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連載・コラム

人的資本セミナー 〜人的資本経営の現在地と今後の展望〜

各社の開示情報や傾向から「個と組織を生かす」人的資本経営を考える

  • 公開日:2023/11/27
  • 更新日:2024/05/16
各社の開示情報や傾向から「個と組織を生かす」人的資本経営を考える

2023年3月期決算から、上場企業などを対象に人的資本に関する情報開示が義務化されたことで、人的資本経営に対する関心が高まっています。すでに開示を進めている上場企業はもちろん、現在は開示義務のない中堅・中小企業の皆さんからも、人的資本経営にどのように向き合えばよいか、今後何に取り組んでいくことが望ましいかと相談される機会が増加しています。

そこで、2023年9月に「人的資本セミナー」を開催しました。本セミナーではまず、先行して実施された上場企業の開示情報を分析し、開示情報の傾向や特徴の一例を紹介、そのうえで、単なる義務化への対応にとどまらず、自社の戦略を実現するために、人的資本経営において何に取り組むことが効果的かを「個と組織を生かす」観点から説明しました。本記事では、このセミナーの内容を紹介します。

講師
● 白井 邦博(しらい くにひろ)
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ コンサルティング部 シニアコンサルタント
● 松井 俊己(まつい としき)
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ コンサルティング部 コンサルタント   

どの会社も、人的資本経営との向き合い方で悩んでいる
有価証券報告書の開示率・開示指標の調査結果
自社の「人的資本ストーリー」が分かりやすい好事例7社を紹介
人的資本情報を採用PRツールとして積極活用する企業が増える予想
人的資本経営を考えるための「3ステップ」

どの会社も、人的資本経営との向き合い方で悩んでいる

今、人的資本経営に注目が集まっています。社会的視点・経済的視点・戦略的視点・世代間価値観の視点など、さまざまな視点から注目されており、人的資本、つまり人材の価値が、企業の中長期的な価値向上を実現するうえでますます重要視されています。 

「人的資本」は、古くて新しいキーワードです。例えば、2010年に野中郁次郎氏と弊社が共同で行った研究「日本の持続的成長企業」では、組織・人材マネジメントの質が高まると、組織能力が向上し、最終的には平均売上高成長率・平均ROA・対TOPIX株価上昇倍率が上昇することが明らかになりました。このように、人的資本への投資が企業成長を促進することは、さまざまな研究が以前から指摘してきたことです。そしてさらに今、人的資本はイノベーションや企業価値の源泉として、かつてないほど価値が高まっています。その結果として、人的資本経営がフォーカスされているのです。

人事の皆さんはご存じだと思いますが、2023年3月期決算以降、有価証券報告書での人的資本に関する情報開示が義務化されました。そのタイミングで、私たちは人的資本経営に関する問い合わせを受ける機会が増えました。「人的資本経営を考えるうえでのポイントは何か?」「どんな情報を開示することが効果的なのか?」「他社はどんな取り組みを行っているのか?」「自社で取り組みを進める際は、何から始めればよいのか?」といった相談が多数届いています。どの会社も、人的資本経営にどう取り組んでいくべきか悩んでいるのです。

そこで、本セミナーでは、私たちの人的資本の開示状況についての調査結果をお伝えしたうえで、人的資本開示の好事例を紹介し、最後に私たちが人的資本経営を考える際に重視する「3ステップ」をご紹介しました。

有価証券報告書の開示率・開示指標の調査結果

最初に、私たちが2023年6月~7月に開示された、642社の有価証券報告書を調査した結果をお知らせします。なお、調査にあたっては、内閣官房の開示指針を参考にしながら、25個の指標について、それぞれ定量情報の記載有無を確認しました。

調査概要

調査概要

図表1は、各指標の開示状況です。女性活躍推進法などの施行により、今回から開示を義務付けられた3項目(女性管理職人数・比率、男性育児休業取得率、男女賃金格差)は、当然ながら開示率が80%を超えています。
そのほか約5社~6社に1社の割合で開示されていた項目は、「採用(24%)」「従業員女性人数・比率(20%)」「人材育成投資額、投資時間、研修参加率(20%)」「エンゲージメントサーベイスコア(16%)」です。なお、採用や人材育成投資額、エンゲージメントスコアなどは、プライム市場の企業が積極的に開示していました。

※図表・グラフの数値は、小数点第2位を四捨五入しているため、合計が100%にならない場合があります

<図表1>各指標の開示状況(指標別開示率)

<図表1>各指標の開示状況(指標別開示率)

図表2は、各企業の開示率分布です。開示義務のある5指標以下しか開示していない企業を「義務化対応群(42%)」、6~9指標を開示した企業を「順次対応群(51%)」、10指標以上開示した企業を「積極開示群(6%)」と区分しました。過半数が6指標以上を開示しており、義務化された指標以上の情報を開示しようとする意思のある企業が多いことが分かります。

<図表2>各企業の開示率分布(企業別開示率)

<図表2>各企業の開示率分布(企業別開示率)

そのほか、業界別では銀行業・保険業の開示率が比較的高いこと、女性活躍推進法による開示が義務付けられていない300名以下の企業群は開示率が低い傾向があること、プライム市場の開示率が高く、グロース市場の開示率は低い傾向があることが分かっています。また、従業員数が多い企業やプライム市場の企業では、有価証券報告書での開示は限定的にとどめる一方で、統合報告書や別途資料で指標のさらなる開示を進めているケースも見られます。

なお、今回確認した25指標以外では、健康経営推進と関連した有給取得率や残業時間に関する指標の開示が比較的多く見られました。パーパス関連やいきいき度など、各社の特徴が表れている指標もありました。

自社の「人的資本ストーリー」が分かりやすい好事例7社を紹介

次に、私たちが人的資本開示の好事例だと考える7社を紹介します。好事例のポイントは、次の2点です。1. 目指す状態を明確にしていること。2. 目指す状態に照らして課題を明確にしていること。この2点を重視している開示例は、単なる人事施策や指標の羅列にとどまらず、「自社の人的資本ストーリー」を容易に読み取ることができました。

ステークホルダーに伝わりやすい開示を行うためには、有価証券報告書の場合、「戦略」の部分を丁寧に記載することが重要です。「戦略」の部分に、自社が人的資本経営において何を目指すのか、そのために何に取り組むことが重要だと考えているのかを記載するのです。そうすると、自社の人的資本に対する姿勢・方針が明確になり、記載内容にストーリーが生まれ、開示している情報の意義がより伝わります。

1. 目指す状態を明確にしている好事例

・日立製作所様(有価証券報告書はこちら

経営戦略(事業戦略)を踏まえて、求められる人財・組織(体制・文化)を明確化しています。

・住友商事様(有価証券報告書はこちら

人事施策の拠り所として「グローバル人材マネジメントポリシー」を制定し、「目指す個の姿」と「目指す組織の姿」を明確化しています。

・南都銀行様(有価証券報告書はこちら

アクションプランとしてリレーションシップマネジメントの変革を軸としており、取り組み実現に必要な人材を「おもしろい人材」と定義しています。

・荒川化学工業様(有価証券報告書はこちら

人的資本における価値創出プロセスを掲げ、人的資本経営で達成したいビジョンを明確にしています。

2. 目指す状態に照らして課題を明確にしている好事例

・アステラス製薬様(有価証券報告書はこちら

経営計画実現のために「3つの組織健全性目標」を策定し、策定した組織健全性目標の実現に向け、「カルチャー、マインドセットの変革」「グローバルな人材・組織を支える人事制度の構築」「イノベーティブな組織への戦略的改革」の3点を最優先事項として取り組んでいます。

・日立造船様(有価証券報告書はこちら

課題を「人材確保が困難」「グローバル化への対応」「働き方に関する価値観の多様化」として設定し、「人材の採用・確保」「適正配置・戦略的育成」「人材の定着」を人材戦略の重点施策として掲げ、取り組んでいます。

・岩塚製菓様(有価証券報告書はこちら

人事基本理念を策定し、理念の下で人事制度の改定や人材育成、従業員意識調査を実施したうえで課題を特定し、課題解決に向けた施策に取り組んでいます。

人的資本情報を採用PRツールとして積極活用する企業が増える予想

次に、人的資本開示の今後について考えてみます。人的資本開示の義務化にあたっては、開示内容に具体的な指標・目標を設定することが求められています。企業は今後、指標の達成状況を継続的にモニタリング・開示する必要があるのです。また、2023年の段階では、どのような指標を開示するかという具体的な指針は少ないのですが、人的資本開示の目的を踏まえると、開示を求められる指標は人的資本開示は、これから本格化していくと考えるのが自然です。

他方、日本社会の変化としては、少子化によって、生産年齢人口がしばらく減りつづけることがほぼ確定しています。また、図表3によれば、回答者の半数以上が転職にポジティブなイメージを持ち、特に20代ではネガティブなイメージを持っている人は1割未満にとどまっています。さらに図表4を見ると、2017年時点で、35歳から39歳の男性は退職回数0回が50%を下回っています。30歳から34歳でも、ほぼ2人に1人が1回以上の退職を経験しています。すでに転職する人の方が多くなっているわけです。つまり現代日本では、生産年齢人口が減ると共に「労働流動性」がどんどん高まっているのです。

<図表3>転職することについて「ポジティブ」「ネガティブ」、どちらの印象を持っていますか?

<図表3>転職することについて「ポジティブ」「ネガティブ」、どちらの印象を持っていますか?

出所: リクナビNEXT「転職は当たり前の時代に?転職に対するイメージと本音をアンケート」2019年5 月9 日~5 月16日 株式会社ジャストシステム「あなたご自身に関するアンケート」を参考に筆者が作成  調査対象:正社員として働く20~50代の男女209名

<図表4>年齢階級別の転職割合(2017年)

<図表4>年齢階級別の転職割合(2017年)

「少子高齢化×労働流動性の加速」によって、今後の日本では、人材採用の難度がますます上昇するでしょう。企業が人材を選ぶだけでなく、求職者から「企業が選ばれる」必要性が高まります。これからの求職者は、企業の人的資本情報を参考情報の1つにしながら、企業選びをするようになるでしょう。投資家だけでなく、働く人たちからも、人的資本情報が注目されるようになるのです。ですから、今後は多くの企業が、人的資本情報を採用PRツールとして積極的に活用し、巧みに開示するようになることが予想できます。

人的資本経営を考えるための「3ステップ」

最後に、人事の皆さんが自社の人的資本経営を考えるためのヒントを提示します。人的資本開示は、あくまでも人的資本経営のアウトプットです。開示情報を充実させるためには、人的資本の価値を高める戦略を立案し、人的資本経営の質を高めていくことが欠かせません。私たちは企業の人的資本経営を支援するために、調査研究を踏まえ、さらにさまざまな企業と議論を重ねて、人的資本経営を考えるための「3ステップ」を作成しました(図表5)。

<図表5>人的資本経営を考えるための「3ステップ」

<図表5>人的資本経営を考えるための「3ステップ」

第1ステップでは、「人的資本経営を通じて、どのような状態を目指すのか?」を明らかにします。まずは自社内で「ありたい姿」に関する目線合わせを行い、「人材マネジメントポリシー(人事ビジョン)」を策定することが重要です。理念・パーパスや経営戦略を実現するために、人的資本に対する自社の考え方・思想を言語化し、指針を作ります。これは、自社の歴史やらしさから紡ぎだされる不変的な要素です。

「ありたい姿」の検討は、自社の強みや魅力を再確認するポジティブな取り組みです。その検討時に、「自社が大切にしたいこと」「これから強化したいこと」「今後変化すべきこと」などを併せて議論することが、自社らしい取り組みを増やしていきます。

もう1つ、理念・パーパスや経営戦略を実現するためには、「求める人材像」を言語化することも大切です。その際、企業が個人に求める要件だけでなく、「目指す組織の状態」や「会社が個人に提供する機会」を併せて言語化するとよいでしょう。求職者へもPRになるはずです。

次の第2ステップでは、「目指す状態を実現するための優先課題は何か?」を検討します。私たちは、人的資本開示の調査研究結果から、優先課題テーマは次の3つに整理できると考えています。「1. 求める人材の獲得・育成(注力人材採用、専門人材・マネジメント人材育成、人材ポートフォリオ、サクセッションプランなど)」「2. ウェルビーイングな環境整備(多様性の確保、働き方改革、キャリア形成支援など)」「3. 独自の文化・風土の醸成(価値観の浸透、組織風土の形成、安全・安心な職場構築など)」の3つです。3テーマのどこに重点を置くか、各テーマで特に大きな課題となっているのは何かを議論・整理すると、テーマおよびテーマ内の優先順位が見えてくるはずです。

最後の第3ステップでは、「優先課題を解決するため、どんな施策を行うか?」を決定します。このとき、課題解決施策を具体化するだけでなく、ありたい状態を実現するための目標を設定すると、進捗状況の評価・改善のPDCAサイクルを回せるようになります。なお、設定する目標は、「Specific(明確なこと)」「Measurable(測定可能なこと)」「Achievable(実現可能なこと)」「Relevant(方針・戦略と関連があること)」「Time-bound(期日が設定されていること)」の5要件(SMART)が満たされているものが望ましいです。

人的資本経営と人的資本開示は、まだまだ始まったばかりです。私たちは今後も、さまざまな会社とディスカッションを積み重ねながら検討を続けていきます。



講師プロフィール

白井 邦博(しらい くにひろ)
コンサルティング部 シニアコンサルタント

リクルートコミュニケーションズ(現リクルート)に新卒入社し、採用領域の広告ディレクターを経験後、組織長として新規事業開発、西日本エリア統括、東海支社長などを担当。現職ではメーカーやインフラ、金融、サービス業などでの人材開発・人事制度構築を支援。


松井 俊己(まつい としき)
コンサルティング部 コンサルタント

リクルートキャリア(現リクルート)に新卒入社し、求人広告・転職エージェントサービスの法人営業を経験。現職ではメーカー・ゼネコンの人事制度構築支援やエンゲージメント・サーベイの分析業務に従事。経営学修士。

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