学会レポート

国際的な心理学のトレンド

American Psychological Association (米国心理学会)2023参加報告

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更新日
American Psychological Association(米国心理学会)2023参加報告

2023年8月3~5日、ワシントンで開催されたAmerican Psychological Association(APA:米国心理学会)の2023年度の年次大会に参加しました

執筆者情報

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保(いましろ しほ)
プロフィールを⾒る

大会の概要

APAは、毎年参加しているSociety for Industrial and Organizational Psychology(SIOP:産業・組織心理学会)を含む56の下位分野をもつ最大の心理学会です。さまざまな下位分野のなかでも、相対的に臨床系のテーマが多いこと、そして社会課題に関連するテーマが多いことが、分野別の学会の年次大会とは異なる点です。こちらの学会に参加することで、心理学分野の大きなトレンドを把握することや、普段十分な情報収集ができていない専門とは異なる分野からも、幅広く新しい知見を得ることが期待できます。

セッション数が多く、興味をもったごく一部のセッションにしか参加できませんでしたが、そのなかから職場や企業組織を考えるうえで有効な情報を含んでいる「反対意見を言うトラブルメーカーの効用」、臨床的な心理学的課題×DXの例として「不安を解消するために脳を使う」、そして大きな社会的課題である高齢化を考える際に有用である「行動、社会、認知の側面から見る高齢化」について、簡単に内容をご紹介したいと思います。

反対意見を言うトラブルメーカーの効用

Charlan J. Nemeth氏は、2018年に「In defense of troublemakers: The power of dissent in life and business」というタイトルの本を出版しました。この本では、私たちの意思決定は、周囲の人に同調する方向に偏っていること、ここで「トラブルメーカー」と呼ぶ反対意見を表明する人がいることで、その意見が正しいかや、その意見を取り入れるかにかかわらず、集団の意思決定に良い効果があると述べています。彼女は数多くの研究を通じてその主張に根拠があることも示しています。例えばある実験では「PITbna」という無意味な文字列を提示して、ここから考えられる3文字の言葉を答えるように参加者に指示します。多くの参加者が「PIT」と答えるのですが、ほかの参加者の回答のなかに、「TIP」のように逆に文字を使ったものや「BIT」のように順番をバラバラに使うものがあることを伝えると、異なる考え方ができるようになり、思いつく言葉の数は格段に増えます。

研究だけでなく、実生活やビジネスの例も挙げています。ビジネスの話では、周囲には反対意見を言う人や苦言を呈する人がいたにもかかわらず、買収に踏み切って失敗した例を挙げていました。この企業で買収の意思決定をした人たちは、決して拙速に意思決定をしたわけではなく十分に時間をかけたのですが、結局ボードメンバーの間で合意を形成するために時間をかけただけであって、反対意見に耳を貸さずに視野が狭くなっていたことが失敗の原因であったのだろうと論じていました。

合意形成を重視する傾向は日本企業の方が強いかもしれませんが、米国企業でも同様のことが生じているということです。また、ボードメンバーのダイバーシティも日本に比べて低いものではなかったと思われます。彼女が主張しているのは、合意形成に向かおうとする傾向は一般的なものであり、それのみにならないように意識する必要があるということだと思います。そしてそのために、反対する人であるトラブルメーカーの存在が重要だということです。講演の締めくくりには、「みなさんトラブルメーカーになってください。嫌われるかもしれませんが尊敬されるでしょう」と呼び掛けていたのが印象的でした。

不安を解消するために脳を使う

精神科医で臨床心理学者でもあるJudson Brewer氏は、行動変容、特に喫煙や食習慣など問題になる習慣を変化させようとする際に、それが阻害されるメカニズムを明らかにしつつ、対処する方法の研究開発を行ってきました。そして対処法の1つとして、個人が利用できるアプリを企業と協力して開発しています。

現代において、不安のレベルは個人でも、国や地域、組織といった集団でも、高まっています。政治や経済の不確実性は増していますし、扱うのが難しいほどの多くの情報や、誤りを含む情報も溢れており、私たちはそれについていくのに必死です。私たちの脳は、不安に対処するために古い生存メカニズムに頼りますが、これがストレスによる過食といった不健康な習慣につながりやすく、皮肉にもその習慣から離れようとすると不安が喚起されることがあるとBrewer氏は論じます。もちろん不安を軽減するための薬はあるのですが、薬の効果があるのは5人に1人ほどでしかないようです。

彼の患者の1人は強い不安障害と戦ってきましたが、あるとき高速道路を運転中にパニックを経験します。今後もし同じことが起こったらと思うと不安になり、その人は車を運転することをやめてしまいます。そこで、この患者のようなケースに対処するために考えたのが、彼の専門分野である脳の特徴を知って、それを利用することでした。といっても賢く問題に対処するということではありません。自分のからだを傷つけるような行動について、合理的な理解を求めたり、複雑な行動計画を作ったりすることは、多くの場合機能しません。判断や計画といった高次な処理を行う脳の部位は、パニック時などの強いストレスがかかった場合に、機能しなくなることが分かっているからです。

一方で、ストレス場面で強い古い生存メカニズムをつかさどる脳は、強化学習によって動いています。客観的には、あるいは長期的には望ましくない行動(i.e., 過食)は、そのときの不安を解消したり、快の(好ましい)経験になったりするなど、本人にとって報酬となっているからこそ繰り返し行われ、そのたびに強化されるのです。そこで、患者との対話を通して、その人の問題行動の報酬になっているものは何かについて本人自らに気づかせるようにすることで、治療に効果が出ることを確認します。車の運転ができなくなっていた先ほどの患者は、今はドライバーとして働いているとのことでした。

さらにこの考え方を、より一般的な不安の解消に拡張します。何が自分の不安を喚起するかを知ること、それがどのような思考や行動に結びつくかを理解すること、その結果得られる報酬は何かを知ることで、不安をうまくコントロールできるようになるというアイディアです。彼はこのアイディアの効果をフィールド実験において確認し、それをアプリ開発へとつなげました。フィールド実験は医者を対象としたものであるため、一般の人々にアプリの介入が十分な効果を上げるかは今後の検討が必要ですが、しっかりとした科学的根拠に基づくアプリの活用に期待したいと思います。

行動、社会、認知の側面から見る高齢化

日本がいち早く直面するといわれている高齢化の問題ですが、海外での研究は着実に進んでいます。こちらはシンポジウムでしたので、高齢者を対象にした研究を行う3名の研究者から、研究の最先端について紹介がありました。

1人目のChristopher Fagundes氏は、高齢化における個人差について着目しながら、今後の研究のトレンドについて論じています。これまでの研究から、高齢化の個人差の説明要因として、遺伝と環境の影響がほぼ半分ずつであることが示されてきました。また遺伝の影響といっても、かなりさまざまな遺伝子が関連していること、環境との相互作用によって影響の程度が変化することなども分かってきました。そこで今後の研究が向かう方向として、個人の要因と環境の要因の相互作用に加えて、複数の環境要因内の統合的な影響を見ることの重要性を述べていました。例えば、現在の食生活(個人の要因)と、育った家庭環境の社会経済的地位(環境の要因)のかけ合わせで、高齢化が早まるかどうかを検討するといったことです。

2人目のKaren Fingerman氏は、社会的な関係性のもち方が、高齢化や健康に与える影響について見ています。人の寿命や健康にとって、他者との関係性が重要であることは、多くの研究が示唆するところです。ところが、なぜ人との関係性が健康や寿命に良い影響があるのかについて、十分な回答が得られているわけではありません。例えば、人生の終わりに向かう際に、より深い関係性を人は求めるようになるとの考え方があります。あるいは、幅広い多様なネットワークをもつことで、活動や知的刺激が増えるのだという考え方もあります。そこで、親密な関係性を表す「強い紐帯」と、幅広いつながりを表す「弱い紐帯」の影響を同時に検討しました。その結果、3時間の間に発せられる言葉の数は、いずれの紐帯ももたない人が最も少なく、両方の紐帯をもつ人が最も多い結果となりました。また、強い紐帯だけの人よりも、弱い紐帯だけの人の方が多いことも分かりました。少なくとも、幅広い対人関係をもつことは、活動や知的刺激を増大する効果があるといえそうです。一方で、だれとテレビを見るかという研究では、1人だとテレビを見ていても孤独感はおさまらないのですが、パートナーと一緒にテレビを見ているときは孤独を感じることがないといった研究も紹介されていました。こちらは強い紐帯の効果を示唆するといえるでしょう。

3人目のAgnès Lacreuse氏は、上記とはかなり異なるアプローチで、人ではなく霊長類を対象とした高齢化の研究について紹介がありました。霊長類も人とよく似た高齢化のプロセスをたどること、霊長類の研究では認知能力の衰え方には明確な性差があること、などが紹介されていました。人の高齢化の研究で、体力や健康面での性差に比べると、認知能力についての性差はあまり検討されていないように思います。医療の世界でも、近年さまざまな研究知見において、そのベースとなるデータに女性が少ないことが問題視されるようになっています。やはり高齢化の研究においても、性差を考慮することが今後もっと必要になるだろうと思いました。

大会全体を概観すると、本稿で取り上げた3つのテーマは、いずれも社会的課題に研究知見を活用するといった視点を強くもつものですが、ほかの研究発表や議論においても同様の傾向が見られました。また、研究のアプローチとしては、データ収集にテクノロジーを活用したものや、分析にAIを活用するもの、脳科学や遺伝など生物学的なベースに基づくものなどがトレンドとなっていることを肌で感じられる大会参加となりました。

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