実際にあった「ちょっとした相談」を起点に綴る 人事のメッセージは届いているか?

執筆者情報
経営企画部
部長
本合 暁詩

今回のコラムは、実際にあった「ちょっとした相談」を起点に、多くの人事の方が経験する判断の難しさ、そしてその判断の影響について、弊社・経営企画部長であり、人事責任者の本合がつづりました。人事としての判断や取り組みを、いつもとは少し異なる視点で捉えるきっかけとなれば幸いです。


日々、問われる人事の姿勢

「ちょっといいですか?」

声をかけられて振り向くと、海外出張を予定している社員だった。出張規程に関して相談があるという。話を聞いてみると、早朝のフライトで海外に向かう計画をしているが、遅刻するリスクを避けるために、前日の夜に空港の近くのホテルに宿泊したいということのようだ。

当社の出張規程では、やむをえない場合には前日の宿泊を認めているが、今回のケースは早朝といっても朝早く自宅を出発すれば十分に空港には到着できるため、宿泊代は支払われない。

そのことはこの社員も承知の上で、自宅に比較的近い羽田空港からではなく、チケット代の安い成田空港の便を選択することにより、前日の宿泊代を含めた総出張旅費を抑えようとしていた。

「寝坊のリスクがないし、トータル金額も安くなるし、この方がいいと思うのですが……」というのが主張である。

「来たね」と私は思う。
無邪気な問い合わせと片付けてしまうこともできるが、40歳を過ぎてから初めて人事を担当することになった私は、この手の相談を大ごとに捕らえてしまう傾向があるようだ。そして、“彼ら”なら人事としてどうするだろうか、と考える。

もう15年以上前になるが、私はとある社会人大学院に通っており、そこに彼らはいた。日本を代表する機械メーカーの人事担当(以下、Aさん)と、これまた日本を代表する鉱業会社の人事担当(以下、Bさん)である。

2人は伝統的な日本企業の人事という共通点があったが、その考え方や姿勢はことごとく異なっており、よく人事に関して熱い議論を戦わせていた。私の印象に残っているのは、配置・配属・任用あるいはリストラを決定する基準についての飲み会におけるこんな議論だ。

「本人希望や家庭の事情など様々な情報に基づき判断するのが適切な人事」とAさんが考えるのに対し、Bさんは「人事は本人の実力や適性のみを重視し、なるべくフラットに意思決定すべき」という正反対の立場だった。2人はそれぞれ信念を持っており、それがゆえに、日本酒を傾けながら、そして割り箸を振り回しながら大激論をしていた。

当時、人事に携わっていなかった私は、その激しくも平行線をたどる議論を視界に捉えながらも、人事って大変なんだなと思う程度だった。しかし、今になって思えば、彼らは居酒屋の隅で、まさに人事の姿勢・スタンスについて議論をしていたのだと思う。

株主配分議論との類似性

Aさんは、その後タイ駐在などを経て、現在はIR(Investor Relations)を担当している。株主相手に業績や戦略に関して説明責任を果たす立場である。業績が好調な昨今では、結果としての業績そのものより、将来の見通しについて多くの説明が求められているだろう。将来に向けて稼いだ利益をどのように活用するのかという議論は新聞紙上でも活発である。

利益を配当等の形で株主に配分するのか、あるいは企業に内部留保して投資にまわすのかは、その意思決定のみならず、説明することも難しい問題である。配当をするという行為が株主の期待にどのような影響を与え、株価へどのように反映されるのかを想定するのが難しいからだ。この期待への働きかけは、配当のシグナル(あるいはシグナリング)と呼ばれるのだが、このシグナルは全く違う二つの意味合いを持つため厄介なのである。

一つ目のシグナルは株価にポジティブなものである。強制的な支払いが求められない配当を払うあるいは増額するということは、企業が将来的にも配当を払う自信の表れと捉えられる。一方で、株価にネガティブな二つ目のシグナルともなりうる。配当を増やすということは企業内部にお金の使い道がない(魅力的な投資案件がない)、したがって成長余地がない(あるいは少ない)ことの表れとも捉えられるからだ。

シグナルの作用がポジティブになるのかネガティブになるのかは、配当する企業の意図とは関係なく、受け止める株主の判断による。結果として、株価を上下させる要因となるにも関わらず、コントロールが難しい。

人事のシグナリング

人事制度や人事施策も配当と似たようなもので、同様に「シグナル」があるというのが私の考えである。何かを変える。新たなことを始める。それらは全てシグナルを発する。特に人事に関しては、シグナルの受け手であり当事者である社員は皆真剣に考える。その背景や決定プロセスに興味を持ち、解釈する。解釈がどうなるのかは、受け止める社員それぞれで、全てコントロールするのは難しい。良かれと思って取り入れた施策なのに、どうも評判が悪い、ということは人事担当者であれば誰でも経験済みだと思う。

たとえば、当社では一昨年人事制度を改定した。その改定のひとつとして、一定の条件のもとにではあるが、雇用期間の定めのある従業員(いわゆる契約社員)に対して退職一時金を支払う制度を導入した。この制度は契約社員を厚遇する施策なのだが、契約社員の退社を促す施策とネガティブに捉えることもできる。個人の状況とか、感情とか、あるいは持っている情報などによって、受け止め方は社員それぞれだ。人事・経営側が意図したことと受け取る側の意識の乖離はどうしても生じてしまう。

それを埋めるのは、一次的には丁寧なコミュニケーションである。Aさんが担当しているIR活動と同じであるが、ことははるかに繊細だろう。コントロールできなくても、情報の受け手である社員との間にある情報や認識ギャップを、できるだけ埋める努力を人事は惜しんではならない。当社も人事制度改定の際は従業員向け説明会を何度も開催した。

その一方で、「完璧には無理だ」という気持ちもある。丁寧なコミュニケーションには全力を尽くす。制度変更であればその背景、趣旨、目的を明確にして社内に共有する。ただ、それだけやっても文句は出るだろう。真剣な批判とまではいかなくとも、飲み屋で「あれひどいよなー」「そうそう、最悪」くらいはアルコールが言わせるだろう。

また、ポジティブな説明だけしていても胡散臭くなるだけである。だから、説明に加えて、日々のジャッジで補完する必要がある。制度と整合した行動や意思決定によるシグナリングがあってこそメッセージは伝わるのではないかと思う。法的、倫理的、経済的、どの見地に立っても明確な答にたどり着けない中でも判断を毅然として行い、そしてその思いをシグナルとして届けられるか。それが人事に求められている。

あなたならどうする?

さて、冒頭に示した海外出張前日宿泊のケースに戻ろう。

皆さんは、どのように判断されるだろうか?

ケース・バイ・ケースなのでもう少し情報が必要と考えるかもしれない。制度という原則を貫き「NO」なのか、例外として認め「YES」なのか、金額的なインパクトは些細なものだが、人事の姿勢が問われる場面でもある。

しかも、残念ながらどちらにしても批判が出ることを覚悟しなければならない。例外を認めれば、「制度が形骸化している」と言われ、認めなければ、「頭が固い、制度は金科玉条か、現場を知れ」と言われる可能性は十分にある。

制度変更に限らず、人事の日々の意思決定にもシグナルはつきものである。人事の判断や一言は、案外重い。

私のジャッジは「NO」である。この社員の気持ちはわかる。しかし、これを認めることは、他の社員に対してフェアではない。これまで同じような状況があったのに我慢した社員がいるかもしれないからだ。だから、私がよりどころにしているのは「フェア」かどうか、なのだと思う。「宿泊してもいいよ。ただし自腹で」というのが回答になるだろう。私はこの回答で、私の判断軸である「フェア」をシグナリングする。


Bさんは、別の会社に転職し、オーストラリアで経理を担当している。言語と文化が異なる中で、彼は数値というツールでシグナルを発しているのだろう。若い頃の人事の経験がAさんやBさんのキャリアに有効だったことは間違いないと思う。我々は年を重ね、良くも悪くも自分の軸を持つ立場になった。彼らは当時の信念の上にどういう判断軸を形作っていったのだろうかと考える。私自身はどうか。自分の軸はずれていないだろうか。

瞬間、彼らの意見が聞きたくなるが、そうではないと思い返す。私のシグナルを受け取るのは彼らではなく社員なのだと。
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