インタビュー
南山大学 藤本哲史氏
ワーク・ライフ・バランスを成功させる小さなヒント
- 公開日:2006/11/01
- 更新日:2024/03/22
少子化社会の流れに歯止めをかけるために、企業においても子育て支援の策定が求められるなど、ワーク・ライフ・バランス、とりわけ仕事と家庭を両立しやすい環境作りの必要性が急速に高まっています。
職場・仕事から考える両立支援という点から日本企業においてどのような取組みをしていく必要性があるのか、労働社会学がご専門で、先行研究の進んでいるアメリカ企業の事例にも詳しい南山大学の藤本先生にお話を伺いました。
ワーク・ライフ・バランス―仕事と家庭をめぐる日米の現状
― 「ワーク・ライフ・バランス」という言葉を耳にすることが増えましたが、そもそもどのような背景から出てきた言葉なのでしょうか。
アメリカでは、もともとワーク・ファミリー・バランスという言葉が80年代から急速に使われるようになりました。アメリカでは3歳未満の子どもを持つ就業者が就業者全体の6割程度いますので、小さな子どもをもつ母親の就業というテーマがメインでした。その背景としては、男性賃金の低下や、シングルマザーの増加、クリントン政権の生活保護法施策などがあると思います。
一方、日本においてはワーク・ライフ・バランスというキャッチフレーズだけが急速に広まって、一人歩きしているような印象を持っています。日本の場合は、これまで「仕事か家庭か」のどちらか一方という考えが強かったのですが、最近は「仕事も家庭も」と意識が変化してきているようです。背景には、女性の社会進出による役割意識の変化、共働き家族の増加、男性の意識の変化など、社会全体の変化があります。
― 現在のアメリカでの仕事と家庭の両立支援の状況はいかがでしょうか。
80年代から注目されているにもかかわらず、働き方の多様化については劇的な変化が見られていないのが現状です。いわゆる有名企業と言われる一部の企業でしか、仕事と家庭の両立支援策も浸透しておらず、中小企業においてはまだまだ支援策すら整っていないのが実態のようです。また、仕事と家庭の両立支援策を制度という形で整えているものの、実際にはその支援策を利用できない状況にあることが問題になっているようです。
― 支援制度などしくみを整えたとしても働き方が変わらないのはなぜでしょうか。
私の持論ですが、風土とか規範とか、どこにも書いてはいないけれどもお互いを縛っているルールなど、その組織の持っている文化というものが、ハードルになっているのでしょう。形の上での支援策の導入をしたとしても、実態が進まないのはこのためだと考えられます。
― 日本でも、制度面は整えられてきているという印象がありますが。
次世代育成支援対策推進法も動いてきていますので、法的な縛りからも遵守するべき対象として、支援策の制度面では徐々に進んできているかと思います。しかし、実際に制度だけ整えて「変わった」と言っていても、いざ蓋を開けてみたら、中は何も変わっていないというケースが多いのではないかと思います。その点では、アメリカが越えられない「働き方の文化」というハードルを、日本も同様に抱えているのだと思います。導入したしくみをきちんと動かすためには、目に見えないその会社の精神風土のような「働き方の文化」というもの自体を見直すことが必要になるでしょう。
働き方の多様化を妨げる「働き方の文化」
― 働き方の文化とは、具体的にはどのような文化的ルールのことをいうのでしょうか。
たとえば、これまでは英語で「Face Time」と言われるように、実際に職場で顔が見える時間、つまり、何か突発的な問題が起こったときに、上司が「おい、頼む」と言える社員がいい社員という認識があったわけです。それは、自分や私生活をある程度犠牲にして職場のために貢献することを“良し”とするニュアンスです。具体的な評価項目などをつけるわけではないのですが、なんとなく印象に残っていたり、人情として厚遇してしまったりということはよくありますよね。
― 「顔が見えることが重要」などというような思い込みは確かにありますね。
これも時々言われることですが、海外出張に2週間行くことになると、会社としてもまったく問題にはならないし、その人の不在の間、職場も回ります。ところが、それが育児や介護のための2週間の休養となると、周囲は「え、2週間も!」と思ってしまいます。本人も申し訳ないなあと思うわけです。
育児や介護でも、海外旅行でも、勉強のためでも、休暇がどのような個人的理由によるものであっても、お互いの仕事をカバーする訓練を普段からしておくことが大切ですね。
お互いの仕事がどんな段取りで、どのように進んでいくのかを情報交換して、準備しておくということです。
― 「休んでしまうともとの仕事に戻れない」という本人の意識の問題もありますね。
特に、男性が育児休暇を取るとなると、自分のキャリアが台無しになるのではないかという恐怖感や、一線から外れてしまう不安感がありますよね。日本の職場において「標準的」「正しい働き方」はフルタイムあるいは長時間労働であるという考え方が浸透している限り、たいていの人はその規範に反した働き方をすることは「キャリア形成上の自殺行為」を意味することだと考え、せっかく施策が整っていても利用することはできないでしょう。もとの仕事に戻れないのではと本人が不安に思うのはもっともですが、長い目で見てみれば、キャリアの一時点のことにすぎないのです。
― 逆に、休暇をとることが仕事上のメリットになることはないのでしょうか。
男性の育児休暇取得者は休暇取得後のインタビューで、よく時間管理の効率化を挙げています。休暇中は子どもの世話をしなくてはいけないし、子どもの眠っている間に自分のやりたいこともしなくてはいけない。この世界を1年も経験すると、時間を効率的に使うことに気がつくし、何より仕事に復帰してからも子育てにかかわりたいと思うようになるそうで、仕事をきちっと終えて家庭の時間も持とうとするようです。そうすると、自然に効率的な時間の組み立てを考えるようになり、職種による差もありますが、生産性が高くなることが多いようです。
― 休暇を取ることが、実は仕事のパフォーマンスにもつながるということですね。
働く人のモチベーション管理という点では、感覚的にアンハッピーな人よりもハッピーな人の方が良い結果を出すということは想像できると思います。何かを犠牲にしながら、その思いを引きずって仕事をしているよりも、パッと切り上げてその後に自分の好きなこともできると思って仕事をしているほうが、周囲に対する影響力はあると思います。
― そういった意識を日本で浸透させるのは難しいですよね。
日本では70年代から80年代にかけて、仕事にすべてを捧げるというサラリーマン像があったように思いますが、最近は働く人自身の意識や価値観が変わってきています。その個人をとりまく組織のほうが変わらないと、当然歪みが生じてくると思うのです。もしかしたらその歪みのひとつとして、メンタル面で問題を抱える人が増えていることや、大学新卒で就職した人たちが理想と現実のギャップに耐えきれずすぐに辞めてしまうという若者のバーンアウト現象が出てきているのかもしれません。
ワーク・ライフ・バランスを体現するために
― 労働社会学がご専門の立場から,企業の中で起きている現実の問題についてどのようにお考えですか。
研究に際しては企業経営やHRMに役立つような知見を導きたいと思っていますが、同時にこれらは、働く本人と企業だけの問題ではなく、その家族の問題でもあるということを忘れてはならないと思っています。たとえば、メンタル面でブレークダウンしてしまった人の場合は、本人をどうやって職場に復帰させるかだけではなく、その家庭がどうなるか、その子どもがどう思うかというところまで含めて考えなくてはなりません。
また、ロングスパンで従業員の家庭生活支援というものを考えることも大切だと思っています。乳幼児の子どもを持つ親だけがサポートを求めているわけではないということです。たとえば、中学生の子どもをもつ親には特有の悩みや葛藤があります。親がそれに耐えきれなかったら、思春期・アイデンティティ形成期の子どもが失敗をする可能性もありますよね。
― 最後に、日本の人事担当者へのメッセージをお願いします。
企業で働く人のモチベーションを最大限に引き出すのが、人事やマネジメントの重要な仕事だと思います。働く人のキャリアを長めに眺めて、加速するときがあってもいいけれど、一方でゆっくりするときがあってもいい、というように、波を認めてあげる余裕があるといいですね。
義務感からではなく、本当に必要性を感じてやらなくてはいけないと思って仕事と家庭の両立支援に取り組むことができたら、次世代の労働力が育つと思います。経営サイドも、この取り組みが日本の次世代の労働力へ影響するという意識を是非、持っていただきたい。もちろん、企業の努力だけではないと思いますし、社会全体で取り組まなくてはいけないことでもあると思っています。
ワーク・ライフ・バランスへの取り組みは、経営の質を問われる重要な要素になるでしょう。会社の取り組み姿勢が社会に与えるインパクトは大きいですし、今の大学生でしたらそのような経営姿勢に共感すると思いますよ。
― どうもありがとうございました。
(インタビュー・文:蒔田 展子/黒田 知紗)
研究者PROFILE
藤本 哲史 (ふじもと てつし)氏
南山大学外国語学部 助教授
●研究のきっかけ
この研究に興味をもったのは、企業で働いていたときの同僚が初期の女性総合職で、その人が一般職と同じような仕事しか与えられていなかったこと。また、留学先の教授も自らがワーク・ファミリー・バランスを体現していた人で、教鞭をとりながら出産、育児をしており、彼女の存在は今でも刺激になっています。自分自身も現在子どもが3人いますが、自分の話となるとダメ親父になってしまいます…。
●略歴
企業経験を経て、家族社会学を学ぶため大学院へ留学。1993年ノートルダム大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)取得。1995年より現職。労働社会学、社会心理学。
●主要著書・論文
『家族と職業-競合と調整』(共著)ミネルヴァ書房 2002年
「日本のワークシェアリングの可能性-アメリカから何を学ぶか」現代のエスプリNo.429 2003年
“Preferences for Working Hours over Life Course among Japanese Manufacturing Workers."2006, Career Development International, Volume 11, Number 3, pp.204-215.
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