「一皮むけた経験」調査からの示唆 修羅場がリーダーを育てる

執筆者情報
組織行動研究所
所長
古野 庸一

多くの人は、仕事を通じて成長していきます。その成長は、日常の仕事の中で少しずつもたらされるというよりも、むしろ非日常的な経験によることが多いようです。まさに修羅場のような経験であり、そのような経験は「一皮むけた経験」とも言われます。

企業の経営者も、修羅場経験の中で成長していくと考えることができますが、そのようなプロセスを科学的に分析してみることは、次世代のリーダーを育てる上で大変有効です。次世代リーダー候補者の一人ひとりに応じた適切な修羅場を適切な時期に与え、支援していくことによって、育ちの確率を高めることができると考えられるからです。

拙著『リーダーになる極意』(PHP研究所)では、経営者18名の方々に1時間あまりのインタビューを行い、「一皮むけた経験」を分析しました。これらの調査・分析から得られた結果を報告します。


調査結果

インタビューでは、「過去の仕事経験において、自分が一皮むけたと思う経験を3つ以上抽出してもらい、それぞれの経験で何を学んだか」を語っていただきました。そのインタビューから一皮むけた経験とそこでの学びの中に、共通するものがあるのか、あるいはどのような経験により人は一皮むけるのかについて分析を行いました。

18名の経営者が語った「一皮むけた経験」は図表01のように分類されます。これらの「一皮むけた経験」が生じた時期は、図表02のような分布になります。なお、どちらの図表にも、参考として社団法人関西経済連合会(以下、関経連)で行われた「一皮むけた経験」調査(2001年5月)の結果を並べています(※)。

※詳しくは、『仕事で「一皮むける」』金井壽宏著(光文社新書)参照

調査結果とインタビューからの示唆

調査結果およびインタビューから、一皮むけた経験について以下のようなことがわかりました。なお、以下の文中の役職等はインタビュー時のものです。

■海外経験は学びの宝庫

調査結果は、一皮むけた経験として、[8]「留学を含む海外経験」の割合(18.2%)が最も多いことを示しました。海外での経験が意味するところは何でしょうか。1つめは、海外子会社では、日本にいるときよりも肩書きが上になるケースが多いということです。そのため、任される仕事の幅や権限は広くなり、責任は重くなり、より高い視点が求められます。

2つめは、それまで染み付いた常識、価値観を根底から揺さぶられるため、時として、日本で形成したアイデンティティを揺り動かす経験になります。たとえば、アメリカ人を管理する立場になったとき、日本人を管理する手法と違う手法が必要なことに気づきます。彼らは論理的な説明がなければ評価に納得しません。正しい評価を行うためには、日常からきめ細かく、部下を観察しなければいけません。また、そこからもう一歩考えを進め、そもそも「人はなぜ働くのだろうか?」というようなことを考えます。このようなことはまさに経営の本質の1つですが、日本人だけを管理していたら考えもしなかったことを考え始めます。

3つめは、社会の底辺に流れるものに対する考察です。日本で売れるものがアメリカで売れるとは限りません。一方で両方の国で売れるものもあります。消費者の価値観や生活慣習によって売れるものが違うことに気がつきます。経営は論理的であるべきですが、一方で、価値観や慣習、あるいは情念や愛着や気分のように、論理で語れないことにも対応しなければならないことを知ります。

4つめは、語学のハンディキャップによる他の能力の開発です。語学がうまくなるに越したことはありませんが、そう簡単ではありません。必然的に、緻密な戦略立案や責任感の強さ、専門分野での知識など、コミュニケーション以外の持ち味を総動員して、上司としての存在価値をアピールしなければいけません。その結果、日本では開発できなかったスキルが開発されます。

海外勤務においては、以上のようなことが同時に発生します。異文化の中で、高い役職となり、今まで要求されなかった高い視点や広い視野をもたなければならない一方で、多くの部下に対して、慣れない言葉で励ましたり、束ねたり、方針を示したりしなければいけません。しかも、相手の価値観は多様です。売れ筋商品も日本とは違います。今まで培った常識が通用しません。このような状況で勝負しなければいけません。海外経験は、修羅場であり、学びの宝庫といえます。

■修羅場経験こそが成長の機会

一皮むけた経験として、2番目に多かった回答は[10]「悲惨な経験」(13.6%)でした。文字どおりの「修羅場経験」であり、セコム飯田最高顧問の言葉を借りれば、「泥水を飲むような経験」です。飯田氏は、セコム創業4年目、33歳のときに、社員が、2カ月に6,7回の盗みを働くということが起きました。お客様にお詫びをしますが、続けざまに起こる不祥事に、心は萎えてしまいました。しかし、飯田氏は、自分の驕りを認め、全社員と会って人間関係を築くことを始め、人間理解を深めていきました。当時、社長であったため、この修羅場から逃げるわけにはいきません。現実を直視し、再発防止のため、考えに考え抜いて、全社員と会うということを行ないました。

富士ゼロックス小林会長も、会社が危機に陥ったときに現実を直視しました。特許切れとともに競合が相次いでコピー機市場に参入してきたのです。小林氏はなるべく多くの課題を抽出・分析し、全員の力を分散しないように、打つ手を1つに絞り、会社を復活させました。

伊藤忠商事丹羽社長は、入社12年目のときに、大豆取引で大きな穴をあけそうになりました。大豆の相場は暴落して、伊藤忠の税引後利益並の損失を抱えました。しかし、周りの罵倒と冷たい視線を受けながら、それでも相場が反転する可能性を最後まで諦めませんでした。相場は反転し、丹羽氏は「真っ正直に生きること」を悟りました。修羅場経験は天から降ってきた貴重な成長を促がす経験ととらえることもできるでしょう。

■人材マネジメントによるリーダー育成

「昇進・配置・異動」は、リーダーシップ開発の宝庫です。育成配置という言葉に代表されるように、異動する当人にとっては多少難しいと思われるポジションへの異動は、伝統的に人事の慣習として行われてきました。今回の調査でも、一皮むけた経験のうち、6割以上が配置・異動に際して起こる経験でした([1]〜[8])。これらの結果は、育成的観点に基づく異動の重要性をあらためて示しているといえます。また、この結果は、リーダー育成が旧来的な教育研修部門だけの仕事ではなく、人事全体の仕事であり、経営トップの仕事でもあるということをあらわしています。

たとえば、「ラインからスタッフへの異動」は、将来、経営者になる人にとっては、学びが多い異動です。経営者には、顧客接点の現場、製造現場、開発現場で何が起きているのかという現場感が重要である一方、開発、製造、マーケティングなどのそれぞれ部門の個別最適を超えた全体最適の視点も求められます。会社全体の利害を考えるスタッフ部門への異動は、視点の転換とともに、経営トップの意思決定の仕方や判断基準を理解する機会になります。

■自らの殻を破り、異動による変化を生かす

人事異動は、しばしば自己のアイデンティティに変化を強要します。CCC増田社長は、入社した頃、自分のことをクリエーターと思っていましたが、電卓を叩いて緻密な計画書を作ることもできることを知ります。また、リーダー的な役割は苦手だと思っていましたが、やってみたら集団の長というものが向いていることを発見します。社長という仕事もやってみたら、面白いことに気づきます。

セイコーエプソン草間社長の場合は、40代で意に沿わない異動を経験しています。しかしながら、そこで腐らずやりきることが、後々経営をする上で財産になっています。リコー桜井社長の場合は、技術畑、事務畑問わずさまざまな部署を異動しています。桜井氏はそれらに柔軟に対応し、むしろ「この部署は誰のため、何のために仕事をするところなのだろう」という問いかけをしながら、異動そのものを楽しんでいます。自分自身に技術屋、事務屋という枠をはめないというスタンスです。いずれの経営者も自己のアイデンティティを柔軟に塗り替えることによって、自らの殻を破り、成長しています。

■経営哲学にもつながる幼少期の経験

修羅場経験とは異なりますが、[9]「入社前までの経験」が重要だったという回答の割合も9.1%を占めており、経営者の割合としては、2割を超えています(18人中4人)。つまり、経営者としてのスタンスや能力は幼少時代や学生時代に培われていると2割の経営者は認知しているということです。

新日鉄情報通信システム棚橋社長は、学生時代のゼミ活動を通して、多様なものの見方を学んでいます。リコー桜井社長は、大学時代の専攻が工業経営でした。大学時代の幅広い教養の成果が、さまざまな仕事にたじろぐことなく取り組めたことにつながっています。伊藤忠商事丹羽社長の場合は、書店の息子という特殊事情があったからかもしれませんが、幼い頃からの豊富な読書体験が人格の形成に寄与しています。幼い頃からの読書は、その後、社会人になっても習慣化し、丹羽氏の骨格、血肉になっています。読書を通して、正義感、倫理観、価値観が形成され、自らの仕事経験を統合し、独自の経営哲学を構築しています。

■他者からの学び

[11]「その他」という回答には、直接の上司やメンターあるいはクライアントから仕事の仕方や人生観を学んだ経験が含まれています。富士ゼロックス小林会長は、米国ゼロックスCEOだったウィルソン氏から経営トップのあり方を学んでいます。小林氏は、経営者として冷徹な判断を下しつつ、高い教養と志を保持し、ハイレベルで人を魅了するウィルソン氏のトップとしての姿に感銘し、自身のロールモデルとしています。日本サッカー協会川淵氏の場合、日本サッカーの父クラマー氏が恩師です。クラマー氏は東京オリンピックに出場した日本代表チームの影の監督を務めました。クラマー氏の人生訓や生き方は、川淵氏が人生の谷に落ち込んだときに、いつも思い出すとのことでした。

■「一皮むけた経験」が生じた次期

最後に、図表02で「一皮むけた経験」が生じた時期を確認します。関経連の調査結果とはかなり違うものに見えますが、40歳以前の経験と40歳以降の経験で分けてみた場合、両調査とも、おおよそ半々の結果が得られていることがわかります。つまり、40歳を過ぎても経営者は成長し続けているのです。詳細については割愛しますが、その中身は、昇進による権限の拡大、関連会社のトップ、海外子会社のトップとしての仕事経験による成長などが含まれていました。「地位が人を育てる」と昔から言われますが、それを裏付ける調査結果が得られたと言えます。

リーダーシップ開発に向けて

以上のように、調査の結果からは、修羅場経験に際して逃げずに現実を直視し、対処していくことがリーダーとなるためには貴重な経験となることが示唆されました。また、優れた経営者は、企業が人事マネジメントの一環として行う異動によって発生した修羅場に対して、その状況を受け入れ、柔軟に対応していることがわかりました。さらに、幼少期の経験や、コト・状況だけではなく他者からも学ぶこともリーダーとしては重要であることが示されました。

経営者候補それぞれにとって状況は異なるでしょうが、上記のような調査結果は今後のリーダーの育成にあたり大きなヒントとなることでしょう。

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