あなたにとって人事とは? 第5回 信念を貫き成果にこだわる “骨太人事”が組織を動かす

ローム株式会社の人事本部人事企画部統括課長を務める木村さんは、社内で手腕をふるうだけでなく、社外の企業年金セミナーの登壇者に選ばれるなど、会社の枠組みを超えて活躍しています。今回はそんな木村さんに、自らの意志を貫く骨太な仕事ぶりと、そこから得た学びについて話していただきました。

PROFILE
木村 誉勧(きむら たかゆき)氏

東北大学経済学部卒業。新卒で某スーパーゼネコンに入社。約4年で退職しロームに転職。経理部門での採用を希望するも、人事部門に配属される。入社直後から、退職金制度をはじめとする人事制度改革に着手。また積極的に社外交流をはかり、業界の内外に人脈を築いている。趣味はビジネス書を中心とした読書。


戦略的就活で“華やかな世界”を目指す

1990年代初頭のバブル全盛期、木村さんは受験生だった。父親の書斎にある週刊誌をめくると、景気のいい情報が誌面で躍っている。なかでも木村さんの目をひきつけたのは企業の給与ランキングだった。野村證券、第一勧業銀行、富士銀行……錚々たる顔ぶれが並んでいる。

「ランキング上位の企業では、地元の東北大学経済学部OBがかなり活躍していると分かったんです。当時の僕はバブルの華やかな世界に憧れを抱いていたので、まずは東北大に入ろうと考えました」

部活ばかりの高校生活だった木村さんだが、終盤の追い込みで東北大に進学。就職を見据えて、3年次には国際金融を選択した。同じゼミの出身者の多くは、メガバンクなど金融機関に就職したという。しかし木村さんが影響を受けた授業は、たまたま単位を満たすために取った経営学総論。経営戦略やマーケティング戦略に興味をもつきっかけとなった。

「子供の頃、ディズニーランドやコカ・コーラが大好きだったんですが、授業を通じて『大人が作ったマーケティングの仕組みのなかで踊らされていた』と気付いたんです。それが悔しくて。仕組みを作る側に回ろうと思いました」

将来経営企画系の部署に行く前提で、就職活動を開始。不動産、ゼネコン、商社、都銀など給与ベースが高い企業を中心に回る。幸いにも比較的順調な就職活動となった。あとはどこに行くか、である。

「都銀だと営業店、商社だと海外に行くことになるかもしれない。そこで発想を転換し、文系ではなく技術系がメインの会社に決めました。現場ではなく、本社の企画系の部署に行けるチャンスが高いと感じたんです。最後まで給与ベースは譲りませんでしたが(笑)」

自らの成長スピードをあげるためにバケモノ会社へ転職

入社後の木村さんを待っていたのは、大学時代とはまったく環境の異なる生活。当時はまだバブルの余韻が残っていた。華やかなパーティーに参加したこともあったという。願っていた世界に足を踏み入れたものの、仕事に対しては物足りなさを感じていた。

「働き方としては商社のようなガツガツしたものを求めていたのかもしれません」

きっちりとしたジョブローテーションの仕組みがあった関係で、30歳まで企画系の部署に行けないことも分かっていた。そんななか転職を決意する出来事が起こる。

「友人の結婚式で高校の同級生と再会した際、自分の成長がパタリと止まっていることを痛感させられました。同級生のなかには、ビジネス用語をバンバン使ってしゃべったり、どうやら部下をもっているようなやつもいて。高校時代の成績は私の方が上でしたが、ビジネスパーソンとしての価値は明らかに彼らの方が高いと感じたんです。悔しかったですね」

30歳から希望の部署に行くのでは遅すぎる。成長スピードをあげるためには、他の会社へ行くしかない。また、その当時は木村さんのなかに「いずれは、経営コンサルタントとして独立したい」という想いもあった。「卓越した経営を学ぶ」という視点で企業を探し、目をつけたのがロームだったという。

「前の会社は売上1兆円で営業利益100億、当時のロームは売上3000億で営業利益が1000億。『日経ビジネス』などの経済誌にしか出てこないけれど、バケモノみたいな会社だと感じていました。そんなロームの経営の神髄を知りたいと思ったんです」

急成長中のロームは中途採用をおこなっており、木村さんは見事転職に成功する。ところが、希望は経営企画や経理部だったにもかかわらず、人事部での採用が決まった。これは後に分かったことだが、経理部での選考に入る前に、人事部に引き抜かれていたのだそうだ。

「拠点回っていいですか?」海外赴任者の声を集める

ロームの人事として働き始めて2年目。前任者から海外出向者向けの人事業務を引き継ぐことになった。

「その頃、海外赴任者と人事部との関係が最悪でした。ちょっとしたやり取り一つで、『人事は現地のことをまったく理解しようとしていない』とすごい剣幕でまくしたてられたこともある。ただ、私も現地を見ていないので何も言えない。なので、まず各拠点を回って真実をこの目で見てみたいと上長に訴えました」

実は、かつて海外赴任者を優遇しすぎていた時期があったという。その揺り戻しで、海外赴任者にとって、非常に苦しい状況になっていた。

例えば、返還直後の香港は不動産が高騰していて、5人家族の場合、40万円くらい出しても古くて狭い家にしか住めないんです。一方で、人事は現状を知らないから40万円なんて高い、ありえないという話をする。だんだん彼らの言っていることの方が正しくて、人事が間違っているんじゃないかと思うようになりました」

海外赴任者から冷たい仕打ちをされることもあった。それだけ人事と海外赴任者の間には深い溝があったのだそうだ。

「今だから話せますが、『話すことなどない。今すぐ帰れ!』とすごまれたこともありました。それでも『発言者の名前は出さずに、会社に現状を伝えることを約束します』と心を込めて話して、距離を縮めていくしかなかったんです」

極限状態でも譲らなかった信念

現地で集めてきた海外赴任者の声を本社に届けると、今度は経営陣から問い詰められた。文字通りの板挟み状態である。

「『どこの誰が文句を言っているんだ!』『名前は出さないと約束しているので言えません』そんなやり取りが続きました。29歳の若造が、百戦錬磨の経営陣とやり合うわけです。もう極限状態でした。でも、どうしても譲れなかった。社内の常識に従うよりも、正しいことを正しいと言う、人として正しいことをしたいと思ったからです」

なぜ、そこまでして信念を貫き通したのか。そこには木村さんの悲しい記憶が影響している。

「社会人になって2年目に大学の同期の訃報に直面しました。原因は定かではありませんが、仕事や会社が辛かったり、イヤなのであれば、辞めれば済むじゃないですか。会社がすべて、と錯覚することなく、いつでも『じゃあ、辞めます!』と言える人材になろう。そう言い切れるだけの実力を付けよう、そのとき強く思いました」

バブル崩壊後に見た光景も、木村さんを強くした。

ウチのゼミでもよほど優秀じゃないと入れなかった日本長期信用銀行、山一證券や北海道拓殖銀行が経営破綻した。どんな会社に入ろうが、一生安泰ではない。だとしたら、自分が正しいと思う道を突き進んでいこうと思いました」

そしていつの間にか、海外赴任者からこんな声が木村さんのところに届くようになった。

「『そこまで頑張らなくてもいいのでは』『正直、これまでは人事に寄りつこうと思わなかった。でも木村くんがいるなら、寄ってみようと思う』とかそんな風に言ってくれる人が出てきて。『今ある権利を当たり前と思うなよ。木村が頑張ってくれたからあるんだぞ』と現場のメンバーに伝えてくれる人もいます。それを聞いて、自分がやってきたことは間違っていなかったと思えたんです。渦中にいたときはそんな余裕はありませんでしたけど」

他社にないダイナミックな仕事ができる喜び

海外赴任者と会社の間に立って戦うこともあった木村さんだが、主体的な社員には社歴や役職などを問わず、大きな仕事を任せるロームのやり方には共感していた。

「退職金水準を大手メーカーのレベルまで高めるため、抜本的な退職金制度の見直しも自分の提案でやらせてもらいました。実は数百億円にのぼる確定給付企業年金の資産運用も任されています。自分が提案して、制度化して、それを回して、ということが、この会社ならできる。ちなみに、僕は入社数ヶカ月で10人の部下をもつリーダーになりました。こんな新米の若造に任せていいのか?と驚きましたが、そういうベンチャースピリットのある会社なんです(笑)」

入社後から木村さんは、年金以外にも多くの人事制度改革に携わってきた。給与体系を変更するとなれば、当然、反発の声があがる。

「ロームは、今も昔もエンジニアの会社です。しかし、全社一丸となって知恵を出さなければ勝てない今の時代に、従来の人事・給与制度は合わない。それまでの制度を変えるとなれば、当然反論も出てくるわけです。全社員が100%満足する制度を作るのは無理だと思います。でも、100%理解してもらうことはできるはず。私はここにコミットしたいのです」

そんな木村さんには、社外からもその仕事ぶりや考え方を聞きたいという声がかかる。例えば、大手シンクタンクの企業年金セミナーの登壇者に指名されたことも。岡本アソシエイツの岡本行夫氏、慶應義塾大学教授に並んで木村さんが登壇した。

「私でいいんですか?と担当者に聞いたら、『現場で制度を作るところから携わっている木村さんの話を紹介したい』と言ってくださって。人事の仕事を通じてさまざまな人との出会いがありました」

次世代型マネージャーの育成が課題

製造業において日本が世界ナンバーワンだった時代は終わり、部品メーカーに求められる人材要件も変わってきた。ロームは90年代から海外売上高比率が60%を超えていたが、内訳としては海外に生産拠点をもつ日系メーカーがほとんどだった。これからはアップルやサムスンといった海外メーカーに対して、提案型の仕事をする必要がある。

「御用聞きのようなやり方では売れない時代になりました。激しい市場の変化を読んで、活路を見出していかないと。そういう発想ができる人材を育てることが課題です」

とはいえ、人は急に変われない。じっくりとロールモデルとなる人材を育てて、各部署に刺激を与えていく予定だ。

「グローバルな視野で物事が考えられ、リーダーシップを発揮できる人材を重要な部門の長に据えていこうと考えています。時間はかかりますが、成果を必ず出したい。『人事は間接部門だから』と遠慮する人もいますが、僕は付加価値のある提案を重ねて、会社の成果につながる仕事をしたい」

人事の成果とは何か。それは現場からの「変わったね」の一言である。人事は、製品を生産できないし、製品を販売することもできない。一方で、人事という立場を利用して、経営陣から新人に至るまで、全方位的な人間関係を築くことができる。客観的な視点で全体を見渡すこともできる。そして、会社全体に影響を与え、社員が「会社が変わった!」と思える取り組みができるのだ。

貪欲に成果にこだわりながら、組織を進化させていく。現場からの「変わったね」の声を集めていく。これが“骨太人事”木村さんのやり方である。

時に会社の常識は、世間の非常識になる

木村さんが掲げる人事に必要な3つの力。それは、今まさに木村さんの仕事の土台になっているものである。

「アドラーの教えが書かれた『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)※1を読んだとき、作者の岸見さんはすごいなと思ったんです。というのも、私が常々考えていたことが、分かりやすく言語化されていまして(笑)。もともと私は他人の評価をあまり気にしない人間。自分が正しいと思ったことをやり切って、成果が出たときに喜びを感じるんですよ。時に会社の常識は、世間の非常識になることがある。社内の目を気にしてばかりいると、いつの間にか非常識な人事になってしまうんじゃないかと思います」

目の前の出来事に対して、一人の人間として自分はどう考えているのか。社会通念上、正しいことなのか、それとも間違っていることなのか。時には「嫌われる勇気」をもって会社に働きかけることも人事の役目なのである。

※1 心理学者アルフレッド・アドラーの思想を青年と哲人の対話を通じて分かりやすく伝えるストーリー。たとえば、過去の原因にとらわれず、未来の目的にこだわる、など。

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