人材開発とマネジメントに関わるウソ・ホント ようこそ人材開発部へ 〜異動者むけ演習〜

4月の人事異動で研修部・人材開発部に配属になった方も多いと思います。今回の特集は、そんな方々をターゲットとして導入演習を企画しました。肩の力を抜いて取り組んでいただければと思います。
人材開発や人材マネジメントに関わる理論や原則は、職場で起こっていることを観察・調査して体系化されたものです。研究室の中で発明されたものではありません。ですから、経営学や心理学の学者よりも、現場の実務家のほうが実践的な知恵や見識を持っていることもあります。しかし、現場で、「当たり前だ」と信じられていることが必ずしも正しいとは限りません。科学的な調査や研究からするとウソであったり、根拠が乏しいことがあります。それらの調査・研究結果をあらかじめ分かっていれば、皆さんが、研修や人材開発施策を展開するにあたり、「他山の石」として失敗を回避することに役立つかもしれません。
研修部・人材開発部に異動になった方、あるいは異動して1年未満の方むけに「導入演習」を企画しました。あなたの常識や感性で挑戦してみてください。正誤を判断するだけではなく、誤っている場合には、なぜ誤っているのか、考えてみてください。では、さっそくスタート!
- P1:演習設問(1〜3)
- P2:演習設問(4〜6)
- P3:演習設問(7〜10)
- P4:人材開発に絶対的な原則はない
- P5:参考文献のご紹介
演習設問(1〜3)
次の設問1から10までについて正誤を判定してください。もし、間違っている場合は、その理由もあげてください。
設問1.
ある業務を教える場合、その分野で高い業績を上げている人が教えるのが効果的である。たとえば営業研修なら、トップの営業担当を講師としたほうがよい。
解答と解説
ある業務研修を企画する場合、手っ取り早い方法として社内のその道の「達人」、高業績者を考える。彼らに内容を企画させたり、講師にすることがある。高業績者や熟練者の行動を学ぶ場合には、次のような点に留意すべきだとされている(Clark&Estes1996)。
(1)高業績者や熟練者は各行動のステップを無意識に行っていることが多く、自分の行動を言葉で語ることができない傾向がある。とくに複雑な状況下、どの時点で、なぜそのように判断したのか、説明できない場合が多い。
(2)高業績者や熟練者は、技術やスキルが高いために基本的なステップを飛ばしたり、簡便にしても成果を上げることができる傾向がある。
たとえば、トップセールスの場合には、その人だからできる行動や発想を持っていたりする。彼らの方法を真似させようとしても「生兵法は怪我のもと」といった結果になりかねない。
誰が教えるかというよりも、何をどのような方法で教えるかが、研修効果を大きく左右する。したがってこの答えは、『誤り』。
熟練者、高業績者の行動の学習をさせるには、第三者が彼らの行動を観察・分析し、特殊要因と普遍的な要因に分け、他の者が学習可能なものを切り出す必要がある。また、若手の営業パーソン教育であれば、トップではなく、中堅で、オーソドックスな営業を行い業績を上げている人を選んで行動のモデルをつくることが効果的である。
設問2.
グループ単位で業績を評価・フィードバックをするほうが、個人別に評価・フィードバックした場合に比べ、個人の業績は高まる傾向がある。
解答と解説
同じ個人の生産性を比べた場合、個人単位で評価した場合よりも、グループ単位で評価したほうが生産性は低下することが調査から明らかになっている(Williams and Karau 1991,Karau and Williams 1993 )。
これは、social loafing(ぶらさがり)といわれる現象である。各メンバーは、グループで評価されるとなると、多少手を抜いても自分の評価は下がらないだろうと考え、努力の度合いを緩めるからだといわれる。また、チームで行っている業務のアウトプットを上げようとして、メンバーの数を増やすと、個人の貢献度合いに対する評価が行われにくくなると考え、個人レベルのパフォーマンスは下がっていく傾向があると報告されている。したがって、『誤り』。
しかし、この事実は、チームで業務を行うことを否定することではない。チームで一つの仕事をする上では、チーム全体の業績における個人の貢献や業績をより精緻に評価・フィードバックしないと、本来持っている個人の力を十分に引き出しにくいということである。チームで仕事をしているから、「チームの業績=各個人の業績」とするのは、安易すぎるといえる。
設問3.
エンパワーメント(権限委譲)されると、その職場の業績は向上する傾向がある。したがって仕事は、できるだけ個人の裁量にまかせるのがよい。
解答と解説
自分たちで決定できたり、裁量範囲が広がると、従業員の満足度は高まる。これは職務充実といわれる。自主的な活動を行うQCサークルなどがその例である。
業績については、従業員満足度と相関が見られるという一貫した調査結果はない。また、組織文化によって権限委譲した場合、生産性が著しく落ちたり、離職率が高くなる場合もあった(Clark 1998) 。
権限委譲される相手によっても異なる。新人や経験が不足している部下が自分の行動目標を設定したり、仕事の進め方を決めたりすることは難しい。メンバーの成熟度や能力に応じて、統制や権限委譲の度合いを変えていくことが効果的だとされている(Hersey & Blanchard 1996 )。したがってこれも『誤り』。
権限委譲を行うかどうか判断する時には、職場環境、相手の熟練のレベルなどを考慮する必要がある。人は、まかせられるとやる気になって仕事の成果が上がるものだ、と考えるのは短絡的であり、一歩間違えると、「ほったらかし」につながるのである。