あなたにとって人事とは? 第7回 人と組織を武器に戦略を実現させるビジネスリーダー

総合化学メーカー三井化学株式会社の人事制度の企画や、タレントマネジメントなどを担当している小野真吾さん。人事の枠組にとどまることなく、同社のグローバルビジネスを加速させるビジネスリーダーとして手腕を発揮しています。今回はそんな小野さんに、これまでの軌跡を振り返っていただきながら、ご自身の成長につながった原体験や、今後のビジョンについて大いに語っていただきました。

PROFILE
小野 真吾(おの しんご)氏
三井化学株式会社人事部戦略企画グループリーダー兼ヘルスケア事業領域シニアビジネス・パートナー。海外営業、マーケティング、事業戦略(投資、生産・品質管理など)を経て、人事部にて労政、採用、グローバル人事、戦略系人事(M&A責任者、組織開発など)を経験。現在はグローバル人事の戦略策定、タレントマネジメントなどを手掛ける。


入社4年で大手案件の事業運用リーダーに大抜擢

学生時代の小野さんは、就職先として化学メーカーを志望していたわけではなかった。コンサルティングファームやベンチャーなどの採用選考を受けており、世の中のニーズや課題などを構造的に捉えて、新しい価値を生み出すビジネスを構築したいと考えていたという。

「就職活動が進むにつれて少しずつ視野が広がっていきました。次第に、上流に位置する素材メーカーはさまざまな業界にまたがっているし、面白いビジネスを手掛けられるんじゃないか、と大きな可能性を感じるに至ったのです」

数ある化学メーカーのなかで三井化学を選んだのは、少数精鋭で若手が大きな仕事に取り組むチャンスがあると感じたからだった。初任配置は大阪工場。半年間現場を学んだ後、電子・情報材料事業部へ異動。極東エリアのクライアント向けの半導体・液晶製造装置で使用する特殊ガスの営業と、資料作成、データのインプットなどの間接業務を担当した。

小野さんはルーティンワークを漫然とこなすような働き方はしない。営業指標となるデータを自分の手元にできるだけ集めて3C分析を行い、営業戦略会議で先輩社員に改善提案をしていた。主体的に周囲を巻き込みながら仕事に取り組む姿勢が評価され、入社4年目、28歳の若さでコア事業のプロダクトマネジャーとして研究開発から、製造や品質管理、販売、投資計画にいたるまでマネジメントしていたというから驚きだ。

「もちろん最初から上手くいくはずもありません。販売はともかく、研究開発、製造、品質管理、投資計画などは初めてで分からないことだらけでしたから、勉強し、反省し、上司の力を借りながら進めていました」

「日本企業が負けてしまう」 現場で感じた危機感

電子・情報材料事業部に所属したのは8年間。最も記憶に残る出来事は、成功談ではなく苦々しい失敗談である。

「大きな商談を優位に進めていたものの、あと一歩のところで先方常務の鶴の一声がかかり、ひっくり返されてしまったんです。この上ない悔しい思いをしたのですが、そのおかげで、練り上げられたシナリオや、ロジックさえも通用しない、社内意思決定のメカニズムの重要性に気づきました」

痛みをともなう学びを経て、小野さんはクライアントの上層部から信頼されているキーマンを味方につけ、競合からシェアを奪い返すという成功体験をした。その後も、エースとして事業部の期待を背負っていた小野さんだったが、やがて大きな危機感を抱くようになる。

「海外営業時代はクライアント担当者の優秀さに驚いていました。例えば、韓国の名門企業は日系企業よりも教育にかける費用や時間がはるかに大きいのです。韓国語の通訳を介して商談していた担当者が、わずか3カ月で、日本語で商談できるレベルまで成長するなど、驚かされることが多かったんです」

クライアントの取り組みに感心する半面、「このままでは日本企業はグローバル競争のなかで後れをとる」と痛感していたという。会社の競争力を高めるために、人と組織を変えていきたい。そんな想いで人事部への異動を当時の上司である執行役員事業部長に直訴した。

「海外のグローバル人材を事業サイドから見てきた経験を生かして人事を変えたいと話しました。役員は『わかった』と納得してくれました」

こうして、小野さんの人事部でのキャリアがスタートした。

創業以来初の赤字の状況下で労組と交渉

「リーダーが一つひとつの判断を間違えると、社員が疲弊し、その事業は弱っていくことを現場で実感していました。『創る、作る、売る』のサイクルを速く確実に回せる会社は強いというのはミスミグループ本社の三枝匡氏の言葉ですが、私も『創る、作る、売る』にほころびが出るビジネスでは勝てないと思います。だから、ほころびが出ない『ビジネスを強くするための人事』をしたかったのです」

しかしながら、小野さんが人事部に異動後、任されたのは労政だった。最初の2年は、労働組合との交渉や、社宅・寮などの住宅施策、福利厚生などを担当していた。

「リーマンショックのあおりを受け創業以来初の大赤字だったこともあり、労組との交渉は困難を極めました。5個ボールを投げて、2個、3個勝ち取れればいいという感覚で、会社として譲れるところ譲れないところを明確にしながら交渉シナリオを作って臨んでいました」

福利厚生のコストダウンを避けられないときも、例えば「メニューの選択肢を増やす」「ワークライフバランスを考慮する」などポジティブな内容を含められるように努力した。また誰にでもコンタクトをとれるという人事の立場を有効に活用し、さまざまな人とコミュニケーションをとり、人事制度の改善につなげた。

「人事は社内の誰とでもコンタクトをとれる立場。福利厚生や人事制度などは社員全員に関係する仕事だからです。それを最大限に利用して、たとえば演芸大会などの社内イベントを実施するときには案内チケットを発行し、社員一人ひとりと交流するために、その人のもとまで出向いて手渡ししていました。『暇そうだね。事業部に戻ってくれば?』と言われることもありました。事実、平和でしたけれど、いろいろな人と接点を持つチャンスだと思っていたんですよね」

こうして多くの社員と交流し、信頼関係を築くことで、小野さんは会社のビジネスや人事制度の問題点などについて意見交換する機会を自らつくり出した。

コンサル、商社志望の学生を狙い撃ち

人事部に異動して3年目からは新卒採用を担当。地頭の良い学生を幅広く採用するために、あえてメーカー志望ではなく、コンサルティングファームや商社を希望する学生が集まるイベントにも飛び込んだ。

「化学メーカーに興味を持っていない学生を惹きつけるためには通り一遍の説明会ではダメ。『大きなビジネスを手掛けたい』『海外で活躍したい』など、参加者の理想とするキャリア観に合う内容を盛り込んだ説明会を実施しました」

優秀な学生を口説くために役員の力も借りるなど、内々定後のフォローにも抜かりがなかった。こうして、最初は化学メーカーを志望していなかった学生を振り向かせることに成功。続いて小野さんは、中途採用でも新しい挑戦を行った。

「M&Aなどの次の事業展開に必要な人材を確保するため、外部人材の登用や、リファラル採用も進めていました。社内からは『せっかく公募で手を挙げた社員がいるのに、社外の人間に仕事を取られたら、モチベーションが下がるだろう。それにフェアじゃない』といったような声もあがりました。しかし、優先すべきは社内の感情ではなく、事業戦略を実現できるかどうか。役割を全うできる人を採ることが正しい選択だと考えてやってきました」

小野さんの考える正しさとは、会社のケーパビリティをあげること。採用方針は事業戦略ありきである。

「ハラグロ会」で未来の「仕掛け」を考える

小野さんが目指すのは、全員が事業に興味を持ち、現場に関心を向けて、ビジネスをドライブする人事である。例えば、何か新しい人事施策を実現させたいときは、そのカギを握っている人物を把握し、事業経営のアジェンダに組み込んでいく。イチ人事担当ではなく、事業のパートナーとしての自分の立ち位置を決めていくやり方だ。

小野さんは三井化学の未来に向けて人事部門が主体的に仕掛けていくために、教育、人事評価、人員計画などのチームリーダーを集めてインフォーマルな勉強会を開催した。グローバル人事やタレントマネジメント、リーダーシップなどの理論を学びながら、人事として未来に向けてどんな仕掛けをするのか、一人ひとりが考えられるようになることがねらいだった。

「この勉強会を私たちは『ハラグロ会』と呼んでいます。実際、社員が腹に溜めていることのなかに、未来の芽があったりするものです。しかし、それが表に出るのは残念ながら飲み会の場だったりする。そうじゃなくて、昼間にすべてをテーブルに載せて前向きに料理しようよ、と。それが目的です」

まさに未来への仕掛けを考えているタイミングで、三井化学はドイツで160年の歴史を持つ優良メーカーHeraeusから歯科材料事業を買収。これがグローバル人事を大改造する機会になった。

課題はダイバーシティ推進とリーダーシップの強化

買収したHeraeus Dentalの人事部門は、プロフェッショナリティが非常に高いメンバーが揃っていた。今後グローバルでM&Aを進めていくためにも彼らを巻き込まない手はない、と小野さんは考えたという。

「『グッドプラクティスをつくろう』と彼らを巻き込んでグローバル人事を改革しました。グローバル人事の拠点は東京にありましたが、それを解散し、ヨーロッパ、アメリカ、アジアのすべての拠点の人たちで方向性を決めるグローバル人事のプラットフォームをつくったのです」

グローバルで人事施策の最適化をはかるために、採用、育成、モビリティ、評価・報酬など人事機能ごとに、各国を横断したバーチャルタスクフォースのコミッティが作られた。各タスクフォースごとにリーダーを選出。KPIを設定し、予算をつけてマネジメントサイクルが回るようになっている。そこでは会議も資料もすべて英語。外国籍の社員と共通言語で、コアバリューを共有しながらグローバル化を進めていくためだ。

また、多様なビジネスがグローバルに成長することで、マネジメントや人事制度も事業に合わせて多様化させる必要性が出てくる。いくつかの事業体を構造的に分割し、それぞれに最適なマネジメントや人事制度を取り入れていくことが目下の課題だ。

「事業軸はもちろん、リージョン(地域性)も踏まえて考えると、人事制度は2次元、3次元の構造になってきます。それぞれの事業モデル、文化のなかで社員が成長していける環境を目指しています」

そして、もう1つ小野さんが大きな課題として考えているのはリーダーシップの強化である。

「リーダーとして的確な人を選抜・育成したいと考えています。必要とあれば外部からも。リーダーポジションを社外から採ることに対しては反発も出てくるでしょう。ビジネスファーストの精神で、いかにして納得してもらうか、考えながら取り組んでいきたいです」

正しさを追求し、多様性を受け入れ、人の力を信じる

ともすると、常にビジネスファーストで合理的にものごとを進めているように見える小野さんだが、人間性や関係性といったものを大切に考え、一人ひとりの人生に寄り添う「個別人事」の考え方が根本にある。

「人の人生の問題はとても複雑。人事は人の人生を左右することがあるからこそ、相手の立場に立ち、多面的に理解することが大切だと思っています」

そんな小野さんが考える「人事に必要な力」を聞いてみた。

「正しさ」はひどく曖昧で、「発言者」や「感情」に流される頼りないものである。「あの人が言っているのだから・・・」「社員の気持ちを汲んで考えた場合・・・」とゆらゆらと揺れ動く。小野さんはそんなときも「誰が正しいか」ではなく「何が正しいか」を冷静に分析する。会社にとっての優先事項を明確に打ち出し、時には経営トップにも意見を述べる。

ただし、小野さんは「正しさ」を振りかざすようなことはしない。相手の立場で考え、まずは理解に徹する。そして、目指すべき方向が定まったら、最後まで伴走する。「人の三井」は有名な言葉だが、小野さんがリードする三井化学の戦略的人事のど真ん中にあるのも、やはり「人の可能性、人の変化を信じる力」なのである。

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