お金を稼ぐことは手段か、目的か 私たちは何のために働くのか?

執筆者情報
組織行動研究所
所長
古野 庸一

忙しい日常の中よぎる、働く目的や意味

仕事で忙しい毎日、ふとスケジュール帳を見る。
「来週も再来週もそして来月もスケジュールはパツパツ。
仕事だけの生活になっている。
どうにかならないだろうか。
そもそも何がしたくて、この仕事に就いているのだろうか。」と考える。
そして「何のために働いているのだろうか」と思索にふける。

そこまで忙しくなくても、私たちは考える。
「何の仕事が自分に向いているのだろうか。もっといい仕事はないだろうか」と。
そして、無意識に、あるいは意識的に働く目的や意味を考えている。

漁師とビジネスマンの労働観の違い

世界的ベストセラー『アルケミスト−夢を旅した少年』の著者、パウロ・コエーリョは、自身のブログに、『漁師とビジネスマン』という小話を掲載した。オリジナルは、ブラジルの古い話らしいが、働く意味を考えさせられる話である。ブログ掲載後に、全世界で多くの人に引用され、日本でも紹介されている。以下、その小話である。

昔、ブラジルの小さな村で、ひとりのビジネスマンが浜辺に腰を下ろしていた。
ひとりのブラジル人漁師が小さな船に乗り、少しの量の魚を捕って岸に戻ってくるのが見えた。ビジネスマンは、感心して、その漁師に尋ねた。

「それだけの魚を捕るのに、どれぐらい時間がかかるんですか?」
「そんなに長い時間はかからないよ」と漁師は答えた。
ビジネスマンは驚き、さらに漁師に質問をした。
「だったら、どうしてあなたはもっと長い時間海に出て、もっとたくさんの魚を捕らないんですか?」
「これだけあれば、家族を養うのに十分だからだよ」
「残りの時間はいったい何をしてるんですか?」
「そうだね、私はいつも朝早くに起きて、それで漁に行って魚を何匹か釣るんだよ。その後は家に帰って子どもたちと遊んで、午後には妻と一緒に昼寝をして、夕方には村の連中と酒を飲んでいるよ。夜通し、ギターを弾き歌い、踊るんだ。」

それを聞き、ビジネマンはその漁師にアドバイスを始めた。
「私は経営管理の博士号を取得しています。私はあなたを成功へと導く手助けができますよ。あなたは、これからはもっと長い時間海にいて、できるだけたくさんの魚を捕ってくるべきです。それで十分なお金が貯まったら、いまより大きい船を購入できます。そうすれば、もっと多くの魚が捕れます。そして、そのうち、もっと多くの船が買えるようになります。その後は、会社を設立して、缶詰工場を作り、販売ルートを開拓することもできるでしょう。やがて、あなたはこの小さな漁村からサンパウロへと移り住み、大きな本社ビルを置いて、支店を管理できるでしょう。」
「それで、その後は?」
ビジネスマンは腹を抱えて笑い、「その後、あなたは王様のような暮らしができますよ。頃合いをみて、株式上場すれば、あなたは大金持ちになるでしょう」
「それで、その後は?」
「そうすればもう忙しく働く必要はありません。引退をして小さな漁村に移り住んで、朝早くに漁に行って、少し魚を捕り、その後は家に帰って子どもたちと遊び、気持ちいい午後には奥さんと一緒に昼寝をして、夕方には村の連中と酒を飲み、夜通しギターを弾き歌い、踊るのです」

それを聞いた漁師は怪訝(けげん)な顔してビジネスマンに言った。
「それは、私がいまやっていることと何が違うのか」(※1)


長時間労働のラットレース

漁師とビジネスマン。漁師の言い分に納得しそうになる。

多くの人が、漁師のような働き方をしているわけでない。私たちは、なぜ漁師のように働こうと思わないのだろうか。あるいは、働こうと思っているのだけど、現実にはそうできない理由は何だろうか。そこに働く目的が見え隠れする。私たちは、何のために働いているのだろうか。
 
その日に食べられるだけの魚を捕って、残った時間を遊んで暮らす。しかし、よく考えると、そういう暮らしでは、いい服は買えない。いい家には住めない。いいクルマに乗れない。外食はできない。子どもにいい教育を受けさせることはできない。そういう生活を志向した途端、午前中、少しの魚を捕って午後はのんびりするという生活はできなくなる。
経済的に生活水準を高めたいと思えば、午前だけでなく、午後も働かないといけない。そして、その水準を少しずつ高めていきたいと欲する。欲にかられて、働く時間が長くなっていく。田舎よりも都会のほうが、働く場所は豊富で、給料も高い。ゆえに田舎から都会に人は流れていく。私たちは、漁師の生活がいいと言いながらも、もう少しリッチな生活をしたいとも思ってしまう。それで幸せであればいいが、そうでないこともあり得る。金銭的には豊かであるが、精神的には豊かでない生活に陥ってしまうということもしばしば。

ボストン大学教授のジュリエット・ショア(※2)は、働きすぎと浪費の悪循環をワーク・アンド・スペンド・サイクルと呼んでいる。消費するために、昔よりも多く働き、働いて溜め込んだストレスを解消するために、消費するようになってしまっている。自分の周りもそのように動いていて、周りに合わせるように、あるいは周りよりもよりいいものを競争するように消費している。回し車の中で、クルクル回っているネズミのように、働いても、働いても豊かにならないラットレースである。生活水準を高めるために、思わず長時間働いてしまうのである。

お金だけではない仕事の魅力

別の視点から考えてみよう。

漁師にとって、仕事をすることが面白いかどうかという視点はどうだろうか。
午前中、少し魚を捕って、午後のんびりするより、午前も午後も仕事することが楽しければ、そちらのほうが幸せであるという視点である。

ビジネスマンは、金持ちになったら忙しく働く必要はないと言っているが、仕事そのものが面白ければ、働き続けてもいいわけである。必ずしも労働は悪ではない。
私たちは、老後にのんびりするために生きているわけではない(そのことを否定しているわけではない)。稼ぐために仕事をしているかもしれないが、同時に、仕事にはさまざまな魅力がある。

単純に仕事が楽しいという人は多い。楽しさの源泉は、仕事そのものということもあるし、職場の仲間ということもある。仕事を通じて自分らしさが発揮されれば、自己実現の手段としての仕事というのもある。仕事によって成長するということも考えられる。昨日できなかったことが今日できるようになれば、それはそれで楽しい。
顧客に対して、いい仕事をしていれば、顧客から「どうしても」と仕事を頼まれることもある。自分の都合だけでは仕事を辞められない。そこまで強烈に顧客から仕事を頼まれるわけではないが、仕事を通じて、社会に貢献していることを実感するということもある。いずれにしても、仕事を行うことで、社会の一員として認められるという側面はある。働く目的は多様であり、単純に稼ぐためだけに働いているわけではない。

統計数理研究所の『日本人の国民性』調査には、「もし、一生楽に生活できるだけのお金がたまったとしたら、あなたはずっと働きますか、それとも働くのをやめますか?」という設問がある(※3)。2013年度の結果を見ると、62%の日本人が働き続けると答えている。半数以上の日本人は、単純にお金のために働いているわけではない。

「退屈」という恐怖

他の視点も考えてみよう。

そもそも、午前中、魚を少し捕り、午後、遊ぶという生活を何十年も行うことに耐えられるだろうか。仕事の消極的な利点として、退屈な時間をつぶせることがある。
パスカルは、「人間にとって、完全な休息のうちにあり、情念もなく、仕事もなく、気ばらしもなく、集中することもなしでいるほど堪えがたいことはない(※4)」と述べている。人は仕事がない状態に堪えられないことを喝破している。
 
イギリスを代表する思想家のバートランド・ラッセルも同様に、不幸の要因として、退屈を扱っており、仕事には退屈しのぎの効用があると言い切っている。
「どんな退屈な仕事でさえ、たいていの人びとにとっては無為ほどには苦痛ではない。(中略)知的な金持ちの男たちは、まるで貧乏であるかのようにあくせく働き、一方で、金持ちの女たちは、たいていは、地を揺るがすほど重大なことだと固く信じて、無数のつまらぬことでいつも忙しくしている。仕事は、だから、何よりもまず、退屈の予防策として望ましいものだ(※5)」

現代の日本においても、暇は恐ろしい。
通勤電車を見てみると、多くの人がスマホに熱中している。少しの暇も我慢できないように見える。実際、働くことを暇つぶしにしている人もいる。早帰りを奨励すると、「そんなに早く帰ってもやることはない」という声もある。やることはあっても、現代においてお金がかかることも多いことを考えると、暇をつぶすために働くというのは選択肢になりうる。


私たちは漁師の生活を選ぶのか、ビジネスマンが示唆する生活を選ぶのだろうか。

※1  http://paulocoelhoblog.com/2015/09/04/the-fisherman-and-the-businessman/
※2 ジュリエット・ショア(1993年)『働きすぎのアメリカ人』窓社、ジュリエット・ショア(2011年)『浪費するアメリカ人』岩波書店
※3 統計数理研究所 『日本人の国民性』調査
※4 パスカル(1973年)『パンセ』中公文庫
※5 ラッセル(1991年)『ラッセル幸福論』岩波文庫

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