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知見
新人・若手のオンボーディング
技術開発統括部 研究本部 HR Analytics & Technology Lab アナリスト
目次
Vol.05では、オンボーディングの状況を可視化するための測定ツール(以下「オンボーディングサーベイ」)の構造や活用法について紹介しました。オンボーディングサーベイは、HR Analytics & Technology Lab(以下、HAT Lab)が提唱するプロセスモデルをもとに設計されており、新人・若手社員が組織に適応する際に直面する「5つの壁」とその心理的状況を把握するためのものです(プロセスモデルの詳細はVol.03参照)。HAT Labでは、2022年から2025年にかけて毎年2月に、同様の設計の外部調査を実施してきました。本稿ではその4年間の調査結果をもとに、新卒1年目社員(2月時点)のオンボーディングに関する傾向の変化を読み解きます。
まずは、過去4年間の調査結果をもとに、新卒1年目のオンボーディング状況が全体傾向としてどのように変化してきたかを、簡易的にイラストで表現したものが図表1です。
2022年2月時点では、新卒社員が経験する業務の幅はまだ限定的で、成長を感じづらい状況だったと推測されます。一方、2025年2月には業務の幅が広がり、周囲との連携や折衝など、より視座の高い経験が増える傾向にありますが、こうした変化が必ずしも「成長実感」や「学び」につながっているとは言い切れず、むしろ戸惑いやモヤモヤを感じている可能性を、図表1で表しています。
実際のデータに基づく分析(図表1のイラストの元になった数値的な解釈)は、次の「新卒1年目で経験する内容の変化」以降で詳しくご紹介します。
Vol.03でも紹介していますが、HAT Labが提唱するオンボーディングのプロセスモデルには、新人・若手のオンボーディングが順調に進行しているかを把握する要素の1つとして、適応を促進する環境(促進要素)があります。そして、促進要素には「成長を促す経験」が含まれます。弊社では長年の教育研修事業における実践に基づき、新人・若手の成長を促すうえで重要な経験を、「仕事を最初から最後までやり遂げる」「自分の企画・アイディアを提案し実行する」など22のフレームに整理しています。必要な経験を適切な時期に積むことができているか、ある時期に経験が急に広がり負荷が過剰になっていないか、本人が経験したことを適切に自らの学びにつなげられているかなど、さまざまな観点から適応の過程を振り返ることができるメリットがあります。
22のフレームからなる「成長を促す経験」は、大きく分けると図表2のa~hの8カテゴリに分類することができます。
図表3は、それらの経験に対して「経験している」と回答した割合を、過去4年間で比較したものです。特に注目すべきは2025年(25年1年目)の結果です。1年目の終盤にあたる調査時点において、これまでの年と比べても経験の幅や量が全体的に広がり増えていることが分かります。
2022年はアフターコロナの初期であり、景気回復や業務の再編の影響が色濃く残る時期でした。2022年は2025年と比べると相対的に「b)企画や領域を広げていく経験」「c)責任の重みが増していく経験」「d)ストレスがかかる経験」「e)社外や経営に影響を与える経験」「f)自分より優れた人から学ぶ経験」「h)後輩育成の経験」の割合が低く(※ 経験の区分は図表2を参照)、統計的にも有意な差がありました。ここから、図表1のイラストのイメージと同様に、2022年は2025年と比べると新卒1年目では仕事内容のバリエーションが狭く、同じような仕事の繰り返しであったことが推察されます。その後2025年にかけて、働き方や事業運営が徐々にコロナ禍以前の状態に戻るなかで、新卒1年目の段階でも多くの経験を積める環境が整ってきたと推察されます。言い換えれば、新卒1年目に求められる業務の量や質、そして期待値が年々高まってきている状況がうかがえます。
(注)**は有意水準1%未満、**は有意水準5%未満、†は有意水準10%未満を表している。
経験機会が増えることで、本人の成長実感が高まることが期待されます。しかし、図表4に示されるように、過去4年間における成長実感のスコアはほぼ横ばいで推移しており、統計的に有意な差はないものの、むしろ0.13ポイントの微減が見られます。つまり、経験量の増加がそのまま成長実感に結びついているとは言い切れない状況です。さらに図表5では、各経験が実際に「学びにつながったかどうか」を確認していますが、こちらも過去4年間で大きな変化は見られていません。
このような結果から、新卒1年目において経験する内容が増えていても、それが本人の成長や学びの実感に直結しているとは限らないことが示唆されます。言い換えると、単に経験の量を増やすだけでなく、その経験をいかに意味づけ、内省し、学びへと転換するかがこれまで以上に重要となってきているのです。
(注1) †は有意水準10%未満を表している。 (注2) OJTリーダーの関わりは、2022年調査実施時にはアンケート項目として取得していないため、空欄としている。
新卒1年目における経験内容の幅や量が増えている一方で、それに伴う成長実感や学びの実感がほとんど変化していない傾向には、以下の3つの仮説が考えられます。
図表4に示された「意味理解の壁」は、過去4年間で大きな変化が見られず、スコアもほぼ横ばいで推移しています。これは、仕事の意義や、自分のキャリアとの接続として経験を認識できていない可能性を示唆しています。つまり、「なぜこの仕事をしているのか」「この経験が将来にどのようにつながるのか」といった視点を持てないまま、経験の数だけが増えてしまっている状態にあるのかもしれません。
図表4に示された「経験サイクルの壁」は、過去4年間で大きな変化がなく、スコアは横ばいで推移しています。これは、経験の種類や量が増加している一方で、それらの経験について十分に振り返り、教訓として定着させるプロセスが機能していない可能性を示しています。言い換えれば、経験を単なる出来事で終わらせてしまい、学びへと昇華する「経験学習サイクル」を回しきれていない状況があるのかもしれません。
図表4における「上司の関わり」「OJTリーダーの関わり」「職場の風土」など、周囲の関わりのスコアも、過去4年間でほぼ同程度にとどまっています。これは、経験の多様化に対し、組織全体として十分な支援ができていない可能性を示唆しています。
一方で、「組織とのGAP」のスコアは、過去4年間で0.20ポイント上昇しており(10%水準で統計的に有意)、入社前に期待していた組織像と実際に感じる雰囲気のギャップが広がっていることが分かります。経験量の増加と、内省を促す支援の不足が相まって、ギャップを自力で解消することが難しくなっている状況が考えられます。このような状況を踏まえると、経験を学びにつなげるためには、組織として以下のような支援が求められます。
これらを通じて、組織とのギャップを解消し、経験の意味づけを促すことで、経験サイクルの壁を乗り越えやすくし、結果的に成長の実感を高めていくことができるのではないでしょうか。
本記事では、新卒1年目における経験内容と、そこから得られる成長実感や学びの変化について、過去4年間の推移をもとに検討してきました。経験の幅が広がる一方で、それが必ずしも「成長実感」や「学びの実感」に直結していないという傾向からは、企業の関わり方における新たな視点の必要性が浮かび上がっています。新卒社員が経験から学び、成長を実感するためには、「どんな経験をするか」だけでなく、その経験を「どう意味づけ、振り返り、学びへとつなげていくか」を支援する仕組みが欠かせません。
良好な立ち上がりを実現するには、個人の努力だけでなく、上司・職場・制度といった関係者が一体となって、経験の意味づけを支援できる環境づくりが、これまで以上に重要になるでしょう。こうした一手間が、若手社員の成長実感や職場への信頼を育み、結果的に組織全体の持続的な活力につながっていくはずです。
新卒社員の適応を「任せる」だけでなく、「共に担う」姿勢で向き合うことが、今後のオンボーディング支援の質を大きく左右する鍵になるのではないでしょうか。
若手・中堅社員の組織適応に関する現状把握調査(2025)調査日: 2025年2月 調査手法:インターネット調査対象者:従業員規模500人以上の企業に新卒で入社した大学卒・大学院卒の正社員で、現在もその企業に勤めている入社1年目から12年目までの従業員有効回答数:2110名 調査目的:新卒・若手社員のオンボーディング状況や適応のプロセス、プロセスを促進する要因について把握する。また、各種経験の有無と、それが成長実感にどうつながっているかを明らかにする。加えて、新卒および中堅社員の定着に寄与する要因構造を分析することを目的とする。
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