学会レポート

米国産業・組織心理学の最新動向

SIOP(米国産業・組織心理学会)2018 参加報告

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SIOP(米国産業・組織心理学会)2018 参加報告

例年参加しているSIOP(Society for Industrial and Organizational Psychology)の第33回目の年次大会が、前日ワークショップは4月18日、大会は4月19日から21日の3日間、シカゴで開催されました。

執筆者情報

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保(いましろ しほ)
プロフィールを⾒る

SIOP第33回年次大会概要

参加者は5525名に上り、過去5年で最高の参加人数だったようです。そのせいか、大会を表すワン・ワードとして「混み合っている」が最も多く選ばれていました。人気のあるセッションでは、部屋の外まで人があふれていて、私も聞くのを断念したものが2つほどありました。

参加者も発表数も順調に増えている学会ですが、アメリカでは人事の専門家の採用意欲は高く、多くの修士や博士が企業人事の専門家として活躍していることも、学会の人気を後押ししているものと思われます。参加者の半数以上が実務家であることも、この学会の特徴です。

大会後に参加者を対象にアンケートが行われるのですが、今年の年次大会で得られたアイディアで活用したいと思うもののトップ3は、「機械学習」「デザイン思考」「パフォーマンスマネジメント」でした。昨年に引き続きデータ活用やAIに関連したセッションがいくつか開かれていました。ただし、リーダーシップ開発や個人のアセスメントなどの以前から中心的に扱われているテーマについても、多くのセッションが行われていました。

研究動向として紹介された8つのトピックス

今年のレポートでは私が参加したワークショップから、最近の研究動向をまとめて、主に実務家への共有を目的とするセッションの内容をご紹介します。通常ワークショップは、研究の動向を実務に還元する目的で開催され、ご紹介するセッションはその典型的なものといえるでしょう。

ワークショップは午前3時間半、午後3時間半の長丁場ですが、その間に8つのトピックスに関する研究動向の紹介がありました。ワークショップは、ミシガン州立大学のアン・ライアン教授(Ann Marie Ryan)と、彼女の下で博士号を取得しジョンソン・エンド・ジョンソンで人事を務めるシャーロッテ・パワーズ氏(Charlotte L. Powers)が企画し、講師を務めました。取り上げられたのは、「パフォーマンスマネジメント」「ハイ・ポテンシャル人材の開発」「適応力」「ギグ・エコノミー」「レジリエンス」「多様性とインクルージョン」「反社会的行動」「ゲーミフィケーション」の8つです。

そのなかから、特に研究の進展が大きい「パフォーマンスマネジメント」「ハイ・ポテンシャル人材の開発」「多様性とインクルージョン」について、ご紹介します。

パフォーマンスマネジメント

パフォーマンスマネジメントは、従業員のパフォーマンスや能力開発を、以下の3つの要素を通じて促進することを目的とします。(1)個人のゴールと組織目標のアラインメント、(2)本人へのフィードバック、(3)パフォーマンスに応じた評価と報酬。しかし現実は、従業員はパフォーマンス評価には納得しておらず、上司は低い評価をつけることに抵抗があります。そして研究結果から示唆されるほどには、上司部下間のコミュニケーションは行われておらず、目標のアラインメントもできていません。そこで、パフォーマンスマネジメントのなかでも、特に(3)の要素に着目して、数年前からノーレイティング(no-rating)などのパフォーマンスマネジメント改革の動きが見られました(「SIOP2015参加報告」)。しかし2016年の調査結果では、ノーレイティングの導入によって会話の頻度や質、エンゲージメントが低下したことが報告されています(「The Real Impact on Employees of Removing Performance Ratings」)。

近年の研究は、要素(2)のフィードバックに移っています。フィードバックに関しては、多面評価のフィードバックが個人や組織のパフォーマンス向上にプラスの効果があることや、それが従業員の能力の向上や、組織での知識共有によってであることが過去の数多くの研究をまとめたメタ分析によって示されています。フィードバックの受け止め方には、年齢による違いがあることも報告されています。若い人はフィードバックの内容に着目しそれを自らの能力開発につなげようとしますが、高齢者はフィードバックの全体的なポジティブさと、フィードバック提供者との関係性に着目する傾向があるのです。また人はネガティブなフィードバックの提供者からは距離を置こうとする傾向があることなども報告されています。

これらの研究トレンドから見えてくるのは、フィードバックの効果的な活用は、それほどたやすくないということです。高齢者にも仕事の内容の見直しを求める必要はありますし、部下が自分を煙たがることを承知で上司が行うネガティブなフィードバックは、部下にとって貴重なものです。組織の文化や価値観、フィードバック提供者の特徴、仕事そのものの特徴、フィードバック受け取り手の特徴などを考慮しつつ、上手に活用することが必要だといえるでしょう。そして、フィードバックがどのようなプロセスでどのような影響を提供者や受容者に与えるのかに関する研究は蓄積されつつあります。

ハイ・ポテンシャル人材の開発

ハイ・ポテンシャル人材やタレントマネジメントといったワードで扱われている、潜在能力を持った人材をどう見つけて育てるのかに関する研究のまとめになります。日本に比べると、顕在能力による採用や配置を行ってきた米国では、比較的新しいアイディアとして、近年注目を集めるようになっています。特に新卒採用の際には、日本でも“ポテンシャル”という言葉はよく使われるのですが、米国の研究で使われる場合は、主としてリーダーシップのポテンシャルである点に注意が必要です。

ポテンシャル(potential)とは、“ある人がキャリアにおいて到達できる可能性のある最高到達点”と定義されます(Finkelstein, Costanza, Goodwin, 2018)。新たな仕事が次々と生まれてきたり、優秀な人材の供給が限られたりする状況下で、採用した人のなかからいわゆるスターを発掘し、育てようというのが、背景にある考えです。この際に考慮すべきは、どのようにポテンシャルを評価するのかということ、どう育成するのかということ、そして環境への配慮、特にハイ・ポテンシャル人材に対する処遇がそうでない組織メンバーに及ぼす影響、の3点になります。

ポテンシャルの評価については、いわゆるパーソナリティや一般知的能力のほかに、学習する能力としての態度、リーダーシップに関しては、リーダーシップ効力感、ダークサイドを含めた自己理解、などが挙げられています。育成については、チャレンジングな経験をさせることは効果的ですがやりすぎないこと、現状に変化を与える介入が効果的であること、経験後のレビューを行うこと、自己理解を促進すること、などが勧められています。ちなみに、現在のところ採用ではなく、育成の方がよいという意見の方が多いようです。最後に環境への配慮ですが、ハイ・ポテンシャル人材ではない組織メンバーは、ハイ・ポテンシャル人材への特別な対応を不公平と感じたり、動機付けの低下などの望ましくない影響があることが示されています。また、非協力的な組織風土の下では高業績者は組織への貢献を評価され、他の組織メンバーからの支援を得られるのに対して、協力的な組織風土の下では、高業績者は注目を集める仕事をアサインされたり、多くの資源を与えられることから、他の組織メンバーから反発されることを示した先行研究も紹介されていました(Campbell, Liao, Chuang, Zhou, Dong, 2017)。

日本企業でも、タレントマネジメントに積極的に取り組む企業が増えていますが、有効なヒントが含まれているように思います。

多様性とインクルージョン

多様性が職場に及ぼす影響に関する研究はこれまでも多く行われており、創造性を向上させるというプラスの効果と、コンフリクトや不信を生むとのマイナスの効果が報告されています。一方で現実は多様にならざるを得ない状況があり、特に後者の望ましくない影響を抑えるものとして、インクルージョンが注目されるようになっています。インクルージョンとは、「異なるアイデンティティやスタイルの人が十分に自分らしくありつつ、組織全体に貢献している状態」として定義されています(Ferdman, 2017)。心理的安全性の定義とよく似ていますが(「心理的安全性の要因と効用 」)、インクルージョンの研究では、心理的安全性はインクルージョンの結果の1つとされています。

インクルージョンに向けた戦略としては、インクルージョンをより推進する方法と、逆のエクスクルージョン(除外)を阻止する戦略があります。前者では、心理的安全性が高まったり、自分が評価されているとの思いや職場への関与が高まり、結果的に自分たちの職場がインクルージョンであるとの認知が高まります。後者では、そもそも一定の社会的集団からしか採用しないことや、ハラスメントや差別が生じた際の対処方法などが行われ、その結果差別のないインクルーシブな風土が形成されます。用いる介入戦略によって、異なる結果が得られることが示唆されています。

実証的研究では、どのような点でインクルージョンが阻害されているのかを調べたものがあります。ある研究では、部下が白人かそれ以外の人種であるかによって、上司が発言を認識する程度が異なることが示されていました。せっかくの発言も、人種の違いによって認識されないことがあるのです。また、上司自身がマイノリティ(i.e., 女性の場合や白人以外の場合)である場合に限って、彼らが多様性に価値を置く行動を取ると、パフォーマンスが低く評価されることが示されました。インクルージョンは職場メンバー、上司、組織など、さまざまなレベルや視点で阻害される可能性があるということでしょう。

それでは研修の効果はどうでしょう。これまでに多くの多様性に関するトレーニングが行われてきましたが、その効果に関して、メタ分析でも検証されています。過去40年間に行われた260の研究結果をまとめると、概してトレーニングには効果があることが示されています。ただしその効果は、多様性に関する知識以外の態度や行動については、時間の経過と共に低減しました。またトレーニング時間が長いほど、そしてトレーニング以外の介入と併せて行われるときほど、効果は強いことも示されました。

多様性に良い効果や悪い影響があるかではなく、多様性は避けられないものとしてどう「痛みを最小化し、利益を最大化するか」に向けた研究は、今後もさらに必要性が増すものと思われます。

上記以外のトピックスについても、働き方や職場の変化をにらんだものが取り上げられていました。例えば「ギグ・エコノミー」とは、Uber(ウーバー)、Airbnb(エアビーアンドビー)などの経済活動や、それらの単発の仕事を請け負う人たちのことを指す言葉です。新たな働き方として研究の対象になり始めています。また「ゲーミフィケーション」は、実務で先行して取り入れられているゲームを用いたアセスメントですが、これまでの研究知見は可もなく不可もなくといったもので、開発にコストがかかることから、何が測定されているのかを十分検討した上で、利用するか否かを決めるべきだとの話がありました。

実務先行の傾向はあるにしても、研究者層の厚い米国の産業・組織心理学では、次々と新しい分野や新しい視点への挑戦が見られます。これらの知見を日本企業で適切に応用するためには、日本における研究も進める必要があると思われます。

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