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インタビュー

東京大学 中原淳氏

「教育」から「学び」へ 教育学者の「目」から見た企業の人材育成とは

  • 公開日:2007/02/01
  • 更新日:2024/03/26
「教育」から「学び」へ 教育学者の「目」から見た企業の人材育成とは

企業の中で、どうすれば人が育つのか――「人材育成」という企業にとっての一大テーマに、企業と大学が連携して取り組む動きが始まっています。人材育成の領域における企業と大学の新しい協働のかたちについて、東京大学の中原淳先生にお話をうかがいました。中原先生は、大学の推進する産学連携の取組みの一環として、企業と共同プロジェクトを組んで人材育成の研究を進めておられます。

「研究」の世界から見た企業の人材育成は?
OJTの弱体化について
「企業」との新たなコラボレーション

「研究」の世界から見た企業の人材育成は?

― 中原先生は、企業の人材育成に関する研究を進めておられるとうかがいました。

僕は、教育学の立場から、「企業人材育成」を対象とした研究をしています。企業で行われているOJTの実態を調べる調査を組んだり、学習効果の高い教材やワークショップをつくって効果を測定したりしています。
専門は教育学ということになります。教育学というと、ビジネスパーソンの中には「なんじゃ、そら」という風に思う方もいらっしゃるかもしれませんね。一言でいうと、「人を育てる科学」です。「人が学ぶこと」「人に教えること」を対象にした学問ですね。人を育てるための「具体的な方法やツール」を開発しながら、その効果を検証していくことが研究テーマです。

― 「研究」の世界から見た、企業人材育成の現場の印象はいかがですか。

非常にエキサイティングな領域だと思います。日本の会社を支えているのは、やはり「社員の知性の高さ」でしょう。そういう意味では、会社を元気にできるかどうかは、企業人材育成が成功するか、しないかにかかっているのではないかと思います。
ただ、僕が「教育屋」であるせいかもしれませんが、いろいろ不思議に思うこともあります。
まず、人材育成の方々と議論していて、面食らうことが多々あります。いつお話ししても「これからは○○の時代だ」という風におっしゃるのですね。本当に流行り廃りの多い業界であるように思います。
常に新しい横文字ワードが入ってきて、みんなで、それを寄ってたかって自己流に解釈しつつ、次第に誰もが同じことを言うようになり、やがて「○○はもうダメだよ」という風になる。教育学者の目から見ると、本当に流行り廃りの多い業界であるように思います。「昔同じような方法があって失敗したのに、なんで今さら注目するんだろう?」と思うことも少なくありません。
一方で、古典的な理論が大変幅をきかせているようにも思います。「動機といえばマズロー」「評価といえばカークパトリック」「研修をつくるのならガニエ」のように、皆さん、覚えていらっしゃる。まあ、古いからダメというわけではないのですが、「それらの理論70年代に批判が集まっているのになあ……他にもいろいろいるのになあ」と思ってしまうこともあります。
あと、外から人材・教育分野の方々とおつきあいしていて最も気になるのは、人事・教育部門の方々の中に存在する「ディスコミュニケーション」です。人事担当者と教育担当者のディスコミュニケーション、人事・教育部門と事業部のディスコミュニケーションですね。これは、僕が外部の人間だからかもしれませんが、切実に感じます。たとえば、「人事担当者」と話すときと、「教育担当者」と話すときには、僕は同じことを話すときでも、話し方、使う言葉をかなり変えているくらいです。ここに何らかのコミュニケーションをつくることをしないと、たとえば、口でいくら「経営と人材育成の連動」と言っても実現しないのではないでしょうか。
ともかく、不思議に思うことは多々あります。が、非常に関心をもっています。微力ながら、何らかのお手伝いができればと思っています。

OJTの弱体化について

― 昨今では、「OJT力の弱体化」ということが問題視されていますが、中原先生はどうお考えですか。

激しく弱体化していると思います。実は一昨年、都内に勤める若手社員にインタビューを試みたことがあります。ちょうど今、「ロストジェネレーション」とか「貧乏くじ世代」とよばれる若手社員たちですね。彼らの中に、本当にまともなOJTを受けた人は少ないなあと思いました。
彼らは、就職も社内リストラも激しい時代に狭き門をくぐって就職しました。就職後は、人がそもそも不足しているので、ものすごい負荷をかけられ、まともな研修やOJTを受ける余裕はなかった。それに、そもそもリストラで技量のある社員たちが辞めてしまったあとだったので、指導してもらった経験が少ない。以上は僕の経験でしかありませんが、OJTは「機能不全」という言葉がふさわしいくらいに弱体化しているのではないかと実感しています。
そのほか、OJTの弱体化に関しては、根源的な問題も感じています。実は、インタビューをしていて、OJTという言葉の意味自体が企業や担当者によってバラバラであることに気づきました。
同じ人事スタッフ内でも別の意味で使われていたり、人事部門と事業ラインで別の意味で使われていたりするようです。外部から話を聞いているので、とても気になるのですね。
OJTを云々する前に、OJTをめぐる認識について、社内で統一の見解をもっているのでしょうか。「OJTがヤバイ」という前に、そもそも「OJTとはどのようなもので、どのようになることが理想なのか」、社内で共通の見解があるでしょうか。そもそも論で恐縮ですが、大変気になります。

― 先ほどおっしゃっていた「ディスコミュニケーション」のひとつですね。そのようなコミュニケーション不全が起こるのはなぜでしょうか?また、それを解消していくには、どんなことが考えられますか。

それぞれの人が、「自分が育てられた」限定的な経験を元にして会話をしていることがその一因ではないでしょうか。いわゆる「わたしの教育論」というやつですね。
教育というのは誰もが専門家であると錯覚しやすい領域なのです。なぜかというと、誰もが被教育経験をもっているためですね。「教育を受けた経験はないよ!」という人はいない。ということは、教育というテーマ自体が誰でも語りやすいテーマであることを意味します。だから、議論をしよう、ブレストをしようとしても、「わたしの教育論」の新春大放談になりがちです。一言でいうと、「自分が成功したんだから、この方法がベストだ」「わたしがダメだったんだから、そんなんじゃダメ」という感じですね。
これを解消するには、ひとつは「共通言語」「共通の知識」「共通の語り方」を人材育成担当者がもつことだと思います。たとえば、医者のことを考えてください。医者は全員が病気を指し示すのに同じ専門用語を用い、同じような語り方をしている。弁護士だってそうです。プロフェッショナルとは、そういう知的基盤をもつ人なのです。まずはここが最初の出発点になるでしょう。人事担当者の方々が有効に使うことができる理論や枠組みを整理し、提供することは、われわれが貢献できることだと感じ始めています。『企業内人材育成入門』(ダイヤモンド社刊)は、そうした思いから執筆した本です(※1)。

― OJT力の復活に向けて、どんなことがポイントになるとお考えですか。

最も重要なことは、ふだん、わたしたちが1日の大半を過ごす仕事場を、いかにして「学びの場」に変えていくのか、ということです。米国のある調査では、人間全体の学習を仮に「100」とすると、研修やセミナーなどのフォーマルラーニングで学ばれることは10にも満たない。ともかく、非常に少ないことがわかっています。
ほとんどの学習は、インフォーマルな場、つまりその人が日々を過ごす仕事場で起こっているのです。ということは、教材をデザインする、研修を企画するという仕事も確かに大切なのですが、仕事場をいかに教育・学習の場にするのか、ということが重要なのですね。仕事場を、「業務を遂行する場」と同時に「学びの場」にしなくてはならないのです。
人材育成担当者は、「研修の発注屋」「教材作成屋」であるのと同時に、ラーニングデザイナーでなくてはならないのです。そして、「仕事場」にいる上司も、業務を管理する人間であるのと同時に、ラーニングデザイナーでなくてはならないのです。
ラーニングデザイナーは、どのように施策を作ればいいでしょうか。ここにもうひとつのポイントがあります。施策の背後に「科学的な根拠」をもたせるということです。医学の世界で言うならば、Evidenced-based Medicine(科学的根拠に基づく医療)ということですね。そうした考え方を、企業人材育成にも応用する必要があります。教育の理論、人が学ぶことに関する理論をもっと知っていただく必要があると思います。
もちろん、「根拠に基づく施策作り」というのは、言うのは簡単ですが、なかなか難しいですね。時間もコストもかかりますし、専門性も必要になります。ここに、企業と大学がコラボレーションできる可能性があると感じています。

※1 中原淳・荒木淳子・北村士朗・長岡健・橋本諭(2006) 企業内人材育成入門 ダイヤモンド社

「企業」との新たなコラボレーション

― 企業とのコラボレーションについて、どんなことをお考えですか。

これまでも僕は、多くの研究を企業の方々と共同で進めてきました。今後、「企業人材育成」に関しても、多くの企業の方とつきあい、研究を進めていきたいですね。
大学のほうから見た場合、企業はやはり「現場」をおもちである。そして、それぞれの企業ごとに「ニーズ」があります。一方、大学のほうには、専門性や調査分析能力があります。これをうまくかみ合わせ、双方がリソースを出し合った上で、互いにWin-Winになるような関係を築きながら研究をしていきたいですね。
昔、海外に留学していたときに、ある授業に、僕は大変感銘を受けたことがあります。その授業は教材評価のやり方を教える授業でした。日本の大学だったら、大学教員が教壇の上でテキストをそらんじる授業になるでしょうね。でも、その大学では違った。ひととおり基礎的概念を学んだあとは、実地訓練に入ります。現場のテレビディレクターが、「自分の番組を評価してくれ」という案件を授業にもってくるのですね。学生は、それを生きた教材として分析し、発表する。一方、ディレクターのほうは費用を支払い、インタビューに応じる。そうやってテレビ番組を改善するのですね。これはスゴイことだと思いました。そういうWin-Winの関係を、大学と企業がつくりあげることが重要だと思います。

― これまでとの違いはどんなところにあるのでしょうか。

やはり、大学と企業双方が課題をもったうえで、仮説やリソースを出し合い、施策を考え、データを集め、そうした一連の作業を「ひとつのプロジェクト」として成果を上げていこうとする姿勢ではないでしょうか。
よく「○○先生の言うことだからやってみよう」だとか「海外の○○先生が紹介していたことだから正しいんだろう」というかたちで、ある学問分野の権威ある先生の言う教育施策をうのみにするのを目にします。
つまり、○○先生の言っている「ナンチャラホニャララ理論」をして、現場でそのまま適応しようとする立場ですね。こういうのは、まず失敗するのではないでしょうか。なぜか。それは簡単です。だって、その先生は「現場」を見ていないでしょう。患者を診察することなしに、手術をする医者はいません。そして、人材育成を担当する方自身が、権威ある先生を頼りにして「思考停止」しているからです。「現場」を見ていない人が出す処方箋を、思考停止した現場の人が使うのですから、失敗する確率は飛躍的に高まります。僕は、そういう風に企業の方とおつきあいすることは潔しとしません。
人間が関与することは、すべて「個別具体的」なのです。企業がかかえる課題も「個別具体的」です。だから、コラボレーションを行うときには、「研究」の側も「企業」の側もリソースを出し合い、「探求」し、「考察」し、「仮説」をつくり、「実践」し、「検証」していくことが求められていると思います。そうしたお手伝いなら、ぜひ、させていただければと思います。
東京大学では、昨今、産学連携をさらに強めています。僕の関係する研究プロジェクトは、すべて企業や外部組織との共同研究です。また、自分が経営するNPOを媒介として、コンサルティングや調査などを引き受ける場合もあります。
例えば現在、ベネッセコーポレーション社からご支援をいただいて、企業人材育成用の英語リスニングカリキュラムを開発しています。これは、「勤務している企業で、将来、自分が英語を使うことが予想される場面を集めてストーリーにしたロールプレイング型のモバイル英語教材」です。携帯電話で稼働するので、スキマ時間にゲーム感覚でリスニング能力を鍛えることができます(※2)。去年実証実験を行いましたが、その学習効果は驚異的なものでした。
また、マイクロソフト社よりご支援をいただいて、「未来の教室と、それを支えるソフトウェア」をつくるプロジェクトをしています(※3)。よりコラボラティブで、効果の高い教育を行うためには、「教室」や「教室をささえるテクノロジー」そのものを見直す必要があります。

 今後は、人材育成分野でどのような研究を行っていきたいとお考えですか。

今、最も力を入れている研究開発は、たとえて言うと、あなたの仕事場の、ワークプレイスラーニング(※4)がどの程度成功しているかを測定する質問紙の開発です(※5)。 先ほどのベネッセコーポレーション社、マイクロソフト社はデジタルでしたが、こちらはアナログの研究ですね。僕は、デジタルかアナログかにはこだわりはありません。
この研究では、ネットワーク分析、コミュニティ理論などを駆使しながら、「あなたの職場には、同僚同士、上司と部下の人的ネットワークがどのように形成されており、それが社員の日常的な学びにどのように関係しているのか?」を測定しようとしています。まだまだ研究は始まったばかりですが、近い将来に、ぜひ多くの企業の方々に使っていただけるような調査票にしたいですね。
また密かに、いつかやってみたいなあと思っている研究に、「新入社員のエスノグラフィー(質的調査)」というのがあります。大学を卒業したばかりの人たちが、いつ、どのようにして「肩で風切る一人前の社員」になっていくのか。たとえば、企業研修所や、OJTの現場を参与観察して、そのプロセスを明らかにしたいのです。昨今、若手社員の早期退職が問題になっていますが、そのメカニズムもわかるかもしれませんね。
いずれにしても、僕は、データがないところでモノを言うのは潔しとしません。また、何かカタチをつくりながら、企業の人材育成を考えていきたいとも思います。
ひとつひとつ地道に、手を動かして何かをつくりつつ、その中で得られたデータから、あるべき企業の姿を、企業の方々とともに模索していきたいと思います。

― ありがとうございました。

※2 東京大学大学院 情報学環 ベネッセ先端教育技術学講座(http://www.beatiii.jp)による研究
※3 東京大学 大学総合教育研究センター マイクロソフト先進教育環境寄付研究部門による研究
※4 ここでいうワークプレイスラーニングとは、「個人や組織のパフォーマンスを改善する目的で実施される学習その他の介入の統合的な方法」のことである。すなわちOJT、OFF-JTに加え、現場組織における日常的な仕事の進め方や人事制度までがこれに含まれる
※5 北村智氏(東京大学)、荒木淳子氏(東京大学)、中原による研究プロジェクト

(インタビュー・文:石井宏司/飯塚 彩)

研究者PROFILE
中原 淳(なかはら じゅん)氏
東京大学 大学総合教育研究センター 助教授

中原 淳(なかはら じゅん)氏

●略歴
東京大学教育学部、大阪大学大学院人間科学研究科、文部科学省メディア教育開発センター助手、マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学 大学総合教育研究センター講師を経て現職。
東京大学大学院 学際情報学府助教授を兼任。大阪大学より博士号授与。
専攻は教育工学。「手を動かす教育学」を目指す。これまで、数多くの教材、教育用Webサイト、学習ソフトウェア、ワークショップ、研修等を開発・評価。企業のコンサルティング、共同研究も多数行っている。学習効果の高い教育環境の創造が研究テーマ。

●主要著書・論文
「社会人大学院へ行こう」(日本放送出版協会)
「ここからはじまる人材育成―ワークプレイス・ラーニングデザイン入門」(中央経済社)
「企業内人材育成入門」(ダイヤモンド社)など
日本教育工学会論文賞、奨励賞など複数受賞
研究の詳細は NAKAHARA-LAB BLOG
連絡先 jun@nakahara-lab.net

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