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学会レポート
国際的な心理学の最新動向
ICP(International Congress of Psychology:国際心理学会)は、心理学の国際学会で、4年に一度開かれています。扱う心理学領域は広く、認知、臨床、発達、教育などのほかに、AIに関するセッションなども数多くありました。今回は、チェコ共和国の首都プラハで開催され、7月21~25日の日程で参加しました。
技術開発統括部 研究本部 組織行動研究所 主幹研究員
ICPは心理学に関する意見交換の場として、最初1889年にパリで開かれ、その後、1892年にロンドン、1896年にミュンヘン、1900年に再びパリで開催されています。第二次世界大戦後の会議で、IUPsyS(International Union of Psychological Science:国際心理科学連合)を組織することが決定され、この組織が主催する形でICPは今日まで続いています。IUPsySは国際的な連合組織であるため、研究者個人に加えて国が加盟しており、日本もその1つです。2016年には、ICPは横浜で開催されています。
2023年時点で、IUPsySには90を超える国と地域が加盟しており、ICPにも例年70~80カ国から研究者が参加します。今回は、開催地がヨーロッパであったことなどから、ヨーロッパやアフリカからの参加者がとりわけ多かったようですが、アジアからも中国やインドをはじめとして多くの参加があり、さまざまな国の心理学者の興味関心が垣間見える場となりました。
2つのポスター発表を行ってきました。そのうち1つは、武蔵野大学ウェルビーイング学部 教授の菅原育子先生が責任発表者で、私は共著者として参加になります。まず、ポスター発表の内容と感想を簡単に紹介したいと思います。発表以外には、講演やシンポジウムなどの口頭発表を聴講してきましたが、こちらは、情報収集のため、産業組織心理学には直接関連しない領域のものを中心に参加してきました。2つほど招待シンポジウムの内容を取り上げて、紹介したいと思います。
1つ目のポスター発表のタイトルは「Measuring Psychological Safety as a Group Characteristic — Examining the Influence of Different Item References —」(今城志保)で、心理的安全性の測定に関する内容です。私は研究ではエドモンドソン(1999)の測定尺度の日本語訳を使用しているのですが、その際に疑問に思った点を検討しました。具体的には、元の尺度には自分の感じ方を尋ねる「あなたは~」の項目と、職場メンバーの感じ方を尋ねる「職場メンバーは~」の項目が混在しているのですが、そのことが測定結果に与える影響について、検討しました。その結果、例えば「私は、職場で問題点や困難な論点を提起することができる」という項目と「職場のメンバーは、職場で問題点や困難な論点を提起することができる」という項目では、前者の方が後者と比べて高く評定される傾向がありました。そして、その傾向は多様性の高い職場において顕著であることも分かりました。これらのことから、職場の特徴として心理的安全性を測定する際には、「職場メンバーは~」の項目を用いることが適切であることが示されました。職場レベルの特徴を個人の回答を通じて測定する際の留意点を、あらためて認識する結果となりました。
会場やオンラインでは、心理的安全性の概念を研究で用いている研究者から、いくつか質問や問い合わせをいただき、議論することができました。測定に何らかの課題を感じているケースが、それなりにあるようでした。今回は項目の表現による影響を見たわけですが、彼らとのやり取りのなかで、職場の多様性によって表現の影響が異なる現象は、異なる言語や文化のもとでも同様に見られるのかなど、文化差の影響を考慮することでさらに概念測定についての考察が深まる可能性を感じました。
2つ目のポスター発表である「Multidimensional Aspects of Social Engagement and Their Correlations with Subjective Well-being」(菅原育子・秋山弘子・今城志保・檜山 敦)は、現在東京大学、一橋大学が中心となり進めている高齢者の社会参加促進のためのプロジェクトで行っている研究です。このプロジェクトの核となる概念として「貢献寿命」を掲げており、その測定のための尺度開発を菅原先生が中心となり進めています。今回はその途中経過を発表しました。現時点では、データ分析の結果から貢献寿命は「社会的なかかわりへの動機付け」「社会的役割・関係性」「他者からのフィードバック」の3つの要素から構成されることが示されています。
ヨーロッパやアジア各国で、人口の高齢化は大きな社会問題と位置付けられており、高齢者に関するセッションはシンポジウムや口頭発表なども含め、かなり多くありました。例えば、ベルギーでは、特に身体・認知面での問題はないものの、軽い心理的問題や不満を持つ高齢者へのアプローチが検討されているようです。日本と比べると、社会的な介入を大規模に行っている研究も多いように感じました。
見に来てくださった研究者のコメントやご意見からは、貢献寿命の概念はかなり共感を得られているように感じました。また、長寿先進国である日本の研究者に対する期待も感じることができました。
以下、通常触れる機会が限定的な産業組織分野以外の研究から、2つほど紹介します。
1つ目は、心理的馴化(Psychological acculturation;文化社会化とも呼ばれる)という異文化に持続的に触れることによる心理や行動パターンの変化に関する研究についてのJozefien De Leersnyder氏による基調講演です。これまでの研究では、移民として他国に渡った人たちが移住先の文化にどの程度なじんだのかについて、1時点で彼らの文化的態度やアイデンティティを測定して、検討することが一般的でした。しかしLeersnyder氏は、移民の文化的帰属意識を反映している態度やアイデンティティだけでなく、感情、自己概念、認知、動機付けなど、文化間で系統的に違いがあると考えられる心理プロセスに着目しました。これによって、暗黙の心理的プロセスにおいても、馴化が生じていることを示そうとするものです。
具体的には、ベルギー、米国、英国における移民マイノリティとそのマジョリティを対象とした20以上の研究から、(Ⅰ)感情や自己概念が新たな文化とのかかわりによって変化する可能性があること、(Ⅱ)感情や自己概念の「文化的適合性」は、その文化に対する意識的な態度とは関連しないこと、(Ⅲ)文化的適合性が高いほど、ポジティブな結果につながること、(Ⅳ)変化は、異文化との相互作用によって生じる新たな意味の共通理解など、特定のミクロなプロセスにより引き起こされる可能性があることが示されました。したがって、今後心理学的な馴化について研究を進める際には、マイノリティである移民が新しい文化になじもうとする意欲だけでなく、多面的な心理プロセスの変化として捉えることも必要だとのべられていました。
社会化といえば、入社後の組織社会化(入社後に仕事や人、組織のことについて知って、組織の一員となること)にはなじみのある方が多いと思いますが、この研究の知見は組織社会化を考える際のヒントとなると思われます。組織社会化の促進要因に関する研究はたくさんありますが、細かな心理的・行動的変化については分かっていないことが多いのが現状です。以前、新入社員のアイデンティティが入社後の短期間でどのように変化するのかについて、分析を行ったことがありました。アイデンティティは意識化されたものですが、それでも短期間に変化する可能性が示されました。組織社会化の際の心理的な変化プロセスに関して、まだ研究すべきことが多いと感じさせられる講演でした。
次に紹介するのが、臨床や教育心理学を中心に、社会課題の解決に向けたアプリ開発と実装を目指すプロジェクトに関するシンポジウムです。具体的には、スマートフォンを用いたASP(Augmented Social Play:拡張社会的遊び)による介入についての紹介で、ASPがテストされる国の1つであるポルトガルの研究者で組まれたシンポジウムでした。
ASPは、スマートフォンを使った没入型のゲームで、テクノロジーと心理学を組み合わせることでゲーム参加を通じた対面型の共同体験を提供し、支援コミュニティの構築をねらったものです。学校での利用が想定されていて、先生の監督のもと、生徒により実施されます。最終的には、パンデミック後のヨーロッパにおいて、若者が社会的孤立によって経験するメンタルヘルスの問題解決を目指すものです。
対面で集まって、スマートフォンを使って謎解きのゲームをするものですが、ゲームの仕立てがうまく、謎解きのためのヒントがスマートフォンで動画や音声を使って提示されるため、参加者がかなり集中して取り組めるようになっており、参加者同士の協力も多く見られます。LINAと呼ばれるプロトタイプを用いた研究では、91人の若者を対象に、使いやすさの定量的な検証と、有効性の定性的な検証が行われ、定性的なフォーカスグループのデータからは、ゲームの高い受容性が示されました。しかし、LINAの使用によって、参加者の実社会でのつながりと帰属意識が改善していることを結論付ける検証には、残念ながら至っていないとのことでした。今後のASP実施に向けて考慮する点として、例えばゲームを行うグループを誰と組むかによって効果の出方が異なる可能性なども指摘されていました。
私が参加する高齢者の社会参加促進プロジェクトと類似した点も多く、とても興味深いシンポジウムでした。社会的な介入を考える際には、参加者の個人差、個別の事情はもちろんのこと、社会的環境の違いなど、本当にさまざまな変数が影響しており、想定した結果を示すことはとても難しいと感じています。ましてやこの研究は、心理学研究の知見を生かして設計されていますが、それでも難しいということでしょう。
もしゲームが実社会でのつながりの構築に役立つのであれば、対象は若者でなくてもよいのではないか、またスマートフォンを用いるゲームが有効である理由はどこにあるのか、などについても今後、踏み込んで考えていくのだろうと考えます。目指すものの価値は大きく、今後のプロジェクトの動向を見守りたいと思います。
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