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学会レポート
国際的な経営学のトレンド
2023年度のAcademy of Management(AOM:米国経営学会)年次大会がマサチューセッツ州ボストンで開催されました。今年度は4年ぶりに現地のみでの開催となりました。
技術開発統括部 研究本部 組織行動研究所 主幹研究員
2023年度のAcademy of Management(AOM:米国経営学会)年次大会がマサチューセッツ州ボストンで開催されました。ボストンはアメリカで最も歴史の古い街の1つであり、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学が軒を連ねる世界有数の大学都市としても有名です。
過去3年間、COVID19の影響を受けてオンライン、ハイブリッドでの開催が続いていましたが、今年度は4年ぶりに現地のみでの開催となりました。
歴史ある建物と高層ビルが雑多に交じるボストンの街並み。
マサチューセッツ工科大学。中庭でドローンを飛ばす学生の姿も。
AOMは世界最大の経営学会で、例年の参加者は1万人以上にのぼります。また、米国からのみならず世界中から経営学者が集まることも特色です。今年度も、80カ国から約1万人の参加がありました。
427のワークショップ、511のシンポジウム、930のペーパーセッション(論文発表)を含む2300以上のセッションが開かれました。
今年度の大会テーマは「働く人を前面に、そして中心に(Putting The Worker Front and Center)」でした。シンポジウムや論文セッションは多岐にわたりますが、大会テーマに沿った企画セッションも多く、「従業員の声・提案を引き出す(employee voice)」「多様性の影響を理解する(age diversity, gender diversityなど)」「従業員の幸せに寄与する(wellbeing, flourishing)」「燃え尽きを防ぐ(burn out)」「部下が家庭責任を果たすことをサポートする上司(family-supportive supervisor behavior)」などの問題提起が見られました。
年次大会ロゴマーク 出所:Academy of Management ホームページより
2022年のテーマは、多様なステークホルダーの共創を訴えた「より良い世界を共創する(Creating A Better World Together)」、2021年は、経営とライン管理職の対話を呼びかけた「マネジャーをマネジメントの世界に取り戻す(Bringing the Manager Back in Management)」がテーマでした。
並べてみるといずれにも、トップダウンへのアンチテーゼが込められているように感じられます。社会の大きな変化に、自身や家族の生活や幸せのために働く人々が取り残されることは望ましくありません。価値を生み出し業績を上げ続けるためにも、社会を見渡し、職場で起こっていることを理解し、多様な個人の力を引き出す仕事や職場をつくり、個人のより良いキャリア形成を支援していくことに企業が向き合っていく必要性が高まっているといえるでしょう。
セッション824:“Feeling the Burn: Novel Strategies for Fighting Burnout in the New World of Work”は、Susan J. Ashford氏、Amy C. Edmondson氏、Tracy Dumas氏、Laura Giurge氏、Adam Grant氏といった組織行動論の著名な研究者が一堂に会し、燃え尽き症候群をいかに軽減し予防するかを議論するシンポジウムだった。多くの参加者が詰めかけ、登壇者と会場とのやり取りを含めて熱い議論が展開された。
壮大なテーマや巨大な開催規模とは対照的に、一つひとつの学術研究の内容は細分化され緻密に積み上げられていくようなものばかりです。ここからは断片的なトピックスの紹介とはなりますが、研究員が現地で参加したセッションからそれぞれ印象に残ったものをいくつかご紹介します。
AI (Artificial Intelligence)や機械学習(Machine Learning)が、人材マネジメントに関するさまざまな意思決定や業務に取り入れられるようになってきています。AIや機械学習を取り入れる人事管理を「アルゴリズミックHRM(Human Resource Management)」、AI技術が人間の労働者の上司として機能することを「アルゴリズミックマネジメント」などと言い表し、従業員をはじめとする多様なステークホルダーの立場に立ってその功罪を整理したり、アルゴリズミックHRMやマネジメントへの不信や信頼といった個人の認知や反応を左右する要因を検討したりするシンポジウムや研究発表が散見されました。
セッション1384: “Artificial Intelligence, Machine Learning and the Future of Human Resource Management” のタイトルスライドを提示するシンポジスト。今年度、オンライン配信は行われなかったが、一部の登壇者がオンラインで参加する発表は多く見られた。
筆者が参加したシンポジウムでは、次のような観点が提案されました。
● HRMにおいてAIが活用される場面・人事業務(administration)・採用(recruitment)・選抜(selection)・人材開発(training & development)・リーダーシップ(leadership)
● HRMにおけるAI活用のステークホルダー・雇用者・意思決定者・意思決定の対象者・人事専門家
これらの観点からAI活用の利点と懸念点が議論されました。図表2は、複数の発表から聞き取った観点を筆者が簡単にまとめたものです。共通していた論点の1つは、AIを活用することによって人間同士でコミュニケーションを行う際に生じるバイアスや時間を削減できる一方で、参照データに含まれる無意識の差別や過去の傾向が再生産されるといった別のバイアスや誤差により意思決定の質が低下する懸念もあるというものでした。
また、経営者や意思決定者、専門家が、合理性に限界があるような意思決定への説明責任から逃れることができる一方、データ活用や意思決定におけるコントロールを手放すことになり、雇用や専門家としてのアイデンティティを喪失するリスクがあるという指摘も興味深いものでした。
そしてこのように功罪を併せもつAI活用が、どのような場合にステークホルダーの信頼を得られるのかという問いが投げかけられました。筆者が参加したあるシンポジウムにおいてミュンスター大学のGuido Hertel氏らの研究グループは、アルゴリズミックHRMへの信頼の度合いはステークホルダーの個人特性や状況要因によって異なるリスク性向(どの程度の不確実性が許容されるか)によって変化すると論じました。
出所:ミュンスター大学のGuido Hertel氏らの研究グループ、ワシントン州立大学のRichard Johnson氏らの研究グループの発表をもとに筆者作成
就いている仕事が必要とする以上の過剰な学歴、経験、スキルなどを個人が有している状態は「過剰資格(Over Qualification)」と呼ばれ、主に従業員の過剰資格の認知の観点から研究がなされています。
進学率が高まり、アップスキリング/リスキリングの必要と機会が増す社会においては、仕事が必要とする程度、自分の現状、それぞれに対して自覚的になる機会が増え過剰資格を認知する従業員は増えていく可能性があると考えられます。
加えて、過剰資格研究の第一人者であるポートランド州立大学のBerrin Erdogan氏はあるシンポジウムにコメンテーターとして立ち、就職活動中は過剰資格と自己認知しやすいこと、移民であるために学歴やスキルが高くても常勤の職に就きにくい場合があること、過剰資格でも女性が役員に就くことは少ないことなど、過剰資格の認知や実態が生まれる背景が多様であることへの注意も促しました。
いくつかのシンポジウムや研究発表セッションに参加し、過剰資格への研究関心は大きく3つの方向にあるように思われました。1つは、過剰資格を認知する従業員が、同僚を助けるなどの役割を超えた職場貢献をするのはどのような場合かという関心、もう1つは退職に至る条件、そして個人の健康やキャリアへの影響です。
過剰資格を認知する従業員に関する研究について、
・(一般的には他者支援に負の影響があるが)自分で選んだ仕事では他者を助ける傾向がある・成長欲求が強い傾向がある・収入補填で退職を引き留められる効果が年齢によって異なる・(一般的にはキャリア満足に負の影響があるが)ワーク・ライフ・バランスに対する価値観によって影響が異なる・学歴・経験・スキルのそれぞれの過剰認知で影響が異なる
など、多様な観点が提案・検討されていました。
従業員の高年齢化は日本だけではなく、世界的な傾向といえます。高年齢従業員(older workers)の活躍やウェルビーイングへの関心は高く、関連するセッションが多く見られました。一例として、従業員が主体的に仕事を意味深く変革する「ジョブ・クラフティング」に着目した研究をご紹介します。
加齢で減少する能力や資源があればそれを補い適応する、個人内で成長し続ける、仕事への活力をもち続けるなど、職場でより良く年齢を重ねていくことが、「仕事におけるサクセスフルエイジング(Successful Aging at Work)」といった概念で検討されています。バーミンガム大学のStanimira Taneva氏とジョージワシントン大学のYisheng Peng氏は、仕事の社会的な意義や人生にとっての意味を捉え直す「認知的ジョブ・クラフティング」が、未来に仕事の機会がたくさんあるといった前向きな未来展望を高めることを通して、仕事におけるサクセスフルエイジングを高めるという実証研究を発表しました。またその効果は職務内容が明確である場合により強くなることが示されました。実務上の示唆として、仕事の見通しをつけやすくするような関わりが有効であることが論じられました。
出所:Taneva, S. K., & Peng, Y. (2023). Fostering successful ageing at work: The role of cognitive job crafting, work certainty and perceived remaining time at work. Journal of Occupational and Organizational Psychology.より図2を筆者訳出
『影響力の武器』(ロバート・B・チャルディーニ 著・社会行動研究会 監訳、1991年初版、2023年新版)という著名な本がありますが、この本の著者であるCialdini氏が必要性を説いたのが「フルサイクル・リサーチ」です。セッションでは、Cialdini氏をコメンテーターに迎えて、フルサイクル・リサーチを行っている研究者たちが、自分たちの研究を紹介しつつ、この方法論について、メリットや難しさを議論しました。
フルサイクル・リサーチとは、質的研究や量的研究など多様な方法を循環的に使用することと説明されることが多いようですが、単にさまざまな方法を用いるというのではありません。少なくとも、この場で報告された研究は、現場での質的データ収集や観察と、実験室実験を組み合わせたものでした。
Cialdini氏の先行研究(1980, 1995)では、フルサイクル・リサーチは、自然に発生する現象を観察することから始まり、その後、関心のある現象の裏にある一般性や概念的な裏付けを確立するためのステップを踏むのだとしています。組織行動では、例えば若手社員の離職の裏にある現象学的な性質を明らかにし、そこに関与すると考えられる概念、例えば将来への悲観が離職に影響しているか(内的・外的妥当性)、この影響がさまざまな産業や国において同様に認められるか(一般化可能性)について検討を進める、といったイメージでしょうか。多様な手法の組み合わせというよりも、現象が生じる現場と、細かな心理プロセスを扱うために統制が取れた実験室を行ったり来たりするのだと理解する方が適切かもしれません。
現場に近い人には、とても良い方法論のように思います。私たちもこういった研究方法を取ることが多く、心強く感じました。ところがこの方法論には研究者にとって難しい点があり、それについても、触れられていました。1つは時間がかかること、もう1つは興味のある現象の新規性が高く、先行研究が少ないために、論文化しにくいことです。
例えば話題提供者の1人であるハーバード大学のEthan Bernstein氏の先行研究(2012)では、中国の工場で生産性向上のカギが人目を遮ることだということを見つけます。このアイデアは、工場で働いている労働者へのインタビューで明らかになったものです。その後、彼はフィールドでの実験を行い、実際に作業をする際に周囲をカーテンで囲ったグループでは、生産性が向上することを示しました。彼はこの現象を「transparency paradox」と呼びましたが、このように一般の理論からの予測と異なる結果が得られる場合は、フルサイクル・リサーチが力をもつと考えられます。
セッションで共有された他の研究はどれも面白く、今後の可能性を感じさせてくれるものでした。このような研究がもっと増えることを願ってやみません。
リーダーシップに関する研究は、社会的交換理論(Blau, 1964)をベースに多く行われてきました。その典型的な例が、Leader-Member Exchangeと呼ばれるもので、リーダーがメンバーに対してポジティブな行動を取ると、メンバーの側もポジティブな行動や結果を返すとするものです。しかし社会的交換理論が考えられた時と世の中は大きく変化しました。個人の研究発表を行うペーパーセッションで報告された研究のうち、現代において社会的交換を考える際に、リーダーの性別によって交換関係に違いが生じるのかを検討したMadison, Eva, Goh, & Cieriの研究についてご紹介します。
171名のフルタイムで働く社員を対象に、3時点でデータ収集を行いました。特に、先行研究で性差があることが指摘されていた援助行動に着目しました。図表4は研究の内容を筆者が概念図にしてまとめたものです。リーダーがメンバーを仕事のうえで助ける行動を取ります。それに対して、メンバーは与えられたものを返さなくてはいけないと考えます。その結果、メンバーはリーダーを助ける行動を取ります。このルートで社会的交換が成立するとMadisonらは考えました。
1回目の調査では、リーダーの仕事内容や援助行動、そして性別について尋ねました。2回目の調査ではリーダーに報いるべきと思うかについて尋ね、3回目の調査では自らが行う仕事での援助行動について尋ねました。
結果は、おおむね男性リーダーの援助行動は、返報すべきとの意識を介して、本人の援助行動につながっていましたが、女性リーダーの場合は、そのような関係性が見られませんでした。特に仕事での援助行動よりも、私的な援助行動においてその傾向はより明確に見られたのです。このような結果について、Madisonらは援助行動についての一般的な期待の違いがあるのではないかとの考察を行っています。つまり、男性と比べると女性からの援助行動を期待しやすいがゆえに、返報しなくてはといった気持ちになりにくいと考えられます。
現在でも多くの2者間の関係性のベースにあると考えられる社会的交換理論について、リーダーの性別の違いがどのように影響するのかを見た面白い研究だと思います。性別の影響は、その人に何を期待するかによって規定されるようです。今回は、メンバーから見たリーダーの援助行動の影響でしたが、リーダーがメンバーの援助行動をどう受け取るかにも、違いがあるのではないでしょうか。今後の研究の発展に期待したいと思います。
人々の予想を超えた変化が多く生じるこれからの時代に、より良い組織・人材マネジメントを行っていくためには、その前提を大きく捉え直しアップデートしていくことが必要です。
今後とも、国内外の学会への参加などを通して、情報収集や文脈の整理に努めていきたいと思います。
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