学会レポート

米国産業・組織心理学の最新動向

SIOP(米国産業・組織心理学会)2015 参加報告

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SIOP(米国産業・組織心理学会)2015 参加報告

2015年のSIOP(Society for Industrial and Organizational Psychology)の年次大会で、参加したセッションのなかから興味深かった研究についてご紹介します。まず実務家を対象に産業・組織心理学に関する知見を伝えることを目的としたワークショップより、新しいパフォーマンスマネジメントのあり方に関する提案と、翌日からの大会のセッションの中から、ネガティブイベントからの復活プロセスについて研究したものと、新しい研究手法として「computational modeling」を用いることでどのように知見に広がりが出るかを紹介したものを取り上げて、内容をご紹介します。

執筆者情報

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保(いましろ しほ)
プロフィールを⾒る

はじめに

30回目となる今年のSIOPの年次大会は、4月22日から25日の4日間、フィラデルフィアで開催されました。今回の大会には、4,300名を超える参加者が集い、例年通り数多くの研究発表が行われました。発表内容は、例えば女性のリーダーシップ、問題行動・いじめ・無礼な振る舞い・高齢化する人材などの問題、人材マネジメント戦略、職場のチーム、異文化の影響、離職に関するもの、合併や統合、サーベイ、選抜試験、採用、ソーシャルメディア、ワークライフバランス、などの多岐にわたるものでした。

SIOPは学術的な研究を発表するための場ですが、特にこの分野が応用科学であること、多くの研究者が人事や人事コンサルテーションなどの実務に従事していることから、実務家に向けたワークショップが年次大会の前日に行われます。今回は全部で11のワークショップが行われました。なかにはモバイルのアセスメントやビッグデータの活用などに関するものもありましたが、ここでは私が参加した新しい人材管理のあり方を提案する「Embedding High-Performance Culture Through New Approaches to Performance Management」について内容をご紹介します。

パフォーマンスマネジメント

人事評価制度に代表される人事管理(Performance Management;PM)は、さまざまな人事機能の根幹にあるもので、その重要性は言うまでもありません。しかし、現在多くの企業において、PMは機能しておらず、従業員、上司、人事ともにそれを問題に感じているようです。そこでPulakos氏らを中心とした研究者や実務家は、PMを改善するための新たな視点を提案しています。このシンポジウムではPulakos氏によるPM改革提案について説明が行われた後、氏の提案した方法でPMの改革を実行した2社の人事による事例が紹介されました。

Pulakos氏が紹介した調査(CEB 2012 High Performance Survey)では、「自社のPMは官僚的すぎると思うか」という質問に対して、否定した人が20%しかいなかったこと、人事部門の責任者は、「自社のPMは従業員の業績を正確に反映していると思うか」という質問に対して、77%が賛同しなかったことなどが紹介されました。加えて、10,000名の従業員(2,500名の管理職)の企業の場合、35億円もの管理費がかかっているとの試算もなされています。つまり、PMは役に立たない上にコストがかかっており、従業員には嫌がられている、ということになります。

Pulakos氏の提案は、「手間がかかるが正確性に欠ける人事評価を行わない」ということだと誤解されがちですが、氏によれば「人事評価を行わないのは大丈夫か」は正しい質問ではなく、PM改革の1つとして、現在の人事評価の在り方を考え直す必要があればそうするということなのです。

そもそもPMの目的とは、正しい評価を行うことや、それを昇進・昇格や昇給に反映させることではなく、従業員の業績を向上させることにあり、そのためにどのような管理制度が必要かを考えることです。そこで、PM改革を行うか、どのように進めるかを検討する際に、問うべき質問の例として以下の9つが挙げられていました。

(1)どのようなビジネス課題を解決しようとしているのか
 例 戦略の実行、余分なプロセスやコストの削減、従業員のエンゲージメントの向上
(2)何に対して報酬を与えたいのか
 例 個人の成果かチームの成果か、プロセスか結果か
(3)どの程度特別な人材を必要としているか
(4)どの程度極端に人事評価によって報酬が差別化されているか
(5)どの程度人事評価が人事の意思決定に用いられているか
(6)人事評価を行うステップやプロセスが形式化されないことを許容できる風土か
(7)管理職の能力はどの程度か
(8)職務遂行行動は業績を上げるために効果的か
(9)上記の質問への答えは、組織内のすべてのユニットや仕事に適用できるか

事例では、イーライリリー・アンド・カンパニーとカーギルの2社から、それぞれのPM改革の内容が紹介されました。前者では目標を組織目標3つと個人目標3つに減らしました。昇給や昇格などに関連する評価は年に1回のみ、基準は期待されるレベルのパフォーマンスを示したかどうかです。そのかわり、日々のパフォーマンスを振り返ったり、何が足りないのかを上司と話し合ったりする機会を頻繁にもつようにしました。後者では、カーギルのリーダーシップ行動から行動目標を最大で3つ、他に数値で評価できる業績目標、数値で評価できない場合は成果や行動レベルを記述した目標を設定しました。運用は前者とほぼ同様で、上司とのインフォーマルな面談を頻繁に行い、人事の意思決定用の評価は年に1回、しかも評定ではなくディスカッションによって決定するものです。2社とも、変革を実行する前に調査や現状分析を十分に行った後、一部の部署から変革を試行し、必ず結果の振り返りを行っています。両者ともこれで完成したとは思っておらず、今後の課題も認識した上で、それぞれの目標に向けた改善を続けているとのことでした。

上記で紹介した2社以外にも、最近ではAdobeやMicrosoft、GEなどもPMの改革を行っているようです。米国と日本企業では事情が異なることもあるので、一概に日本でもPM改革が有効であるとはいえません。ただ、どちらかといえば、米国ほど成果主義が根付かず、報酬の差も大きくない日本の方がPMの改革に手を付けやすいかもしれません。自社のPMが従業員にどう受け取られているのかを確認し、必要に応じて見直すことも、日本企業にとって必要なことかもしれません。

レジリエンスと自己制御

Symposium; Investigating the Dynamic Role of Self-Regulation in the Resiliency Process

先月の「職場に活かす心理学第13回『いざというとき踏ん張るための「レジリエンス」』」でレジリエンスについて簡単に紹介をしましたが、レジリエンスが生じるプロセスに着目して、検証を行った研究を4つ紹介するシンポジウムに参加しました。ここで紹介された実証研究は、いずれもKing氏とRothstein氏(2010)が提案した、職場におけるレジリエンスのモデル(図表01)を検証したものです。

図表01 職場におけるレジリエンスのモデル

図表01 職場におけるレジリエンスのモデル

出所:King, G. A., & Rothstein, M. G. (2010). 13. Resilience and leadership: the self-management of failure. Self-management and leadership development. を基に筆者が作成

このモデルでは、ある出来事があってから、心理的な回復を遂げるプロセスには、情緒と認知と行動の自己制御が影響するとされています。さらに、これら3つの側面において、もともと関連するパーソナリティの個人差があるものの、その効果に加えて自己制御がうまく機能する程度に応じて、結果が異なることを予測します。さらに3つの自己制御では、本人の特徴だけでなく、自己制御が生じやすい環境かどうかといった要因も考慮されます。

シンポジウムで最初に紹介されたのは、海外派遣中にネガティブな経験をした陸軍の隊員を対象に行った研究です(Matthews氏ら)。上記のモデルに従って3つの側面での回復力に関連する個人差と、ネガティブなイベント後の自己制御の程度をたずねる項目、そして隊員としての有能さや派遣先の国に対するポジティブ、あるいはネガティブな態度についてたずねました。結果は予想通り、個人差を統制した後でも、情緒の自己制御は隊員としての有能さに、行動の自己制御は派遣先の国に対する態度に、よい効果があることが分かりました。

Medianu氏、Kissinger氏、Rothstein氏の研究では、移民の求職活動を調査し、やはり個人差を越えて認知の自己制御が求職活動の効力感に正の影響を与えたことが報告されました。MacLarson氏らの研究では、失業後の求職活動について同様の結果を報告しています。Tarraf 氏らの研究では、上記の隊員への調査のなかで、ネガティブな経験の内容の記述を用いて経験をコーディングしたところ、経験の内容によって喚起される感情が異なり、自己制御の3要素のうち何が効果的であるかも異なることが分かりました。例えば身体に危険が及ぶような経験の場合、恐怖や不安といった感情が喚起されますが、この場合は情緒的な自己制御が有効でした。また裏切りや不信といった対人関係に関するものは、怒りの感情が喚起され、認知的な自己制御が有効であるといったことが示唆されました。

個人差だけで捉えるのではなく、自己制御が関与していることや、制御をしやすくなる環境があるというKing氏とRothstein氏(2010)のモデルは、レジリエンスを高めるための効果的な介入方法を考える際のヒントを与えてくれるものです。モデルの検証は今後も積み重ねていく必要がありますが、異なる対象や場面での自己制御の影響を示した研究は、今後の発展に期待をもたせてくれるものでした。

産業組織心理学における新たな研究アプローチとその可能性

Symposium; Modeling and Simulation in I/O Psychology: A World of Opportunity

最近になって組織心理学や組織行動の研究において、コンピュータによるシミュレーションが用いられるようになってきました。これはこれまでの調査や実験といった方法の限界を超える可能性があり、今後もっと注目されるのではないかと感じています。例えば、今回シンポジウムで紹介のあったチームプロセスのように、時間の経過とともに出現する現象があったり、メンバー間やメンバーと環境の間でダイナミックな相互作用があったりする場合に、変化の様子を直接観察することが可能なシミュレーションは、新しい知見を与えてくれる可能性があるのです。

シンポジウムでは、シミュレーションを用いた研究が4つ紹介され、うち3つはチームに関するもので、1つは自己効力感がパフォーマンスに及ぼす影響を検討したものでした。チームに関しては、例えばZhou氏とWang氏は、チームのリーダーシップ行動(どのようなチームの管理を行うか)とメンバーの特徴がどのようにチームの開発とチームのパフォーマンスに影響を及ぼすかを、モデリングしました。図表02はモデルを簡易化して示したものです。点線の左側がチームリーダーを主体とするシステムで、右側がチームメンバーを主体とするシステムで、それぞれがチーム開発システムとチーム遂行システムの両方に影響します。このシステムは、例えばリーダーの感度の高さやメンバーの学習能力、チームで行う仕事の複雑さなどの影響を受けます。モデルの妥当性は、先行研究の結果と整合的であるかで検証されるのですが、モデルでは、変数に変化があった際にどのようなことが生じるのかをシミュレーションを通じて実験的に検証することが可能です。例えば、リーダーの感度の高さは、一般にチーム遂行システムを高めますが、その効果はチームの課題の相互依存性が高いと強まることが、モデルのシミュレーションの結果から示唆されました。

図表02 チームリーダーシップのモデル

図表02 チームリーダーシップのモデル

出所:L. Zhou & M. Wang (2015) Formal Model of Team Leader Regulatory Processes (presented in the symposium) を基に筆者が作成

またPurl氏とVancouver氏は、自己効力感とパフォーマンスの関連についてのモデルを構築し、シミュレーションを行いました。これまでの研究では扱うことの難しかった、できそうだと思う効力感と、実際の能力やタスクの進捗を区別してモデル化を行いました。その結果、自分の能力やタスクの進捗について明確なフィードバックがある場合よりも、そのようなフィードバックがない場合の方が、効力感がパフォーマンスに影響を及ぼすことが示されました。しかもその影響はネガティブなもので、効力感の高い人ほど与えられた課題の進捗は十分であると判断して、課題を遂行する努力を控える傾向があることが示されました。

いずれの研究もこれまでに比べると、より現実の状況に近づいていることが分かります。私たちの身の回りで生じる出来事は、かなり複雑に多くの変数が関連し合っています。これまでの研究はそれをなるべく細かく分けて、扱える程度の変数間の関連を確実に検討することを行ってきました。しかし、分析して分かったことを実際はもっと複雑な現実の場面に統合することは難しく、それが社会科学の知見の応用を阻害してきた面が大きいと思われます。このアプローチによって研究の発展はもちろん、より現実の問題に即した研究知見を得ることが期待されます。

パフォーマンスマネジメントは学術的というより、現実の問題意識からスタートしたものですが、今後実務を進めるにあたっては、より抽象化した知見が必要になるため、今後の重要な研究テーマになると考えられます。レジリエンスは、学術的な課題観からスタートした研究ですが、実証にあたっては現実にレジリエンスを発揮する必要のあった人を対象に、広く研究が行われています。最後のシミュレーションを用いた研究は、なるべく現実に近い状況を再現することで、新たな研究への気付きやヒントを得るものです。形は少しずつ違いますが、いずれも研究が進むことで、実務への良い還元が大きく期待できるものだといえそうです。

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