東北大学高等教育開発推進センター 倉元直樹氏 日本版テストスタンダードからみた大学入試の将来像

人材の流動化は確実に進んでおり、人の評価、特に選考場面でのテストの重要性はますます高まっています。テストのあり方の原点を見つめ、テスト関係者が社会的責任を果たすための指針となるよう、日本テスト学会が中心となって日本版テストスタンダードが作成されました。今回はスタンダード作成に尽力され、大学入試の研究に取り組んでいる東北大学の倉元先生にお話を伺いました。


企業のブランド戦略とも通じる入試の広報戦略
(ユニークな東北大学のAO入試)

― 大学入試にはいつごろから関わってこられたのですか?

大学入試センターに就職したときからです。最初は教育というより新しいテストのアイディアや技術的な関心から研究に関わっていました。東北大学に異動してから入試に対する見方が変わりました。入試を通じて東北大学を担う人材をどのように育成し、獲得するかという第一線の課題が直接研究につながっています。東北大学スタイルの「人材育成――獲得モデル」を考えてきました。入試は選抜だけではなく、「人材育成」のためのものという基本コンセプトです。

― 東北大学のAO(アドミッション・オフィス)入試※はとてもユニークだと聞いたことがありますが、どのような特徴があるのでしょうか?

※アドミッション・オフィスの整備とAO入試
多くの大学が教育・研究において特色を発揮し、大学の個性化・多様化を促進することを目的として、ヴァラエティに富んだ個性や才能を発掘し、選抜するために、多元的な評価尺度による選抜方法を実施する体制(アドミッション・オフィス)を整備することが大学入試改革の過程で進められている。各大学はその教育理念、教育目的、教育課程の特色などに応じた多様で確固とした、特色ある入学者受入方針(アドミッション・ポリシー)の確立を目指し、これに沿って設計された試験がAO入試であり、各大学の特色が反映されている。

学力以外の能力を評価する名目で一芸的な方法も多いのですが、東北大学ではAO入試もあえて一般入試と同様に「学力重視」を謳っています。そこがユニークなのでしょうね。それは東北大学が「国際的な研究成果を生み出し、先端的研究と教育を一体として進める研究大学」を標榜していることに対応しています。しっかりした学力基盤が研究の基礎に必要だからです。
入試を機能させるには、実は、選抜プロセス自体よりも広報戦略が重要になります。効果的な広報には外部から見た自分たちの姿を意識する必要があります。大学のアイデンティティとして自らの思いを勝手に宣言するだけではだめなのです。AO入試導入時から東北大学が高校から何を期待されているのかを知るため、東北地方を中心に各地の高校をまわり、情報を集約しています。そこで東北大学への期待が「研究重視」「堅実」であることをあらためて確認し、確信を持って「学力重視のAO入試」を明言しています。

― ノーベル賞をとった田中耕一さんや、半導体研究で世界的な成果をあげられた西澤潤一先生など、著名な方々のイメージとも重なっていますね。

そうですね。広報戦略で大切な受け手のイメージですが、入試の「受け手」とは受験生とそれをサポートする高校教員です。受験生は毎年入れ替わりますが、高校の先生とは長いお付き合いになります。先生方のハートをつかむことが一番です。田中さんのノーベル賞なども、一時期「東北大イメージ」の象徴でした。東北大学が本気でおしゃれを試みても茶番にしかなりません。企業のブランド戦略とも通じるのではないでしょうか。

― 入試システムの具体的な特徴を教えてください。

端的に言うと、「広報と選抜との連携」です。私は東北大学の入試は選抜の機能だけでなく育成の機会でもあると考えます。東北大学は理系学部が強いので、努力をすれば厳しい雇用環境でも卒業生が安定した職に就ける可能性が高いことも、自信を持って広報できる背景にあります。
オープンキャンパスは絶好の「育成型広報」のチャンスです。楽しみながら大学の勉強や先端研究に触れ、勉強が将来何につながるのか体感してもらい、日常の学習活動の動機付けにつなげるのです。特に理系学部のイベントには高校生でなくても楽しめるものが多くあります。高校からも高い評価をいただき、年々参加者が増えています。今年も7月末に2日間開催しましたが、昨年より9千人も増えて延べ3万6千人が来場しました。国公立大学では全国最大規模のはずです。実際、東北大学新入生の4割以上が「オープンキャンパス参加経験」があり、その8割以上が進路を決める参考になったと答えています。
東北大学のオープンキャンパスは「学力重視のAO入試」の育成機能の体現です。東北大の場合、AO入試に向けた努力は一般入試にも通用します。「オープンキャンパスでやりたいことを見つけてごらん。そして、東北大でやりたいことがあるならAOから受けてごらん。第一志望の人だけの特別なチャンスだよ。」と広報しています。参加したからといって入試での優遇など皆無ですが、オープンキャンパスをきっかけに入試を目標に継続的な努力を促進して学力伸張につなげていくという、入試と連動させた育成の仕組みです。AO入試で不合格でも一般入試があります。他大学に志望が変わっても本人の損にはなりません。入試とは単に選抜のこと、というステレオタイプ化した見方から脱却することで、基盤が弱められた高校教育を側面から支援し、優れた人材の育成と獲得を実現させようというプランです。

「大学入試」を研究する

― 人材の選抜と育成の機能は、企業における採用選考と共通するものがあると思いますが、違いがあるとすればどのようなところでしょうか?

一人ひとりの個性を把握し、自らの組織に必要な人材かどうかを見極める選抜機能は同じかもしれませんが、大きな違いは社会的機能にあります。昨今も高校での必修科目の未履修や大学合格者数の水増しが問題となりましたが、大学入試は学校教育への影響力が大きく、高校をはじめとした学校教育のあり方を変えかねないのです。このようなことから、私は数年前から「大学入試学」を作りたいと思っています。残念ながら、まだ大学入試は本気で研究の対象とは思われていません。しかし、各大学が個別利益だけを追求し、それぞれミクロな最適化を考えると長期的には人材の供給源を枯渇させてしまいます。短期的利益と長期的展望の調整は研究のスタンスでしかできないと考えています。
大学入試の育成機能を支えるのは入試で出される問題の教育的な質です。大学入試問題は大学の受験生に対する最大のメッセージであり、優れた教材なのです。入試問題を通じて、結果的に大学は高校教育を支援しています。入試問題の品質は学校教育の育成機能の根幹だと思います。

― 過去に使用された入試問題を再利用するということが、いくつかの大学が中心となって宣言されていると聞きましたが、どのような意義があるのでしょうか?

多くの大学がおかれた厳しい現状を反映してのものだと思います。入試方法の多様化のみならず、大学の活動は年々煩雑化し、研究や教育以外に割かれる労力が肥大しています。入試の育成機能に深い理解がなければ入試コストの圧縮に目が行っても当然でしょう。よい問題であれば再度使用してもよいと考えるのが「入試過去問題活用宣言」の趣旨ですが、それぞれの大学からのメッセージである入試問題が借りものになってしまい、入試の教育力が低下するのではないかと危惧されます。「宣言」では各大学の責任によって過去の問題をそのままの形で使うことも認めていますが、覚えるだけの教育を助長しかねず、高校以前の教育のあり方を変質させる恐れが強いと思います。人目に触れた問題の再利用をすると、テストとしての機能が損なわれることも大きな問題です。

日本版テストスタンダードができたことの意義

― 企業の採用選考もそうなのですが、応募者一人ひとりの情報が少ない中で公正な評価を実現するためには何が必要なのでしょうか?

限られた情報から人を評価するには、それを実現する技術の裏づけが必要となります。過去の入試制度を歴史的に振り返ると、学力テスト、調査書、小論文、面接など、限られた手段の何を重視するかの繰り返しに過ぎません。進歩がなかった背景には、そもそもテストには技術が必要であると認識されていなかったことがあるでしょう。テストの技術的基盤の脆弱さは、日本人にとってテストが身近すぎたことにも起因していると思います。分野のエキスパートであれば誰でも問題は可能だと理解されてしまい、実施、結果の解釈も簡単にできると思い込まれています。そのため、テストに関わる専門的な技術や専門性が認知されにくかったといえます。

― 米国では古くからテストに関わる技術的な規準としてテストスタンダードがあります。倉元先生は日本版テストスタンダード作成に尽力されていますね。

そうですね。日本版テストスタンダードは日本テスト学会の活動として通称テスト規準作成委員会が一から作り上げ、約2年半掛けてこのほど完成しました(「テストスタンダード ――日本のテストの将来に向けて――」、金子書房刊)。特に最後の段階で私もずいぶん意見を言わせてもらいました。
流動性の高い社会では人を選考する機会は増えて評価の技術はさらに重要となるでしょう。毎日接してよく知っている相手ならともかく、短期間、低コストで人の適性や能力を判断するにはテストのような定型的な評価ツールが必要です。ところが、世界中のどこにいても不変な自然科学系の技術とは違い、人文社会系の技術は社会の成り立ちによって変わるので、例えば、米国のものをそのまま移植しても絶対にうまくいきません。そのため、日本の社会に合った日本版のテストスタンダードが必要となった、ということだと思います。これまで日本にはテストが持つべき性質やクオリティの規準がありませんでした。日本版テストスタンダードの作成によって、テストに求められる機能が明示されたことに第一の意義があります。現在のスタンダードは完全なものとはいえませんが、出発点となるものです。

― 入試に過去問題を再利用することは、テスト規準から見たときにはどんな問題があるのでしょうか?

さきほどの入試過去問題活用宣言の危うさは、テストスタンダードの観点から見ると明らかになります。テスト問題は対象となる集団のレベルに応じて作成されます。受験者のレベルよりも難しすぎる問題ではほとんどの受験者が正答できないため、個人差の情報をほとんど得ることができないように、異なるレベルの受験者に対しては十分に性能を発揮できません。さらに、問題が再利用されると、評価測定ツールとしての特性が劣化してしまいます。初出時には優れた特性を持った問題であったとしても、不特定多数の目に触れることで項目特性が劣化して、性能を十分に発揮できなくなります。テストの問題を再利用することは不可能ではないのですが、そのために必要となるさまざまな条件があります。その条件が理解されないまま、公開された問題の再利用が見切り発車されてしまうと入試のみならず他の分野のテストにも大きな打撃となるおそれがあります。

― 日本版テストスタンダードの視点から、これからのテストに求められるのはどんなことでしょうか?

さまざまな立場の方にそれに応じたテストの基本コンセプトを理解してもらうことでしょう。
まず、テストを開発する立場(テスト開発者)の方々には、テストの基本設計の大切さを理解してもらいたいですね。合理的な尺度化や結果の解釈まで見通した、確かな基盤技術に則ってテストを開発することが最も大切です。
テストの利用者や受検者にもテストというものの持つ基本的な性質や限界、テストにかかわるマナーを理解してもらうことが必要だと思います。もちろん、受検者の立場から見ると、結果的に自分が高く評価されるテストが良いテストということになるのでしょうが、そういった利己的な観点だけではなく、テストの質を見極める目を持ってもらうことが必要になると思います。
これらを仮に「テストリテラシー」と呼ぶとすると、日本社会全体にテストリテラシーの向上が必要だと思います。「テストスタンダード」の完成はその第一歩になると期待しています。

― 今後の先生の研究の方向性について教えてください。

大学入試の研究はライフワークとして続けていくことになると思います。研究成果を教育現場で生かしてもらうためにも、テストの基本を理解した上で大学入試の実務に携わる人が増えて欲しいですね。それが「大学入試学」誕生へつながる唯一の道筋のように思います。

― 最後に企業の人事担当者へのメッセージをお願いします。

評価や選抜には公平性や透明性が大切ですが、その実現には理論的、技術的基盤が必要です。公平な評価は企業のイメージを高めていくことにもつながるはずです。是非、「テストスタンダード」を活用していただければと思います。

― お忙しい中、長時間ありがとうございました。

(インタビュー・文:主任研究員 舛田博之)

研究者プロフィール

倉元 直樹(くらもと なおき)氏
東北大学 高等教育開発推進センター 高等教育開発入試開発室 准教授

●略歴
1985年東京大学教育学部卒業、1990年大学入試センター研究開発部助手、1999年より東北大学アドミッションセンター助教授を経て、2004年より現職。日本テスト学会理事。
教育心理学、社会心理学を専攻。
「日本の大学入試に関わる諸問題」を主テーマとして研究し、様々なディシプリンから,現在,問題となっているホットなテーマを扱っている。その他,教育方法,文化に関わる社会心理学関連のテーマにも取り組んでいる。

●主要著書・論文
「心理学研究法の新しいかたち」(共著)誠信書房,(2006)
「ゆとりを奪ったゆとり教育 −日本の教育が危ない供檗廖紛γ)日本経済新聞社,(2001)
「日本語語彙理解力テストの妥当性についての検討 −ルールスペース法を用いた認知論的分析−」教育心理学研究,51,(2005)
「高校と大学をつなぐ入試問題設計のための開発研究」大学入試研究ジャーナル,14,(2004)
日本行動計量学会林知己夫賞(優秀賞)(2007)、日本教育心理学会城戸奨励賞(1995)を受賞。
日本テスト学会・『テストの作成、実施、利用、管理に関わる規準』作成委員会副委員長 (2006-)
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