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インタビュー

法政大学 宮城 まり子氏

30代、40代で自律的なキャリアを開発するために

  • 公開日:2012/01/25
  • 更新日:2024/03/21
30代、40代で自律的なキャリアを開発するために

弊社組織行動研究所では、高齢化やポスト不足によって昇進できないことがキャリア停滞感にどのように影響を及ぼすのか、調査・研究を進めています。今回は、30代、40代のキャリア開発について、臨床心理士、カウンセラーとして、企業のキャリアカウンセリングやキャリア研修の実践場面で豊富な経験をお持ちの法政大学キャリアデザイン学部教授の宮城まり子先生にお話を伺いました。

外的基準に拠らない「内的キャリア」の重要性
典型的な相談事例に見るキャリア開発の課題
自律的キャリア開発のための5つの条件

外的基準に拠らない「内的キャリア」の重要性

― 私どもの研究では、特に管理職志向の人は、昇進可能性の低さとキャリア停滞感との関連性が強いという結果が得られました。そのような事象は先生が現場をご覧になっていてお感じになることはありますか?

そうですね。企業内での出世の度合いで、自分のキャリアを捉えてしまう傾向はよく見られます。役職定年後のキャリアが課題になっているケースもありました。そういった会社では、ライン管理職になれるのは一部のみであるにもかかわらず、ライン管理職以外はキャリアの失敗者というアイデンティティになってしまっているようでした。

学術的には、キャリアの評価基準は「外的キャリア」「内的キャリア」の2つがあります。出世度や報酬といった社会・組織に存在する物差しで判断する「外的評価基準による外的キャリア」と、個人の価値観や興味といった内的な物差しで判断する「内的評価基準による内的キャリア」というものです。現在のように、環境変化も激しく、ポスト不足でもある状況では、給料や地位以外に何を求めてモチベーションアップするのか、自分の価値観に照らした自分らしいキャリアを考えていくことが重要です。一義的な外的基準による競争だけでは、疲弊する一方だと思います。

― ずっと昇進を目指すような働き方をしてきた場合、急に自分の価値観などに照らして「内的キャリア」を見つめ直すというのも難しいものではないですか?

「管理職になれない」「役職定年になる」というタイミングではなく、できれば20代の早期からキャリア設計について考える機会をもって、30代、40代では5年おきぐらいに自分のキャリアをチェックしていくことができたらいいと思います。どうしても目の前の仕事に追われることが多くなるので、今後どういう専門性に結びつけたらいいかなど、キャリア意識をもって強化する部分を考えながら仕事をしていかないと、強みと言われるものも中途半端になりがちです。

そのためには、会社が社員自身にキャリアについて考えさせる時間と場所を用意する必要があります。役職に就けないとしたらどういうところで自分を活かしたいか、その時が来る前に考える必要があり、キャリアカウンセリングではそれを支援しています。

典型的な相談事例に見るキャリア開発の課題

― 中には、言われたことをきちんとやってくれるような“使い勝手のいい”社員を求めている会社もあるのではないでしょうか?

そういう会社もあるかもしれません。一方で、個人にとっても“使い勝手のいい人”=何もできない人になりかねません。私はよく「万一、明日会社がつぶれてもどこでも通用する人になるくらいに、自分のキャリアのリスクマネジメントをするべき」という話をしています。個人はこれまであまりに会社にキャリアを預けすぎてきていた面もあります。

もちろん会社も考え方を変えないといけません。自己申告をしても「結局実現しないから」とあきらめてしまっているという声もよく聞きます。全員の異動は実現できないにしても、2、3割でも、自己決定させ自己責任で異動することを実現できたらいいと思います。自分の専門性を高められるような異動にするために、脈絡なくただ動かすというのではなく、手挙げ式で社内の人材の流動化を高めるのがいいでしょう。そのためには個人も自分で実力や能力をアピールすることが求められます。入社時から自律的にキャリア開発を行うようなキャリア意識をもたせる教育が必要になります。

― キャリア相談にはどのようなものがあるのですか?

たとえば、35歳までずっと営業一筋だった方、というケースなどです。33歳から38歳ぐらいまで、40歳を前にしてちょうど迷う時期なんですね。35歳まで培ってきたものとは全く別のものをゼロから始めるのは、新しいところに行くにしても自分のより若い人間がその仕事で育っているから、そこで学ぶのもプライドが邪魔して難しい。とは言え、転職市場の年齢的な制約も考えると、この先このまま営業を続けるのかとも考えてしまう。

そういう方にお話しているのは、本質的な価値観を見つめ直して、キャリアの幅の広げ方を考えたほうがいいということです。新しいことをして50代になってまた営業に戻ってもいい。そうしたら同じ営業の仕事でも違うものが見えるかもしれません。他に移るのは確かに不安でしょうが、長い目で見たらきっとプラスになる。情報収集して、自分の何がどこで活かせるのかを考えてみたらどうかという話をします。

40歳ぐらいになると、だいたい組織の中で先が見えてきます。能力の限界を感じることもあるかもしれません。そうした時に、組織内での「上昇」が今までの価値観だったとしても、キャリアをどう横に広げるか、深めるかを考えていけば、50歳になった時にそれまでの経験の点と点が合わさっていくでしょう。

あきらめて組織にぶら下がってしまう状態は避けたいものです。与えられたことを最低限やるというような人だと、そうなってしまいがちな傾向が見られます。30代、40代でキャリアの危機に陥った場合も、最後まで自分らしい価値観を重視して、他人との比較ではなく、自分のやりがい、達成感、成長感を考えていけるといいと思います。たとえば、人から感謝されることに喜びを感じるのであれば、「ありがとう」の質を高めるにはどうしたらいいかと考えるなどです。事実・出来事ではなく、それをどう捉えて意味づけるかが大事なのです。「もういいや」と思ってしまうのは、自分の人生のうちでこれだけエネルギーを割いてきたのにもったいない。自分のできることの中でキャリアの質を高めるにはどうしたらいいかを考えて、たとえばお客様に徹底したサービスをすれば、お客様からは評価されたり感謝されたりするかもしれません。

逆に、異動が多くて強みがない、専門性がないと悩んでいる人もいます。脈絡もなく異動し、自分もただ流されているだけになってしまっているケースです。それぞれの経験をどう活かしていくのかを考えられていません。やはり、与えられた仕事の範囲をこなしているだけでは、専門性にはなりませんから、絶えず自律的にキャリアを開発していく意識をもたないと、キャリアは陳腐化していきます。社会人で、本をまったく読んでいない人が多くてびっくりすることもあります。1ヵ月に1回本屋に行って興味のあるものを5冊ぐらい買って読むようにしてはどうかという話をしています。

― やはり異動に関する相談は多いのですね。

キャリア相談では、異動希望に関する話が6割ぐらいにもなります。異動で全てを解決しようとしているケースが散見されます。仕事、職場、上司が合わないといった理由で、本質的に何をやりたいか考えないで異動したいという話をします。異動したいと言うのに、それに向けて何か準備をしているのかを聞いても何もやっていません。ただ異動したら自分に向いていそう、楽しそう、やりがいがありそう、というイメージだけでそう言っているのです。たとえばマーケティングの仕事をしたいと言ってもそのための知識を習得して準備をしているわけでもないし、海外の仕事をしたいと言っても英語の勉強すらしていない状況です。地道に次のステップのキャリアの準備をしていないのです。

考えが甘いというのもありますが、社内の労働市場が見えていないというのもあります。そうした個人に対して、企業側は、社内にどんな仕事があって、それにはどのような知識・スキル・経験が必要で、といった社内の労働市場の要件を明示するのもひとつの方策でしょう。やりたいと思った仕事の情報を見れば、自分に何が必要かを考えることができます。個人が準備できるような情報提供を会社側もしていけるといいでしょう。

― 自律的なキャリア、自己責任ということは言われて久しいですが、日本では、キャリアに限らず、自分で主体的に考えて何かを選択していくこと自体、得意でない人が多いのでしょうか?

留学した時にも実感しましたけれど、アメリカはキャリアに対する自己責任が強いですね。逆に、会社がなんとかしてくれるというのは依存しすぎとも言えます。定年後にアルコール依存やうつになる人の話も聞かれます。定年前の人たちに、「あなたの会社の仕事、肩書き、名刺は借り物なんです。それを返した時に、自分こそこれだ、と言えるものは何かをちゃんと考えましょう」という話をすると、嫌な顔をする人もいます。

ある意味、個を育てることは日本の教育では軽んじられています。学生を見ていても、目立つことを恐れたり、集団からはみ出さないように気を遣ったりしています。「コミュニケーションが得意」と言っている学生も、自分に似たタイプとの間に限った話だったりします。

自分に似たタイプや、社内の人とだけ付き合うのではなく、異業種の人たちとも交流して自分の会社を客観的に見ることも大切です。他流試合してみると、自分が社外でどれぐらい通用するかをチェックしたり、自分のキャリアを幅広く客観的に外から見ることができます。そうすれば、今いる世界で偉くなることだけが道ではないなとも思えるでしょう。

自律的キャリア開発のための5つの条件

― 個人が自律的にキャリア開発をしていくためには、何が備わっていたらいいのでしょうか?

私はいつも5つの条件を挙げています。まず1つ目は「自己理解」で、自分の能力や、価値観、求めるものは何かについて、正しく理解することです。2つ目は「キャリア意識」で、単に地位的に上昇したいというだけでなく、仕事の質をさらに高め、人としての成長や人生のクオリティを高める向上心です。3つ目は「目標がしっかりあること」で、3年後、5年後のありたい自分、生き方、働き方の方向性をもつことです。若い人にはとりあえずの目標でもいいと言っています。今の部署でどういう仕事をできる人になりたいかを考えて、徹底的に身に付けるようにすれば、必ずどこかでそれが活きてくるから、今の仕事のクオリティを追求するだけでもいいと話しています。4つ目は「自己啓発」。キャリア目標達成のためにはアクションをとらなければ何も変わりません。資格でも何でもいいので、自分への先行投資として何らかアクションをとること。そして、5つ目は「ネットワーク」です。これがないとキャリアが伸びません。社内のメンターやロールモデルになるような人はもちろんのこと、社外の人脈ももつことです。社外は自分と同世代というよりは上の世代の人と付き合うのがいいでしょう。5年、10年先の人が何を考えどう生きているかを間近で見ることができますから。

この5条件で簡単なアセスメントをしているのですが、レーダーチャートにすると、若い人のアセスメント結果はゆがんだ形をしていることが多いです。キャリア意識や目標はあるけれどアクションが伴っていないとか、ネットワークの部分がないことも非常に多いですね。「自分のほしいネットワークがないんです」という人には「自分で作ればいいじゃない?」と、「社内に女性のロールモデルがいないんです」という人には「社外にたくさんいるから外に探しに行けばいいじゃない?」って言うんです。

― 企業が個人の自律的なキャリア開発を支援する仕組みや姿勢も必要になりますね。企業の取り組みとしては、キャリアについて考えさせる時間と場所を用意する、自己申告の仕組みを機能させる、社内労働市場を見える化する、といったお話を伺ってきましたが、他にはどのようなものが挙げられますか?

自己申告制度、社内公募制度などの他に、多様なキャリア・パスの提示、画一的・単線的昇進処遇システムの見直し、キャリアデザイン研修の充実、特に初期キャリアにおける上司・メンターによる下位者のキャリア開発支援など、個人が自ら育つ組織インフラの整備が必要になります。

実感として、キャリア相談室での専門家による相談や情報提供機会がある会社とない会社で、社員の自律的なキャリア開発度合いは異なります。キャリア・ニーズは個別性が高いものなのでマスで扱うのは難しい部分もあるからです。上司や人事に相談しづらいようなことも、キャリアカウンセラーに相談することが可能になります。キャリアカウンセラーを社内で育てることも有効です。やはりその会社の制度・風土や具体的な仕事内容について、事情がよくわかった上で助言できるからです。進んでいる会社では、部門ごとにキャリアカウンセラーを配置している事例もあるぐらいです。

個人の意識や認識の甘さなどについて触れてきましたが、個人だけでなく会社も意識を変えることが必要です。個人の成長・充実感と、会社の人材育成・組織目標の達成の両者のニーズを統合して、個人が育つことが会社も育つことにつながるような、各々が車の両輪のように機能することが重要です。人事の方にも、もっとキャリア開発について知っていただけたらいいと思っています。

(インタビュー・文:主任研究員 今城志保/主任研究員 藤村直子)

研究者PROFILE

宮城まり子(みやぎ まりこ)氏
法政大学 キャリアデザイン学部教授・臨床心理士

宮城まり子(みやぎ まりこ)氏

●略歴
慶應義塾大学文学部心理学科卒業。早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程終了。臨床心理士として東邦医科大学病院、聖母病院、川崎市教育研究所などで臨床活動に従事した後、産能大学経営情報学部助教授を経て、2008年4月から現職。専門は臨床心理学、生涯発達心理学、キャリア開発・キャリアカウンセリング。

●主な著書(単著)
『キャリアカウンセリング』 駿河台出版社 2002年
『キャリアサポート』 駿河台出版 2006年
『心理学を学ぶ人のためのキャリアデザイン』 東京図書 2007年
『成功をつかむための自己分析―自分らしさを最大限に生かす』河出書房新社 2007年
『産業心理学―変容する労働環境への適応と課題』 培風館 2009年

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