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組織における「自分らしさ」を考えるヒント

「自分らしさ」と組織内役割

  • 公開日:2017/09/04
  • 更新日:2024/03/25
「自分らしさ」と組織内役割

「自分らしさ」と組織内役割はどのような関係にあるのだろうか。
理解と考察の材料となるような研究領域や概念のいくつかを取り上げて紹介する。個人、仕事、組織へと順に視点を移しながら、レビューを進めていくこととしたい。

目次
個人にとっての「自分らしさ」
仕事における「自分らしさ」
組織風土と「自分らしさ」

個人にとっての「自分らしさ」

「自分らしさ」は存在するか ~社会的アイデンティティ理論~

果たして誰もが「自分らしさ」というものをもっているのだろうか。また、それがなぜ組織内役割と対比されるのか。という問いから始めたい。本稿における結論を先取りすると、生まれながらのユニークな「自分らしさ」があることを仮定する必要は必ずしもない*1。

このような立場は、社会的アイデンティティ理論によっている。個人が個人的アイデンティティと共にもつ社会的アイデンティティは、ある社会集団に属しているという認知に基づく自己定義の一部である。集団に所属することによって自己の定義を確かにし、よい存在であると感じたいという自己高揚動機が背景にある*2。

個人の「自分らしさ」には、社会とのつながり、歴史や経済、所属する集団の「○○らしさ」などの影響を受ける側面がある。組織内役割を通じて経験される自己も、「自分らしさ」の1つといえる。

複数の「自分らしさ」 ~社会的アイデンティティの複雑性~

また、個人が関わる社会集団は複数あり、それらに影響を受ける「自分らしさ」も1つではない。多様な「自分らしさ」は相互に葛藤を生むこともあるが、そのポジティブな側面も指摘される。

ワーク・ライフ研究では、近年、多重役割のシナジーに注目が集まっている。また、社会的アイデンティティの複雑性が、創造的で統合的な思 考をもたらすといった指摘がある*3。 社会的アイデンティティの複雑性とは、自分自身のなかに異質な複数の「自分らしさ」をもっているという主観的な認知である。曖昧さへの耐性などの個人特性、異質な集団と接触する経験、異質な自分らしさを認めることのできる環境などがアイデンティティの複雑性を高める。職場で仕事外の顔を見せることに遠慮やタブーがあるような場合にはその恩恵を得ることは難しくなるだろう。また、本誌44号でご紹介した「越境」の経験などが促進要因となるかもしれない。

仕事における「自分らしさ」

「自分らしさ」を仕事に持ち込む ~ジョブ・クラフティング~

個人のもつ多重な「自分らしさ」は、組織内役割に資源や創造性をもたらす。では、「自分らしさ」を仕事に持ち込むことは奨励されるべきだろうか。

ジョブ・クラフティングは、仕事上のタスクや人間関係に「自分らしさ」を持ち込むことの効果を指摘する。同じ仕事を経験しても、その意味づけは人によって異なる。ジョブ・クラフティングは仕事上の経験が意味あるものになるメカニズムに光を当てる。「従業員自身が仕事のタスク・関係的境界を、物理的・認知的に変更すること」*4などと定義され、楽しめるようなやり方や、気の合う人と仕事をすること、独自の仕事の意味づけを行うことなどを含む。

例を挙げよう。自分の仕事を患者を癒やすチームの一員と捉える病院の清掃係は、患者の一日を明るくするために話しかけ、命令を待つのではなく医師の指示を予測して作業し、自己決定感と充足感を得る。かつてミュージシャンを目指していた歴史教師が、授業で音楽の歴史を取り上げ、音楽教師との協働授業を通じ、かなわなかった夢と現実の仕事を重ねる。「自分らしさ」を仕事に持ち込むちょっとした工夫がオーダーメードな仕事を作る。

仕事は与えられる一方のものではなく、個人が仕事上の経験を「クラフト」する(形成する)余地は意外にある。「自分らしさ」を持ち込むことで、仕事とその環境が自分にフィットしたものになり、仕事の意味や何者として働くか(ワーク・アイデンティティ)が変化する(図表1)。自分の動機・強み・熱意の対象を知ること、他者の仕事とのつながりや他者との関係性に目を向けることなどが、クラフティングの成功につながる*5。

図表1 ジョブ・クラフティング・モデル

仕事のグッド・デザイン ~職務特性モデル~

ジョブ・クラフティングの背景には2つの研究領域がある。ジョブ・デザイン研究と、仕事の意味(meaning of work)研究である。

ジョブ・デザインについて、よく知られたハックマンとオルダムによる職務特性モデルの研究は、従業員のモチベーションを引き出す職務の5つの特性(技能多様性/タスク完結性/タスク重要性/自律性/フィードバック)を明らかにしている(図表2)*6。

図表2 ワーク・モチベーションの職務特性モデル

職務特性モデルが研究された背景には、分業と階層制が、効率化に寄与する一方で、仕事を断片化することへの問題意識があったとされる*7。他者や社会とのつながりが感知できなくなると、労働は人を充足させるものではなく、人を搾取するものになる。より充実したジョブ・デザインへの変更方法として、(1)細分化されたタスクを結合し、(2)自然なまとまりと認知されるような作業ユニットを形成し、(3)組織内外の顧客との関係性を確立し、(4)裁量や権限を大きくし、(5)フィードバック経路を開放するという、職務拡大・職務充実が有効であるとされる。

ジョブ・クラフティングは、タスクや人間関係をデザインし直すことで、従業員自身が行う職務拡大・職務充実と見ることもできる。現代の仕事環境はスピードが増し、仕事がプロジェクト化していくなかで現場の判断が重要になってきている。常に生産的であれという個人へのプレッシャーも大きい。従業員自身のカスタマイズを促しながら、仕事を意味深くするジョブ・デザインを実現していくことの意義が、組織・個人双方に大きい。

「自分らしさ」の4つの経験 ~仕事の意味研究~

ジョブ・クラフティングはまた、仕事の意味研究の流れを汲む。ジョブ・デザイン/クラフティングによってどのような経験をしやすくなれば、仕事の有意味感が高まるだろうか。ロッソら(2010)は、意味深い仕事経験の4つのパターンを図表3のように整理した*8。

図表3 意味深い仕事につながる4つのパターン

横軸は活動の「志向性」を表す(自己-他者)。自己志向は「自分らしさ」への志向、他者志向は集団内役割への志向と解釈しても差し支えないだろう。縦軸は、そこでどのような自己を感じたいかという「動機」を表す。人には、他者と異なるユニークな自分を感じたい(主体性)/何かに調和する自分を感じたい(親しさ)、という相反する動機があるとされ、いずれを体験することも有意味感につながる。

この2軸の掛け合わせ4つのパターンのいずれもが意味深い仕事の経験となる。ロッソらは、他者との相互作用にもっと着目すべきであり、他者志向の活動や経験は、「自分らしさ」の経験を幅広くしたり拡張したりするため、仕事を意味深くすると指摘する。ジョブ・デザイン/クラフティングの方向づけのバリエーションとして参考にされたい。

組織風土と「自分らしさ」

「自分らしさ」を出せる風土 ~心理的安全性~

最後に、組織において「自分らしさ」を出すことが、よくないこと、怖いことのように感じられるという感情に触れたい。ハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・C・エドモンドソンは、組織の規範や権力階層が個人をいかに萎縮させるか、遠慮や恐れによって「言えなかったこと」がいかに大きな組織の失敗・損失につながるかを指摘し、“リーダーと異なる意見を率直に言える”“失敗した個人が不利にならない”“助けを求めることができる”といったチームの心理的安全性(psychological safety)の意義を示した*9。

「自分らしさ」は、率直に表明することで弱さや無能さや不誠実などのレッテルを貼られるリスクを伴うこともある。心理的安全性は、不安や懸念を含む率直な提言を促し、チームを高いパフォーマンスに導く。弱さを含む率直な「自分らしさ」が表明できるチームでは、「遂行する」のではなく「学習する」モードで業務が行われており、リーダーのコミュニケーションが果たす役割が大きい。

一方、組織を預かる立場の方からは、「易きに流れる」怖さを感じるとの声も聞かれる。確かに、心理的安全性は快適さを作り出すが、快適な環境(comfort zone)から一歩踏み出さなければ、変化に学び、自ら変化を創り出すことができない。エドモンドソン(2014)によれば、学習するチーム・組織が目指すべきは、「心理的安全性」と「責任」の風土の両立である(図表4)。職場での「自分らしさ」を考えるとき、「自分らしさ」と組織的役割の均衡点はこのようなところにあるかもしれない。

図表4「心理的安全性」と「責任」の両立

以上、今日の社会や経営の文脈において、組織における「自分らしさ」を考える材料になると思われたトピックスを、かなりの駆け足でご紹介した。読者の皆様にとって、今後の探索の一助となれば幸いである。

最後に、『メリーポピンズ』という映画をご存知だろうか。風に乗ってやってきた魔法使いのシッターは「やらなければならないどんな仕事にも、楽しめる要素があるものよ」と言い、「ひと匙のお砂糖で苦いお薬も楽に飲める」と歌う。厳格な規律に沈んでいた家が明るくなり、召使いはお皿を割らなくなり、反抗的だった子どもたちは笑顔と素直さを取り戻す。ジョブ・クラフティングは自分にとっての面白さや楽しい気持ちを仕事で経験できるようにすることであるし、心理的安全性は失敗や弱さを表せる組織をつくることであった。いずれも個人・組織双方によい効果をもたらすことが実証されている。「楽しさ」や「弱さ」といった従来「組織内役割」と両立しがたかった「自分らしさ」が、パフォーマンスを高める「魔法のひと匙」になるかもしれない。

*1 Hogg, M. A. & Abrams, D. (1988). Socialidentifi cations: A social psychology of intergroup relations and group processes.
(吉森 護、野村泰代 訳(1995)『社会的アイデンティティ理論』北大路書房)
*2 高尾義明(2013)「組織成員の一体化」組織学会編 『組織論レビューII』白桃書房、pp.193-235
*3 Ashforth, B. E., Harrison, S. H. & Corley, K. G. (2008). Identification in organizations: An examination of four fundamental questions. Journal of management, 34(3), 325-374.
*4 Wrzesniewski, A. & Dutton, J. E. (2001). Crafting a job: Revisioning employees as active crafters of their work. Academy of management review, 26(2), 179-201.
*5 Berg, J. M., Dutton, J. E. & Wrzesniewski, A. (2013). Job crafting and meaningful work. Purpose and meaning in the workplace, 81-104.
*6 Hackman, J. R. & Oldham, G. R. (1976). Motivation through the design of work: Test of a theory. Organizational behavior and human performance, 16(2), 250-279.
*7 上野山達哉(2011)「III-6職務特性」経営行動科学学会編『経営行動科学ハンドブック』中央経済社、 pp.245-250
*8 Rosso, B. D., Dekas, K. H. & Wrzesniewski, A. (2010). On the meaning of work: A theoretical integration and review. Research in organizational behavior, 30, 91-127.
*9 エイミー・C・エドモンドソン、野津智子訳(2014)『チームが機能するとはどういうことか』 英治出版

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.47 特集1「職場での「自分らしさ」を考える」より抜粋・一部修正したものである。
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執筆者

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組織行動研究所
客員研究員

藤澤 理恵

リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所主任研究員を経て、東京都立大学経済経営学部助教、博士(経営学)。
“ビジネス”と”ソーシャル”のあいだの「越境」、仕事を自らリ・デザインする「ジョブ・クラフティング」、「HRM(人的資源管理)の柔軟性」などをテーマに研究を行っている。
経営行動科学学会第18回JAAS AWARD奨励研究賞(2021年)・第25回大会優秀賞(2022年)、人材育成学会2020年度奨励賞。

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