米国産業・組織心理学の最新動向 SIOP(米国産業・組織心理学会)2016 参加報告

執筆者情報
組織行動研究所
主幹研究員
今城 志保

今年の米国産業・組織心理学会SIOP(Society for Industrial and Organizational Psychology)の年次大会で参加したセッションのなかから、興味深かったものについてご紹介します。


SIOP第31回年次大会概要

31回目となる今年のSIOPの年次大会は、4月13日から16日の4日間、アナハイムで開催されました。ディズニーランドのすぐ近くにあり、一歩学会会場を出ると、多くの家族連れに遭遇するような場所でしたが、例年のように会場は4000名を超える参加者であふれ、盛大に学会が行われました。

大会ではシンポジウムや、パネルディスカッション、ポスターセッションといった研究発表を目的とした場に加えて、“Ignite”と名づけられた新たな研究視点の提供や研究プロジェクトの発足を趣旨したセッションもありました。今年目立ったのは、モバイル・アセスメントや、シミュレーションを用いたトレーニングなど新たなテクノロジーの活用に関するもの、それから人工知能や機械学習、ビッグデータといったデータ活用に関するセッションが増えていたことでした。

SIOPは学術的な研究を発表するための場ですが、特にこの分野が応用科学であること、多くの研究者が人事や人事コンサルテーションなどの実務に従事していることから、大会プログラムの前に主に実務家を対象としたワークショップが行われます。今年は全部で9件のテーマでのワークショップが行われました。ここでは私が参加したこの分野のトレンドをまとめて紹介する「産業組織心理学における新たな潮流(The Best New Thinking in I/O)」と、いかにスピーディにリスクを減らして新たなことを試すかについての「人事改革における実験の活用(Using Live Experiments to Rapidly Learn, Innovate, and Drive in Your Organization)」について内容をご紹介します。

産業組織心理学における新たな潮流

米国では、人事の実務家が目を通すべきとされるさまざまな情報があります。例えば、SIOPやSHRM(Society for Human Resource Management)などの学者や実務家の業界団体が発信する情報もあれば、一般紙やビジネス誌にも関連情報が多く紹介されます。加えて、人事関連の学術ジャーナルは主要なものに絞ったとしても5冊以上あり、これらは年に数回、定期的に刊行されています。そこで昨年から、近年の人事関連の研究トレンドをコンパクトにまとめて紹介するセッションが行われています。今年は、民間のコンサルタント会社のカントロヴィッツ(Tracy Kantrowitz, CEB)氏と大学教員のキング(Eden King, George Mason University)氏が担当して、全部で以下に示す8つのトピックについて、報告が行われました。

1.仕事と家庭の統合
2.モバイル・アセスメント
3.多世代の労働者に関する研究
4.雇用の意思決定におけるソーシャルメディアの活用
5.ダイバーシティ・トレーニング
6.ハイ・ポテンシャル人材の特定
7.組織の社会的責任
8.人事マネジメント改革

以下に各トピックについて簡単にまとめます。

1.仕事と家庭の統合

従来のようにワークとライフはコンフリクトするものとして捉えるのではなく、どのように両者を統合できるかに議論はシフトしつつあります。そのなかで、近年の研究成果として、仕事と家庭を統合するための制度が整っていてそれを利用しているからではなく、制度が整っていることが組織からのサポートとして認識されたときに、仕事への満足感やコミットメントが高まることが示されています(Butts et al., 2013)。一方でフレキシブルな仕事の場所や時間を設けること自体には、さほど効果が見られないとの結果が報告されています(Allen et al., 2015)。ただしこの結果は、このような施策が誰にとっても効果があるわけではないということであって、必要とする人にとっては効果がある可能性も残されています。ここでのポイントは、仕事と家庭の統合を目指すのであれば、制度そのものを作るだけでなく、その背景にある考え方をしっかりと社員に伝えることが重要だということでしょう。

2.モバイル・アセスメント

モバイル・アセスメントの市民権はかなり拡大しつつあって、それに伴って測定結果がこれまでのテストと等価であるかについても検討が進められています。例えば、モバイルとPCで同じテストを実施し、結果の比較が行われています。まだ研究は安定した知見を提供できるほどには進んでいませんが、採用場面での使用を中心にモバイル・アセスメントに対する市場からの要請は非常に強く、今後妥当なモバイル・アセスメントを実現するための研究の必要性はさらに増すと思われます。例えば受検者は、スマートフォンよりもPCでの受検を好む傾向があります(Gutierrez & Meyer, 2014)。また、監督官なしの実施であるため、受検の際に不正を行う頻度が増えるのではないかといった懸念や、それによってテストの結果がフェアでないと受け取られる懸念があります。こういった懸念点を解決するための研究が徐々に進められつつあります。

3.多世代の労働者に関する研究

職場ではさまざまな世代、年代の人が協同して仕事を行っていますが、そのマネジメントに役立てようという目的をもった一連の研究があります。例えば、若者が仕事に求める価値の変遷を扱った研究や(Twenge, 2010)、退職に関する心理的な研究(Wang & Shi, 2014)などです。また、米国でも高齢の従業員が増加するは避けられませんが、年齢によって新しいことの学習はやや低下する傾向があるものの、本人の学ぶ意欲の高さで年齢による影響が抑制されることも研究で示されています(McCausland et al., 2016)。最後の締めくくりでは、高齢者の活躍のためには、周囲の高齢者に対するネガティブなイメージを払拭することの必要性が語られていました。

4.雇用の意思決定におけるソーシャルメディア(Social Media;SM)の活用

フェイスブックなどのSM上にある情報を、リクルーティングや採用の意思決定に用いるという動きも、米国ではさほどめずらしいことではなくなっています。キャリアビルダー社(Career Builder)(2015)によれば、52%の雇用主が、採用の決定の前にSMを利用していると回答しており、その目的は応募者の“真の姿”を知ることとされています(Berkelaar, 2014)。用いる情報は、職歴、教育、他者からの評価、興味や趣味などの周辺情報、所属団体などです。このような事実情報の収集だけでなく、SM上の情報での性格特性の測定の可能性や、リクルーティングや採用でSMの情報を使うことに対する応募者の反応などについて、研究が始まっています。また、採用以外に人材育成や組織文化の生成などもSM使用によってこれまでのあり方が変化する可能性が指摘されています(McFarland & Polyhart, 2015)。まず、SM上の情報が、通常の社会的情報とどのように同じで、どのように異なるのかを明らかにすることが肝要だといえます。

5.ダイバーシティ・トレーニング

ダイバーシティの問題は、米国ではかなり古くから研究が行われてきた分野ですが、近年の変化として、「ダイバーシティからインクルージョンへ」「偏見から無意識のバイアスへ」「法的規制からダイバーシティに価値を置く組織文化の形成へ」「人種から目に見えないアイデンティティを含む多様さへ」などが挙げられていました。実務に関連する知見としては、多様性への意識喚起のみでは効果が期待できないこと(Duguid & Thomas-Hunt, 2015)、ダイバーシティ・トレーニングの効果は有意であるがあまり強くないこと(Lindsey et al., 2015)などが分かっています。しかし、トレーニングの効果が行動に現れるまでには、さまざまなステップを経ていることや、効果を弱めるような変数の存在も指摘されていることから、実務につながるような知見を得るためには、まだまだ研究が不足していることが指摘されていました。

6.ハイ・ポテンシャル人材(HiPo人材)の特定

ここ数年で、バズワードのようになっているHiPo人材ですが、研究においてその定義は定まっておらず、特定方法や開発方法についても明らかにされていません。一方で、この分野によく見られるように、いくつかの調査で、米国の企業の半数以上が、定式化されたHiPo人材特定のプログラムをすでにもっていると回答しています(Hagemann & Mattone, 2011; AMA Survey, 2013)。具体的には、それまでの業績や上位者の意見に加えて、多面評価や適性検査、面接などが用いられているようです。最近の研究では、HiPoに特定された人と、それに漏れた人とで、公正感の感じ方や、自分のリーダーシップをどう認識するかの違いなどについて、検証が行われています。また、HiPoとして特定された人が、能力開発ではなく、結果を出すことにこだわってしまうという皮肉な結果も報告されています。このような研究結果を鑑みて、HiPoに特定されていることを本人や周囲に公表すべきか否かが、重要なリサーチクエスチョンとして提示されていました。

7.組織の社会的責任

組織の社会的責任について、これまで経営学の分野では多くの議論や研究が行われてきましたが、実は産業組織心理学では、あまり表立って扱われてきませんでした。ところがここ数年、組織の社会的責任に関する態度や行動が、その会社への入社を考える人や従業員にどのような影響を与えるかに関して、研究が行われています。応募者への影響を見た研究では、組織のCSRは仕事で誇りを感じることへの期待、価値観の適合感、従業員への良好な処遇の期待などに影響を与え、結果的に仕事の魅力度を高めたことが報告されています(Jones et al., 2014)。組織のリーダーは、働く人にポジティブな影響を与える機会としてCSRを捉えることもできるでしょう。

8.人事マネジメント改革

具体的には、人事評価とそれをこれまで以上にパフォーマンスマネジメントに活かすための新たな方法の模索であって、この学会でもここ数年の大きなテーマとして取り上げられています。昨年のレポートで、「パフォーマンスマネジメント」という名称で取り上げたものも、その1つです。改革の必要性は、これまでの人事評価を中心に行われてきた人事管理が機能していないという問題意識にあります(Pulakos et al., 2015)。評価そのものの問題に加えて、これまで行われてきた目標管理制度の問題点も指摘されています。改革の大きな方向性として、評価の簡素化と、上司部下での仕事をめぐる日常的なコミュニケーションの実施が注目されていますが、これらがどの程度パフォーマンスの向上に効果を発揮するのかは、まだ研究が始まったばかりです。さまざまな企業や研究者が協力して、この課題に取り組むことが期待されます。

人事改革における実験の活用

このワークショップでは、新たなサービス、プロダクト、仕事の方法の開発などにおいて、実験を用いる方法やその効用について紹介が行われました。システム開発や、商品開発ではすでに参考にされている考え方ですが、人事の実務家向けにどのような紹介があるのかに興味があり、参加しました。セッションでは最初にコンサルタントのヒースマン(Dan Heasman, The Rise Group & The Inspirat10n Institute)氏が考え方を解説し、その後リンクトイン(LinkedIn)とコカ・コーラ(The Coca-Cola Company)から、自社の事例の紹介がありました。実験で確認すべき仮説には、(1)実行可能性(feasibility)(2)望ましさ(desirability)(3)実用価値(viability)の3種類があること、1つの実験ではそのうちの1つだけ扱うのだという説明がされました。また、実験は失敗してもかまわないので、そこから何かを学ぶことが必要であるということが強調されていました。ヒースマン氏の紹介した事例は、ドロップボックス(Dropbox)やザッポス(Zappos)といった会社の新しいビジネスモデルの立ち上げに関するものでした。Dropboxのケースでは、実際にファイル共有システムを作る前に、使用希望者を募ったところ、24時間以内に7万5000人が登録したということで、(2)の新サービスの望ましさの仮説が支持されたケースです。

リンクトインとコカ・コーラの2社からの事例紹介は、前者がコーチングのシステムを世界中にあるオフィスに拡大するというもの、後者はパフォーマンスマネジメント改革に関するもので、いずれのケースも仮説は(3)実用価値に関するものでした。いくつかのオフィスで試験的に新しい試みを実施し、その成果を検証するためのデータ収集・分析を行うというステップを通して、必要な修正を加えながら全社拡大への可能性を模索しているとの説明がありました。影響範囲が大きいため、人事制度において新たな試みを実行に移すことは容易ではありませんが、リスクを抑えながら実験を行うことは有効な手段かもしれません。


この学会には、毎年出かけていってさまざまな情報収集を行います。今回、紹介した内容は、かなり実務寄りのものが多くなりました。これはワークショップの内容を中心に取り上げたためですが、昨年の大会の紹介で見られるように、学術的な研究発表の方が、どちらかといえば大勢を占めます。米国の産業組織心理学分野では、学術的な研究をベースに行う研究者もいれば、組織のなかで実務に近い研究を行う研究者もいて、いつもながら層の厚さを感じました。

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