経営学からの実践へのヒント AOM(米国経営学会)2007 参加報告

執筆者情報
HR Analytics & Technology Lab
所長
入江 崇介

“Doing Well By Doing Good”というテーマの下、2007年度の※Academy Of Managementの年次大会が、米国フィラデルフィアにて8/3〜8/8に開催された。大会は9000名を超える参加者を集め、大変な盛況であった。


※Academy Of Management:
米国経営学会。通称AOM。世界最大の経営学会であり、組織論、戦略論、組織行動論など経営に関わる広範なトピックを扱っており、世界中の経営学者が一堂に会する場である。具体的な取り扱いテーマに関しては、こちらをご参照いただきたい。

さて、この大会テーマにこめられた意味は、「企業が高いパフォーマンスをあげることによってステーク・ホルダーに対して貢献することを通じて、社会に対して貢献する」ということである。このテーマは、企業がどのようにステーク・ホルダーを定義するかについて、あらためて考えさせるものであった。また、このテーマには、「経営学という産業界に関わる学問分野がいかに社会全体に貢献するか」という問いも含まれている。

社会の一部である産業界に身を置く私たちが、今後「どのようなことに」「どのように」取り組むべきかを考えされられる、秀逸なテーマ設定であり、大会も大変有意義な場であった。

今回は、大会のごく一部でしかないが、筆者が参加したセッションの内容の報告と、そこから得られた気づきについて報告をさせていただく。


組織開発・変革のトレンド〜学会でも注目のポジティブ・アプローチ〜

1987年にデイビッド・クーパーライダー氏がアプリシエイティブ・インクワイアリー(Appreciative Inquiry;AI)の概念を提唱してから、今年でちょうど20年を迎えた。それに伴い、組織開発・変革領域ではAIを中心とする※ポジティブ・アプローチに関する特集セッションが開催され、多くの参加者を集めていた。


※ポジティブ・アプローチ:
組織や個人の弱みや欠点に目を向けるのではなく、理想や強みに目を向けることによって肯定的な感情を引き出し、高いパフォーマンスを発揮しようというアプローチ。


日本においても最近徐々に注目を浴びつつあるポジティブ・アプローチであるが、米国においては実業界での応用と並行して、理論的・実証的な研究も着実に蓄積されている。例えば、ポジティブ・アプローチでは感情とそれを引き出す問いかけが重視されるが、今大会では組織変革のプロセスにおけるリーダーとメンバーの対話の重要性を示す組織変革プロセスの体系化と実践例についての報告がなされていた。

組織変革にあたって、リーダーがその変革の当事者達が望むことを彼/彼女たちの言葉で語り、定義することの重要性。実際に定義された理想像が実際に前向きな感情を引き出しているかの確認。そして、前向きな感情をもとに促進された行動とそれに伴う成功体験を生かすことの大切さ。

単に「現場を巻き込む」だけでなく、「現場の人たちの納得感を最大限に得るための双方向の交流」の大切さを実感させる、感情をテコにした組織変革プロセスを理解する上で有効な研究報告であった。このような理論的背景を伴った実践の報告は、ポジティブ・アプローチの有効性を実感させると同時に、その実効性に保証を与えてくれる心強いものと言える。

組織としての学習効果について考えるヒント〜学習のパフォーマンスを支えるもの〜

企業組織において、「どのような教育」が高い効果を生み出すのかについて考えるきっかけとなる発表がいくつもなされていた。

例えば、e-learningとクラスルームの研修にはどのような特徴があるのだろうか。学習者の興味・関心や教育者(プログラム設計者やトレーナー)への信頼は、いずれの学習形態においても学習パフォーマンスに同程度の影響を及ぼすようである。一方で、学習者の学習能力はe-learningにおいて、学習プロセスをいかに楽しめるかはクラスルームの研修において、それぞれ学習のパフォーマンスにより大きな影響を及ぼすという報告もなされていた。このことは、トレーニングの効果を高めるためには、コンテンツに注意を払うのと同時に、それを「誰に」「どのように」提供するかを考えることの重要性に目を向けさせるものである。

また、研修で学習されたスキルの職場への伝播に関しては、職場メンバーの過半数程度が学ぶことによってそれが促進される可能性についての報告がなされていた。このことはすなわち、単一の個人が何かを学ぶことが十分でないこと、また必ずしも全員がそれを学ぶ必要がないことを意味する。

このような知見をもとに、学習者の特徴はもとより、学習形態の特徴、個人の知の集団の知への昇華のプロセスを把握することによって、より高い組織としての教育の投資効果が期待されるのではないだろうか。

企業における教育投資は有限であり、組織としてより高い効果を追求すべきである。そのために、研修体系全体でどのようなパフォーマンスを生み出しうるか、そのことについて考える視点を与えてくれる報告であった。

企業人に求められるソフト面の知識〜「役割」についての知識を例に〜

人はそれぞれ持ち味があるが、それが絶対的なものか相対的なものかの判断は難しい。しかし、「場によって、自分が果たすべき最適な役割は異なる」という実感は皆さんにもあるのではなかろうか。最近、「場を読む/空気を読む」ということがよく言われるように、「場で果たすべき役割」についての注目は高まっているように感じる。米国でも、場のひとつである「チーム」での役割に関する知識が個人のパフォーマンスに与える影響についての研究報告がなされていた。

まず、さまざまな先行研究の事例を体系化し、チームでの役割を大きく、課題を推進する役割、チーム内の人間関係を良好なものにする役割、そしてチーム外の人間と交流を活性化する役割の3つに分類していた。これらの役割のどれを個人がチーム内で担うべきかは、チーム内外の環境により変化する。すなわち、個人、そしてチームが成果をあげるためには、単にそれぞれのメンバーが自分の得意な役割を得意な方法で果たすだけではなく、外部環境に適応した方法で内部において役割の分担を行うことが求められるとしている。

このような、「環境に応じて適切な役割を果たす知識」を、ケースに記された状況においてどのような行動をとるかを尋ねるSituational Judgmentという方法で測定した結果が、実際のチーム内で適切な役割を遂行できるか否かと関係しているという報告がなされていた。これは、このような「対人関係などソフト面の知識」が組織で個人がパフォーマンスをあげるためには有用であることを示唆している。

「実行が伴わない知識に意味はない」と言われることもあるが、「知識が無ければ正しく実行できない」と言うこともできる。そのことを考えると、知識、特にややもすれば軽んじられる可能性のある「ソフト領域の知識」の重要性について、今後目を向ける必要性があるのではなかろうか。

心理データをいかに扱うべきか〜肯定的な問いと否定的な問いの喚起するもの〜

昨今は、エビデンスの重視や多変量解析手法の一般への流布に伴い、さまざまな分析が経営判断に少なからざる影響を及ぼす時代となっている。そして、それは業績指標などの「客観的」に生成される変数だけでなく、従業員満足度調査や顧客満足度調査などの「主観的」に生成される変数も含まれる。しかし、この個人の主観により生み出される心理データについて、十分な理解はされているのだろうか。

心理測定の分野でも議論されていることだが、「反転項目」の特徴について確認的因子分析により分析を行った結果、同一の構成概念が仮定されていても、それを否定的な言葉づかいで確認する「反転項目」については独立したものとして扱ったほうがよいという報告がなされていた。

例えば、従業員満足を測定する際に、
 1.仕事にやりがいを感じている
 2.今後のキャリアに不安を感じている
 3.経営方針に不満がある
 4.仕事を通じた成長を実感している
という項目を用い、その平均値を従業員満足と定義したとする。「2.私はキャリアに不安を感じている」「3.経営方針に不満がある」という、仕事を取り巻く環境に関するネガティブな感情を「満足の逆の不満状態」とし、得点を反転して用いるのが反転項目である。

この場合、この「満足」と「不満」の要素について、反転後に一次元で扱うケースが散見される。しかしながら、確認的因子分析による分析からの示唆は、「満足」と「不満」という2つの独立した概念として結果を扱ったほうがよいということである。

もちろん、性格検査や意識調査において反転項目を使うことには、従業員の回答バイアスの打ち消す効果などの実質的なメリットがあることも確かである。しかしながら、本研究は概念上同一直線上に乗ることであっても、「聞き方」によって喚起する従業員の感情や認知が異なることを実証し、その扱いに警鐘を鳴らすものとも言える。心理測定の特性について、経営領域の研究者・実務家に注意を向けさせる重要性な報告だったように思う。また、物事を人にどのように問うかによって想起される感情や認知が異なるということは、日常のコミュニケーションに関しても示唆を与えてくれるものであった。

最後に

あらためて、「経営学」という学問領域の幅の広さ、そして「経営」を取り巻く環境の複雑さを感じさせる大会であった。今後、社会というシステムを視野に入れた上で、どのように企業は経営を行うべきか、そのためにどのような日常のマネジメントを行うべきかについて考えるきっかけが散りばめられていた。また、社会、企業、そして人間に対する深い洞察なくして、優れたマネジメントは実現できないことが再確認された。同時に、多様なバックグラウンドを持った個人が、経営そして経営学に携わることによって、さまざまな価値が生み出されることに益々の期待を抱いた。微力ながら、弊社もそのための一つの連結点として、何ができるかを商品・サービスの開発ならびに研究活動を通じて考えていきたいと思う。

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