する時期を考慮する必要があります。神戸大学の金井壽宏先生は「一皮むける経験」という概念を提唱されていますが、一皮むける経験をたくさん積むほど、人は成長します
― 時期によって、取り組むべき課題の質はどのように異なるのでしょうか。
私がこれまでに行った調査によると、社会人になってからの10年間のうち前半の5年間は、基礎的なことをみっちりと習得し、社会人としての土台を作る時期です。その後に続く、中堅と呼ばれるようになる6~10年目の期間が勝負の時ですね。ここで、難易度の高い仕事をこなすことで、10年以降の伸びが違ってきます。
学習のパターンは仕事内容や個人の性格によって異なりますが、大きく分けると、「修羅場型」と「階段型」があるようです。修羅場型は極度に難しい課題と格闘することを通して学ぶスタイルで、階段型は少しずつ背伸びしながら成長する方式です。私の調査では、分析能力や説得能力をコアスキルとするコンサルタントのような職種には「修羅場型」が適しており、失敗のリスクが高く、集団管理能力をコアスキルとするプロジェクトマネジャーのような職種には「階段型」が合っていることがわかりました。
― しかし、同じ経験をしても成長する人とそうでない人がいますね。
経験から吸収する能力、「経験から学ぶ力」に違いがあるからですね。先ほど、組織の中で人が成長するうえで大事な点が3つあると言いました。その中で私が最も大切だと思うのは「経験から学ぶ力」です。良い会社に勤めていて成長機会に恵まれているのに成長しない人がいるかと思えば、悲惨な状況にあってもぐんぐん成長する人もいます。どんな環境に置かれていても、学ぶ力さえ持っていれば人は成長できるのです。
― 「経験から学ぶ力」は、開発可能な能力なのでしょうか。
基本的には開発可能だと思います。なぜなら、経験から学ぶ力は、仕事に対する姿勢や態度と深いつながりがあるからです。これまでの研究で、経験から学ぶことができる人は(1)好奇心を持って成長の機会を求め、(2)多少のリスクがあっても挑戦し、(3)困難にぶつかっても乗り越えようという気持ちを持ち、(4)他者からの批判やアドバイスに耳を傾ける傾向があるということがわかっています。そして何より重要なのは、自分の経験の「振り返り」をすることです。経験学習では、行動の結果を内省して、そこから何らかの教訓を引き出すことが重要になると言われています。PDCAサイクルで言えば、C(検証)とA(定着・応用)にあたります。つまり、困難にぶつかってもやりきる実行力と、素直に他人の意見に耳を傾けて、自分なりの教訓を引き出す姿勢が大切なのです。
もう一つ考えなければいけないことがあります。「何のために仕事をするか」という価値観、すなわち「仕事の信念」です。新人時代には、先輩や上司からの影響による「借り物の信念」だったものが、次第に自分の直接経験に基づいた信念が形成されるようになります。人は自分の仕事についてさまざまなこだわりを持っていると思いますが、根本的な信念は「自分のために働くこと」と「他人のために働くこと」に分かれます。プロフェッショナルと呼ばれる人は、この2つのバランスを取っています。非常にレベルの高いテクニックを持っていても、自分のことばかり考えている人は大成しません。このことは、理想のプロフェッショナル像を検討したプロフェッショナリズム研究でも強調されています。自分のことを考えると同時に、顧客・同僚・社会など他者のことも考えながら仕事をするとき、経験から多くのことを学ぶことができるのです。なぜなら、他者を満足させるためにはいろいろな知識・スキルが必要になりますし、自分の仕事の成果についてのフィードバックを得ることができるからです。
― PDCAのサイクルをまわす、他者を意識して仕事をする――どちらも日々の仕事の中で実践していけることですね。
少し視点を変えて、「学ぶ力」を支える「場」や「組織」について伺います。人が学び、成長しやすい組織と、そうでない組織の違いはどこにあるのでしょうか。
組織の中に「自分で考えて、行動する」風土があるかどうかだと思います。他社がまねできないノウハウを常に磨き続けている「学習する組織」では、必ずと言っていいほど「自分で考える」ことを強調しています。一人ひとりの社員が自分で考え、そこから生み出された知識が積み重なって組織の能力になっているのです。
「知識移転」という言葉がありますが、厳密に言うと知識は移転できません。知識は自分で生み出さないといけないのです。自転車の乗り方を習得するためには、ひざをすりむきながら練習しなければならないのと同じです。書籍や他者のアドバイスは大切ですが、あくまでも道具や手がかりにすぎません。本当に使える知識は、自らの直接体験を通して得なければならないのです。
― 確かに、データベース上に膨大な知が共有されていても、実体験が伴わなければなかなか身につきませんね。
「知識の共有」は重要ですが、使い方を間違えるとかえって逆効果になります。他人のアイデアを安易にコピー・アンド・ペーストする風潮が強まり、自分で考える力が減退する恐れがあるからです。他人の知識を自分なりにカスタマイズしたり、発展させるうちに、組織内で知識が増殖していくのであれば、良い知識共有と言えます。要は、他者のアイデアが、新しい知識を生み出す刺激となるような風土を作ることが大切なのです。
私が注目しているのは、組織の中に存在する内部競争の形態です。社員同士が足の引っ張り合いをしているような内部競争は学習を阻害しますが、「いかに有用な知識を生み出したか」という観点で社員が競い合い、切磋琢磨しているような内部競争は学びを促進します。私は、後者のタイプの内部競争を「知識ベースの内部競争」と呼んでいます。社員の生み出した知識の有効性や革新性を積極的に評価するしくみを導入することで、知識ベースの内部競争が活性化します。リクルートやオリックスのような会社では、知識ベースの競争が存在するように思います。
もう一つ大事なことは、組織メンバーに「安心感」を提供することです。失敗した人を極端に罰するような組織だと、社員は挑戦しなくなります。YKK初代社長の吉田忠雄氏は「失敗しても失敗しても成功しろ」と言ったそうですが、思いっきり挑戦できる環境を提供できるかどうかが、人材を育成する鍵となるでしょう。
人が学び・育つ組織をつくる ―個人と組織はどうあるべきか
― 熟達までには10年の期間が必要だというお話でしたが、若年層では入社2~3年という早期に見切りをつけ、転職していく人が少なくありません。この傾向についてどうお考えですか。
最初の2~3年は、なかなか先が見えない時期ですから、新入社員の焦せる気持ちはよくわかります。しかし、華々しく活躍しているプロフェッショナルの方をインタビューしていてわかることは、最初の5年間は、地道な仕事を通して、みっちりと基礎的な力を蓄えていることです。それが6年目以降の飛躍の土台になっているわけです。この時期にフラフラしていると、核となる能力を持たない、足腰の弱い人材になってしまうでしょう。
転職をして組織は変わっても、コアとなる基礎力を徹底的に鍛えている人ならば問題はないと思いますが、中途半端な仕事を続けて、組織から組織へと漂流してしまうと、中身がない人材になる恐れがあります。
熟達の5段階モデルによると、人は「初心者→見習い→一人前→中堅→熟達者」という順序で成長していきます。ここでいう一人前とは、レベルは高くないけれども、とりあえず一通りのことができる段階です。仕事によって異なりますが、一人前になるには3~5年はかかるので、とりあえず3年間は、わき目も振らずに集中して働くことです。すると、それまで見えなかった次のステップが見えてくると思います。転職を考えるのは、それからでも遅くないでしょう。
― 仕事観や成長感、キャリアに対する考え方など、組織を構成する個人の価値観はますます多様になっていっています。外部環境の変化によって、仕事の内容やスピードも変わっていきます。こうした環境変化があっても、人の成長・熟達のプロセスや期間は変化しないものなのでしょうか。
人が熟達するプロセス自体は、時代が変わっても同じだと思います。しかし、ビジネス環境やそこで働く人々の価値観が変化しますので、人材育成のマネジメントのあり方は、その時代に合わせていく必要があるでしょう。リストラや成果主義の反動で、「仕事とはどうあるべきか」という仕事観や「人はどのように育てるべきか」という人材育成観には確かにギャップが出てきているようです。その点を互いに認識し、構築し直すことが大切だと思います。
たとえば、若手社員を育成する際には、基礎力を養成する最初の5年間と、独り立ちして一皮むける経験を積む6年目以降の時期を区別しなければなりません。最初の5年間は、目標や課題を少しずつストレッチしながら早めに地力をつけて、6年目以降は、まとまりのある仕事、責任のある仕事、困難な仕事に取り組ませることが基本です。こうした人材育成のあり方を職場全体で話し合い、共通認識を持つ必要があると思います。
― 今後、組織を構成する個人が成長していくためには何がポイントになるとお考えですか。
仕事の信念のところでも述べたように、「自己の視点と他者の視点のバランスをとること」が人の成長にとって大切だと思っています。人間は一人だけでは生きていけません。他人とのつながりの中に生きています。仕事は、自分のために行うと同時に、他人のためにも行うものです。また、他人はライバルであると同時に先生でもあります。「あいつには負けたくない」と思うようなライバルを作ると同時に、その人から学ぶ姿勢を持つとき、人は成長するのではないでしょうか。
「切磋琢磨」という言葉があります。成長志向の高い人とコミュニティを形成し、前向きに競争することは有効です。その中で、自分をアピールしつつ、他者から学ぶわけです。インタビュー調査をしていると、ある特定の人物をモデルにして学んだという人は意外に少なく、「あの人のこの面が優れている」というように部分的に学んでいるケースが多いことがわかります。コミュニティの中に、そうした「部分的な師匠」や「ライバル」をたくさん作ることで、知的刺激を受け続けることができると思います。
経験の捕まえ方も大切です。ヒナ鳥が親鳥からエサをもらうように、上司や先輩から経験を「与えてもらう」のではなく、「自分で獲得する」姿勢が必要となります。たしかに、仕事やプロジェクトは偶然決まることが多いのも事実です。しかし、サーファーは波を作ることはできないけれども、乗る波を選ぶことはできます。同じように、自分を成長させてくれそうな波に乗ることを意識したらどうでしょうか。たとえ仕事が選べなかったとしても、仕事のスピードやクオリティを自分で高く設定すれば、良質な経験を積むことはできると思います。
たとえば、後輩が入ってこない期間が長かった中堅層が、「後輩やメンバーの育成のしかたがわからない」「なぜ育成しなければいけないのか」という意識を持っているという話を聞きます。彼らはマネジメントの練習を積めなかったという点でハンデがあるかもしれません。しかし、プレイヤーとしての能力は高いわけですから、教えるためのリソースは持っていると言えます。人を教えることは、何も手取り足取り教えることばかりではありません。その人に合った場や役割を提供し、必要に応じてアドバイスを与えることは、マネジメントの第一歩です。遅かれ早かれ管理職になる中堅層にとって、今はマネジメントの練習を積む良い機会ととらえることができるでしょう。
― 良い経験は自分でつかむ、自分で作っていく、という姿勢が重要ということですね。
組織はどのようにバックアップしていけるでしょうか。
組織的な側面から言うと、日本的経営の強みであった「人のつながり」を回復することが急務だと思います。リストラや歪んだ成果主義によって壊れかけているコミュニティを「学びの場」として再生させる必要があります。そのためには、チーム単位の成果、協力行動、育成活動、知識の創出活動を積極的に人事評価に取り込んでいくことが大切になるでしょう。
最後に、「のびのびと挑戦できる環境」を作るためにも、ある程度の失敗は人材育成への投資として許容することも大切だと思います。特に、30歳前後の若手社員に「まとまりのある仕事、責任のある仕事、困難な仕事を提供できるかどうか」「失敗を許容することができるかどうか」は、組織の将来にもかかわりうるポイントです。
失敗しても被害の小さな挑戦的な仕事をいくつか設けて、若手・中堅社員に思いっ切り挑戦させるような体制を作ることも一つの手でしょう。顧客からの要求が厳しくなり、失敗のリスクが高まっている現在、思い切って仕事ができる環境を作れるかどうかが、企業の人材育成力を左右すると思います。
― ありがとうございました。
【インタビュー・文:宮澤俊彦/研究員 飯塚彩】
研究者PROFILE
研究者PROFILE
松尾 睦(まつお まこと)氏
小樽商科大学大学院商学研究科・アントレプレナーシップ専攻・教授
●略歴
1988年小樽商科大学商学部卒業。1992年北海道大学大学院文学研究科行動科学専攻修士課程修了。1999年東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻博士課程修了。博士(学術)を取得。
2004年英国Lancaster大学からPh.D.(in Management Learning)取得。上記の間、製薬会社、民間シンクタンク、岡山商科大学商学部、小樽商科大学商学部に勤務。現在、小樽商科大学大学院商学研究科・アントレプレナーシップ専攻教授。
●主要著書・論文
『内部競争のマネジメント:営業組織のイノベーション』(白桃書房)
『経験からの学習:プロフェッショナルへの成長プロセス』(同文舘出版)
The Role of Internal Competition in Knowledge Creation. (Peter Lang)
松尾睦教授のブログ:ラーニング・ラボ
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