学会レポート

これからのマネジメントのヒント

AOM(米国経営学会)2006 参加報告

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AOM(米国経営学会)2006 参加報告

Academy of Management(以下、AOM)の第66回大会(大会は年1回開催)が2006年8/11~16の6日間、米国ジョージア州アトランタで開催された。この学会は「アメリカ経営学会」という一国の経営学会であるが、今大会パンフレット掲載時の加盟者数は94カ国1万6000名(うち65%が米国籍)、プログラム発表関係者数は71カ国6700名に上り、実質的には世界最大規模の経営学会ということができる。また、大会でのセッション数は1500を超え、その中で発表される研究数は4000件に上る。まさに、現代の経営に関わる研究の最先端の潮流を知る絶好の機会といえよう。
そこで今回は、AOMの概要と筆者が見出した、今後マネジメントについて考える際に重要になると思われる視点についてご紹介したい。

執筆者情報

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技術開発統括部
研究本部
HR Analytics & Technology Lab
所長

入江 崇介(いりえ しゅうすけ)
プロフィールを⾒る

AOMの概要と第66回大会のテーマ

AOMの最大の特徴は、そのカバー領域の広さにある。2006年現在は以下の24の分科会がある。

・Business Policy & Strategy(ビジネス・ポリシーと戦略)
・Careers(キャリア)
・Conflict Management(コンフリクト・マネジメント)
・Critical Management Studies(批判的経営研究)
・Entrepreneurship(起業家精神)
・Gender and Diversity in Organizations(ジェンダーとダイバシティ)
・Health Care Management(ヘルスケア・マネジメント)
・Human Resources(人的資源論)
・International Management(国際マネジメント)
・Management Education & Development(マネジメント教育と開発)
・Management History(マネジメント史)
・Management Consulting(マネジメント・コンサルティング)
・Management Spirituality and Religion(精神性と宗教)
・Managerial & Organizational Cognition(認知)
・Operations Management(オペレーション・マネジメント)
・Organization Development & Change(組織開発・変革)
・Organization & Management Theory(組織とマネジメントの理論)
・Organizational Behavior(組織行動論)
・Organizational Communication & Information Systems(コミュニケーションと情報システム)
・Organizations & the Natural Environment(組織と自然環境)
・Public & Non-Profit(公共団体・非営利団体のマネジメント)
・Research Methods(研究手法)
・Social Issues in Management(社会的論点)
・Technology & Innovation Management(技術とイノベーションのマネジメント)

以上をご覧いただけば分かるとおり、マネジメント史や組織行動論のような包括的なテーマと共に、ジェンダーとダイバシティ/組織開発・変革/技術とイノベーションのマネジメント/コンフリクト・マネジメント/キャリアなど、実務場面でも日常よく耳にするトピックが数多く扱われている。大会では、さまざまなテーマ・トピックについて参加者同士が知恵・経験・意見を交換するワークショップや研究発表が数多くなされており、マネジメントを取り巻く諸現象の理論とそれに関する最新の知見を得る上では有効な場と言える。

なお、第66回大会のテーマは、“Knowledge, Action and the Public Concern”であった。これは、いま社会が直面しているマネジメントの課題(Public Concern)に経営学の発見・知見(Knowledge)をどう生かしていくか(Action)といったことをあらためて強く考えようという意思の宣言であり、われわれ実務家にとっては心強い宣言である。

AOMから得られたこれからのマネジメントの視点

実際、筆者が参加した限られたセッションの中からも、マネジメントに関する潮流と同時に、今後何に注目していけばよいのかの気づきが得られた。以下、今回あらためて気づいた、これからマネジメントの課題に向き合う上で大切になる視点についての私見をご紹介させていただく。

視点1:個性としての人間
あらためて、「役割を担う人間」ではなく「個性としての人間」に通ずる研究が増えつつあるように感じた。その理由のひとつは、組織で働く人の力を引き出すために「人間らしさ・その人らしさ」を生かす前提となる感情に関わる研究が多く見られたことである。例えば、近年注目されているEI(Emotional Intelligence:感情的知性)や感情そのものを扱う研究がそれにあたる。EIの要素である自己認識・他者への注意は「らしさ」を生かす前提となるし、感情そのものの力は人間の本来的な力を引き出す上で重要なものといえよう。今回のAOMでは、グループという集団レベルでのポジティブな感情が、その集団内でのコミュニケーションを活性化させ、活発な相互作用を引き起こすことによってパフォーマンスを向上させるメカニズムについての実証研究などが行われていた。
他に、組織開発の分野で近年注目されている、「強み」に注目するアプローチであるPOS(Positive Organizational Scholarship)や具体的な開発手法であるAI(Appreciative Inquiry)を取り扱うセッションもあり、これはASTDなどに見られる潮流と一致する。

実際には、マネジメントのテーマとしては難しい「感情」であるが、それと向き合っていくことが今後は重要になるだろう。感情を抑えることではなく、ポジティブな感情を喚起し、それをパフォーマンスにつなげていくことが人を生かすためには重要であり、今後注力していくべきものとの感をあらためて強く持った。

※Appreciative Inquiry 組織の真価を発見し、その可能性を最大に引き出そうとする一連の集団による探求の対話プロセス

視点2:価値としての「違い」
近年頻繁に語られているとおり、ダイバシティ・マネジメントの本質は「違いを無くす」ことではなく「違いを生かす」ことである。この「違いを生かす」ことが、今回もさまざまな文脈で語られていた。

例えば、お互いの「違い」が相補的で価値のあるものだと認識している場合に協調行動が促されるという実証研究、創造的な成果をあげる上で多様な観点を生かすことの重要性を説く理論研究など、さまざまな観点から「違い」の重要性とそれを生かすためのヒントが提唱されていた。

人間には、ともすれば同一なものを好む傾向があるため、この「違いを生かす」ことは言うは易く行うは難いことのひとつといえる。しかし、実際にそれが企業の価値を生み出していること、そのプロセスで個人に刺激を与えていることから、今後ますます「違いを生かす」ことへの関心は高まっていくだろう。そして、「違い」から生まれるコンフリクトを恐れずに、その価値を十分に生かすマネジメントが今後は求められる。そのためには、「違い」をどのように認識するかということがひとつの鍵になるだろう。

視点3:社会ネットワークと関係資本
社会ネットワークや関係資本に関する研究の歴史は長く、近年非常に多くなってきた。AOMでも、社会ネットワークが「ミクロレベルでの組織」「マクロレベルでの組織」に及ぼす影響をめぐるさまざまな研究が発表されており、ワークショップも大変盛況であった。企業を取り巻く環境は1人の当事者・1つの企業の成長速度では追いつくことができないようなスピードと複雑さで変化している。そのような環境に適応する鍵として「有機的な連合=ネットワーク」の力を活用して価値を生み出していくことは今後ますます求められるテーマだろう。

実際に、組織内のネットワークの構造が組織学習にどのような影響を与えるかといった研究や組織間のネットワークがイノベーションにどのような影響を与えるかといった研究、そしてチーム学習における他者の経験の効果に関する研究などが行われていた。
後述の視点4「多層的な構造体としての組織」について考える際にも、組織内部、場合によっては組織外部とのネットワークは重要なテーマである。関係性の持つ力・価値についての知見を得ることは、人間関係・部門間連携・企業間連携の価値についてあらためて気づきを得るチャンスである。個々の強みを相加的ではなく相乗的な成果に結びつけるための、広さと強さのバランスを考えたネットワークのマネジメントはこれからますます重要になるテーマである。

視点4:多層的な構造体としての組織
企業は、個人-グループ-組織という多数の「階層」を持った構造体である。このことは概念上理解されているが、その間の関係性や力学については実証的な考察・確認を加えることが難しい。そのような中、階層を踏まえた実証的な研究を行うための手法の一つとして近年注目を集めているHLM(Hierarchical Linear Model:階層線形モデル)のワークショップやそれを使った研究の報告が実際にいくつか行われていた。例えば個人とグループという関係に注目した場合、個人の関係が織り成すグループという場が、さらに個人に影響を与えるという相互作用がある。このような複雑な階層間の関係性の実証に、HLMなど新たな検証手法が光を投げかけつつある。

場への働きかけ、場を生かした個人への働きかけなど、企業が現場でこれから注意を払っていくべきテーマであり、科学的な裏づけがそのヒントを与える兆しをあらためて感じた。

よりよいマネジメントに至るために

経営学という実践科学の分野においても、昨今では企業経営の中に身をおく実務家と研究者との間に壁があるといわれることも多い。課題が複雑になっている現在、それはたしかに一面では真実であるかもしれない。しかしそれと同時に、この立場の違いは肯定すべき必要なものとも考えられる。それぞれの視界で見えるものを大切にしながら、今まで以上に濃密に産学双方での課題意識、発見・知識などの情報交換をしていくことが今後は必要だと感じている。今回のAOMの研究発表も演繹的に導かれた仮説を検証するスタイルの研究が多かったが、そこから導かれた仮説はわれわれの日常と関係するものであり、そこから実証されたことはわれわれ実務家にとっても有益なものだと感じた。

また、ASTD2006国際大会と同様に、AOMでも「持論的・意味的・定性的・機能的」なアプローチを見直す兆しが見られた。特殊性・個別性に左右される「現実」にとっては、このようなソフトなアプローチも重要であり、そこから得られる知見も価値の高いものである。

このようなさまざまな視点・さまざまな方法論からマネジメントという現象に光を当てることを通じて、今後も新たなよりよいマネジメントのためのヒントを見出していきたい。

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